満月の光の中、二式水戦から降り立ったのはシンジの父、碇ゲンドウだった。
 シンジはムスタングから飛び降り、父を待った。
 アスカはコクピットの中から、対峙する二人を見守っている。

「父さん……」

 ゲンドウはシンジに歩み寄ると声をかけるでもなく、じっと息子の顔を見詰めて
いた。
 ちらり、と一瞬ゲンドウの目がムスタングのコクピットのアスカを見る。

 視線をシンジに返したゲンドウは、黙ったままシンジの頬を打った。

「と……父さん……」

「馬鹿者が!」

「ごめん……父さん……でも」

「……お前の気持ちはそれでもいい。……が、そんな事をして死んだ者が帰って来
 るわけでは無い」

「分かってる……分かってたつもりだった……」

「当分の間、飛行禁止だ」

 シンジは父の顔を見詰めると、黙って肯いた。
 ゲンドウがもう一度、アスカを見た。

「あれが、お前を墜とした相手か?」

「……うん」

 ゲンドウはシンジを残し、ムスタングへと歩み寄る。

「近寄らないで! それ以上寄れば自決するわ!」

 アスカの手に、何時の間にかナイフが握られている。
 シンジが突き付けたナイフでは無く、サバイバルキットに有ったツールナイフだ。

  

Sky Lover

第四話

  


「アスカ!!」

 ゲンドウの背後からシンジが叫ぶ。
 その声を聞き、ゲンドウは唇の端を少し歪めて笑った。

「官姓名を聞こう」

「……アメリカ陸軍航空隊、アスカラングレー少尉」

 アスカの名前を聞いたとたん、ゲンドウの顔色が変わった。
 しかし、この暗さで、それに気づいたものは居なかった。

「そうか……君はボリスの娘か?」

 突然、この目の前の男の口から父の名が出てきたことに、アスカは少なからず驚
いた。

「なぜ……父の名を?」

「やはり、そうか……奴はまだ飛んでいるか?」

「父は……死んだわ。パールハーバーでジークに……」  *ジーク=零戦21型

「そうか……母君によろしく言っておいてくれたまえ」

 ゲンドウはそれだけ言うとアスカに背後を向け、再びシンジの方へと歩いて戻る。

「ちょっと!私を捕虜にするんじゃないの?」

 アスカに呼び止められ、ゲンドウは振り返った。

「あの機に二人乗せる余裕は無い。それに、もうすぐ君の友軍が来る」

 事実、ゲンドウはこの砂州に来る直前、米軍とおぼしき艦艇を数隻確認していた。
 ぐずぐずしていると自分達の身が危ない。

「シンジ、すぐに出るぞ。用意をしろ」

 ゲンドウに言われたシンジは少し戸惑いの表情を見せた。

「でも……アレは単座じゃないか……どこに乗れって?」

「胴体の中に、お前一人くらいなら潜れるだろう。ぐずぐずしてると米軍が来る。
 それとも、残るか?……その方が少なくとも死なずに済むが」

「……分かったよ、父さん」

 シンジは二式水戦に向かい、胴体の整備用カバーの取り外しにかかった。
 ゲンドウも再びコックピットに戻り、離水の準備にかかる。

 黙々と作業をしている二人に、アスカが近づいてきた。

「シンジ……ちょっと……」

 呼ばれたシンジはアスカと、続いて父、ゲンドウの顔を見た。

「3分ぐらいは余裕がある」

 ゲンドウはただそれだけ言い、再び作業を始めた。
 シンジはアスカのほうへと歩み寄る。

「何?……アスカ」

 二人はムスタングの影へと入っていった。

「ん……その……ね、どうしてあなたのお父さん、私の父の名を知ってるのよ?」

「いや……僕にも分からないよ。父さん、昔のことは話さないから……」

「そう……」

「話はそれだけ?」

「ん……戻るのね?」

「うん……」

「そしたら、また敵同志ね」

「そうだ……ね。また何処かで逢うかもしれない」

「一つだけ、私に約束してくれない?」

「何を?」

 アスカがじっとシンジの目を見詰める。

「……絶対に死なないって、約束して」

「へ?」

「あんたにはまだまだ聞きたいことがあるの……それに……」

「それに?」

「どうやら、あんたのことが好きになったみたい」

 アスカにそう言われたシンジは、一瞬何を言われたか理解できなった。
 が、その言葉の意味を知り、顔が紅潮していくのが分かった。

「な、何を……突然……」

「アンタは私を墜とした戦闘機乗り……他の誰とも違うわ。確かに今は敵同志だけ
 ど、戦争が終わればそんなの関係なくなる」

「そりゃ、そうだけど……参ったな」

 シンジはポリポリと頭を掻いた。

「私じゃ……嫌?」

 再びアスカの目がシンジを見つめる。

「……分かったよ。僕は死なない。約束する」

「じゃ、指切りげんまんしましょ」

「えぇ?」

「昔ね、良く母がやってくれたの。『日本じゃこうやって約束するのよ』って」

 そう言って、アスカはシンジに小指を出した。
 シンジも恥ずかしそうにそれに応える。

「指切りげんまんうそ付いたら……」

「針千本のーます」

 誓いの儀式が終わり、二人はお互いに笑った。

「シンジ、時間だ!」

 背後から父の声がした。
 同時に、唸りを上げてエンジンが始動する。

「もう、行かなくちゃ」

「うん……いい?約束よ?」

「分かった」

 シンジはそう言い、アスカに背を向け二式水戦へと歩き出した。

「シンジ!」

 アスカが走り寄っていた。

「え?」

 振り返ったシンジにアスカは電光石火、唇を重ねた。

「!」

 シンジにとってはもちろん、アスカにとっても初めてのキスであった。

 キスをしていた時間はものの数秒であったが、シンジにはとても長い間、それを
していたような錯覚に襲われた。

「なっ…………」

「今回は、私があなたを撃墜ね。これでお相子よ」

 アスカは、そう言って、シンジに微笑みかけた。

「シンジ!早くしろ!」

 ゲンドウが苛立たしく声を上げていた。

「それじゃ……」

 シンジは父の待つ機体に駆け足で戻って行った。

 シンジを収容したゲンドウはすばやく機の向きを変え、離水体勢に移る。

 アスカはその光景をじっと見守る。

 静寂を破るエンジン音が高まり、フロートが海水の上を滑っていく。
 離水速度に達し、フロートは海面から開放された。

 二式水戦は一度だけ砂州の上を旋回し、その後、北へと飛んでいった。
 コクピットの中ではゲンドウがアスカに対し敬礼で応えていた。

 アスカもまたそれに応える。



 こうして、シンジとゲンドウは再び空上の人となった。

 シンジ達を見送った1時間後、アスカは味方の駆逐艦によって救助された。

 二人が誓いを交わした砂州は満潮に洗われ、わずかに水面に残ったムスタングの機体
以外、大海原に溶けて消える。

 月だけが変わらずに、夜の太平洋を青く照らしていた。



第五話へ続く

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制作・著作 「よごれに」けんけんZ

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