らいぶらりぃ
PrevNextto the Index

第8回新しい合唱音楽研究会・関西 演奏会
〜柴田南雄と高橋悠治の世界〜

●日 時1999年1月10日(日)14時開演
●会 場伊丹アイフォニックホール
●出 演指揮:田中信昭/西岡茂樹
打楽器:小川悟史
新しい合唱音楽研究会・関西
●曲 目高橋悠治/Metta Sutta 慈経
     クリマトーガニ
柴田南雄/コーモリ傘と合唱のための七章 静かな森〜寒山と拾得〜

 後輩が出るからと誘われた演奏会です。なかなか、マニアックな(?)曲が並んで いますね。合唱好きの人にはたまらない演奏会でしょうな…

 さて、「新しい合唱音楽研究会」とは、名前のとおり、現在日本を代表する作曲家 の新しい合唱作品を取り上げている団体です。これまでにも、柴田南雄や三善晃、林 光等の曲を取り上げており、なかなか意欲的な姿勢は、評価されるべきものですね。 そして、今回取り上げるのは、柴田南雄と高橋悠治の曲。いずれも、普段はなかなか 聴けないような曲です。

 「慈経」は、見てのとおり、仏教の経典の名前ですが、ただ単に経文を並べただけ のものではなく、シアターピースのような個人の持ち味を活かすような形式の音楽に 編成されています。即ち、舞台に入ってきた演奏者は、指揮者を半周で囲むように、 ぐるりと並んでしゃがみ込み、銘々勝手に(?)経文を唱えていくというような形な のです。それも、節回しをつけて歌うばかりでなく、まさに”唱える”、普通に言葉 をはっきりとしゃべっていくような部分もあるのです。メロディーに乗せて歌う人 と、唱えている人とが重なり合って、何とも不思議な音空間を作りだしています。そ れにしても、しゃがんだ格好でも、なかなか声が大きく響いてくるから、いいです ね。ホールが小さめだから、響きやすいという面もあるのかもしれませんが、個々の メンバーの実力がそれだけ高いのだということを、いきなり見せつけられます。

 「クリマトーガニ」は宮古島の隣の来間島の民謡を題材にした曲。琉球音階のよう な、いかにもあの辺りの音楽、ということが分かるような作りになっていますね。言 葉もあの辺りの言葉なのでしょうか、ちょっと聞き取れませんでしたけど、エスニッ クな雰囲気(?)がよく出ていたと思います。

 そして、メインは「静かな森」です。これが何とも不思議な感じがする曲なので す。まず面白いのは、打楽器を伴奏につけていることです。マリンバやビブラフォ ン、ドラにスネアに風の音を出すチャイム(?)等々、1人でこんなに扱うの?と言 いたくなるくらいの数です。これらの打楽器が、また、実に効果的に使われているん ですね。時に言葉以上のものを表現しているかのような感じさえしました。

 1曲目は「ふたり」というタイトルで、2人の男声が上手と下手から、コーモリ傘 を差して、誰もいない舞台に現われてきます。何か挨拶のようなやりとりをするので すが、その最初が、「今日もまた 君はオナラをした」… 真面目な顔でこの言葉を 言いはるから、客席からは少し笑いが起こっていましたね… やがて、2人はすれ違 い、そのまま、「さようなら また明日」と言って、別れていきます。と、会場の方 から、その「また明日」という言葉が繰り返され、それらが次第に大きくなり、傘を 差した他の皆さんが舞台へと集結していきます。「また明日」が大きく繰り返される と、ぱたっと止めて、傘を閉じていきます。そして、普通の体形で並んで2曲目以後 が演奏されていきます。それらも、今度は男声と女声のかけ合いになっていて、聴か せてくれますね。割と淡々と、まとまった感じで音楽は進んでいき、4曲目の「酒」 というタイトルの曲が終わると、団員さん達は、再び、「また明日」という言葉を歌 いながら、会場へと散らばっていきます。そして、その個々のメンバーそれぞれが、 様々な漢詩から取った歌詞をあちらこちらで歌い始めます。この曲の歌詩を書いた佐 藤信さんは、直接的な関連はない、と仰っていますが、この詩のテーマは、「6月4 日(=天安門事件)」なんだそうです。この事件に、たまたま北京にいたために、見 事に遭遇してしまったという個人的な次元での心象スケッチのようなもの、というの が、この曲の性格なのでしょう。漢詩の内容までは分かりませんでしたが、ひょっと したら、ある種の政治的なことを扱ったようなものとか、この世を嘆くものとか、そ ういう類のものなのかしらん… と思っていると、突然、真っ暗になり、その中にピ ンスポで打楽器が浮かび上がり、スネアを連打し始めます。ここで、はたと思い当 たったのでした。このスネアの連打こそが、中国軍が学生達に対して発した銃砲の音 であり、この段階になって、この事件が起こった、ここに至るまでは、何もない、ご く平凡な生活があった、というようなことを、この曲は表そうとしているのではない か、と。明日への希望を持って、平凡に生きていく、そのことを強調したいからこ そ、シアターピースに展開する前に、全員で再び「また明日」を繰り返していたので はないか… そう考え出すと、それまでよく分からなかったこの曲の趣旨というよう なものが、少し見えてきたような感じがします… 銃声が鳴り止むと、あちらこちら から「こだま」が聴こえてきます。メンバーの皆さんは、会場の中をうろうろとうろ ついていて、音が移動していくのが、効果的でもありますね。そして、ばらばらと散 らばっていたものが、舞台の前の辺りへと集約していき、再び、最初の2人の男声が 現われ、今度は、「今日もまた君は お早う」と言うて、すれ違い、去って行きま す。何かあっけないような感じで曲は終わるのでした… 考えてみると、なかなか内 容の濃い曲ですね。これを、見事に演奏してのけた団員の皆さんの力量はさすが、で す。

 年の初めから、素敵な合唱を聴いたなぁ、と思う演奏会でした。