らいぶらりぃ
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ダン・タイ・ソンが贈るショパンの夕べ

●日 時1999年5月13日(木)19時開演
●会 場シンフォニーホール
●出 演ピアノ:ダン・タイ・ソン
●曲 目ショパン/夜想曲第8番変ニ長調Op.27-2
     マズルカ第14番/第15番/第16番/第17番Op.24
     ピアノ・ソナタ第3番ロ短調Op.58
     24の前奏曲Op.28
(アンコール)
ドビュッシー/映像第2集より「金色の魚」
ショパン/華麗なる大円舞曲

 私事ですが、この5月頭に、結婚をしまして、それに伴う諸々のことで忙しくして おり、なかなか演奏会どころでなかったのですが、久しぶりにシンフォニーホールへ 行ってきました。って、実は今年初めてのシンフォニーホールだったりします。昨年 は147回もの演奏会に行っていながら、何とも情けない話であります。(>_<)

 さて、その久々の演奏会は、ダン・タイ・ソンのピアノリサイタル。私の妻が彼の 大ファンなんです。彼女は昨年も東京での公演3つ(サントリー+オーチャード+狛 江)に行ってきたという、なかなかの強者であります。一方、私も昨年の京都での公 演を聴きに行き、その感想を自分のHPにアップしたところ、彼女がそれを見つけ、 メールを書いて送ってきてくれて…と、そこから私達が知り合い、交際を始め、結婚 して今に至っているわけです。言わば、ダン・タイ・ソンさんは、私達にとりまして はキューピットなのです。そんなわけですから、今回の公演も見逃すわけがありませ ん。夫婦そろって、出かけてきました。

 今日のプログラムは、オール・ショパン。これぞダン・タイ・ソンのショパンだ、 というものがはっきりと伝わってきます。ノクターンでの深い音の響きで、ぐぐっと 客席の心を捕らえ、マズルカの4曲での歌い分けに、おぉっ!と魅了され、ソナタで の情熱に、はぁっとため息が出るほどうっとりとさせられる、ダン・タイ・ソンの ファンならずも聴き惚れる演奏です。音の粒がしっかりとしていて、それでいて非常 に繊細に、丁寧に音を扱っており、それが絶妙なまでの表現になっているのです。ノ クターンで聴かせてくれた、あの深い響きは、もう、たまらないものですね。ひっそ りと始まり、そのうねるような曲の中で、たまらない切なさのようなものが、胸に ぐっとくるのです。こちらまでが息をひそめてしまうほどの緊張感が、ぴぃ〜んと漂 い、これが彼のショパンなんだぞ、ということを印象づけています。それが、ソナタ になると、ますますくっきりと表現されていきます。非常に力強く、しかし丁寧で、 情緒いっぱいの演奏は、聴く者を虜にしますね。円熟味を帯びてきたダン・タイ・ソ ンさんならではの、とても素敵な演奏です。

 後半は前奏曲。短くも技巧的な曲から、しっとりと聴かせる曲まで、様々な曲想の 曲が並んでいますが、彼のピアノは、それぞれの曲の個性を大事にした演奏です。1 番等は、さらりと流すように弾いていて、そのなめらかな音の流れる響きは、まるで ハープのよう。その一方で、7番のような、ゆったりとした曲は、たっぷりと情感こ めて歌っていて、実に聴きごたえがあります。「雨だれ」も、素敵です。私の妻に言 わせると、CDで聴く彼の「雨だれ」は、”死にたくなるくらいの沈痛な響きがす る”のだそうです。今日の演奏はというと、必ずしも”死にたくなる”ほどのもので はありませんが、それでも、その響きは切々と胸に響きます。一番印象的なのは、最 後の24番。これで最後だ!と気合が入っているのも分かりましたが、一気にクライ マックスを築いて駆けぬけていって、そして最後、左手のバス音が、ずん、と響かせ て曲が終るのです。その握りしめた拳骨から出される重々しい響きは、まさに”死” を感じさせるかのようです。思えば、生から死に至る、人間の様々な心象やドラマ等 を、これらの24曲を通じて表現していたのではないか、とも思えます。彼の弾く ショパンは、そこまで深いものがあると思うのです。実に素晴らしい演奏でした。

 ただ、それでも、妻によると、今ひとつ調子がよくなさそう、なのだそうで。 ちょっとテンポとかも速めだったようですし、もっともっと深い味わいのショパン を、彼は弾くはずだ、そうです… お具合でも悪かったのでしょうか…

 アンコールではまず、ドビュッシー。ショパンだけにとどまらない、彼の表現技巧 がよく発揮されていますね。そして最後に、再びショパンの軽快なワルツで、華やか に終るのでした。

 終演後、妻と2人で楽屋口におしかけたのは言うまでもありません。サイン待ちの 行列も人が少なくて、割とスムーズにサインをいただくことができました。まずは妻 が公演のプログラムと、プレリュードの楽譜を差し出して…と、何と、彼の口から、 「I remember she!」という言葉が。えぇぇっと、驚きと嬉しさいっぱいの笑みをうか べて、彼にサインをいただき、握手してもらう妻、幸せいっぱいという感じで、側で 見ている私も幸せな気分になってきますな。2〜3言、言葉をかわす妻、そして続い て、私もCDのジャケットにサインをいただきます。握手してもらいながら、思わ ず、「She's my wife.」と口にしてしまうと、「Oh〜!」という反応が。何だか、ダン ・タイ・ソンさんがぐっと身近に感じられて、今まで以上に、彼のことが好きになり ました。ソンさんと妻に感謝しながら、幸せなひとときでした。