第76回テーマ館「朝起きたら…」



リフレクション 第二章(2) 夢水龍之空

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 同じ刑事部として、大下も気にはしていた。だが一課の彼としては、三課が戦うべき相
手としてしか考えていなかった。そんな怪盗スケルトンの盗みの手口が、初めて解き明か
されたというのだ。
 大手柄を立てたのは、長いことスケルトン専任として捜査に当たってきた出水警部と雲
田巡査のコンビだった。逮捕には至らないまでも、どう盗んだのかも分からないという最
悪の事態を免れたことは大きい。警官に変装するという、大胆にして合理的な手口は、警
察としては頭が痛い話だが、迷宮入りよりはマシだ。
 大下は考えた。どうせ解決の糸口も見つからない奇妙な事件。一番の謎と言えるのは、
消えた金の行方だ。強盗事件の謎が解ければ、自然と殺人事件の謎も解けるかもしれな
い。
 そして、一躍時の人となった出水と雲田の二人を、今や名ばかりの捜査本部へ招くこと
になった。
「やあどうも、ご苦労様です。担当の大下です」
「いえこちらこそ、お世話になります。三課の出水です。これは、部下の雲田です」
「よろしくお願いします」
「お願いします。とにかくわけが分からなくて。お知恵を拝借したいのです」
「微力ながら、協力させていただきます」
 挨拶もそこそこに、飯泉から事件の内容と捜査状況について、詳しい説明がなされた。
俗に言う密室状況と金の消失。不可能犯罪じみた話に、出水たちは頭を抱えた。
「どうでしょう、盗みの方だけでも、何か分かりませんか?」
「うーむ、難しいですな」
 しかめ面で首をひねる出水の横で、雲田は考えていた。あの子なら、何か気づくことが
あるに違いない。でも、それをどう切り出すべきか。
 妙案は浮かばなかった。あの日、熊野家の夜の出来事について、雲田は誰にも話してい
ない。当然ながら、出水にも秘密にしてあった。だから、出水はスケルトンの手口を見抜
いた女警官という目でしか、井倉美和という人物を見ていない。事件の真実に深く切り込
み、本当の意味で事件を解決に導く。そんな天才的な活躍については、誰も知らないの
だ。自分が何を言っても説得力は無い。だがせめて、話だけはしてみようと、雲田は決意
した。
「あのう、一言だけよろしいでしょうか?」
 花形の刑事部とはいえ、地味に怪盗と追いかけっこばかりの雲田は、殺人という大舞台
で活躍する一課の刑事を前にして、正直腰が引けていた。話し口調もまた、必要以上に遠
慮がちになってしまうのだった。だから身を乗り出して返事をされたりすると、余計に萎
縮してしまった。
「何でしょう、言ってください」
「あ、あの、僕たちには少々手強いかと思いまして」
「うーん、そうですか」
「ですので、他に助っ人を紹介したいのですが」
「ん? と言いますと」
 雲田はちらりと出水を見た。話は読めたようで、出水は苦い顔をしながらも小さく頷き
返した。
「交通部に、井倉巡査という女性がいます。以前のスケルトンの事件でも、彼女の意見が
とても参考になりました」
 本当は井倉が解決したのだが、それは出水の手柄になっているので、はっきりとは言え
ない。
「あぁ、井倉君か」
「ご存知でしたか?」
「ん、まあ」
 歯切れは悪いが、大下が何やら納得したように頷くのを見て、雲田は少しほっとした。
実は大下も、付き合いの長い小松巡査を通じて、彼が関わった屋城家での不思議な事件の
顛末について知る立場にあった。井倉が演じた役回りについても、十分理解していた。
「折角のご紹介ですから、呼んでみましょうか」
 こうして、不可解な強盗殺人事件の舞台に、名探偵という役が加わった。


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