らいぶらりぃ
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ゲルハルト・オピッツ ピアノ・リサイタル

●日 時1998年12月4日(金)19時開演
●会 場シンフォニーホール
●出 演ピアノ:ゲルハルト・オピッツ
●曲 目ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第4番変ホ長調Op.7
        ピアノ・ソナタ第23番ヘ短調Op.57「熱情」
ドビュッシー/版画
シューベルト/幻想曲ハ長調Op.15 D760「さすらい人」
(アンコール)
シューベルト/3つのピアノ小品より 第2番変ホ長調D946-2

 オピッツさんのリサイタル、今回の聴きどころは、何と言うても、ドビュッシーで しょう。え、オピッツさんって、ドビュッシーも弾くの?と、思わず首を傾げてしま うのですが、なかなかどうして、素敵な演奏でした。

 プログラムの前半は、おなじみのベートーヴェン。オピッツさんの演奏は相変わら ず、音を丁寧に扱っていて、しんみりと優しく響いてきますね。4番という、ベー トーヴェン初期の、いかにも古典派らしい曲には、その演奏がまさにぴったり、1つ 1つの音がはっきりと聴こえてきて、それらが聴く者の心をくすぐるように、組み合 わされていくのです。決して、派手になることなく(って、もともと派手な曲ではな いのですが…)、優しく温かく響く音色に、うっとりとするのでした。同様のこと は、「熱情」にも言えます。この曲の演奏というと、どうしても力いっぱいに弾く演 奏が多いような気もするのですが、オピッツさんの「熱情」は、決して、外へ向かっ て派手にアピールするようなものとは違います。むしろ、内へ内へと向かっていく、 奥行きの深い「熱情」なのです。fでぱぁん!と出すようなところでも、変に力むこ となく、あくまでも自然体で音楽を組み立てていますね。細かいパッセージなども、 音がころころ、というよりは、さらさらと流れていくような感じで、実に滑らかに弾 いてはります。そうした内向的な(?)熱情が、次第に3楽章、更にそのコーダへと 向かって高まっていく様は、まさに感動もんです。あのコーダにしたって、力任せに がんがんと鳴らすのではなく、あくまでも音は丁寧に扱いながら、力強いタッチで、 確実な音を鳴らしてはるのが、オピッツさんならではのことですね。すかっとした感 動、と言うよりは、じわ〜っとくる感動が、込み上げてくるのでした…

 後半になって、お待ちかねのドビュッシーです。「版画」、その幻想的な雰囲気 が、オピッツさん流にとても上品な感じに表現されていたと思います。「塔」は、ま るで朝霧の中に塔の姿が見え隠れするような、印象を受けます。非常に滑らかに音 が、さらさらではなく、音を立てぬかのようにすぅっと流れていくのです。それは、 あたかも水墨画を見るかのような、淡い色彩で、しみじみとした味わいを持っていま す。それが、「グラナダの夕べ」になると、ちょっとは色彩が着いたかのような感じ になります。ハバネラのリズムを素朴なふうに刻みながら、それでも、音は優しく響 いてきます。そして、「雨の庭」になると、くっきりとした色彩感が表に出てきて、 ぼんやりとしていたものがはっきりと見えてくるようです。ちょうど、雨の降る日本 庭園の風景のような感じとでも言いましょうか… 枯山水と言うよりは池泉回遊式の 庭園ですね。(^^; つまり、全体を通して見れば、霧に覆われた中から、次第にその 霧の粒が集まってきて、やがて、雨となり、庭を濡らしていく…といったような、一 つのストーリーのようなものを感じることができるのです。そして、それは、西洋風 というよりは、日本風の、水墨画、或は浮世絵のような味わいを持っていて、まさに 印象派たるドビュッシーの根源をも表わしているようにも思われるのです。なかなか 味わいのある演奏でした。

 最後は再びドイツものに戻って、シューベルト。ドビュッシーとは全く違う、オ ピッツさん本来の(?)音が戻ってきます。決して、ドラマティックすぎることな く、それでいて、しっとりとした歌心に満ちた演奏には、まさにシューベルトらしさ がよく表れています。特に、2楽章のあのテーマを歌う時の何とも寂しげなこと!  哀しみの中に埋もれていきそうになる中、後半で長調に転じると、上からさぁっと光 がさしてくるかのように、音もぱぁっと明るくなります。しかしすぐに哀しみが込み 上げてくる… この光と闇の交錯、明と暗の対比がとてつもなく美しく響いてきま す。どこか不安げな感じが常に漂いながらも、歌心に満ちた、シューベルトの音楽の 魅力を余すところなく表現しきっていたと思います。素敵な演奏でした。