▼第四十三章

 ・・・あれは確かに加持さんだった。浅黒い肌で一瞬誰だか分からなかった。でも、じっとわたしを見つめ続けていた、あの視線は間違いなく加持さんだ。


 この三年間ずっと連絡が来るのを待ち続けていた。決して表に現われることが出来ないことは承知している。アスカたちに連絡すること自体が、命の危険に繋がりかねない賭けであることも知っている。だから待つしかないのだと、ずっと自分に言い聞かせ努めて気に病まないようにしてきたのだった。

 アスカも、中学生のころの加持への幼い恋心が本当の恋では無かったことを十分理解できる歳になっていた。けれど加持が自分にとって大事な人であることは変わらない。自分と母を良く知る、ほん一握りの親しい人々の一人なのだ。

 彼は、はっきりと否定し日本語が分からない振りをした。けれどアスカの直観は間違いなく、彼が加持良治その人であることを告げている。だから執拗に日本語で話かけ続けた。否定してくれても、無視してくれてもいい。それを認めることが彼にとって危険だったら、そうしてくれて構わない。でも自分の気持ちだけは伝えたい。
 だから人違いであることも恐れずに、話かけた。もし彼が加持だったら、確かにアスカの気持ちは伝わったのである。

 加持さん・・・・

 一人になったとき、アスカはそっと名前を読んでみる。もう三年も口にしたことは無かった名前だ。言葉が音となって喉を過ぎていく時、アスカの胸は鋭く痛んだ。切ない。
 何故か涙が溢れてくる。
 加持のことを想っている。会いたいと思っている。
 その強い想いは、恋に不思議な程良く似ていた。

「アスカ?」

 ドアの外からシュッツ。

「はい」

 今日の演奏会から帰るとすぐに自室に閉じ込もってしまったアスカを心配して声をかけてくれたのだろうか?。

「明後日のカヲルとのリサイタルの曲目のことなんだが・・・」
「ええ」

 ドア越しで失礼だとは思いながらも、今は顔を合せる気になれずアスカはそのまま答てしまう。

「フランクのバイオリンソナタをメインにすることにしたから」
「はい?」
「知ってるよね」
「ええ、まぁ・・・」
「大丈夫」

 何が大丈夫なのかと訝しんでいるうちに、シュッツは歩みさってしまう。

 フランクのバイオリンソナタと言えば、イ長調のあれか・・・てことは・・・。

「えええええーーーーっ」

 難曲だ。
 何んだって土壇場になってそんな大変更をするのだ、あのオヤジはぁ!!!。


 二人とも同時に気付いた。
 そして互いに気付いていることは、触れ合った肌を通してすぐに分かった。

 加持は、下になっているミレイユにそっと囁く。

「武器は?」
「あんたと同じくぬかりは無いわ」

 加持はミレイユの脚の間にあった腰をそっとずらせる。
 ドアの外に二人。恐らくベッドの上の大きな窓の両側にも二人居るに違いない。
 突然、ドアが蹴破られ、マシンガンの咆哮がベッドを襲う。枕の中の羽毛が飛び、マットレスのスプリングが弾ける中、弾丸は執拗にベッドに注がれる。
 建物のどこかで女の悲鳴があがる。
 しかし既に二人はベッドの両サイドに飛びのいている。加持の両手にはサブマシンガンが、そしてミレイユの両手にはサイレンサ付きのベレッタが握られている。
 マシンガンの音が止んだ時、ドアから入ってきた男二人は眉間から血を吹いて倒れていた。と同時に窓に大きな影が掛かったと思うや否やガラスが飛び散る。
 窓側の敵は姿を見せた瞬間に、加持のサブマシンガンで蜂の巣にされた。

「次!。来るわよ」
「分かってる」

 二人は素早く服を身にまとう。

 加持は、ドアの側に駆け寄ると、さっと外の様子を一瞥するやマシンガンだけをドアの外に付きだし両サイドに掃射する。こちらは時間を稼げば良いだけだ。ミレイユの準備が整うとすぐに、二人は窓に駆け寄る。
 案の定、次の部隊が屋上からロープ伝いに今まさに辿り着いたところだ。
 その鼻先でミレイユは顔面にベレッタを撃ち込む。

 相手がロープにぶら下がった単なる死体になった瞬間、二人はそのロープに取り付き、窓の外へ飛び出す。丁度、その時、別の兵士が部屋の中に手榴弾を投げ込むところを加持が横様にマシンガンで凪払う。
 二人がロープの反動を利用して、隣の部屋の壁に取り付いた瞬間、轟音と共にさっきまで居た部屋の窓から火柱が吹き出す。

