▼第二十五章

 夏休みに入ったから練習に専念、という訳には行かなかった。
 クーラーのいささか効きすぎた予備校の教室の中で、毎日を過ごすはめになったにも関らず、シンジは意外な程その事をすんなり受け入れてしまっていた。

 ***

「ここへ行け。もう申込も済ませてある」

 たったそれだけの手紙と共に、とある予備校の夏期講習の受講票が入った封筒が届いた時、シンジの心を占めていたのは、あの曲をどうしようか、ということばかりだった。
 何度かの練習の後、三人ともどうにか、自分のパートと他のパートを共存させるコツのようなものが掴めて来ていた。しかし曲全体をどうまとめるか、については多分にシンジに委ねられていた。原曲がコンチェルトである以上、最終的にはソリストのパートが要となっているから当然の事なのだが。
 そのせいだろうか、シンジは父から指示された夏期講習への参加をあっさりと受け入れてしまっていた。反抗する気が全くしなかった。嫌なら行かなければ良いだけのこと。
 それにシンジは、気分転換を求めていた。

 ***

「なんやシンジも来とったんか」

 席に座っていたシンジの背中を叩かれ振り返ると、見慣れたジャージ姿の少年が居た。

「あ、トウジもここなの?」
「あたりまえや。見て分るやろ?」
「あはは、は・・・そうだね」

 見て分りたくなかったが。

「なんや、心ここに有らずっちゅう風情やな。
 なんか悩み事でも出来たんか?」
「・・・あ、いやそういう訳じゃ・・・」

 むしろここに来て、急に空気が軽くなったように感じていたくらいだ。思いがけず、シンジにとってコンチェルトのことはプレッシャーになっていたようだ。

「そうか、しっかしせんせも、これで本腰入れて受験勉強っちゅう訳やな」
「どうかな」
「なーんや、その気ぃの無い返事は」
「あ、ごめん」
「謝られてもうれしないわ」
「そりゃ、そうだよね」

 こんな普通の会話をするのは、久しぶりのような気がしていた。

 ***

「そんでシンジはどこ受けるんかいな?」
「さぁ」
「はぁ?」

 少し気色ばむトウジを、シンジは怪訝そうに見返す。

「さぁ、やないやろ!!
 志望校決めんと来とる奴なんぞ一人も居らんでぇ。
 申込んときに志望校なんて書いたんや?」
「いや、僕が申し込んだ訳じゃないから・・・」
「あ・の・なぁ!!」
「あ、駄目・・・かな」

 トウジは嘆息する。

「お前が浮世離れしとるんは知らんでもないけど、な」
「そうかな」
「せやけど・・・」
「うん?」
「あかんで」
「へ?」
「志望校絞り込めへんたら、勉強する科目かて決まらんのや」
「えっ、そうなの?」
「そうや」
「そうなんだ」

 シンジはややショックを受けたようだった。

「やれやれ、せやけど申し込んだ教科があるんやろ?

 志望校が分れへんでも受講科目で学校はある程度決まるけどな」

「あ、そうなんだ」

 現金にもシンジはちょっと明るくなる。

 ***

「あ、お帰りなさい。
 アスカから連絡があったわよ」

 予備校から帰ったシンジを玄関口で出迎えたレイが言った。

「あ、そう。でなんだって?」
「今日から3日間程仕事が無くて空いてるんだって。
 練習しないかって」
「そんな、急に」
「ええ、でもアスカの方も急に決まったらしくて・・」
「で、どう答えたの?」
「うん、碇君予備校あるからって」
「へ?」

 シンジは嫌な予感がした。

「それでアスカがなんて言ってた?」
「それが・・・・・」

 レイが困った顔をしている。

「なんて?」
「・・・・じゃあたしから動けば良いのねって・・・」
「それ、どういう意味?」
「わからないわ。そのまま電話切れちゃったし・・・」
「お、怒ってなかったよね」

 シンジのうろたえ振りにレイがくすりと笑う。

「恐い?」
「こ、恐くなんてないけど・・・」
「そう?、ならいいけど」

 そういうとレイは自室に戻って行った。

「あ、・・・・」

 今から行くべきだろうか?、そう聞こうと思ったのだが、聞きそびれてしまった。さすがに、今からはちょっと勘弁して欲しいのが正直なところなので、レイが気にしていないなら、とシンジは放って置くことにした。


