▼第四章

「いやぁ、リっちゃん、相変わらずお美しい」

 そう言いながら、中庭側のガラス戸を開けて、男はリビングに入ってきた。
 リツコは男の言葉が聞えなかったかのように無表情で対面する。
 一見、健康そうなアウトドアスタイルも、その生白い顔とひ弱そうな脛の肉付きが全て冗談めいて見せている。

「何の用?」

 リツコは冷たく言い放つ。

 加持良治。アスカの母親の弟の妻の弟。要するに姻戚の叔父である。が、それ以前にリツコにとっては大学時代の同期生でもある。

「酷いなぁ。可愛い姪に会いに来てもマネージャーさんはご機嫌斜めって訳かい?」

 加持は、お構い無しにソファに体を投げ出すようにして座る。

「いやぁ、ここは久しぶりだけど良い所だねぇ」

 リツコは向い側のソファに浅く腰を降ろした。

「あら、優雅なご身分ね。お仕事はお休み?」

「まぁそんなところだね。このところすっごい忙しかったからねぇ。
 ほんと、死にかねない程にね」

 そういうと加持は分かるだろ、と言わんばかりにウィンクして見せた。

「・・・・・
 相変わらず・・・・諦めないのね」

 リツコは眼を伏せて言うと、顔を逸らし湖の方を眺める。日が傾いている。少し湖面には波が立っているらしい。

「でも・・・それじゃあどうして、ここに来たの?」

 加持の方を見ないようにして言う。難詰する筈なのに声が細い。

「・・・良く・・分からないな」

 はぐらかすように加持は言う、が抑揚はすっかり失せている。
 リツコは声を荒げた。

「いい加減にして!。あなたのやってることはアスカも危険な目に遭わせかねないのよ!」

 そうして二人は、向かい合う。リツコの眼には怒りの色が。しかし何食わぬ顔を決め込もうとしているのがあからさまに分かる加持の方の眼は却って、うつろでそこに何の感情も読み取ることは出来なかった。

「無駄だったわね、あなたに何を言っても」

 リツコはそういうと立ち上がり、加持を見ないようにして湖側の窓の前に立った。
 加持はその言葉には答えず、奥の壁際にある飾り棚を開け、ウィスキーの瓶とグラスを2つ取り出す。

「どうだい、リっちゃん」

「今度は何やったの?」

「飲まないか?」

「だから何をやったのよ!!」

 加持は、リツコが容易に引きそうに無いので肩をすくめて見せる。

「大したことはやってないよ。足は付いてない」

「でも、ここに転がり込むなんて公安がすぐ気付きそうなものじゃない」

「はは、まだ僕らの仕業だとは思ってないだろう。
 それに今回は雇われでね。
 犯行声明は別のグループが出しているしね」

「新宿の爆破事件ね」

「ご名答」

 そういうと加持はウィンクしてみせる。

「一体何の意味があるのよ」

「さぁ?」

「さぁ・・・て、あなたね、人が死んでるのよ」

「ああ。尊い犠牲だな」

 加持は、既に自分のグラスにウィスキーを注いでおり、それをちびちびと舐め始めていた。

「酷いわね」

 加持の視線は、リツコを通り越して窓の外の湖に、いや、その向こうの、対岸の山並みに注がれている。

「ああ、酷いもんさ。爆殺された死体はね。見れたもんじゃない」

「・・・・」

「どう?。俺一人飲んでるのも気が引けるんでね。リっちゃんも一杯やらないかい・・・
 おっと、これはここのウィスキーだったね」

 リツコは落ち着き無く、膝の上で組んだ手をしきりに組みなおしている。

「ミサト・・・・ミサトも一緒なのね」

「また、葛城かい。そんなに俺達はお似合いかね?」

「だって、そうでしょう?。今度もミサトの差し金でしょう」

「君も酷いことを言うね。かつての親友を捕まえてそりゃないだろう」

「じゃ、どうだっていうのよ」

 加持は、しばらく曖昧な微笑みを浮かべ、何かを言おうとしたが、気を取り直しグラスを呷った。
 それから、諦めたように言った。

「ま、その表現はともかく、確かに葛城も今回のことには噛んでいる。
 本当はここにも顔を出して旧交を温めたがってたんだが、なんせ色々と段取りがあってね。
 僕は暫くここに逗留させてもらうけど、葛城はちょっと今手が離せないんだ」