 サイレンの音が鳴っている。

 加持は雨樋のパイプに取り付くとするすると下に降り始める。屋上からは散発的に撃って来るが部屋の庇に遮られて思うように撃てないらしい。加持も威嚇のため、屋上に向けて何発か打ち上げる。その間に加持の後を追ってミレイユもパイプを伝い降り始める。

「上見ないでよ!!」
「何だ、穿いてないのか」
「馬鹿!。
見ないでって言ったでしょ」


 加持が路上に飛び降りた瞬間、もの影から小さい人影が飛び掛かってきたのを、咄嗟に躱す。胸に鋭い痛みが走った。どうやら鋭い刃物で切りかかってきたらしい。躱された相手は、そのまま向うに駆け抜けるや人間とは思われない動きですぐに切り返してくる。加持は刃物を持つ手を潜って相手の胸元に当て身を食らわせようとする、がそれを相手は見事に一回転して躱す。
 相手の動きには全く無駄がなく、攻撃は一瞬の間も置かず繰り返される。これほどの使い手は今まで巡り合ったことが無い。

「霧香?」

 ミレイユの驚いた声に、一瞬敵の注意がそれた瞬間を外さず加持は、相手の間合いに飛び込むと溝落ちに鋭い手刀を食らわせる。確かに当たった、が紙一重のところで敵は飛びのいて衝撃を殺した。だが、今の一撃でダメージを食らっているようだ。

「まさか、あなた霧香じゃ・・・」

 突然、敵は戦闘姿勢を解いて立ち上がった。
 小柄な相手は、東洋人の若い女だった。

「ミレイユ・・・どうして?」
「それはこっちが聞きたいことだわ」
「ミレイユ、邪魔しないで」
「嫌よ」
「ミレイユお願い」
「ロドリゲスをどうしても殺るというのなら、あたしが相手よ」

 そういうとミレイユは霧香に銃口を向けた。
 パトカーのサイレンが近付いてくる。

「お二人さん、そんなに時間は無いようだぜ。
あんたんところの部隊も撤収したようだし、今日はこの辺でお開きにしようぜ」

 霧香は憎々しげに加持の顔を睨んだが、既に殺気は消えている。

「わかったわ。今度会ったらその時は殺すわ」
「霧香!」
「ミレイユ、こんな形で再会するなんて残念ね」
「あたしもよ。
あたしの男を殺すなら、あたしも敵だからね」
「あたしを殺すの?」
「ええ」
「良かった。まだ約束は無効じゃないよね?」
「霧香?」
「じゃ!」

 と言うが早いか、霧香の姿はかき消すように見えなくなった。


 結局、その日は大使館の加持の部屋に転がり込むことになった。

「お前がベットを使うといい。俺はソファだ。
それともさっきの続きをするかい?」
「馬鹿」

 ミレイユはベッドに腰かけ俯いている。

「死んでたんじゃなかったのか?」
「あたしはそう思ってた。
写真も見せられたし・・・」
「写真?」
「ええ。あたしたちが再びカリスマ化しないようにね。
組織内に回状として死体の写真が配布されているのよ」
「お前の写真もか?」
「いいえ、あたしは最初から居なかったことにされたから。
例の幹部の差し金でね。
回ったのはクロエと霧香の死体だけ」
「クロエ?」
「あたしの代わりに霧香と組みたがってた。
でも結局、霧香に殺された」
「ふん、結局霧香とやらの死も偽装だった訳だ」
「嘘よ、あたし見てたもん。
後ろから頭を撃たれて、額から血を吹き出しながら死んで行ったのよ?。
あれで生き伸びられる人間なんていないわ!!」
「だが、生きてた」
「・・・・」
「偽物?」
「わからない。
声も、姿も霧香だった。
でも・・・あの攻撃は霧香らしくない」
「何年も前だから、向うも変わったのかも」
「・・・・・」
「拘るね」
「妙な感じがする。
あの攻撃の仕方は、どちらかと言えばクロエのものだもの。
でも、あれがクロエとはとても思えない」

 加持は背筋に冷たいものが走るのを感じた。


 大使館内にはグンデマーロの執務室とは別に、私的な事務を処理するための半ば私的な執務室があった。ここに入れるのはグンデマーロが認めたほんの数人の人間だけだった。
 部屋の中にあるのは、書き物用のデスク、それに部屋の中央にある大きな円卓のみだ。その円卓にはグンデマーロ、ロドリゲス、それにミレイユが着席している。