 それがこういう意味とは、本当なら予想しておくべきだったとシンジは後悔した。しかし今更後悔しても、いま目の前で起こっている信じがたい事態は、どうしようも無かった。

 ***

 丁度、数学の時間、講師が出した例題を解いているところだった。教室内は紙の上を鉛筆を走らせる音。
 と、その時、教室の前の扉が開くと、栗色の風が飛びこんで来た。

「シンジ!!!
 今日はつき合ってもらうからね!」
「え?」

 教壇の前に仁王立ちになって睨んでいる少女は惣流アスカその人だった。

「おい、あの人・・・」
「え、ウソでしょ」
「何で、こんなところに」

 さすがに最も知名度が高いピアニストと言われるだけあって、教室内の多くの者が、アスカに気が付く。
 しかし、周囲のざわめきなどアスカは気にすること無く、シンジをまっすぐ睨み付けている。

「え?、えっと・・・」
「ほら!、
 なにぐずぐずしてるの!!
 行くわよ。
 それともなに?、あたしに引きずり出されたいって言う訳?」
「あのー」

 アスカの背後から困惑した面持ちの講師が声をかける。

「うるさい!!」
「は、はい、すみません」

 アスカの怒声にあっさり引き下がる講師。案外情けない。

「なんで・・・」
「ほら、早く!」
「なんで来たんだよ」

 シンジは恥ずかしさに次いで、次第に怒りがこみ上げて来るのを感じた。耳まで真っ赤になりながら、俯いて反抗の言葉をつぶやく。

「だって・・・・
 あたし、
 やりたいんだもん!!!」

 そう言ったアスカの顔も何故か、真っ赤になっている。教室中にどよめきが走った。

「ひゃー大胆!!」
「なんで?
 なんで、あんな奴が彼氏なんだよ」
「これって、やばくない?」

 気が付くとアスカが入って来た扉からレイが心配そうに顔を覗かせている。肩にストラップの革の帯。きっとその後ろにシンジの楽器を背負っているのだろう。見るからに重そうだ。

『綾波まで・・・』

 一向に動こうとしないシンジに業をにやしたのか、アスカは速歩でシンジの席までくると、シンジの腕を掴んだ。一瞬、シンジは振りほどこうとしたものの、これ以上の抵抗は却って恥の上塗りにしかならないと観念し、不承不承帰り支度を始めた。

「早くしてね」
「・・・・」

 教室中の好奇の目に晒され、シンジは俯き加減でアスカに手を引かれながら教室を後にした。


 はっきり言って非常識だ。常軌を逸している。自分がどうかしていることくらい、分っていた。
 しかしどうにも、気持を押し止めようが無くなっていた。

 ***

 学校が休みとなれば、リツコは容赦無く仕事を入れて来る。そのことに不満を感じたことは無い。なぜならプロだから。
 それにしても学生プロミュージシャンにとって、夏休みは不利な季節だ。確かに休みは休みだが、一方で演奏会シーズンではない。季節感が失われている日本の音楽シーンでも、やはりクラッシック音楽の演奏会は夏枯れする。特に都市部でのリサイタルは客足がなかなか稼げないのだ。そこでリツコのスケジュールでは、夏はレコーディングが多くなるのである。
 そんな中突然のオフになった理由は、プロデューサの急病によるものだった。

 ***

 仕事で気を紛らわしていたものの、アスカにとっても例のコンチェルトは、喉に刺さった小骨のように気になっていた。レイやシンジを下に見ている訳ではないが、やはり自分はプロなのだ。プロフェッショナルな音楽家にとって、こなせない曲などあってはならない事だ。もし、これが急な仕事だったとしたら「できない」では済まされない。この曲に決着が付けられない限り、例え他の曲でどんなに良い仕事をしたとしても、自分の未熟さがばれなかっただけだとしか思えない。
 だから急に時間を持て余すと、どうにもこうにも、気になってしまう。自分の中の何かが急き立てる。居ても立っても居られなくなる。そこで朝から何度も自分のパートをさらっては見るものの、今そこに彼らが居ない事が切ないくらい痛く感じられるばかりで、一向に身が入らない。
 おかしくなりそうだった。

