第77回テーマ館「音楽」
思い出のセレナーデ(2) ジャージ [2010/05/22 00:30:09]
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『シャショウサン・・・』
誰かが私を呼ぶ。頭が痛い。
『アサデス。』
『何?!!』
いつの間に、いやどれだけ気を失っていたのだろう?窓からさし込む強い光に
私は飛び起き、腕時計を見た。
時計は止まっている・・・。
機関車は何事もなく走行している様子だった。私は外の景色を確認するため、
窓にかけよった。そして・・・
『こ、これは・・・』
『ワタシノ コキョウ 「オランダ」』
広大な台地に広がる色とりどりの花畑、遠くには風車が回っていた。コンビニ
やパチンコ屋も見当たらない。畑が永遠と続く。作業をしている女性達は手を止め
私たちに笑顔で手を振っている。
『アサデス。シャショウサン・・・。』
これは夢だ。もう、どうなっても良い。ただ放送するだけの事だ。私は「男」の
顔を見ず、マイクを手に持ち、そしてため息をついて「オルゴール」を鳴らした。
チャラララ〜ラララン♪・・・
『皆様おはようございます。本日は寝台特急・富士/はやぶさ号にご乗車いただきま
して、まことに有難うございます。只今の時刻は不明です。列車はオランダ国内を
走行中です・・・』
再び車内オルゴール・・・が止まらない。いや、いつもにまして音は大きくなる。
客室からオルゴールに合わせて賑やかな音楽が流れてきた。
『イキマショウ』
『行きましょうって・・・おい!』
乗務員室を出て、客室へ入ると、そこには大勢の人。日本人・・・いや、皆オラン
ダ人だった。それぞれ寝台で会話をしたり、チェスをしたり、そして陽気に踊る女性
にダンスを誘われたりもした。
1号車には中崎がいたはずがが、その姿はなかった。「男」はどんどん後ろの車両
へ進む。人が多く、「男」の歩く速度についていけない。
野菜を運ぶ老婆や、通路を走り回る子供達・・・。「禁煙車」なのにパイプを美味
しそうにふかしている男性人もいた。
5号車に到着したとき、カーテンの敷かれてある寝台を見つけた。私は急いでその
寝台に駆け寄り、カーテンを威勢よく開けた。
『中崎!』
『!!!』
若い女性が着替えをしているところだった。周りの男性達から大きな歓声が上がっ
た。女性は胸元を隠しながら、機嫌悪そうにカーテンを戻した。
『失礼しました。』
と言い残し、他の車両へ向った。
賑やかな車内。国鉄時代「ブルートレインブーム」と呼ばれていた頃の事を思い
出される。が、今はそんな余裕はなかった。
「男」がいない、中崎もいない、名古屋からの乗客は?他の乗客は?最後尾に達
する間もなく、列車は停止した。自動ドアが開くと今度は降車する乗客に押し流さ
れた。
見た事のない土地、そして駅。
だが、列車は日本の鉄道。『富士号大分行き』の方向幕もそのままだった。連休
の帰省ラッシュのような人ごみを掻き分け、今度は先頭・・・機関車の方へ向った。
機関士・・・そう、運転士なら何か分かるはずだと思った。
機関車もそのままだった。青色の電気機関車EF66・・・間違いない。
トレインマークもそのままだ。しかし、肝心の機関士がいない。
『おーい!誰か日本人はいますか?!』
私は叫んだ。だが、誰も振り向かない。
ガタン
列車の動く音がした。振り向くと『富士/はやぶさ』が駅から離れはじめていた。
『バカな!!』
車掌を置いて何処へ行くのだ!私は一生懸命に走ったが、追いつくはずもなく、
やがて列車は遥か遠くへ行ってしまった。
乗務しているはずの列車が過ぎ去り、私はどうする事もなくなった。
『アンタ、さっきの列車の乗客かい?』
一人の男が声をかけてきた。大柄のいかにもケンカ早そうな男だ。
『いや。乗務員だ。』
『乗務員?・・・あの列車、いつの間に中国人なんか雇っていたんだ?』
『中国人じゃない!日本人だ!JR西日本の下関乗務員センターに問い合わせて
みろ!』
大男は私の言葉を聞くと、大笑いをした。そしてまたそれ以上に大きな声で
『みんな聞いてくれ、この日本人は先の列車の車掌だとよ!ここに出されて捨
てられたらしいぜ?』
男の声に、私に無関心だった人々が近寄り、そして取り囲んだ。
『やい、日本人』
大男は私の胸をつかんだ。
『いいことを教えてやる。・・・あの列車、終点に着いたらどうなると思う?』
『?』
『スクラップにするんだよ!』
『なにを!どうしてそんな事を!!』
言っている意味が分からなかった。
『俺たちの国は中立国だ!第一次大戦もそれを保った!!だが、お前ら日本人は
俺たちの領土を次々攻撃し、占領し、略奪している!』
『攻撃?占領??』
『おまえさんの仕事場が、おまえさんのお国の兵隊をぶっ殺す兵器の材料になる
んじゃよ!』
私より歳の老いた男が、私の顔に唾を吐いて言った。
『日本の猿どもを殺せ!』
大男の掛け声で私は、殴られ、蹴られ、引きずり回された。反撃する事もできず
私の意識は遠退いた・・・。
続く
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