らいぶらりぃ
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チェコ国立ブルノ歌劇場「カルメン」

●日 時1999年6月5日(土)18時開演
●会 場フェスティバルホール
●演 目ビゼー/歌劇「カルメン」
●出演等カルメン:ヴィクトリア・マイファトヴァ
ホセ:エルネスト・グリサレス
ミカエラ:マーリア・トゥカドゥルチーコヴァー
エスカミーリョ:ウラディミール・フメロ
スニーガ:ラディスラフ・ムレイネク
メルセデス:マリカ・ザーコヴァー
フラスキータ:ヤロスラヴァ・ヒーロヴァー
レメンダード:ミラン・ヴェルチェク
ダンカイロ:マレク・オルフブルジメク
ヤン・ズバヴィテル指揮
チェコ国立ブルノ歌劇場管弦楽団/合唱団/児童合唱団/バレエ団

 ついこの前の1日に、ルーマニア国立歌劇場の公演で「カルメン」を見たばかりで すが、今度は、チェコのブルノ歌劇場の公演です。今回も、妻と一緒に2人で行って きました。

 同じ演目を4日前にも見ていると、ついつい、比較しながら見てしまうのですが、 どちらかと言うと、こちらのブルノ歌劇場の方が、総じて、私にはより印象的な感じ に見えます。何がいいかと言うと、まず、演出がとっても素敵だと思うのです。舞台 上には大きな3段組の足場みたいなものが組んであるのですが、それだけでも舞台の 空間がタテにも広がるようで、ルーマニア国立歌劇場の割とシンプルな舞台構成とは 違って、結構、豪華な感じに見えます。そして、注目したいのは、舞台の上手側に ひっそりと置かれている聖母像。最初から最後までずっとこの位置にあって、舞台で 繰り広げられていく悲劇を、しっかりと見守っているのです。しかも、それは、1幕 の冒頭で悲劇の序曲(?)が流れている間に、カルメンのマイファトヴァさんが、井 戸端に寄り沿いながら、この聖母像を見つめて祈りを捧げている、というシーンがあ ることで、より印象づけられます。そして、さらに興味深いのは、各幕に、登場人物 達とはまた別の、何やら悪魔のようなメイクをした闘牛士が出てくることです。幕が 降りてくる間際のほんの一瞬、ソデからこっそりと顔を出してくるような感じなので すが、あれは一体、何?と思うていると、4幕の冒頭の闘牛士の踊りは、何と、この 闘牛士のソロのバレエになっているのです。その光景は、まるで、悪魔の踊りのよう であり、4幕で行われる悲劇を待っているかのようでもあります。この、悪魔の闘牛 士と、先の聖母像との対比が、この「カルメン」の悲劇性を、鮮明にしており、この 演出は、とっても素敵だと思います。

 オーケストラの方はと言うと、先日のルーマニア歌劇場では、ちょっと不満にも思 うような部分があったのですが、ブルノ歌劇場の方は、文句の言いようがないです。 歌手達が歌いやすいように、その役割をきちんと果たしていて、なかなかキレのいい 音を出しています。あえて不満を言うとすれば、2幕と3幕の間奏曲がなかったこと でしょうか…(^^;

 さて、肝心のソロですが、いずれも素晴らしい出来であったと言えるでしょう。特 にカルメン役のマイファトヴァさん、このフェスティバルホールでは前日の4日の金 曜日に、ルーマニア歌劇場の公演があり(一体、このホールはどういうスケジュール なんだ…)、こちらではカルメンを、かのアグネス・バルツァが演じたばかり、とい うことで、結構のプレッシャーもあったのでは、と(勝手に)思うているのですが、 なかなかどうして、バルツァに負けるとも劣らないくらいの素晴らしいカルメンだっ たと思います。まず印象的なのは、とにかくよく踊るということ。容姿端麗、という 言葉がふさわしい、その体をしならせて踊っていて、とっても魅惑的な、セクシーさ が漂ってきます。2幕最初のジプシーの踊りでも、自身、周りのバレエと一緒になっ て、よく踊っていて、あんなに体を動かして、声が出るのだろうかと心配するくらい です。(^^; また、同じ2幕での、ホセのために踊ってみせるシーンでは、もう、こ んなに素敵な踊りを見せてもらっていながら、帰営ラッパの音に、帰ると言い出すホ セが信じられないほどの、たっぷりの色気と魅力。そして、そのセクシーさに加え て、声の方もよく通っていて、カルメンの感情をたっぷりと歌い上げていくのです。 まさに体当たり的にカルメンを演じている、そういう言葉がふさわしいように思いま す。バルツァとは違う、また素敵なカルメン歌いがいるものだ、ということを思い知 らされました。

 一方、ホセのグリサレスさん、声はどちらかというと、カレーラスのような線の細 い響きではなくて、むしろ、ドミンゴのようなどっしりした、朗々とした響きです。 なので、個人的には、ホセは女々しい男である方がいいと思っているので、ちょっと 合わないかな、と思えるような節もありました。でも、2幕で、カルメンに切々と想 いを歌い上げるシーンでは、実に説得力のある歌唱で、さすがなものです。あとは、 一言、言うならば、演技がいまひとつ…ということでしょうか。1幕最後で、カルメ ンに突き倒されるシーンや、4幕でカルメンともめ合い、刺すシーンなど、もっと緊 迫感のある演技をしてもいいのに、と思うのです。この点は、この前に見た、ルイ ス・リマさんの方がさすがに素敵であった、と思ってしまうのです…

 その他では、ミカエラのトゥカドゥルチーコヴァーさんが印象的です。この前の ルーマニア歌劇場では、ミカエラ役の歌手にいまひとつ満足できない部分もあったの ですが、今回は、そのようなこともなく、実によく声が通っていて、素敵でした。特 に3幕でのアリアは、ホール中いっぱいに、その声が響き渡り、カルメンと対比され る、純粋無垢な乙女の想いとでもいうものが、しみじみと伝わってくるようでした。 その美しい響きは、カルメンのマイファトヴァさんをも圧倒するかのようで、今回の 公演で一番の出来がこのトゥカドゥルチーコヴァーさんではないかとも思います。

 わがままを言えば、この前のルーマニア歌劇場の時の主演に、今回のブルノ歌劇場 のワキと演出とを、足したような公演が一番、素敵なように、思うのですが(^^;、そ れでも、十分に満足のいく公演でした。