『もしもし、あ、レイ?
 暇でしょ、ね、今から練習しない?』

 身勝手な言い草も実のところ、後ろめたさを隠す強がりだった。それにまさか断られるとは思わなかった。

「え・・・・
 私は大丈夫だけど」
「何よ、何かあるっていうの?」
「碇君、今日はいないわ」

 瞬間、頭に血が昇るのが、自分でもはっきり分った。

「な、何ですって。
 どうして?!」
「予備校の夏期講習」
「へ?」

 アスカは力が抜けてしまう。
『予備校の夏期講習』
 なんと間の抜けた言葉だろう。自分ばかりが空回りしていることの虚しさを感じて、目頭が熱くなって来る。それが電話口の向こうのレイに見える筈もないのだが、何故かアスカは顔を隠すようにして話した。

「そう、じゃ明日は?」
「明日も、駄目だと思う。
 毎日あるから」
「・・・・」
「アスカ?
 大丈夫?」

 見透かされている気がして、狼狽える。

「何が、大丈夫なのよ。
 変なこと言わないでよね」
「・・・ごめんなさい。
 でも。
 今週末ならまた練習一緒に出来るし」
「な、何言ってるの」

 一体、彼らは今の状態の重大さを分っていないのだろうか。所詮はアマチュアでしかない彼らの鈍感さをアスカは呪った。

「分ったわ。じゃいい。
 あたしから動けばいいのね・・・・」

 何をしようと考えていた訳でも無い。ただの捨て科白。

「え?、アスカ?、何?」
「じゃ」

 そう言ってアスカは電話を切ってしまう。

 ***

 それが昨日の事だ。そして今朝、アスカは行動を起こした。


 タクシーの後部座席に座っているシンジは、一言も口を開こうとしない。例え自分が正しくてもシンジはアスカに対して反論しない。しても負けることは分っていた。だがそれでもシンジは決してアスカに屈伏している訳ではない。言うなりになっても、シンジにはどこか頑ななところがあり、全てをアスカの思うがままにさせてくれる訳ではない。それがもどかしい。それが悲しい。
 助手席にアスカが座ったのは、そんな頑なになったシンジの隣に居るのが気まずかったからでもある。自分がどんなに非常識な振るまいでシンジを困らせることになったかの自覚はあった。そして、シンジがこういう状態になって、心を開こうとしない時、アスカには何も出来ないこともこれまでのつき合いで良く分っていた。そう、シンジがアスカに気を使っているように見えて、実はシンジに気を使っているのはアスカの方だった。強く振舞って振り回しているが、アスカは徹底的にシンジを怒らせてしまわないように常に間合いを図りな
がら付き合って来ている。
 アスカの心の深いところでは、本当はアスカの方がシンジに服従している。
 それでも、自分はこうするしかなかったのだ、とほぞを噛むような気持でアスカは助手席に座ったまま前を見据えている。
 車は気まずい雰囲気のまま、アスカのマンションの前に止まった。


「全く、軽率なことをしてくれたわね」

 リツコは安っぽそうなスポーツ紙をテーブルに投げ出す。

「世間の目があるから気を付けてって言った筈よ。
 それなのにこんな馬鹿な事をするなんて、四六時中、付き人を付けなくちゃ駄目なのかしら?」
「ごめんなさい」
「こんなゲスな勘ぐりされるなんて・・・・
 あなたももっと自分を大切にして頂戴」
「・・・・」

『仰天!!、天才ピアニスト、大胆プロポーズ??
 "あたしやりたいの!!"』
 テーブルの上には、どぎつい色彩の大きな文字が踊っている。誰が撮影したのか、写真の仁王立ちになった少女ははっきり惣流アスカその人と分る。