「じゃ、帰国してるのね」

「ああ」

 それから重苦しい沈黙。

 葛城ミサト。
 リツコが親友と呼んだ唯一の人間。だが、3年前のある事件で彼女は指名手配中だった。中近東に逃れているらしい、という噂を耳にしたことがある。
 だが、ミサトとはそれ以前からもう全く連絡が付かなくなっていた。

「それはそうと、うちの”姪”は一体どうしたんだい?。
 この夏は全く休みだっていうじゃないか。第一レッスンも休みだなんてリっちゃんらしくないスケジュールだな」

 リツコは大きくため息をついてみせる。これ以上加持を問い詰めてもどうにもならない。そしてそんなリツコの気持ちにお構いなしに、加持は、アスカの”叔父”を演じようとしている。

 冷血。

 ふとそんな言葉を思い浮かべる。目の前に居るのは、”大儀の為”に何の関係も無い人々を虐殺して平然としていられる男なのだ。しかも、その大儀すら信じるふりもしないほどに冷血な。
 だが、加持のその厚顔無恥な冷血振りにこそリツコは救われている自分を感じていた。少なくとも、忘れていられる。それは私のせいではない。

「別に大した問題じゃないわ。
 アスカだって休養が必要な時期はあるのよ。ましてや難しい年頃だし」

「弾くことに疑問を感じ始めてる・・・・んだな?」

「・・・・・よしてよ。あなたに分かるわけが無い」

「分かるさ。僕だってアスカの演奏は出来る限りチェックしてきてる。
 ここのところ半年、演奏はどんどん詰まらないものになってる事ぐらいちょっと耳を持つ人間なら気付いているだろう。
 もっとも提灯記事しか書けない批評家連中の中には、決して今のアスカを悪く書く奴は居まいがね」

「お見通しってわけ?」

「ああ。
 それで、リっちゃんはアスカが何に悩んでいるのか、何を疑問に思っているのか分かってるかい?」

「いいえ。
 マネージャ失格というなら言ってもいいわ。私自身不甲斐なさに嫌になってるくらいだもの」

「責める積りはないさ。
 分かってたとしても、僕らにはどうしようもない事だってある。
 実際君はこれまで良くやってきている」

 リツコは加持の言葉に張り詰めていたものが解けそうになるのを感じた。縋り付いて思い切り泣けたらどんなに楽になるだろうか、と。だがそれは、あの時、彼女自身が断ち切った糸。

「ありがとうって言って置くわ。
 でも、何の手立ても無いまま、私が出来たのはここに連れてくるだけだった」

「で、今彼女は何を?」

「それが、今日ね。面白い子を連れてきたわ。
 久しぶりに自分からピアノを弾くって言い出したし」

「ほう?」

「ちょっと覗いてみる?」

 ピアノの前に座ったままアスカは放心しているように見えた。
 エアコンの音が微かに聞える。
 シンジは、楽器を構えては見たものの、アスカの様子に音を出すことも、声をかけることも躊躇われていた。
 それに、実はアスカをこんなにしげしげと眺めるのは初めてだった。
 ブロンドの髪。白い肌。蒼い瞳。月並みな形容ながら「日本人離れ」した、といって良い顔立ち。
 けれど眦も鼻もどこか丸みを帯びて、東洋的な面影を残している。
 シンジにはそれ自体が一つの奇跡のように思えた。こんな綺麗な造形が人としてそこに居ることの不思議。この顔が造るどんな表情も眺めていたい。そんな気持ちになっている。見ることの心地良さ。見ている時間の経過の豊かさ。
 と、気が付くとアスカの瞳がシンジをじっと見詰めている。
 シンジは合ってしまった視線を外すことすら出来ぬまま、呆けたように見詰めてしまう。
 ま正面から見た顔の美しさに、思わず唾を飲み込む。
 頬に血が上ってくるのが分かる。心臓が強く鼓動し始め息苦しさを感じる。

