第72回テーマ館「見えない」



見えない盗品(中) 夢水 龍乃空 [2009/01/12 16:53:26]


「それで、カーペットというのは、やっぱり赤いんですか?」
「あ、ええ」
「そうですかあ。まるで美術館じゃないですかあ。あれはね、足音を消す効果と、気分を
高揚させる効果があるんですよお。プロムナードを聴きながら歩きたいですねえ」
「ぷろむなーど?」
「『展覧会の絵』ですよ。たーたーたーたたたーたたたーっていう、ほら」
「あー。あれ、ぷろむなーどっていうんですか」
 はっきり言って、どうでもいい情報だった。
 探偵は、建物について雲田が感じたことを根掘り葉掘り聞き出したが、肝心のことを話
してくれない。雲田は人選を誤ったと本気で思い始めていた。
「あのう、それで、結論は?」
「は? それはあなたが出すべきでしょお。僕じゃありませんよ」
「え? オレは謎を解いてもらいたくて」
「だから、答えはあなたの中にしかないんですから」
「・・・」
 理解できない。帰ろうかと思ったが、念のために確認してみた。
「オレは、怪盗ガイコ、じゃない、スケルトンの妙な行動が、なぜ伊勢氏をあそこまで追
いつめたのか、それが知りたいんです」
 探偵は口をぽかんと開けてしばらく固まった後、こう言った。
「なんだ、僕はてっきり、見えないアートの正体を知りたいのかと思ってましたよ」
「えっ! 知ってるんですか?」
「いいえ」
「あへ?」
「だって、僕はそのアートが何なのか、たぶん知っていると思いますけど、それがあなた
にとってどういうものなのかは、絶対に分かりませんから」
「えーと、言ってる意味がちょっと」
「そうか、そっからなのか。ふんふん」
 何やら納得した様子で、探偵はぶつぶつと言い続けた。雲田はもう少しこの探偵を信じ
てみようと思った。
「それで、どんなアートなんです?」
「まあ、見えないアートとしか言いようがないんじゃないかと」
「それじゃ答えになってません!」
「もっと言えば、見えないし、聞こえないし、触れないし、嗅げないし、味わえない。そ
ういうものです。きっとね」
「意味が分かりません」
「僕は伊勢さんじゃないから、間違ってるかもしれませんよ? でも透明怪盗の行為と、
伊勢さんの反応から推測して、たぶん正しいんじゃないかなあ」
「透明怪盗って、ガ・・・スケルトンのことですか?」
「あ、僕は何となくそう呼んでるもので。名乗ってくれないと不便ですよね。あはは」
 どうでもいいことに食いつきすぎだと、雲田は反省した。
「つまり、五感では分からない作品だと?」
「はい」
「じゃ、どうやって、その、見るというか、鑑賞するというか・・・」
「簡単ですよ」
「え?」
「想像すればいい」
「いや、だって、何かあるんですよね? 想像って、みんな違うじゃないですか」
「だから、あなたの答えはあなたの中にしかないって、言いましたよ?」
「あ」
 そういう意味だったのか。しかし、その何が芸術なのか? 疑問を見透かしたように、
探偵が続けた。
「例えば、とても美しい絵画があったとします。でも、極端な話、目の見えない人にどう
やってその美しさが伝わりますか?」
「ああ、まあ、難しいかと」
「とても美しい音楽があったとして、その旋律は耳の聞こえない人に伝わりますか?」
「まあ、難しいでしょうね。ほとんど無理ですよ」
「真の芸術とは、限りなく平等であるべきだと、伊勢さんは言ってます」
「なるほど・・・で?」
「想像力は人に与えられた最高の自由です。人が想像しただけのモノは、五感では感じら
れませんね」
「うーん・・・」
 それが芸術? 見えないアートの正体? 納得いかない。そんな雲田を見つめて、探偵
は笑った。
「はは。でもね、館には仕掛けがあったでしょ?」
「あ、そうそう。そうですよ。だから納得できないんです。想像力が答えなら、どうして
あんなことをするんです?」
「だって、そういうことをしたら、そこに何かあるって思うじゃないですか」
「はい」
「でも、それは見えない。五感では分からない」
「はい」
「そこに何かある。でも五感では分からない。だから想像してみる。どんなモノがあるの
か」
「んー・・・はい」
「そうして到達したイメージは、誰とも共有できないし、表現することさえ難しい。でも
あれだけの仕掛けで非日常化した気分の中、究極の芸術と言われるものを想像しようと思
えば、何を想像するかだいたい決まっていると思いませんか?」
「あ、え? 決まってるって、だってみんな違うって」
「違います。答えは違います。でもだいたい決まってますよ」
「それは、あの、何です?」
「自分が最も美しいと信じている何かを種として、想像力がその種を精一杯育て上げた姿
になるだろう、ということですよ」
「・・・おお」
 気分だけ極限まで盛り上げておいて何も見せない。だから観客はひたすらに想像力を逞
しくして、自分なりの最高傑作をイメージしてしまう。そのイメージこそが、究極の芸術
作品・・・
「そうか、だからオレらみたいな、捜すことを専門とする人間には分からないって、しつ
こく言ってたのか」
「警察が想像力で仕事されたら、世の中混乱しますよね」
「確かに」
 大きな謎が解けた気がした。だが、本当の謎はここからだ。

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