 午前10時過ぎ。だが生憎と天気は良くない。どんより曇った空からは何時雨が降り始めてもおかしくなかった。

「夕べはさんざんな目にあったらしいな」

とグンデマーロが言った。

「おい、確認して置きたいんだが、ミレイユを呼んだのはこれを予想してのことじゃあないだろうな?」

 ロドリゲスは、やや強い調子で言う。

「いや、まさか俺もそこまで読めてた訳じゃない」
「”そこまで”ってのは一体どのくらいのことを指している?」
「いやに突っかかるな」

とグンデマーロは苦笑いを浮かべる。

「何を勘ぐっているのかは知らないが、今回ミレイユをこっちに呼んだのは、あくまでも腕の立ちそうな人間が必要と思ったからだ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。
あたしは休暇でここに来てるのよ?。
戦争をやりに来たんじゃないわ」

 ミレイユが喰ってかかる。

「まぁ、そう怒るな。別に酷使しょうとしていた訳じゃない。
もしもそういう事が起きたら、と考えただけだ」
「そして、かなり高い確率で起きると踏んでいた訳だ」

とロドリゲス。

「・・・・と、まぁそういうことになるな」

 グンデマーロは、しぶしぶ認めた。

「ところで、来月のパドルーSAの冠付きコンサートってのは一体誰のアイディアだ?」
「別に俺じゃないぜ」

 これはどうも本当のようだ。だがグンデマーロは側近を置きながらも大事なことは一切独りで決める男だ。本当のところは分かったもんではない。

「そうか?。
それならいいが。クーパーが相手だからと、わざと餌を撒いたのかと思った」
「結果的にはそうなるが、巻添えにされる人間の数を考えると、俺はそこまでのリスクは負えないな」
「だが、実際には企画は進行中だ。という事は結局リスクを背負った訳だ」
「そういうことになるな」

 グンデマーロは平然と答える。

「ミレイユのことと言い、今度のコンサートと言いどう考えても偶然にしちゃあ出来過ぎだと思うがね」

 ロドリゲスは皮肉っぽく言う。

「そう思われてもしようが無いんだが・・・」

 グンデマーロはそう答えながらも、何か別のことを考えているようだ。

「ま、いいさ。
いずれにせよ、今度のコンサートでクーパーを仕止める段取りは付けておかなければならないことには変わりはない」
「ああ、頼む」
「仕事だからな」

 そう言いながら、グンデマーロに抗議しようとしたミレイユの肩に手を置き、押し止める。

「な、何よ」

 鉾先がロドリゲスに向かったところを、ロドリゲスは、かるく諌めるように言う。

「もうとっくに巻き込まれてるんだ。
それとも降りるかい?。謎を残したまま」
「・・・くっ。
いいわよ、やるわよ。やればいいんでしょう?」
「その通り」

 そうしてロドリゲスは満面の笑みを浮かべる。


「やあ、久し振りだな」

 傍らにいたとしても、グンデマーロの声には皮肉とともに、かすかに旧知の人間に会った本当の喜びが含まれることに気付く者は少いだろう。

「トマゾか・・・」

 電話の向こうの声が呻く。

「そっちのニュースでもやっているな」
「ああ」
「襲われたのはうち大使館のもんだ。警察には適当に言って取り繕ってるがね。
もっともフランス当局もこれで動き出しそうな気配だが?」
「・・・っ。
トマゾ、誤解だ。私は関与していない」
「ほう?。
昔馴染のクーパーを動員出来るのは”掃射のハートフォード”の名前でもないと今日々難しい筈だが」
「本当なんだ。
うちは何もしていない」
「うち?。
部下の跳ねっかりも分らなくなったてのか?。
おい、ハートフォード。
まさかそこまで耄碌したとはね」
「ぐっ・・」
「少なくとも、パリ支社長にあの下衆野郎を任命した責任はある筈だぞ?。
牽制役も配備しないであの馬鹿を使うなんて兵站の基本も弁えない若造の士官でしか、しでかしそうにないミスだが?」
「そ、それは・・・」

