第75回テーマ館「夢の終わり」
残された夢の跡(2) 夢水龍乃空 [2010/01/17 18:22:03]
残された夢の跡(1)
予告状が早く届いていたため、まずは家の中にある貴重品の目録作りが行われた。
発掘品の主立った物は国が買い取る形になったが、細かい品々は熊野の手元に残った。
それ以外にも、テレビの特番で宝探し企画に協力し、本当に掘り当てた物のいくつかが、
熊野の家に展示されている。
自叙伝の売り上げに目をつけたマスコミは、熊野を宝探し名人と銘打って、様々な番組
に引きずり出した。有頂天だった熊野は誘われるまま参加する内に、財産は減るどころか
膨れ上がり、住居以外に博物館的な展示さえ行えるほどの邸宅を建てた。いつしか冒険の
人は邸宅の人となり、宝探しの表舞台から消え去った。
「目録どうした?」
「携帯に入ってます」
「そんなことができるのか?」
「もう何でもできますよ。見ますか?」
「おう、見せろ」
「ほら」
博物館には、宝探しで得たもの以外にも、歴史や地理の資料となる、宝探しの情報源と
も言うべき展示物が数多くある。それらをいかに利用して、情報を導き出すかという宝探
し講座のようなものが、来場者用のパンフレットに書かれている。子どもに大人気だ。
雲田たちは、それら展示物のオフィシャルな目録を参照しながら、物と配置を把握する
ためだけの簡易な目録を作成した。博物館の後はさらに、展示場だけではなく、住居に招
かれた客人だけが見ることを許される、熊野のとっておきの宝についても、廊下や居間の
展示物を全てリストアップした。
「ほお、便利なもんだなあ」
「画面もでかくて、見やすいですよね」
「しっかし、よくもまあ集めたもんだ」
「発掘で知り合った人たちからのプレゼントが多いらしいですね」
「まあ、調査が終われば倉庫で保管するだけだろうからな。こうして展示してあった方
が、宝も喜ぶってことか」
「人が見てこその宝ですからね」
「男のロマンってやつか」
「今はロマンより財産って感じですけど」
「言えてるぜ」
雲田たちが目録を作っている間、熊野は警備会社と相談しながら、現金や通帳などの財
産をいかに守るか考えていた。雲田たちを案内したのは、熊野の奥さんだった。持ち主に
守る気がない物を守らされるというのは、警察としてもやる気を感じなかった。どうせ盗
られるという意識もそれを助長していた。
熊野は学生結婚だった。宝に取り憑かれた男として当時から有名だった熊野に、その夢
を理解し応援してくれる女性の出現は驚きであると共に、新しい喜びをもたらした。発掘
や調査に明け暮れる熊野をここまで支えてきたのは、他ならぬ彼女だった。
目録を作るのに丸々一週間を費やした。熊野が雲田たちと話したのは、警官の配置につ
いての打ち合わせだけだった。金庫のある書斎を中心として守りを固め、博物館は出入り
口にそれぞれ人を置くだけのものとなった。注意や点検は、もっぱら金庫周辺に集中し
た。
「現金だけでも相当ですけど、金目の物ってあとは何でしょうね」
「株は電子情報だから、昔のようには盗めない。クレジットカードは熊野が警戒してい
る。通帳だって印鑑は熊野が肌身離さずだからな。なかなか無いぞ」
「金庫は現金だけなんですよね?」
「そう聞いてる」
「博物館にもでかい倉庫はありますけど」
「あれは熊野が実際に集めた資料とか、使っていた道具とかだろ。展示品は発掘品とか、
もらいもんだからな。さすがに、私物を展示する気は無いのかもな」
時間が来た。
出水と雲田は、見回りをやめて家の中に移動した。熊野に状況を確認するためだ。相変
わらず、物音一つしなかった。
「どうやら、賊は諦めたようですね」
熊野がにやけた顔で言った。
「金庫は無事だったということですか」
「もちろん」
熊野はずっと金庫の前で張り付いていた。ダイヤルを回して、扉を開くと、中は最初に
雲田たちが見た状態と何ら変わらなかった。
「本物かどうか、確認してください」
「無意味ですよ」
そう言いながらも、現金の束や通帳類のチェックを始めた。そこへ、慌てふためいた声
で報告が入った。
「失礼します!」
「何だ?」
「スケルトンが現れました!」
「なに!」
目を丸くする熊野を後に、出水と雲田は報告してきた警官と一緒に現場へ走った。そこ
は、博物館の倉庫だった。
「これです!」
倉庫の扉には、堂々と表向きに、『参上』と書かれたカードが張られていた。胸の辺り
の高さ。見慣れた模様は間違いなく本物だった。
「ここに出入りした者は」
「はっ、予告時間のしばらく前に、奥様がいらしただけです」
「今日になってからそれだけか?」
「はい。それだけです」
雲田たちは書斎へ戻った。そこに奥さんもいたからだ。
「奥さん、博物館へは、何をしに?」
「何って、様子を見てきただけです」
「行ったんですね?」
「あ、はい」
「相手はどんな手を使うか分かりません。あなたがご本人であるということを、この場で
証明できますか?」
「え?」
「おい、馬鹿なことを言うな。妻を疑うのか?」
熊野が詰め寄った。
「奥さんを疑ってはいません。もし変装だとすれば、本人が危険な状態にあるということ
です」
「しかし、どう見ても私の妻だぞ」
とにかく女性警官を連れてきて、身体検査を行った。結果として、変装の可能性はゼロ
だった。元々小柄な女性で、スケルトンが平均的体格の持ち主なら、変装は不可能な相手
だ。
「盗まれた物は?」
熊野がようやくそのことに触れた。
「調べさせていますが、見た感じでは発掘道具が無かったような」
「何だって?」
熊野が力なく立ち上がった。そのままふらふらと、部屋を出て行く。雲田たちもそれを
追った。
倉庫では、ちょうど目録との比較を終えたところだった。
「報告しろ」
「はっ!」
出水の命令で読み上げられたのは、熊野が使ってきた発掘道具一式と資料の数々、そし
て、少年の日に蔵で見つけた秘文書だった。
「まさか、あれが? なぜだ? もうあれは宝の地図じゃない。俺が掘り起こしたんだ。
何の価値もないじゃないか。どうして?」
その疑問は、そのまま雲田の疑問でもあった。透明怪盗、スケルトンは、どうやって盗
みを働いたのか? そして、なぜそんなものを狙ったのか?
残された夢の跡(3)
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