蒼銀の髪。

深紅の瞳。

懐かしいと思ったのはなぜだったのだろうか。

白いプラグスーツに身を包んだ彼女を、僕は間違いなく天使だと思った。









 






 

寂しがり屋な子供達
第三話





 

 

 

 


「レイ」

「・・・・・・はい」

「予備が使えなくなった。もう一度だ」

「・・・はい」

レイはゲンドウを見なかった。

背を向けて、シンジを、シンジだけを見ていた。

誰よりも大切で、誰よりも愛しくて、誰よりも焦がれた存在を。

その深紅の瞳に映していた。

イカリクン。

イカリクン。

イカリクン。

身体の深い所から、強い感情がわき上がる。

今ならわかる、嬉しいという感情。

逢いたかった。どうしても。

碇君を見つめていたい。

碇君と話がしたい。

碇君に触れたい。

碇君を包んであげたい。

大好きで――もう、どうしようもないくらいにレイはシンジに惹かれていた。

引き寄せられるように、レイはシンジのすぐ前に立つ。

「私、綾波レイ」

それ以外、言う言葉の出ない自分がもどかしい。

シンジの目が驚いたように丸くなる。付け加えて言うならば、すぐ隣のミサトの目も。

ふいに、シンジの手がレイの頬を撫でる。

レイの頬には濡れた感触。

自分でも気付いていなかった。

これは、涙?

そう・・・・・・泣いているのね、私。

「どうして、君は泣いているの?」

レイは無表情に答える。

「嬉しいの・・・・・私、嬉しいの・・・・・」

また、逢うことができて嬉しい。

あの時、シンジが泣いていたわけを、レイはようやく理解することができた。

――綾波が生きていてくれて、嬉しいんだ・・・・・・

レイは、シンジの手に自分の手を重ねた。

あたたかい。

シンジの体温が心地いい。

「私、生きてる。碇君も生きてる。私、あなたを護る。護ってみせるわ、私の命にかえても!!」

シンジの目を、まっすぐに見つめる。

「君は・・・・・・・・」

シンジの言葉をさえぎるように、突然の轟音。

「危ない!!」

上を見上げると、天井の一部が崩れ、落ちてくる。

とっさにシンジは、レイを守るように引き寄せ、抱きしめた。

母さん!!

その時、シンジの心の中に浮かんだのは、顔も覚えていない母。

ぎゅうっと、レイを抱く手に力がこもる。レイも応えるように抱きしめ返す。

だが、思ったような衝撃は襲ってこない。

恐る恐るシンジが目を開けると、そこには紫の手。

「まさか!エントリープラグも挿入していないのに。エヴァが自分で動くなんて!」

リツコの、驚いたような声。

「いけるわっ!」

ミサトはほんの少し喜びがにじみだした声を上げる。

レイはシンジを見つめる。

呆然とした様子のシンジ。

「碇君・・・・・・」

その声に我に返ったシンジは、レイを見て、レイを抱きしめたままの自分に気付き、

真っ赤になった。

「ごごご、ごめん!・・・・・えっと、立てる?」

落下物から身を守るために、シンジとレイは、とっさにしゃがみこんでいた。

シンジは軽くレイの手を引き、立たせる。

「ありがとう」

レイはごくごく自然にお礼の言葉を口にする。

「レイ、出撃だ」

ゲンドウがサングラスを押し上げ、命令を下す。

それは、どこか焦れているかのように聞こえた。

「はい」

ゆっくりと、名残惜しげに、レイはつないだ手を離す。

そして、シンジの黒瞳をまっすぐに見つめる。

不思議。

あなたがココにいる。それだけで、とても幸せ。

とても嬉しい。

――普通は、嬉しかったら笑うんだよ。

ええ・・・・・・そうね、碇君。

そして、レイは笑った。

月のように穏やかで、小さな花のように可憐な微笑み。

誰にも見せたことのない、シンジだけに向けた優しい微笑み。

見つめあう二人の間で、一瞬、時が止まる。

そう錯覚させる何かが、その微笑みにはあった。

その時を動かしたのはレイだった。

「それじゃ・・・・碇君は私が護るわ」

蒼銀の髪がひるがえり、風が動く。

「・・・・・・・・・待って!!」

シンジは、レイが自分のそばから離れてしまう前に、その白い細腕をつかんだ。

振り返り、レイがほんの少し驚いたような顔をする。

まさか引き止められるとは思わなかった。

レイの瞳がそう語る。

シンジは自身の黒瞳に、レイの深紅の瞳を映す。

決意の光をたたえる黒瞳。

シンジの瞳。

シンジはキッとばかりに、頭上の父を見上げた。

レイの腕をつかむ手は、ほんの少し震えていた。

それでも、シンジの瞳の光は揺るがない。

「僕が乗ります!!」

そう、シンジはハッキリと叫んだ。






 

 