 グンデマーロの顔が曇る。

「まさか、そこまで人材不足とはね」
「・・・・」
「まぁ、いい。
いいか、ハートフォード。俺達はUFCに敵対するつもりはない。
無論、今よりプレゼンスが落ることは確かだ。いやもう落ちていると言ってもいいか?。
まぁ、今以上悪くなることは無いと言っておこうか。
詳しいことは未だ言えないが、来るべき時期になればUFCにも担って貰うべき役割がある。
だから、こっちとしてもそちらが潰れて貰っては困る。
要するに、われわれには利害の一致点がある」
「俄かには信じられない話しだ」
「そうとも。信じられないだろう。それがお前達の齎したものだ。
今、国内に蔓延する不信こそお前達が長い年月をかけて産みおとしたものだ。
だが、まぁ、いい。そんなことは大した問題ではない。
次いでに言うとお前さんが信じるかどうか、もな。
いずれまともなビジネスの話になる筈だ。その時、損をしたくないと思えば良いだけのことだ。
とにかく、今はパリから手を引け。
あのバリモアの大馬鹿野郎を更迭しアラスカにでも閉じ込めておけ。
こっちの要求はこれだけだ」
「分った。
・・・トマゾ?」
「なんだ」
「すまなかったな」
「いいってことよ。古い付合じゃないか」

 そういうとグンデマーロは答を待たずに電話を切った。
 盗聴されていることは承知の上だ。恐らくハートフォードも同様だろう。その上フランスの公安も盗聴している筈だ(合衆国は言うまでもない)。要求を飮むかどうかはこの際どうでも良い。今の会話の胆は、ハートフォードがバリモアとは公式に切れていることを表明した部分だ。
 少なくとも、こいつの価値はバリモアが事を起そうとしても本社は白を切るだろうという事が、バリモアと当局に伝わるということにある。
 グンデマーロの感情からすれば、今すぐにでもUFCを潰してしまいたいところだ。だがこの男は、そうするにはリアリスト過ぎた。経済は正義では動かない。少なくともA国内での最終的なリスクの取り手として、UFCにはまだまだ果してもらうべき役割があるのだ。


 長らく使われなくなっていた国務長官とのホットラインを使ってグンデマーロはアクセスしてきた。これは冷戦下、中南米の共産主義勢力に神経を尖らせていた頃の遺物だ。
 ということは、この連絡方法をグンデマーロは今後使うことは無いだろうという事だ。そして今頃国務省では、ソーシャルエンジニアリングで引っ掛けられた職員は誰かを探すのに忙しいだろう。恐らく”そういう”侵入の仕方をした筈だ。その足止め効果をも見込んでのことだろう。
 そして、国務省にまで傍受させた真意はハートフォード自身の身の保全のためだ。
 ハートフォードは発信音だけが鳴っている受話器を見つめながら言った。

「やるな。トマゾ坊や」

 しかし、とハートフォードは溜息をつく。
 これが効力を持つのはハートフォードがある程度は全権を収めている場合だけだ。
 そして今朝の役員会で、会長職は保ったものの、ハートフォードはCEOの権限を失ったばかりだった。バリモアはとっくに会長を見限っていたのだ。
 とは言え、この一件はハートフォードに巻き返しのきっかけを与えるかもしれない。と同時に、相手もハートフォードが武器を握ったことを知った筈だ。とすれば事は時間の勝負ということになる。
 ハートフォードはホットラインの受話器を取り上げた。

「あ、国務長官を。UFCのハートフォードだ。
そう。すぐ。緊急事態だと言ってくれたまえ。
この線からの連絡はそう扱うように言われているだろう?」

 ハートフォードのたった独りの戦いが始まった。


「どういうことだ?」

 受話器を置いたグンデマーロの背後から声がする。

「は、盗み聞きとは恐れ言ったな。
何時から雇主の秘密を探ろうなんて、ケチくさいことを始めたんだか」

 グンデマーロは椅子に座ったまま振り返らずに言う。
 執務室には灯りはともされていない。
 窓からの月の光が床を照すのみ。
 その窓の脇の壁にロドリゲスが立っている。

「別にあんたの秘密については、関心はない。
しかし今回の一連の動きには裏がある。そしてお前はそれを俺に明かしていない。
身を守る為に最低限の措置はとらせてもらう約束だった筈だが」
「なるほど。聞かれても確かにこのことは答はしなかったろう。だから必要な情報は自力で取る、という訳か」
「ああ、ただし必要最低限だ。後はお前が話てくれるだろう。
少なくとも俺をうまく使いたければ、そうした方がいい」

