二      人      だ      け      リサイタル

前編Aパート




「ただいまぁ」

玄関でわりと元気な声を出してみる。
今日はシンジのヤツ先に帰っちゃったから・・・ヒカリとあんみつ食べに行った私が悪い
んだけどさ、何となくシンジに出迎えて欲しい気分。

キッチンから「お帰り、アスカ」って、シンジが言ってくれるのを待ってたんだけど、
出てこないみたい。

ちょっとむっとしてキッチンに行ったら、夕飯の支度は出来てるのにシンジが居ない。
ずいぶん早い時間なのに・・・どっか買い物にでもいっちゃたかな、あいつ。

仕方ないから部屋に行こうとしたら、リビングから音楽が聞こえてくるのに気付いた。


バッハの無伴奏チェロ組曲・第一番

久しぶりに弾くには少し難しいけど、一番たくさん練習した曲。
暗譜でいきなり弾けるレパートリーは数少ない。
特に好きな曲だから、自然といつも弾いていたから、久しぶりでも結構弾ける。

途中から少しアレンジしてみる。
巨匠バッハのオリジナルとは少しテンポを変えて・・・

余韻を意識して、なおかつ少し速いテンポで

僕の考えたアレンジじゃない。
20世紀後半に、クラッシックの新解釈っていうのがはやった時期のアレンジ。
誰だったか・・・たしかヨーヨー・マ・・・
コピーするといっても彼と僕では腕が天地の差だから難しい。

コピーはあきらめて自分なりに余韻を意識する。
今度はオリジナルから少しテンポを遅らせる。
残響のない部屋で、チェロの独奏だから味気なくならないように。

少しスローな方が簡単だ。
自分なりのリズムを見つけた感じかな。

一曲そのテンポのまま弾き終わる・・・パチパチパチパチ
真後ろから突然拍手が聞こえたのに驚いて振り返る。

いつの間にかソファーにアスカが座っていた。


声をかけるのがなんだか悪くって、シンジに気付かれないように後ろに座った。
前に聞いた時より巧くなったのかな?

なんか雰囲気違って聞こえる・・・柔らかくって、シンジらしい音がする。
もっと聞いていたかったのに、曲が終わっちゃう・・・

「なかなかやるじゃない・・・こないだ聞いた時と雰囲気ちがう?」

「あっおかえり、アスカ・・・良くわかったね、少し自分のテンポで弾いてみたから、
 今のは」

「ふーん、楽しい?チェロ弾いてる時って」

「嫌なことは考えないよ・・・良い音出すことに神経使ってるから」

「そうよね・・・なんか優しい感じがした」

「そっ・・そう?・・・ご飯出来てるけど、すぐ食べる?」

「ううん、ヒカリとおやつ食べてきたから・・・それよりもっと聴かせてよ」

「えっ?」

「えっじゃないわよ、私がリクエストしてんのに、文句あるの?」

「そういうわけじゃないんだけど・・・これぐらいしか、人に聴いてもられるほど
 弾けないから」

「バッハの無伴奏チェロ組曲の1番ね、プレリュードは良く耳にするけど、全部ナマで
 聴く機会なんか滅多にないもん。同じのでも良いわよ」

「そ・そう・・・ちょっと待ってて」

そういうとシンジは部屋に行ってしまった・・・
なにか準備がいるのかな?、さっきまで弾いてたのに・・・
しばらくたっても戻ってくる様子がないから、私は服を着替えるために部屋に向かった。

二人だけのリサイタルよね、これって。
おめかししたらシンジは驚くかな?


アスカをリビングに残したまま部屋に戻る。
暗譜は完璧だから楽譜を出さなくても良いけど・・・・気分を出すためにやっぱり楽譜を
と思って、チェロのケースを開ける。

無い・・・たしかケースの中にしまっておいた記憶があるのに・・・

押し入れをあけて段ボール箱の中を探す。
いろんな楽譜が出てきたけど、バッハの無伴奏組曲だけ無い。

そうだ、使ってない方のチェロのケースの中だ!

押し入れの奥からもう一つのチェロケースを引っぱり出してきて埃を払う。

今弾いていたのが先生が買ってくれたので、ケースにしまったままのが父さんからの
プレゼントだ。

先生の所に預けられてから一度も会わなかった父さんに、手紙を出したのが11歳の時。

コンテストに出れるぐらいチェロが上手になったから、一度で良いから聴いてって・・・

父さんは忙しいともすまんとも言わずに、いくらするのか見当もつかないようなチェロを
送りつけてきた。


聴きに行くことは出来ない・・・それだけのメッセージカードを添えて。


コンテストは慣れていないチェロとアガリ症のせいでさんざんだったから、父さんが来な
くて良かった。

そして結局、そのチェロは一度しか弾かなかった。
骨董品として価値があると思われるくらい古い品で、重厚すぎる作りが僕の手には余った。

ビロードの内張りがしてあるケースの中に、久しぶりに手に取る古いチェロ。
あの時は良くわからなかったけど、今になってどんなに貴重なものか思い知らされる。
セカンドインパクト前の20世紀の品、どころではない・・・たぶん19世紀、それも初期
のものじゃないかな。

ケースの蓋のポケットに楽譜があった。
楽譜だけ持ってリビングに戻ろうと思ったけど、久しぶりに父さんのチェロを持ってみる。

あの時は大きすぎたネックが、今はしっくりと手になじむ。
手に余ったのは当たり前・・・まだ子供だったんだから。

そうだ、嬉しくて父さんのチェロで舞台に上がると言い張ったことを思い出した。
先生は弾きこなせないだろうって言ったのに、僕はどうしても父さんのチェロと舞台に
上がりたかったんだ。

・・・こんな大事なことを、どうして今まで忘れていたんだろう・・・

迷ったけど、結局そのチェロを抱えてリビングに向かう。

あの時は満足に弾くことが出来なかったチェロ。
人に聴いてもらうためにチェロを弾くのは久しぶりだから、今度こそ、このチェロの出番
だと自分に言い聞かせて。


リビングに戻って楽譜を載せるために小机を動かす。
今度はソファーに座るアスカの方を向いてイスに座る。

アスカは部屋に行ってるみたいだ・・・
さっきは制服のままだったから着替えに行ったのかな?

今のうちに調律する。
久しぶりに張られる弦。
いつも使っている方のチェロを頼りに調律をすすめていくと、父さんのチェロの方が
遙かに響きが良いことに気が付く。
ただ、少しでもまちがえると容赦なく音が荒れる。

気難しいんだ、このチェロ。

なんだか父さんみたいだと思いつつ調律をすすめる。
そのうち、今の自分にはこっちの方がしっくりなじむってことに気付いた。

背も伸びたし手も大きくなってる
なんだかいつもよりも巧く弾けるような気がしてきた。

「いける!」


鏡の前で最終ちぇーっく!

いつもよりきつめにアップでまとめた髪に大きめのリボン。
唇にホンの少しだけルージュを引いて・・・ばっちり。

赤いワンピースはまだシンジに見せてないはず・・・
ドイツにいたときのお気に入りなんだけど、日本は思ったより暑いから今まで着る機会が
なかったんだ。

すこし・・・胸がきついかな?
ウエストは変わってないから、また少し成長したってことなのかな?
きついって言っても鈍感のシンジが気付くほどじゃないわよね。

襟元のリボンを整えてると、調律してる音が聞こえてくる。

なによ、シンジも気合い入ってんじゃない。

私の方も準備オッケーよ。

「行くわよ、アスカ!」





Bパートに続く

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制作・著作 「よごれに」けんけんZ

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