「あ、ああの、あの・・」

 結局、シンジは言葉にすることを諦め俯くしかない。

「何?」

 静かに、やさしい声。

「うん・・・」

 もとより何も言い様が無い。だが、アスカが見ていると思うと、シンジには俯いた顔を上げる勇気は無かった。

「ごめんね」

「へっ?」

「リツコ、あんなだから、嫌な思いしちゃったね」

「そ、そんなことないよ。別に嫌なことは何も無かったし」

「本当?」

「うん」

「そう。優しいね」

「別に・・・優しいなんて・・」

「ううん。シンジは優しい」

 シンジは言葉を掛けられることがどうしてこんなに嬉しいのだろうと不思議に思っていた。それほど、アスカに言葉を掛けてもらえることが心地良かったのだ。

「さ、やろっか」

「あ、う、うん」


 2楽章。Adagio ma non toroppo。

 典型的な緩徐楽章である。オーケストラは木管のコラールで始まる。夏の日のとある夕暮れの回想のように、暖かく鄙びた主題。その趣をピアノで再現するのは難しい。
 だがアスカは、その難題を楽しんでいた。シンジに聞かせると思うと、歌のツボが面白いように分かってくるのだ。彼は分かるだろうか。自分の仕草に込めた想いを。
 その主題が終わるところをチェロの長いアウフタクトが受け、そのままその歌を歌い続ける。
 だが、シンジは今度は、アスカのやってみせた歌を忠実になぞってみせる。ピアノには出来ない単音の持続が、まさしくアスカが込めた歌を浮き彫りにする。

「ちょっと待って」

 アスカは突然演奏を止めた。

「どうして?」

「何?」

「どうして、シンジ、あたしのやったのを正確に繰り返すの?」

「だって、その方が綺麗かなって・・」

「嫌よ」

「え?」

「とにかく嫌なの。シンジの歌やって!」

「そんな・・・」

「あんたが、あたしのやったとおりできるんなら、あたしかあんたかどっちかが要らなくなるじゃない。それが嫌なの」

「あ・・・」

「何よ」

「なんとなく分かった」

 シンジは苦笑する。滅茶苦茶な理屈だけれど、確かに一理あるような気がした。
 再び、アスカは2楽章のはじめから演奏し始める。シンジは、今度はアスカが終わった後を受けて入るや、何時ものように、そのフレーズに内在する形を引き出そうとして弾いてみる。面白いことに一人でやった時には見つからなかった形が今なら容易に見つかる。
 『これでいいかな?』とシンジはアスカの方に眼を向けると、アスカは得たりとばかり、笑みを浮かべ頷いている。

 リツコと加持は、音楽室の外側の扉だけを開けて、二人の演奏を聴いていた。

「どう?」

 とリツコは加持の顔を伺う。加持は壁に凭れ掛かって、内側のトビラのガラス窓から中の様子を窺うようにしていた。

「ふむ。悪くない。
 というか、彼は誰だ?」

「誰だと思う?」

「あんな少年の話なんて聞いたことが無いぞ」

「ええ。私も驚いたわ」

「で?。誰なんだ」

「碇ゲンドウ氏の愛息子」

「う、嘘だろ?」

「ううん、多分本当だと思う」

「あの髭オヤジのかい。まぁ才能は確かに遺伝しているようだが・・・」

「ええ。凄いわ」

「だが・・・売り物の音楽じゃないね」

「そうね・・・・・・
 真剣勝負だから」

「いや、そういうことではないんだけど・・・・」

 リツコは加持の眼を見詰める。相変わらずその感情は読めないながら、そこには先ほどまでの非人間的な光は無い。リツコは唇の端に皮肉な笑みを浮かべる。

「・・・・・いつもながら鋭いわね」

「僕の姪だからね」

 リツコは眼を伏せた。

「・・・・やっぱり、怒ってる?」

「何をだい?」

「コンクールに出させたこと」

「・・・・・リっちゃんにとっては、それが最善だと思えたんだろ?」

「でも、結局私の読みが甘かった」

「そんなことはないさ。遅かれ早かれ、そういう目に会う筈だったんだ」

「でも・・・・13歳は余りに早すぎたわ」

 加持はリツコの言葉には答えず、じっとドアの向こうを見、音に聴き入っていた。

「・・・・あの子・・・・」

「参加資格そのものまで変えさせた手腕は見事なものだった」

 加持は何の感情も込めずそういうと、リツコの方へ向き直る。

「それに、君はうまくマスコミを封じ込める事にも成功した。
 コンチェルトや室内楽の課題でアスカも見事に共演者と協力関係を築くことが出来た。
 要するに君は、コンクールの悪弊と呼ばれるものを全て、ものの見事にシャットアウトできたじゃないか?。
 君が成し遂げた事が彼らに示したインパクトは決して小さく無い」