 グンデマーロはそこでくるりと振り返ると、おどけた調子で両手を上げた。

「OK,OK。そこまでは信頼してくれているという訳か」
「さあな。必要な事はやってくれればそれでいい」
「うむ。もっともだ。
で?」
「ハートフォードとの連絡はその方法以外にも持っていた?」
「そのとおりだ。このルートの選択には選択した理由がある」
「何故今になって奴に連絡をした」
「まぁ最善のタイミングだからだ。おっと、はぐらかした訳じゃあない。
第一に君達が襲撃された。これは少々強引だが話をするきっかけにはなる。
第二に彼はCEOを解任されたばかりだ」
「どういうことだ?」
「ふん、事の枢要に近付き得るが、事件の流れに逆らうことは出来なくなった、という意味さ。
まぁ、多少ブレーキ役にはなるだろうが」
「つまりバリモアたちはこれで手を緩めることは無い、と読んでる訳か」
「まぁね。あの程度の小物のはねっかえりにしちゃあ規模といい、やり口といい聊か度が過ぎている。
無論、これで治まるようなら、所詮社内の別の黒幕程度の問題だろう。
だが、そうでなかったら・・・・」
「合衆国政府の関与・・・か?」
「そこまで一足飛びには行かないさ。アメリカというのは権力ゲームの玩具でしかないからな。
そのゲームのプレイヤーの誰かだ、という事は言えるだろう。
それが誰かさえ分れば、方法はあり得る」
「なるほど。炙り出したい訳だ」

 グンデマーロはにんまりと笑う。

「そのとおり」
「で、コンサート会場でのテロは恐らく予定通り決行される?」
「当然だ。そうでなければ炙りだしはできん」
「呆れたな」
「いやあ、そのためにお前達が居る。だから決して聴衆に被害は出ないだろうと信じているよ」
「貴様!!」
「俺もその場で聴く。今回の主賓の一人だからな。
だから俺を殺すも殺さぬもお前達次第さ」
「くっ・・・」

 するとグンデマーロは神妙な顔で言った。

「唯一気掛りは、君の姪を巻き込んでしまったことだ。
俺が言うのも変な話だが、どうか守ってやってくれ」
「言われなくても、そうするさ。
どうする?。俺がお前よりアスカを優先したら」
「そうしてくれても構わんよ。出来ることなら任務は全うして欲しいがね」
「問題無い」
「そうか、安心した」

 グンデマーロは寂しげに微笑んだ。


「何だって?!」

 ハートフォードは思わず立ち上がって相手を睨み付ける。
 視線に怯むことなく、グレッグ・シュナーズ国務長官は落ち着いて答えた。

「まぁ、落ち着け。
悪いことは言わん。今はじっと耐える時だ」
「そんなことができるか!。
いいか、合衆国の名のもとにテロが行われるんだぞ?!」
「・・・・マイク。だが曲りなりにも大義名分の方も否定はできん」
「何が大義名分だ。誰が聞いたってご都合主義丸出しの屁理屈だぞ」
「それを今、この国の中の誰が指摘するかね」
「・・・」
「それに、だ。
お前さんとても会長だ。自分の部下の統制も出来ないと責められるのは、マイク自身なんだぞ」

 ハートフォードは力なく椅子に腰を下ろした。

「グレッグ・・・だからこうして頼みに来ているんだ」
「分かっている」

 国務長官の執務室は無用に広かった。その広い部屋に無造作に置かれたソファに腰をかけていると、ハートフォードはすっかり威圧された気分になりそうだった。以前にこんな感じ方をしたことがあっただろうか?。

「確かに君がバリモアとは関係無いことを明言したのは正解だった。
いやぎりぎり、不正解寸前だったがね・・・・」
「私は、みすみす犯罪が行われているのを見過ごすのか・・・」
「・・・それは俺も同じだよ・・・」

 シュナーズは腕組をして、じっとハートフォードを見つめる。無力であることではシュナーズとてハートフォードと同様なのだ。

「で、グレッグ。パドルーSAがイスラム資本であるというのは、どれだけの信憑性があるんだ?」

 シュナーズは肩を竦めてみせる。

「さぁ?。
だが今のホワイトハウスにそのことを気にする者は居ないさ」
「万事窮すか・・・」
「いや、まだ分からない。君の旧友がうまく乗り切れば勝機はある」
 だが、そのうまく乗り切るかどうかが、正しく問題なのだ。

↑prev
←index
↓next

△Reprinting old workへ戻る
▲SOS INDEXへ戻る