第74回テーマ館「ゾンビ」



秘境山荘の怪異 (5) 夢水龍乃空 [2009/09/28 20:50:39]

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 二人はまず一階へ下りて、見てきたものを説明した。ほとんどはそんな宿泊客がいたこ
とすら知らなかったが、殺されたようだという話を聞いて震え上がった。野生動物がロー
プで人を絞め殺したりはしない。人間の仕業だ。
 廊下の突き当たりの窓は開いていた。いつ誰が開けたのかは分からないものの、昼間も
閉まってはいなかったと、客たちは証言した。
 全員黙ってしまった状況で、突然麻江が立ち上がり、階段に駆け寄った。
「待ちなさい!」
 慌てて滝吉が追いかけ、麻江を捕まえた。
「何を考えてるんだ! もし、万が一まだ犯人が潜んでいたらどうする!」
「あ」
 言われて気付いたようで、麻江は再び椅子に腰掛けた。だが、しきりと部屋のある方向
へ視線を投げていた。何が気になるのか、切山は気になったが、旅行者を狙った泥棒とい
う考えが浮かんで納得した。
「外を見てくる」
 敏一が立ち上がり、玄関を出て行った。
「馬鹿野郎が」
 滝吉より先に大間が立ち上がって、慌てて後を追った。
 窓から見た限りでは、辺りは完全に闇に包まれ、山荘から漏れる灯りだけが付近を照ら
していた。しばらくして、大間が一人で戻ってきた。
「あいつ、もう少し調べるとか言って聞かねえんだ。ライトは渡したけどな、何考えてや
がる」
 椅子にどすんと腰掛けて、荒い鼻息を吹かせた。
 切山は、気になっていたことを思い切って提案した。
「犯人は、わざわざ三浦さんを殺すために忍び込んだわけじゃないと思います。他に目的
があって、三浦さんに見つかったために、殺して逃げた。そういうことじゃないんでしょ
うか」
「目的だって?」
 滝吉が言った。
「はい。例えば、盗みを働くとか」
 麻江の顔に動揺が走ったのが、切山にははっきり見えた。そこへ、敏一が戻ってきた。
何も無いと一言言って、麻江の横に腰を下ろした。その敏一に、麻江は小声で何事か告げ
ると、敏一の表情にも動揺があった。切山が川名たちを睨んでいると、滝吉が一つ咳払い
をした。
 切山は本題の話を続けた。
「そこで、二階の捜索を兼ねて、持ち物を調べてみませんか。何か無くなった物がない
か、見ておいた方がいいと思います」
「そうね。そうしましょう」
 珍しく、麻江が積極的に答えた。
「あのう、その前に、警察を呼んだ方がいいんじゃないですか?」
「あ」
 あまりの事態に、当たり前のことを忘れていた。一谷に言われて初めて気がついた。
「二階を見てからでもいいんじゃない? どうせこの道だもの、来るのは明日よ」
「そうかもしれんが、連絡だけはしておこう。手があるかもしれない」
「そうね。それがいいかも」
 吉田の落ち着いた声で少し冷静になり、切山はようやく呼吸している感覚を思い出し
た。滝吉が電話を取り上げたところで、意外なことを言った。
「通じない」
「そんな馬鹿な」
 駆け寄った切山が見た限りでは、電話線が抜けているようなことはなく、普段通りのは
ずだった。
「線が切れたのか? まさか・・・」
 切れた? いや、切られた? 切山の頭には、ただならぬ事態を告げるアラームが鳴り
響いていた。
「とにかく、持ち物を調べましょう。二階に誰かいるかもしれないっていうのも、気にな
るわ」
「そうですね。まず、僕が二階を調べます。すみませんが、念のため大間さんも来てもら
えますか?」
「もちろん協力するぞ」
 大間が握り拳を作って立ち上がった。実に頼もしい。
「俺も行くよ」
 意外にも、敏一まで椅子を立った。麻江は黙っている。行かせるつもりらしい。怪しい
男だが事件についてはアリバイがある。人は多い方がいいと考えて、切山は三人で行くこ
とにした。中町は最初から当てにしていないし、本人も黙ってそっぽを向いていた。
「それじゃ、行きましょう」
 切山は奥の部屋からマスターキーを取り出し、まずは一階の戸締まりを全て確認した。
基本的に開けることがない窓の鍵は、締まったままだった。そこから賊が侵入した形跡は
無い。後は二階だ。
 大間が先頭になり、階段を再び上がった。何事もなかったように静まりかえった廊下
が、かえって不気味だった。
 最初の部屋から順に開けていく。まずは、空室の鍵がかかっていることを確認して、マ
スターキーで開ける。中を調べて、窓の施錠も確認しておく。大間と切山で中を見ている
間、廊下は敏一が見張っていた。客がいる部屋には、鍵がかかっていないものもあった
が、いずれの部屋にも不審者はいず、窓が開いている部屋は閉じておいた。
 捜索の間に、大間と川名夫婦の部屋の荷物は調べておいた。大間の部屋はカメラの機材
が散逸していて、逆に鞄の中はすっきりしていた。川名の部屋は、元々荷物が少なく、部
屋は綺麗で鞄の中は空に近かったが、敏一は部屋の隅々までよく調べていた。川名の部屋
では麻江の荷物も調べてもらったが、どちらも遺失物無しという報告だった。二人とも施
錠はしていなかったという。
 廊下の奥の窓を閉めて、大間が足を、切山と敏一で両手を持って、三浦を彼の部屋に移
動した。廊下に転がしておくわけにはいかない。念のため、大間に写真を数枚撮っても
らった。三浦の体には、せめて部屋の毛布をかけることにした。
 階下で状況を説明して、中町と女性陣を連れて再び二階へ戻り、それぞれの荷物を調べ
てもらった。中町の場合は切山も一緒に部屋を調べたが、小さな鞄の中は少量の着替えに
携帯ゲーム機と充電器でいっぱいで、無くなった物はなさそうだった。女性の荷物検査に
は同行できないので、それぞれに見てもらい、異状無しという報告を受けた。
 いつ再びの襲来があるか分からないため、ロビーでは交代で不寝番をすることになっ
た。志願者は大間だけで、川名たちは夫婦で過ごすことにしたそうだ。なんだかんだと、
落ち着いた頃には既に12時近くなり、2時間ずつ3交代とし、最初に滝吉が番に入り、
明け方まで休んだら車で麓へ向かうことになった。朝食の対応の関係で、切山は最後の番
にしてもらい、深夜帯は大間が当番となった。
 そして、切山は世にも恐ろしい経験をすることとなる。


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