 その言葉はリツコの自尊心に訴えつつ一方で、彼女の心を切り裂いた。業界に静かな改革を齎したのは確かだった。だが所詮は権謀術数に過ぎないのだし、行使した影響力の殆んどは母が築き上げたものでしかない。

「あたし・・・・結局何をしたのかしらね」

「君は出来る限りのことをしたのさ。
 この先はアスカにしか出来ない」

「そんな風に割り切れないわ」

 加持は俯くリツコの方にそっと手を置いて言った。

「君はあの子の才能を信じきれないのかい?」

 リツコは頭を振った。

「では・・・」

「信じてる。でも・・・あの子は才能だけじゃないのよ?。
 一人の人間として・・・・」

「・・・・・・」

「確かに、あの子は強いわ。
 でもその強さが命取りになりかねないとしたら・・・」

 加持はリツコの肩に置いた手を下ろした。

「だとしたら・・・それでも行くしかないのさ」

 3楽章。スラブ民謡風のAllegro。

 音楽と年齢、体格。そんなものに制限されることなどあって欲しく無いことだが、実際には明確に差があるのだ。ベートベンの後期のものやブラームスのコンチェルトを弾く都度、アスカはその音楽が大きな体格の、中年に差し掛かった男の歌であることを強く意識せざるをえなかった。その大きな手が、積み重ねた年齢の齎すけだるい憂いを余裕に満ちて響かせる歌。あるいは、昔を思いながら、一日の労働の疲れを癒すかのように夕暮れに一人口ずさむ鼻歌のような。そんな音楽を、アスカは肉体的ハンデを押して必死に弾かざるを得ないのだ。

 そうして、このコンチェルトの3楽章は、1、2楽章にも益してそのような”大きな男の歌”である性格が強い。だが、アスカが驚いたことに、シンジは、彼の体や年齢を全く感じさせない音をいとも容易に弾いてみせた。一方で、合間に挟まれるコケティッシュな走句は、豹変と言っても良いほどに対照的な色合いで弾く。それはむしろシンジであるからこそ可能な軽やかさと言っても良い。その結果生まれる音楽は、”大きな男の歌”の範囲を遥かに超えて、スケールの大きなものになっていく。
 アスカは舌を巻かざるを得なかった。それまでの楽章は、なるほどアスカが結局のところ主導権を握っていたのに対し、この楽章では完全にシンジは音楽に入り込み、アスカをリードしていた。
 何故なのだろう?。どうして、こんな少年が何の衒いもなく弾いて、これほどの音楽になり得るのだろう?。

