「・・・・・お父さんの仕事のこと、何か知ってる?」
ミサトが聞く。
「・・・・・人類を守る大切な仕事だって聞きました」
シンジは渡されたNERVの極秘資料というものを読むのをあきらめた。
ミサトの運転があまりにも乱暴で、読むどころの話じゃなかったからだ。
「あれは・・・・いったい何なんですか?」
使徒を見ながらシンジが問う。
「あれは使徒・・・・人類の敵よ」
ぎゅっと、ハンドルを握るミサトの手に力がこもる。
使徒・・・・・カヲル君が言ってたこと、ホントだったんだ。
「私達が倒さなくてはいけないテキ・・・・それが使徒よ」
悲しい生き物。そうカヲル君は言っていた。
「何を考えているんでしょうか・・・・」
使徒を見つめ、そうつぶやくシンジに、ミサトは苛立ちを覚えた。
ミサトの胸に走る傷痕が引きつるようにうずく。
「敵は敵よ・・・・何を考えているかなんて私達には関係無いわ」
何かを押し殺したかのような声。
シンジは、ミサトをほんの少し見つめ、口を開いた。
「ミサトさんは・・・・・」
だが、それをさえぎるようにミサトが言う。
「シンジ君・・・・お父さんのこと、苦手?」
「・・・・・はい」
「そう・・・私と同じね・・・・・」
「えっ?」
その時、遠くに戦闘機が離れていくのが見えた。
「やばっ・・・・伏せてッ!!」
言うが早いか、ミサトはシンジを押し倒すようにしてシートに倒れこんだ。
車が少々揺れ、止まる。
思ったほどの衝撃はこない。
恐る恐る顔を上げたミサトの目に映ったのは紫の巨人。
それが、ミサトのルノーを守るように覆い被さっていた。
「ありがとねぇーレイ」
ミサトとシンジは、紫の巨人を見上げた。
巨人は小さくうなずくと、ルノーのそばから離れた。
「N2地雷・・・・レイがかばってくれなかったら危なかったわね」
「あれは・・・・・・?」
呆然とした様子でシンジが言う。
「ああ、だいじょーぶよ。今のは味方だから」
「味方・・・・・」
「そっ、あの巨人は私たちにとって、言うならば救世主ってところかしら」
「レイ・・・・・・パイロットがいるんですか?」
「えっ、ええ・・・綾波レイって名前でね、シンジ君と同い年の女の子よ」
「綾波レイ・・・・」
ポツリと、シンジはつぶやく。
再び動き出した車の中で、シンジはそのまま、巨人の姿を追う。
巨人は、使徒に近づいていった。
そして、思いっきり体当たり。
使徒が吹っ飛び、倒れる。
使徒の胸部には、いつのまにか二つ目の顔のようなものができていた。
そのまま使徒の上に乗り上げ、腹部の赤い球体を破壊しようとするのだが、
使徒は巨人を振り払い、投げ飛ばす。
投げ飛ばされた巨人はビルに突っ込んだ。
使徒は巨人に近づき、巨人を蹴り飛ばした。
「一方的にやられてるっ!!」
シンジの叫びにも似た声を聞きながら、ミサトは唇をかんだ。
わかってたことだわ・・・・・・・今のレイには荷が重すぎる。
それでも、自分達は少女を戦場に送り込むのだ。
傷ついた少女を。
明日の生の保証が無い戦場に。
「・・・・・飛ばすわよ」
「えっ・・・・ひゃっ・・・・・」
スピードを上げたルノーが、ひときわ大きく跳ねた。
ミサトの苛立ちとともに。
寂しがり屋な子供達
第二話
堕天使
レイは、違和感を感じていた。
使徒の攻撃は続いている。
包帯が巻かれた胸部から、血がとめどなく溢れ出す。
使徒の攻撃による鈍痛。
それだけで気が遠くなりそうになる。
使徒に蹴り上げられ、背中からビルに倒れこむ。
「きゃあっ・・・・・・」
レイの瞳から涙があふれた。
すぐさま起き上がろうとするのだが、体が悲鳴を上げる。
「くぅっ・・・・・・・・うう・・・・」
その時、あたたかい光を感じた。
包まれているような感覚。
これは・・・・・ユイさん?