「写真まで・・・」

 アスカは唇を噛む。

「ええ。
 でもまぁ、デジカメくらい持ち歩いてる人が居てもおかしくないわねぇ。
 全く・・・」

 いつも強気のアスカも、さすがにしょげかえっていた。

「ま、いいわ。
 どうせ宣伝しようと思っていたところだし」
「どういうこと?」

 リツコは意味ありげな笑みを浮かべて見せる。

「明日、記者会見開くから」
「え?」
「しっかりね」

 ***

 実は記事が出たのは、関東近県でのみ販売されている弱小スポーツ誌一誌だけだった。アスカが飛び出して行ったことは、すぐにリツコの耳に届いていたのだ。後は、リツコの人脈を使って殆どのマスコミは押えてしまっていたのである。更に、件の写真をマスコミに売った少年も、すぐに特定されていた。その日の夕方のうちに、直接少年の自宅へ乗り込み、驚く両親を前に半ば恫喝まがいの説得の末、全てのデータを回収したのは、インターネット等へ流れるのを恐れたからだ。
 ただし撮影した者が他に居れば、防ぎようが無い。出来れば先手を打って置きたかった。だから記者会見を設定したのだ。
 相手がインターネットに流すのに手間取っていてくれるなら、リツコの作戦は大当りと行ったところだ。それに例え公開されたところで、リツコには、相手が単なるカメラ小僧程度なら数時間以内にサイトごと息の根を止める自信があった。
 その日の夜になっても、アスカの醜態がインターネットで公開される気配は無かった。勿論、幾つかの掲示板サイトでの発言は止めようが無い。しかし掲示板でのスキャンダルネタは玉石混交なので、マスコミが取り上げない限り自然消滅するものだ。


「あなたには大変すまないと思ってるわ」
「分っています。
 それにいずれ知られてしまうことですから」

 この作戦の要。それは三人の親達の縁だった。とはいえ、レイの出生の事情は扱いを一つ間違えれば、スキャンダルでしかない。

「強いのね。
 ここで公表してしまえば、マスコミの目はあなたの方に向く可能性もあるわ」
「でも私が嫌だ、
 と言ったら困るでしょう」
「ええ。困るわ。
 ここは返事はOKでなくてはならないの」
「正直ですね」

 電話の向こうのレイが、くすりと笑った。

「ごめんなさいね。
 急な話で」
「・・・・
 酷い人。
 最初から決めていたのでしょう?」
「レイちゃん・・・?」
「冗談です」

 冗談には聞こえなかった。

「・・・・」

 また受話器の向こうでレイがくすりと笑う。

「あまり気にしないで。
 じゃお休みなさい」

 そういうなり、電話はいきなり切れてしまう。

「レイちゃん?!!」

 リツコが慌てて声をかけるが、もう間に合わない。

「ふぅ・・・」

 リツコは嘆息し、携帯を机の上に投げ出した。
 少し胸が痛む。だが同時に、ほっとしても居た。

 ***

 マンションの電話は、廊下のリビングを出たすぐのところに置かれていた。
 レイは受話器のにまだ手を置いたまま、立ちすくむ。息苦しい。知られたところで、何事もないのだ、と自分に言い聞かせる。だが、結局納得できない自分が居た。

「綾波、どうしたの?」

 シンジの声に、レイは我に返った。リビングのドアから首を覗かせている。

「ううん、何でもないわ」
「そうなの」

 そう言ってからシンジは、暫くレイの顔を覗き込む。何かある、とは分ってもシンジにはそれ以上にレイが何を考えているのか分らなかった。


 クラッシック音楽関係者の記者会見としては、余り見られない光景だった。
 通常なら、参加する記者達は皆、クラッシック音楽の造詣が深い文化・教養関係の担当者だ。御行儀良く、インタビューする相手に対し"アーティスト"としての敬意を表するに卒の無い者ばかりなのである。
 ところが今日の記者会見では、クラッシック音楽担当者に混じって、芸能関係のレポーターと思しき派手な風体の記者が目に付く。
 これはリツコが記事を差し止めたことのバーターとして開いた会見だからであると同時に、惣流アスカという演奏家が芸能関係者の興味を引く充分な存在だからでもあった。
 このような事情があったから当然記者達の関心も先日の奇行に集中するのは当然だ。どの記者の顔にも、それがはっきりと窺われる。しかし、一方でリツコは各社に対し、その件について訪ねた場合の報復を匂わせていたので、どの記者も自分からは聞き出せないでいたのだ。
 もっともリツコとしては、文化教養欄になんの価値も見出さないであろう、スポーツ紙まで、彼女の恫喝が効果を産むとは期待していなかった。また、この記者会見での発表内容が、到底差し止めた情報の埋め合わせにならなければ、あっさりいずれの記者も勝手に発表してしまうだろうことも充分理解していた。

