第74回テーマ館「ゾンビ」
秘境山荘の怪異 (3) 夢水龍乃空 [2009/09/28 20:51:16]
(2)へ戻る
朝の風景を撮ると言って、滝吉の作った弁当を持った大間が出かけたのは、まだ太陽が
顔を出す前の時間だった。そのために、朝食は女性三人に混じって男性は中町一人という
ことになった。
芸術家を名乗る中町に対して、最初はどんな作品を作っているのか、どんな構想を持っ
ているのかと、質問を投げていた女性陣だが、曖昧な返答しかなく、例のニヤけ顔でじろ
じろと見る視線を嫌って、そのうち話しかけなくなった。吉田は職業柄か、そんな変わり
者に興味がありそうだったが、あえて会話に誘うことはしなかった。
コンビニなどあるわけもない場所なので、基本的に三食とも山荘で取ることになってい
る。いらないという話がなければ、人数分用意する。大間も昼近くに戻るのが普通だっ
た。
「あのう」
切山たちが朝食の片づけをしていると、天崎が話しかけてきた。滝吉を見ると、後は
やっておくからと目で答えてきた。
「何ですか」
「あ、折角だから、火口まで行きたいんですけど、道がよく分からなくってぇ」
そう言う横では、一谷が早速地図を広げていた。
温泉が出るだけあって、この一帯は火山地帯だ。特に、今でも小さな噴煙を見ることが
できる噴火口は、人気の観光スポットとなっている。目立つ歩道が無いだけに、確かに分
かりづらい。
「まず、ここが山荘で・・・」
注意が必要なポイントや、やってはいけないことなどを一通り説明して、二人を送り出
した。
「なんだ、連れてってやらんのか」
洗い物を終えた滝吉が、奥から出てきた。
「特にやることもないだろう」
「別に、頼まれたわけじゃないし」
「もっと積極的にならんと、女の子は待ってくれんぞ」
「なんかそればっかですね」
「心配してるんだよ」
「気にしないでください」
少しして、今度は吉田が出て行った。また歩いてくるのだろう。どこが目当てかは分か
らないが。
いつもの仕事を済ませてのんびりしていると、大間が戻ってきた。時計を見れば、もう
12時近い。
「お帰りなさい」
「よお。今朝は空が良かった。いいのが撮れたよ」
「本当ですか? 後で見せてくださいね」
「おおいいとも」
どすどすと階段を上がって、大間は部屋へ戻った。
昼食の仕込みは、朝の内にほとんど終わっている。最後の調理は10分もあればできる
ので、午前中は掃除や見回りに費やされる。見回りでは、山荘の周囲に危険動物の足跡が
ついていないか確認するもので、もし見つければ罠を仕掛けたり、夜番をしたり、対策が
必要となる。
吉田も戻ってきて、食べ始めてから少し遅れて天崎と一谷が加わった。お互いの成果を
披露し合いながら、楽しい食事となった。中町もいたのだが、会話に入ることも、誘われ
ることも無かった。
食事の後、大間と中町はすぐに出て行き、ロビーでは女性陣がしゃべり続けていた。ど
うやら、吉田が大学の話やこれまでに行ってきた秘境の話を聞き出しているらしい。相変
わらず、大きな手帳に素早く書き込みをしていた。
切山が山荘の周辺の落ち葉や小さな落石を掃除している間に、ロビーのおしゃべりが終
わったらしく、天崎と一谷の二人がタオルを持って出て行った。また温泉に行くのだろ
う。見送りながら中へ入ると、ロビーには誰もいなかった。
「あのライターさんも部屋に行ったよ。いい加減に原稿にしなきゃ、仕事にならないだろ
う」
カウンターから滝吉が声をかけてきた。
「そうですよね。ずっとメモばっかりじゃ、お金にならないし」
久しぶりに静まりかえったロビーでぼんやりしていると、玄関から濁った声が響いた。
「ごめんよ」
「あ、いらっしゃい」
慌てて切山が迎えに出ると、浅黒い肌で薄汚れた衣服をまとった、中年の男が立ってい
た。顔には薄気味の悪い笑みが浮かんでいた。
「予約はしてねえんだ。部屋空いてるかい」
空いてなくても泊まるぞという様子で、男は言った。
「はい。空室はあります。お一人様ですか?」
「そうだ。一人だ。連れはいねえ」
「・・・分かりました。どうぞ」
男を招き入れて、カウンターの滝吉に部屋の準備をしてくると言ってから、切山は急い
で階上へ向かった。掃除はいつもしてあるのだが、ベッドに布団は置いていない。それを
物置から運び込めば、準備はほぼ終わりだった。荷物はほとんど何も無く、着替えさえ無
さそうだった。案の定、支度中の部屋に、男はぺしゃんこの汚い袋を一枚持っただけで
入ってきた。
「おう、いい部屋じゃねえか。気に入った」
「あ、ありがとうございます」
「もういいぜ。行け」
「あのう、説明を・・・」
「いいって言ってんだよ」
「あ、はい、分かりました。ごゆっくりどうぞ・・・」
鍵を渡して部屋を出ると、すぐに中から施錠する音がした。なんだか気分が悪い。
カウンターで、男が書いた宿帳を見ると、三浦幹生となっている。住所からするとだい
ぶ遠方のようだ。
「なんだか怪しい人ですね」
「お客さんを悪く言うもんじゃない」
「あ、すみません」
「まあ、あまり見ない感じではあるがね」
それから、三浦を見た者は誰もいなかった。
(4)へ
戻る