戦闘中であることも忘れ、レイは声には出さずに初号機に呼びかけた。
初号機の心に。
「エヴァ初号機、シンクロ率上昇!70%突破!75、78、80%突破!83・・・」
「そんな!ありえないわ!!」
金髪の科学者が呆然といった様子で声を上げる。
「90%突破!・・・・・・99.89%で安定しました!!」
「MAGIは!?」
「MAGIに異常はありません。システム、全て正常です!」
黒髪、ショートカットの女性が、せわしなくキーボードに指を走らせる。
「・・・・・・なぜ?」
リツコは思わずつぶやいた。
いきなりのシンクロ率上昇。
それはとても異常なことだった。
つい先ほどまでのレイのシンクロ率は・・・・起動すれすれの20%前後だった。
それがいきなりの70%突破。
ほぼ100%近くでの安定。
常識では考えられない。
「レイ、何か異常を感じる?」
リツコはレイに呼びかけた。
だが、レイの答えが無い。
「レイ?」
リツコが眉根を寄せる。
「レイ?聞こえる?」
「・・・・・・・は、い」
少々遅れて、レイが答えた。
よほど苦しいのか、声がとぎれがちである。
「何か異常を感じる?」
「異常・・・・・・・・・・」
わからない、と首を振ろうとしたレイに鼓動が聞こえてきた。
トクン。
突然の鼓動に、レイは驚く。
トクン。
心臓の、音。
トクン。
碇ユイという女性のココロ。
急速に身体の痛みがうすれていく。
あまりの心地良さに、レイは小さく息を吐いた。
「パイロットの右目、右腕、胸部に体温の上昇が見られます・・・・・これは・・・」
「治療しているというの?」
マヤの声をさえぎって、リツコが言う。
モニターにはレイの現状状態をグラフ化した図。
身体の各部位、傷を負ったところが回復していく。
かつて、レイの中で絶対だった男、ゲンドウはニヤリと唇を歪めた。
そのかたわらで冬月という名の初老の男性が問う。
「ユイ君か・・・・・?」
「ああ、そうだ」
男は笑う。
もうすぐだ・・・・・・ユイ。
それは、あまりにも強く、歪んだ想い。
「初号機、回収だ」
ゲンドウは、オペレーターに指示を出す。
「何故だ?碇」
「初号機には<予備>を乗せる。それがシナリオだからな。問題ない、 もうすぐここに届くはずだ」
ゲンドウの息子に対する物言いに、冬月が顔をしかめる。
だが、そのことを指摘はしない。
自分はシンジを心配しているわけではなく、また、そんなことを考える資格など、 自分には無いからだ。
冬月も、碇ユイという女性に魅せられた一人の人間。
再び、ユイに会うためだけにNERVにいる。
己の欲望のためだけにここにいるのだ。
他人の心配をするのに、この身は汚れすぎている。
冬月は自嘲的な笑いを浮かべた。
ゲンドウは黙っている。
リツコはそんな二人を冷めた目で見ていた。
「ジオフロント・・・・・・」
「そう、これが私達の秘密基地、NERV本部よ。世界再建の要・・・・・・人類の砦となる所よ」
シンジは、なぜ父が自分をここに呼んだのか考えていた。
再会を喜びあうために呼ばれたわけではないだろう。
父は自分を捨てたのだから。
背を向けた父。
捨てられた。
<先生>に自分を預けていったきり、会うことはなかった父。
カツカツと、靴音が妙に大きく聞こえた。
父さんは、なぜ僕を呼んだのだろう・・・・・
チンと音が鳴り、エレベーターから人が降りてくる。
「遅かったわね、葛城一尉」
白衣を着た、金髪の女性がミサトに話しかける。
「ごみーんリツコ。ちょおーっちイロイロあってね♪」
リツコはあきれたように肩をすくめた。
「人手も時間もないのよ。グズグズしているヒマはないわ」
ちら、とリツコはシンジを見やる。
「・・・・・この子がサード・チルドレン?」
サード・チルドレン。
聞きなれぬ単語に、シンジは眉根を寄せる。
「私はE計画担当博士、赤木リツコ。リツコで良いわ。よろしく」
「・・・・碇シンジです。よろしく・・・・・」
リツコは冷めた目で、シンジを観察するように見た。
リツコに見つめられ、困ったようにシンジは目を伏せる。
思ったより、似てないわね。
そんなことを考え、リツコは顔をそむけた。