 なり得るのだ。どんな言葉にも益してそこに現実に響いている音がある以上、それは有り得たことだったのだ。

 やがて曲は終盤。

 チェロがゆったりと回想的なフレーズを奏でる。
 その余韻が消え去る間もなく、畳み掛けるようにオーケストラが疾駆するようなコーダを奏して曲は終わった。

 何故、自分がシンジを連れて来たのか、アスカは始めて分かったような気がした。
 体の奥底から、震えのような、それでいて熱い程の喜びが湧き上がって来る。

「どう・・・・かな?」

 先程まで雄大な音楽を奏でていた人物とは思えない程、おどおどした少年がそこにいた。

「どうって!!・・・・」

「・・・やっぱり、・・駄目?」

 アスカはおかしくなってしまう。これほどに感動を与えてくれた本人の狼狽ぶりに。
 クスッと笑うと、アスカはシンジの前に立ちはだかる。

「どう思う?」

「どうって・・・」

 シンジは、アスカの真意を掴み兼ねて、彼女の顔を見つめている。と、不意に顔が赤らむ。

「・・・・良く分からないよ、そんなの自分じゃ・・・」

 アスカはもう少し意地悪してやるつもりになっている。

「駄目」

「え・・・」

 はっきりと分かる程落胆するシンジ。

「そうなんだ・・・・」

 項垂れるシンジに、アスカはちょっとだけ罪悪感を感じる。

「あのねぇ・・・それは自分で分からなくちゃ駄目。
 良かったのか、悪かったのか。自分で分からなくちゃ駄目なのよ」

 演奏が駄目だと言われたのではない事に気づいて、シンジは顔を上げる。優しい眼差しが注がれている。

「本当のことはね。
 自分でしか分からないの」

「でも、僕にだって分からない。何が良くて、何が悪いのか」

「それでも分かるようにならなくちゃ」

「そんなの無理だよ」

 シンジは、少し膨れっ面になる。

「私ね。
 これでもプロのはしくれだから・・・・
 演奏しているとね、だんだんみんな本当のことは言ってくれなくなるの。
 ちょっと調子が悪いな、と思ってても良かった、って言ったり、
 逆に、どんなにうまく行ったと思ってても、けなす人もいる。
 ・・・・
 演奏家の世界ってね、
 みんな必死なの。
 評論家だって、レコード会社の人だってみんな、自分達の都合だけでしか考えてないし。
 そんな世界で、本当に自分がどんな演奏だったか、なんて自分で分かるしかないの。
 誰も本当のことは言わないから」

こんなことはシンジに言ってもしょうがない事なのに、と思いながらもアスカはもう話してしまっている。
 シンジは何も言えず、下を向いてしまった。
 が、やがてアスカをまっすぐに見据えて言った。

「・・・・・
 でも、アスカは本当の事を言ってくれるよね」

「!」

 アスカは一瞬、虚を衝かれたように感じる。
 厚かましいまでに純粋な瞳がアスカを見ていた。

「どうかしらね」

 素直にうなづけなくなったのは何時の頃だろうか。忘れていた疲れのようなものをアスカは首筋に感じていた。

 音楽室の扉の外でリツコは、シンジの演奏がどんどんとレベルが上がって行く様を、驚きを持って見守っていた。昼食前に聞いた彼の演奏は、ほんの"触り"でしかなかったのだ。「天才少年」、どころの騒ぎではない。
 この少年の中には、本物の天才が眠っており、それが何かのひょうしに突然その神々しい姿を現すのだ。

「こいつは・・・本気で驚いたな。もう鬚オヤジどころじゃないぞ、これは・・・」

 加持も、呆れ顔だ。

「ほんとね、さっきまでのが嘘みたい」

「だが、彼の表情を見る限り、意図してやっている訳じゃないみたいだな」

「それが不思議なところ、ね」

「どう?。
 リッちゃんのところで、売り出したくなったんじゃない?」

 リツコはため息をつく。そんな好運は滅多には来ないだろう。

「ええ、欲しいわ。
 これだけの逸材だもの」

「口説いてみちゃ、どうかい?」

「碇氏にはなかなか会えないのよ」

「だからさ。
 彼自身に掛け合うの」

「それは・・・・・・」

 さすがにまずいだろう。アスカの友人を利用するが如き行為を、アスカは許しはしまい。
 リツコが言い淀んでいると、

「相変わらず、リッちゃんは真面目だな」

 と言い、加持は音楽室の内扉を開いた。
 リツコはその言葉の中の刺を聞き逃さなかった。

「よ、久しぶり」

「加持さん!!!」

 ドアを開けて入って来た人物にアスカが駆け寄った。

「相変わらず、アスカは美人だな」

「いや〜ん、加持さんたら、からかわないでよ」

 シンジは、アスカの突然の豹変にいささか面食らう。
 アスカは加持の腕にしがみつき、甘えるような素ぶりで加持の顔を見上げている。
 頬は心無しか上気し、瞳は潤んでいるかのようだ。

「何時来たの?。
 今度はいつまで居られるの?。
 今日は泊まって行くんでしょう?」

「おいおい、そんなに矢継ぎ早に質問責めにしないでくれよ」

「だって、だって、だって加持さんって何時もちょっとしか居てくれないから」

「はははは。分かった分かった。
 それよりも、だ。
 先ずお客様に挨拶しないとな」

 そう言うと加持はシンジに右手を差し出す。

「や、始めまして。碇シンジ君?」

「あ、はい、そ、そうですけど?」

 突然現れた男に名を呼ばれて、シンジはびっくりしたが、リツコに聞けば分かることだったと気が付き、恥ずかしさから頬が赤らむ。

「加持と言います。
 アスカの叔父です」

 差し出された手と握手する。
 大きな大人の手。

「血は繋がってないけどね」

 間髪入れずにアスカは言った。
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