<天使>が微笑んだ。

あの時、僕の中の何かが叫んだ。

恐怖はあった。

だけど、それを超えるだけの何かが、その時の僕にはあったんだ。

何だか、懐かしいと思った。

初めて会った彼女に、そんなこと感じるなんて、おかしいとは思うけど。

誰かに、似ていると思った。

でも、そんなこと考えているヒマなんて無くて、

僕は血の味がする液体を飲みこんだ。

まずい・・・・・・

血の味は思ったよりもまずくて、

今更ながら、血はおいしくないと認識した。

でも、何だかほっとした。

僕はこれから、<使徒>というモノと戦う。

怖かった。

でも、逃げちゃダメだと思った。

街には、カヲル君がいる。

僕が戦わないと、彼は死んでしまうかもしれない。

僕が乗らなければ、綾波がこのロボットに乗る。

さっき気付いた、右腕の包帯。

綾波は女の子で、ケガ人だ。

カヲル君が好きだって言ってくれた。  コンナボクニ――

綾波が護るって言ってくれた。      コンナボクヲ――

僕は二人に何ができるのだろう?

だから僕は、このロボットに乗った。

乗ることを選んだ。

人類のためだとか、そんなことじゃない。

二人のため、そして自分のためだ。

死ぬかもしれない。

怖い。

どうしたのだろう。死なんて怖くなかったはずなのに。

手が震える。

ガタン、と、身体に震動。

圧力がかかる。

初めての衝撃に僕は目をつぶり、うめいた。

思い浮かぶのは、カヲル君の笑顔。綾波の笑顔。

二人の、<天使>。

天使が笑った。

それで十分だった。

大丈夫。

僕は戦える。











 

 




闇の中、シンジは使徒、サキエルと対峙する。

「いいわね、シンジ君」

ミサトが確認するようにたずねた。

「・・・・・・はいっ」

緊張した様子で、シンジが答える。

「最終安全装置、解除っ!!エヴァンゲリオン初号機、リフト・オフ!」

「シンジ君、今は歩くことだけを考えて」

回線を通じて聞こえるリツコの声。

考える、というのも不思議な話だが、シンジはとりあえず念じた。

「・・・・・・歩く」

歩くっ!

一歩エヴァが踏み出す。

その姿をモニターで見ていたNERV作戦室スタッフは皆、歓声を上げた。

「歩いた・・・・・・」

リツコも感動したように声を上げる。

当然といえば当然だろう。

今まで動くのかどうかもわからないロボットを人類の切り札としていたのだから。

しかも、何の訓練もしていない少年がパイロットなのである。

全員が歓喜に満ちた声を上げる。

「歩く・・・・・・」

だが、エヴァはバランスを崩し、倒れてしまった。

「くっ・・・・・・うう・・・」

「シンジ君、しっかりして。はやく、はやく起き上がるのよ」

焦ったようなミサトの声。

襲い来るサキエル。

シンジの顔が恐怖に引きつる。

サキエルはいかにも無造作に、初号機の頭部をつかみ、持ち上げた。

そして、初号機の左腕をつかむ。

サキエルの両腕が、奇怪に膨らんだ。

そして・・・・・・力任せにねじり上げた。

「ぐ・・・ぐあぁーーーーーー」

気が遠くなりそうな痛み。

思わず、うめくようにシンジは声を上げた。

「っ・・・・・・・碇君っっ!!」

レイが泣きそうな目でモニターを見ている。

「シンジ君落ち着いて、あなたの腕じゃないのよ」

シンジは混乱する。

腕に走る痛みは、まぎれも無く自分の物。

メキメキと、初号機の腕はきしんだ音を立てる。

リツコの顔にも、焦りが浮かんでいる。

「エヴァの防御システムは?」

「シグナル、作動しません」

「フィールド、無展開」

「だめかっ!!」

さらにきしんだ音を立てる左腕。

ふいに、ボキンという音が鳴る。

「パルス、損傷!!」

「回路断線」

動かないエヴァを、サキエルは持ち上げる。

左腕から、光の槍。

「シンジ君っ、よけて!!」

持ち上げられていては逃げられるはずも無く、光の槍が打ち込まれる。

「かっ・・・かはぁ・・・・・・くぅっ・・・・・・・・・」

「頭部に亀裂発生っ!!」

「装甲がもう、持たないっ!!」

なおも打ち込まれる、光の槍。

そして、初号機はビルにたたきつけられた。

頭部から紅い液体が噴き出す。

「頭部破損、損害不明」

「制御システムが次々と断線していきます」

「パイロット、反応ありませんっっ!!」

レイの深紅の瞳から、涙があふれた。

「碇君っっっ!!!」

「シンジ君っ!!」

ミサトとレイ、重なる絶叫。





 

 

 










シンジは目を覚ます。

広い病室。

窓からの日差しが眩しく、シンジの顔を照らす。

「知らない・・・・・・天井だ・・・」

 

 

 

 