口元に浮かぶ笑みには、自嘲の色が濃い。
すう、と、深く息を吸う。
キリキリと、心が引き絞られるように痛む。
馬鹿みたい、私。
苦い想いを吐き出すように、リツコはゆっくりと息を吐いた。
カヲルは、サキエルを睨むように見た。
「僕の望みはただ一つ・・・・・これ以上は、させないよ?」
先ほど、レイの乗った初号機が回収された。
その前から・・・・シンジと別れてすぐのころから、カヲルはそこにいた。
第3新東京市、その遥か上の空中に。
白いシャツを風にはためかせ、紅い瞳で使徒を射抜くように見ている。
「彼の望みは・・・・・・それでもあったからねぇ・・・・・・・・・」
いつもの人当たりの良い笑顔はどこにもなく、そこには能面のような冷酷な微笑。
それは凄絶な美しさで、そこに存在していた。
紅い瞳には哀れむかのような光。
「ふふ・・・堕ちてみるのも、悪くないものだよ?・・・・彼のため、ならね」
レイは、カットされていない、別のプラグスーツに手を通す。
先ほどまでギプスで固定されていた右腕は、今は真新しい包帯が巻かれている。
右目の眼帯はすでに無い。
シュッという音とともに、プラグスーツが肌に密着する。
LCLに濡れた髪からは、血の匂い。
レイは右目に手を当てる。
折れてしまっていた右腕の手を。
傷の具合から、治るには三日とかからないだろう、と、赤木博士に言われた。
そう言った彼女は、ひどく苦々しげに唇を歪めた。
今なら・・・・・・今でこそ、レイはリツコを理解できた。
なぜ憎まれていたのか。
なぜ、たくさんの<自分達>を壊したのか。
なぜ、<存在>を捨てることができなかったのか。
全てわかってしまった。
あの人に見てもらえなかったから。
さびしかったのだろう。苦しかったのだろう。
とても、可哀相な人。
冷静さをよそおうとする、リツコの悲しいココロ。
LCLの中で、彼女の悲哀に満ちた感情を、レイは受け取った。
彼女の悲しみも、苦しみも、孤独も、想いも、全てをレイは理解した。
だから、レイの心は穏やかだった。
レイは、リツコが時折見せる優しさを知っている。
彼女の本当の姿を知っている。
猫が好きな彼女。あたたかい心を持つ人。
彼女は時々、とても優しく笑う。
伊吹ニ尉の質問に答えている時、葛城三佐と話している時。
パイロットが全員生きて戻ってきた時。
あれがリツコの本質なのだと、レイは思う。
本当は優しくて、あたたかくて・・・でも、弱い人。
一人ぼっちで、寂しくて、とても不器用な人。
レイはかすかに微笑む。
それはとても柔らかく、慈愛に満ちた微笑み。
「あなたのこと、嫌いじゃないわ」
リツコだけに向けた言葉。
これからリツコに向けていく言葉。
そう、レイはつぶやいた。
LCLの血の匂い。
髪に残るその匂いを、レイはほんの少し優しく感じた。
赤い液体の中につかった巨大ロボット。
その眼前にシンジはいた。
「これ・・・・・さっき僕達を助けてくれたロボット?」
呆然とした様子でシンジが聞く。
「人間が作り出した究極の汎用人型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン・初号機。我々人類、最後の切り札よ」
冷静にリツコが言う。
「これも、父の仕事ですか?」
そう問うシンジに頭上から声がかかる。
「そうだ!」
シンジはもちろん、ミサト、リツコも声の主を見上げる。
威圧的な態度。碇ゲンドウがそこにいた。
「久しぶりだな」
あたたかみが感じられない言葉。
「父さん・・・・・・」
シンジは顔を歪め、目をそらす。
「出撃」
冷たさを含んだ声。
父の、声。
「ちょっと、レイはまだ動かせないでしょ。パイロットがいないわよ」
ミサトが反論するように言う。
ミサトは、レイの怪我がすでに治っていることを知らない。
ちら、とリツコはミサトを見やる。
「さっき届いたわ」
「・・・・・・・・マジ?」
ミサトはシンジを見る。
シンジはうつむき、目を伏せている。表情はわからない。
「碇シンジ君。あなたが乗るのよ」
「えっ?」
リツコの突然の言葉にシンジは弾かれたように顔を上げた。
何だって?乗る?誰が?・・・・・・・僕?
