「碇、お前の息子がB−29を三機墜としたそうだ。しかも単機でな」

 初老の温和な顔をした男が、机の上で両肘を突いて考え事をしていた男へ報告書
を読みながら伝えた。
 その男は少し顔を上げてただ一言言った。

「そうか」

「おいおい、それだけか?」

「ふん。で、シンジはどうなった?」

「下にいた特務艦の連中の話だと、敵の戦闘機と一対一でやりあった後、翼に被弾
 したそうだ。相手の戦闘機も被弾している。相打ちだな。火は噴いてなかったら
 しいから、不時着しただろう」

「どの辺りだ?冬月?」

 冬月と呼ばれた男は部屋の壁にかかった戦域図に近寄り、小笠原のさらに南方の
洋上を指差した。

「この辺だな。特務艦の連中は見失ったらしい。砂州か岩礁にでも辿り着いていれ
 ば良いが」

 冬月の示した点はシンジが乗った紫電改の航続距離ぎりぎりの地点であった。
 たとえ満タンで出ていっても帰ってこれないはずの場所だ。

「馬鹿者が……あれほど言ってあったのに……」

「お前も昔は無茶をしただろう。やはり蛙の子は蛙だ」

 今でこそ司令と呼ばれる身になり、飛ぶことも少なくなったが、この碇ゲンドウ
という男、かつては中国大陸で97式を駆り、中国軍やソ連軍相手に圧倒的な戦果を
挙げた人物だった。

 その際、ソ連軍のパイロットと死闘を演じ、互いに燃料切れで不時着という憂き
目を見ていた。

「私とは違う……奴は死に場所を探しに飛んでいるのだ。親として、もう見逃す事
 が出来ん」

「ふっ…お前が“親として”と言うとはな。しかし、どうする? この辺りは完全
 に敵の制空域だ。海からも空からも近寄れんぞ」

「後を頼む、冬月」

 そう言うとゲンドウは席を立つ。

「おいおい、碇、お前が行く気か?」

「他に人が居ない。仕方あるまい」

「しかし……まともな機がないぞ?」

「今に始まった事では無い」

 実際、飛べる機体は既に少なく、二機を一つ、三機を一つにしてなんとか飛べる
モノにしていた。
 しかし、出来上がったものは、物好きな整備班と、司令部付の赤木技術大佐の手
でオリジナルよりはるかに性能の良い機体になっている場合も有る。

「二式水戦があったろう。」

「あれか……しかしあれは」

「飛べればいい」

「分かった。しかし気を付けろよ。ミイラ取りがミイラになるな」

 この碇ゲンドウが率いる部隊、正式には「海軍空戦技術研究隊」というのだが、
司令官の名前をとって通称「碇隊」と呼ばれていた。

 陸軍、海軍の種類を問わず、あらゆる日本軍機の特性、運用を研究している部隊
であったが、戦局も押し迫った今日では回ってくる飛行機も少なく、スクラップ寸
前の機体を寄せ集めてひとつにまとめていた。

「では、任せたぞ」

「いつもお前の尻拭いばかりやらされる」

「それも、今に始まった事では無いだろう」

 その部隊の特性上、司令部の目の前は桟橋になっていた。
 ゲンドウはそこから暖機運転の終わった二式水戦に乗り込み、一路南へ飛び立っ
た。

「親の顔が見たい……というのは通用せんな」

 辺りは夕闇に包まれ始めていた。


  

Sky Lover

第二話

  


 夕日を背にシンジが言う。

「そろそろ手を下ろしていいかな? ラングレー少尉」

 シンジは自分に銃口を向けている女性士官に歩み寄る。

「手はおろしていいわ……ゆっくりとよ……動いていいとは言ってないわ!そこで
 止まって!」

 アスカは慎重にガバメントの銃口をシンジに向けたまま近づく。
 それまで逆光で見えなかったシンジの顔が、まだあどけなささえ残る顔がはじめ
て見えた。

「あんたがさっきのジョージのパイロット?」

「ジョージ? ああ、紫電改の事? そうだけど、君はさっきのマスタングのパイ
 ロットかい?」

 シンジが聞き返す。

「ふうん、あの戦闘機、紫電改って言うの。それにしても私を撃墜したのがこんな
 優男だったとはね」

 アスカがやれやれといったジェスチャーをした時、シンジの足がガバメントを蹴
り上げた。

「あっ!」

 ガバメントは弧を描いて波打ち際へと落ちていった。
 ついそちらに視線を奪われたアスカに、シンジが組みかかる。
 不意をつかれたアスカはシンジに組み伏せられ、さしたる抵抗を示す間もなく首
筋にナイフを突き付けられていた。

「形勢逆転、かな?」

「ふん! なんでも好きにしたらいいわ!」

 組み伏せられたまま、アスカは怒鳴った。

「好きにしていいのかい?」

 シンジが不敵な笑みを浮かべて問い掛ける。

「ぐ……」

 アスカは顔を背け目を閉じた。

「ママ……やっぱりママは日本人じゃ無い。ジャップなんてこんなもんよ」

 アスカの身体から重苦しさが消える。
 アスカが目を開けるとシンジは脇で座っていた。

 シンジが体をどけたのであった。

「???」

 アスカには分からない行動だった。
 シンジはアスカがこっちを見てるのに気づくとナイフをアスカ足元に置いた。

「これは君に預けておくよ。」

「はぁ?」

 益々アスカには理解できない。

「どうやらここは無人島……と言うよりただの砂州だね。上から見た時も、何も見
 つからなかった」

 シンジが続ける。

「どちらの救援が先に来るか分からないけど、お互い味方が先に来た方の捕虜にな
 るって事にしようよ」

 シンジはその場にごろんと寝転がった。

「あんた……本当に日本の軍人?」

 シンジの行動、発言はおおよそアスカの知っている日本人のモノとは違っていた。

「正真正銘の海軍飛行隊さ。君こそ本当に米軍? どうやら日系人らしいけど?」

「そう、私は日系人よ。日本人の血が半分私には流れているわ。でも、私はアメリ
 カ人よ!」

「そうか。僕のお母さんはアメリカ人だった……戦争が始まってアメリカに帰った
 けどね……」

「え……?」

 いわれてみればシンジの肌は日本人にしては白かった。瞳の色も鳶色に近かった。

「あっそ」

「僕たち境遇がまったく逆だね?」




第三話へ続く

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制作・著作 「よごれに」けんけんZ

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