第74回テーマ館「ゾンビ」



秘境山荘の怪異 (4) 夢水龍乃空 [2009/09/28 20:50:58]

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 三浦が現れてから少しして、電話が鳴った。
「はい」
「もしもし、部屋、まだあるかな?」
「あ、あの」
「急いでるんだ。頼むよ」
「あ、はい、ええ、何名様でしょうか?」
「二人だよ、二人。二人部屋でいい。夫婦だ」
「はい、二人部屋はあいております。本日のお泊まりですか?」
「そうだ。一泊でいい」
「かしこまりました。では、二名様で一室ご予約ということで、承ります。ご到着は何時
頃になるでしょうか?」
「ああ、すぐ行く。そんなにかからないはずだ」
「かしこまりました。お客様のお名前は?」
「えーと・・・川名、川名だ」
「三本川の川に、えー・・・」
「名前の名だよ」
「はい、承りました。川名様ですね。お待ちしております」
「ああ。頼むよ」
 慌ただしいながらも抑え気味な声で、男の電話だった。
「オーナー、二名様ご予約です。本日から一泊で、二人部屋お願いします」
「了解。なんだか忙しい電話だったな」
「ええ。今日は妙な客が来る日ですね」
「こらこら。大事なお客様だぞ」
「分かってます」
 電話で言っていた通り、数分後には車の音が聞こえて、男女の二人組がそそくさと玄関
をくぐってきた。
「いらっしゃい」
「川名だ」
「お待ちしていました。どうぞ」
「ちぇっ、山小屋じゃねえか」
「仕方ないだろ。この道じゃ、もうここしかないんだから」
「分かってるよ。クソッ、圏外かよ」
「ちょうどいいじゃないか。電源なんか切ってなよ」
「いちいちうるせえな!」
「ちょっと、いらつき過ぎだよ。ちょっと落ち着きな」
「ああ畜生! 分かってるって」
 隠そうともしない会話を聞きながら、切山はこの二人がどうしても受け入れられないと
感じていた。訳ありもいいところだ。むしろ距離を置いて関わらない方がいいかもしれな
いと思った。
 カウンターへ通して、男がチェックインの手続きをする間、女の方はやけにキョロキョ
ロとしていた。品定めする客は多いが、どうも何かに警戒しているような、怯えた様子に
見えた。
「お部屋に案内します。荷物は持ちますので」
「いや、いい。自分で持つ」
 切山が鞄に手を伸ばすと、男は奪うようにして取り上げ、両手でしっかりと抱きかかえ
た。すぐに片手で下げるように持ち直したが、その動揺ぶりは明らかにおかしかった。切
山は何かまずい人間を招き入れた気になって、ちらっと滝吉を見たが、滝吉は軽く首を
振って、気にするなと伝えてきた。
 結局、切山は何も持つことなく、二階の二人部屋へ案内した。部屋に入るとすぐ、女は
カーテンを引き、説明も苛立たしげに聞いて、鍵をもらうとすぐに切山を追い出して鍵を
かけた。
 三浦はともかく、川名たちには食事の説明をしてある。いらないとは言わなかったか
ら、食べるのだろう。ついでに三浦の部屋をノックしてみたが、反応は無かった。どうし
たものか。
「三浦さんの食事、どうしますか?」
 既にキッチンで用意を始めていた滝吉に聞いてみた。
「キャンセルは無い。作るだけさ」
「はあ。なんか出てこなさそうですけどね」
「それはお客様の自由だ」
「まあ、そうですけどねえ」
 5時過ぎくらいから、ロビーには吉田が来ていた。例によって手帳にペンを走らせてい
る。6時くらいには、女子大生組が現れ、途端に賑やかさが舞い戻った。いつの間にか中
町も端に座って、いつも以上にニヤけた顔で女性陣を眺めていた。この分なら、覗きは成
功だったのかもしれないと、切山はうんざりしながら思っていた。
 食事の時間について、改めて川名の部屋にインターホンで伝えてから、切山も料理の手
伝いに入った。予定外の人数に、滝吉も苦戦していたのだ。ロビーを覗くと、既に三浦以
外の全員が集合していた。川名夫婦は中町と反対の隅に座って、顔を伏せたままじっとし
ていた。まるで何かから逃げいているような、そんな印象を切山は持つようになってい
た。この二人の印象はどんどん悪くなっていく。
「お待たせしました。準備ができましたので、食事にしましょう」
 滝吉と切山でトレーを運んで、テーブルに料理が並んでいく。三浦の分は、とりあえず
キッチンで保管することにした。
 吉田と女子大生の三人組に、大間も加わって、食卓は一見盛り上がって見えた。だが、
相変わらず中町は淡々と食べ物を口に運ぶだけで、その周りだけ空気が澱んでいる。さら
に今日は、川名夫婦が空気を悪くしていた。
 宿帳によれば川名敏一というらしいが、男の方はあまり食が進まず、妻の麻江に促され
て、まずい薬でも飲んでいるような顔で少しずつ食べている。麻江は敏一の面倒を見なが
ら、既に半分以上食べ終わっていた。
 そんな様子で、食事は30分近く続いた。滝吉と切山も、キッチンで食事を済ませて片
づけのタイミングを待っていた。
「あのう、オーナー」
 吉田の声だ。
「はい。何でしょう」
 滝吉が立ったので、切山もなんとなしについて行った。
「この辺の地形なんですけど」
 どうやら、山の地形について詳しく聞きたかったようだ。天崎たちと一緒に、地図を見
ながら滝吉に質問している。
 その時、二階で重い物を落としたような、大きな物音がした。
「見てきます」
「俺も行こう」
 切山が階段へ向かうと、大間も立ち上がった。聞いたこともない音に緊張が走り、切山
は大男の大間がいてくれて少しほっとした。
 階段を上がったところには、特に異状は無い。
「奥へ行こう」
「はい」
 玄関から見て右の壁に階段があり、上がりきると左へ折れて廊下が続く。その廊下の右
側に一人部屋が並び、左側には二人部屋が並ぶ。廊下は突き当たるとさらに左へ折れて、
右側に一人部屋の続きを置いて、その先の広い窓がある壁で止まる。廊下を曲がったとこ
ろで、異変の正体が見えた。
「三浦さん? 三浦さんですよね?」
 服装に見覚えがあった。近寄って呼びかけたが、反応が無い。
 ごくりと唾を飲み込んで、切山は三浦の脈を診た。
「脈が無い・・・」
「どれ、見せてみろ」
 大間も寄ってきて、鼻と口に顔を近づけた。
「息もしてないようだな」
「え」
 大間がさらに首に手を伸ばした時、うっと声を上げた。
「これ、見てみろ」
「何ですか?」
 大間が指さす物を見て、切山は目眩がした。三浦の首には、細いロープがしっかりと巻
き付いていた。


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