「シト、再来か。あまりに唐突だな」

暗い部屋での会話。

「15年前と同じだよ。災いは何の前触れもなくおとずれるものだ」

「幸いとも言える。我々の先行投資が無駄にならなかったという点においてはな」

「そいつはまだわからんよ。役に立たなければ無駄と同じだ」

「左様、今や周知の事実となってしまった使徒の処置、情報操作。NERVの運用は

全て的確かつ、迅速に処理してもらわなければ困るよ」

「その件に関しては、すでに対処済みです。ご安心を」

そう言って、ゲンドウは薄く笑った。


 

 

 


















テレビを見ているミサト。

すぐそこでは、壊れてしまった初号機のパーツを回収する作業が進んでいる。

チャンネルを色々と変えてみるが、全て似たようなことしか発表されていない。

「発表はシナリオB−22か。またも事実は闇の中ね」

「広報部は喜んでいたわよ。やっと仕事ができたって」

「うちもお気楽なもんね〜」

「どうかしら。本当はみんな怖いんじゃない?」

「・・・・・・あったりまえでしょ・・・・・・・・・」







 

 

 













「まったくその通りだな」

「しかし碇君、NERVとエヴァ、もう少し上手くつかえんのかね」

「零号機に引き続き、君らが初陣で壊した初号機の修理代、国が一つ傾くよ」

「聞けば、あのおもちゃは君の息子に与えたそうではないか」

「ヒト、時間、そして金。親子そろっていくら使ったら気がすむのかね」

「それに君の仕事はこれだけではあるまい。『人類補完計画』これこそが君の急務だ」

「左様、その計画こそがこの絶望的状況下における唯一の希望なのだ。我々のね」

「いずれにせよ、シト再来における計画スケジュールの遅延は認められん。

予算については一考しよう。それと碇、君にフォース・チルドレンを預ける」

その瞬間、ゲンドウの肩がわずかに揺れた。

あきらかな、動揺。

スッと、暗がりから一人の少年が姿を現す。

銀髪。紅瞳。

聞く者を酔わす美しい声で、少年は言う。

「渚、カヲルです」

そして、ニッコリとカヲルは笑った。









 

 

 











シンジは起き上がろうとして気付いた。

左手が動かない。

見ると、視界に映る蒼銀の髪。

忘れようにも、忘れられない。

自分を護ると言ってくれた少女がそこにいた。

「綾波・・・・・・・・・?」

その声に気付き、眠っていたらしいレイは、シーツからゆっくりと顔を上げた。

紅い瞳が泣きはらして、さらに赤くなっている。

「碇君・・・・・・」

レイはそれだけ言うと、ポロポロと大粒の涙をこぼした。

透明な雫がシーツに落ち、濡らしていく。

シンジはそんなレイをぼんやり見つめていた。

「また、泣いてる・・・・・・・・・昨日、初めて会った時にも泣いてた。 君は何がそんなに悲しいの?」

「違うわ。私、嬉しいの。碇君が生きていて、嬉しいの」

涙を流しながらレイは言う。

優しい表情だった。

「そう・・・・・・僕、こんな時どうしていいかわからないや。 生きていて、嬉しいはずなのにね」

レイはかすかに微笑む。

――普通は、嬉しかったら笑うんだよ。

「嬉しいなら、笑えばいいと思うわ」

「・・・そうだね・・・・・・ねぇ・・・君も、綾波も笑ってよ。泣き顔より、 笑った顔が、僕、好きだよ」

そう言って、シンジは笑う。

とても綺麗な微笑み。

レイの心があたたかくなる。

「ええ、そうね」

そう言って泣き笑いの表情を浮かべたレイの姿は、とても綺麗だった。

思わず見とれてしまうシンジ。

レイは、シンジの手を握った。

「碇君、私と、カヲルと一緒に暮らしましょう」

シンジは、ぼんやりとした思考のまま、うなずいた。




 

 

 

 
















つづく


う〜ん、何とか第三話ができました。

かなり行き当たりばったりなため、戦闘シーンに苦労します。

テレビ版準処のようでいて、そうでない、というような話になってきました。

ここら辺はかなりあやふやですね。困りました(笑)

今回はイマイチまとまりが悪いような気がしますがどうでしょう?

ヘンだぞ!!と言われても、直しようがありませんが(核爆)

今回はカヲル君の出番がすくな〜い。

セリフ一つだけぇ?ダメダメじゃん(笑)

ちょっとカヲル君が出てこないと、カヲル君禁断症状が出てきます。

それがどういうものなのかというと、カヲル君が書きたくて書きたくて(×100万回)

たまらなくなるという・・・・・・・・・嘘です♪(笑)

でも、寂しいのは事実なの。もっとカヲル君が出した〜い。

出したい、出した〜い!!(だだっこ)

ふう、あまり琥珀のおばか加減を披露するのもどうかと思うので、

今回はこの位で(核爆)

ではでは☆


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