 ***

 会場を埋め尽くした記者達の顔をゆっくりと見まわしてから、一呼吸置く。それからしっかりとした声で、一語一語切るようにしてリツコは言った。

「9月の渡仏前記念リサイタルで、惣流アスカは、碇ゲンドウ氏の後長男である碇シンジ君、碇ゲンドウ氏の姪御さんであり、また故高畑健児氏の御長女である綾波レイさんと、共演致します」

 そこまで言い切ってから、リツコは自分の言葉の効果を確かめるように記者達を見る。どよめきは、クラッシック音楽担当の記者達から沸き起こった。芸能記者達は、何故どよめきが産まれたのか訝しがるかのように、周囲を見回している。
 シンジはともかくも、綾波レイが高畑健児の娘であるということは、音楽担当記者ですら知らない話だった、しかし一方で碇ゲンドウの姪であると断られてしまうと、興味本位の詮索は、彼らには出来ないようだった。
 そうなると、この場では門外漢でしかない芸能担当記者達も質問を控えざるを得なくなる。
 暫くしてようやく、おずおずと会場から質問が出る。

「何を演奏されるのですか?」
「ドボルザークのチェロコンチェルトを2台のピアノとチェロの為に編曲したものです」

 会場内は記者達のささやき声で一時ざわめいた。その時、白髪の男性記者が立ち上がって言った。

「ほう、それは御三方のお父さんお母さんが昔演奏されたものですね。
 覚えていますよ。
 確か学園祭の中のささやかな演奏会でしたね。
 あれはいい演奏会だった」

 心底、懐かしそうに目を細めるベテラン記者の言葉に、リツコは微笑む。
「ええ。
 その通りです。
 良くご存知ですね」

 会場内のざわめきは消え、皆じっとリツコの次の言葉を待っていた。

「彼ら三人の親である、故惣流キョウコ、碇ゲンドウ、高畑健児の3人は学生時代から強い友情に結ばれていました。
 三人が卒業を控えた学園祭の演奏会の為にアレンジしたものが今回演奏する楽譜です。その後、三人とも日本を代表する演奏家として世界中から注目されるようになりました。残念ながら惣流キョウコ、高畑健児の二人は世界中の音楽ファンに惜しまれながらも、早くに世を去ってしまいました」

 それから一呼吸置く。

「惣流アスカ、碇シンジ君、綾波レイさんの三名は各々、丁度人生の大事な節目を迎えようとしています。今回のリサイタルでは、この曲を演奏することによって、彼らの親達の出発点を追体験しようとしているのです」

 リツコは記者達を見渡す。そして、記者達の表情に、この発表が充分彼らの興味を惹いている事が見て取れ、安堵した。

「惣流さんはいいとして、他の御二方は、これまで全くしられていませんよね?」

 明らかに芸能記者と思しき男が、やや間の抜けた声で尋ねた。

「デビュー前、と言う意味でならそうですが・・・」

 一番前に座っていた眼鏡をかけた女性記者が、その後を接いで言う。

「三年前のコンクールで話題になりましたよね」

 彼女は恐らく、文化教養面担当の記者なのだろう。言葉の端に質問者への侮蔑の色が滲んでいる。

「今日、お出の記者の方々は本当に御詳しくて、びっくりさせられますね」

 リツコはさりげなく、衝突が起こり得ないよう、フォローしておく。こんな風に言われれば、女性記者のプライドも満足させ、一方で最初の質問者である芸能記者にも、『知らないからと言って軽蔑される筋合いは無いですよ』と言外に仄めかしておくのだ。

「さ、この先は惣流アスカ本人から聞いて下さい」

 そういうとリツコは袖の方に立っているアスカに合図を送る。こうして記者会見は三人の共演の話に終始することになった。なんとか話題を変えようと試みる芸能担当記者達も、記者会見の雰囲気に飲まれて結局、質問を変えようが無かった。

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