第75回テーマ館「夢の終わり」



残された夢の跡(4) 夢水龍乃空 [2010/01/17 18:21:18]


残された夢の跡(3)


 その時、雲田たちに走った衝撃の大きさは、いかなる表現でも追いつかないだろう。連
戦連敗。かつて一度として犯行を止めることができず、盗みの方法さえ明らかにされてい
ない透明人間に対し、犯行にこそ間に合わなかったが、その手段を解明したと主張する人
間が現れたのだ。雲田はあの探偵を思い出した。あの事件では、実質物理的な盗みは行わ
れなかったため、手段の解明という場面には遭遇していない。美和の言うことが本当な
ら、今日はスケルトンへの反撃に出る、記念すべき最初の日となるはずだ。
「美和ちゃん、それ、本当?」
「美和ちゃん・・・ま、ええ、それしか考えられません。透明人間より、ゾンビの方が手
強いですね」
「は?」
「見られずに盗んだんじゃないんです。見ている内に盗んでおいたんですよ」
 意味が分からない。
「分かるように説明しろ」
 出水も同じだったようだ。雲田は美和の発言に集中した。
「目録作りの段階で、既に計画は動いていました」
「計画?」
「犯行計画です。そもそも普段より早く予告状を出したのは、どこに何があり、それがど
んな物なのか、把握するためだったんです。いくら透明怪人だって、見ただけでそれがい
つ発掘された物か判断するのは、不可能だと思ったんでしょうね」
 目録作りが、犯人の計画だったって? 雲田は寒気がしてきた。警察はまんまと操られ
たのか?
「目録を作る時、当然そばに警察官の見張りを立てますよね。きっとそこに変装して紛れ
込んだんですよ。雲田さんたちが顔を知らなくても、警官同士が顔見知りなら疑いません
よね? あらかじめ変装して紛れ込んで、同僚と思わせて警官たちと馴染んでおいたんで
しょう。そうやって目録作りに立ち会った。盗品の仕分けをしたのはその時です」
 言われてみれば合理的な推論。当たり前のように語る口調。断定的で自信に満ちた言葉
遣い。あの探偵と会った時の痺れるような興奮が、雲田の胸に甦った。
「細かい展示品なら、人目を盗んでどうにでもなったでしょう。百戦錬磨の怪盗ですか
ら。問題は倉庫の中の物品です。かさばって仕方ないですね」
「そうだ、そんなもの運んでる奴がいれば、見張りの警官が絶対に気付くぞ」
「今日だったら、でしょ?」
「なに?」
「犯行が今日だったら、そうですね。それこそが思い込みです」
 何を言ってるんだ。雲田はにわかに信じられなかった。でも考えてみれば、最後に倉庫
を開けたのはいつだ? 目録作りは、博物館が最初だった。それ以来、誰か倉庫を開けた
人はいるのか?
「熊野さんはお金を守ることばかり考えて、宝には興味が無いかのようでした。だから予
告の日より前に盗んでも、きっと気付かないだろうと考えたんです。だから安心して、長
い時間をかけて、かさばる盗品を少しずつ持ち出したんです」
「そんな方法がありえるのか」
「きっと、そこを試すことの方が、重要だったんですよ」
「ん?」
「あ、いえ、何でもありません」
 雲田には、美和が一瞬何かを躊躇ったように見えた。出水は推理に気を取られて、気付
いていないようだった。美和が何を隠しているのか、雲田は気になった。
「博物館には、外に見張りを置くだけで、中の警戒はしなかったんですよね?」
「あ、ああ」
「だから、犯行時刻が来て、何かあるはずだと思って探し始めてから、やっとカードに気
付いたんです」
「それも前からあったってのか?」
「見落とさなかったと自信を持って言えますか?」
「う・・・」
 筋は通っているように感じる。でも、さっきのは何だったのか。雲田は納得したふりを
して、様子を見ることにした。
「以上、Q.E.D.です」


残された夢の跡(5)

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