何に?・・・・・このロボットに?
ナゼ。ドウシテ。
「でも、綾波レイですらエヴァとシンクロするには7ヶ月もかかったのよ。
今来たばかりのこの子にはとても無理よ」
「座っているだけでいいわ。それ以上は望みません」
シンジの肩が震える。
「イヤだよそんなの!何を今更なんだよ!父さんは僕が・・・僕のことが<いらない>んじゃなかったの!?」
「<必要>だから呼んだまでだ」
「無理だよそんなの・・・・・できるわけないよっ!見たことも聞いたことも無いのに・・・・・・こんなのできるわけないよ!!」
「乗るなら早くしろ。でなければ、帰れっ!!」
シンジはミサトに目を向ける。
助けを求めるために。
だが、ミサトの表情は厳しい。
「シンジ君、何のためにここに来たの?逃げちゃダメよ。お父さんから、何よりも自分から」
シンジの顔が泣き出しそうに歪む。
「わかってるよ!!でも、できるわけないよ!!」
ゲンドウはシンジを冷ややかに見ると、手元のパネルを操作した。
「冬月、レイを呼べ」
「いいのか?」
「予備が使えなくなったからな」
「もう一度初号機のシステムをレイに書き換えて。再起動よ!!」
リツコが声を張り上げて指示を出す。
「やっぱり僕は・・・・・・いらない人間なんだ・・・・・・」
視界が揺れる。
シンジは耐えきれず、ひざをついた。
だが、誰かの足音に、シンジはふと顔を上げた。
蒼銀の髪。
深紅の瞳。
そこには、<天使>がいた。
つづく
『寂しがり屋な子供達』、第二話「堕天使」をお届けします。
この話は、第一話からカヲル君が出てきたので、LKS(ホモ)ですか?
というような質問がありました。
他の話はともかく(爆)この話はホモネタじゃないから、安心していいですよ。
ただ、この話のカヲル君は『人間』としての、『個人』としてのシンジ君の事は好きです。
なにしろ、シンジ君は(多分)カヲル君が好きになった最初の人ですから。
ただ、恋人や、片思いなどのような恋慕ではありません。
この話での『好き』は、家族を思うような、友人を思うような愛情である予定です。
ホモネタが嫌いな方もいるので、今のところは書いていませんが、
琥珀は個人的に同性愛の方に対して偏見が無いため、そういうネタを書くのには、抵抗は余りありません。
さすがにヤヲイを書くのには抵抗ありますが(核爆)
というか、書けませんが(笑)
ヤヲイ無しでも、LKSは嫌だと言うのであれば、公開するときには裏指定しますので。
まぁ、どこからが同性愛で、どこまでが友情か、なんていう事は私には判断できませんが、
多くの方が見に来る以上、ある程度、抵抗無く読めるような物を置くようにしたいと思います。
どうか、あたたか〜く見守ってください(笑)
感想や誤字、脱字の指摘は、メールか、掲示板でお知らせください♪