永遠に続くのではと思えるほどの蝉時雨。

まとわりつくような夏の熱。

汗を含み、湿った感じのするシーツ。

僕は目を覚ました。

ふと思い立って、僕は仰向けにベットに横たわったまま左手を上げた。

光の灯っていない蛍光灯を背に、手の甲を見る。

そこには、やきごてか何かで刻印された、

ナンバー『9』の数字。

「知らない、天井だ・・・・・・」




それが、僕達と彼との生活の始まりだった。









オワラナイ夏




第一話 出会い









白く、物が無い部屋に僕はいた。

ここはどこなのだろうか。

僕のよく知る研究室ではないことは確かだった。

研究室に染み込んでしまっているかのようなLCLの匂い。

血の匂い。

それが、どこにも無い。

そこにあったのは、ほのかな緑の香りと、外の香り。

重く感じる体を引きずるように、僕はベットを降りた。

ひんやりとしたフローリングの感触が心地良い。

僕は、淡い黄色の服――パジャマを着ていた。

襟と袖にオレンジのライン。

汗を吸ってそれは、微かに湿った感じがした。

ずっと水槽の中にいた僕達はプラグスーツ以外服を着けたことが無い。

知識の上では知っていたが、実際に服というものを身に着けてみると、それはとても不思議な感じがした。

嫌、というわけでは無い。

初めてのものに対する純粋な違和感。

それを僕は感じた。

何故僕が衣服を身に着けているのかはわからない。

だが、僕は服を着ることが僕に必要な事だとは一度も思ったことが無い。

オリジナルの渚カヲルの『次の体』としての僕らに、服は必要だっただろうか?

『人類補完計画』を任務とした僕達にヒトと同じ生活はできただろうか?

答えは、否。

『人形』である僕達に、自由は無かった。

白い、レースのカーテンがかけられているのみの窓。

窓を開けると、新鮮な空気が流れ込む。

汗をかき、火照った僕の体を撫で上げる風。

カーテンがふわりとはためき、揺れる。

視界に映りこむ、青い空。

白い雲、輝く太陽。

緑色の樹木。

――僕達には無かったもの。

僕達が壊そうとしたモノ。

僕達は、『エヴァシリーズ』という名の白いケモノに乗り、ヒトから全てを奪うためだけに生きてきた。

いや、生きていたのではなく、生かされてきたのだ。

SEELEのシナリオ通りに。

サードインパクトを起こすためだけに。

サードインパクト。

SEELEが目的としたもの。

『人類補完計画』と呼ばれるもの。

全てのヒトを一つにし、一つの生命体の誕生を願ったもの。

僕達の存在意義。

そしてそれは、成功したはずだった。

エヴァンゲリオン弐号機の破壊。

ロンギヌスの槍。

エヴァンゲリオン初号機。

壊れたココロ。

赤い世界。

ならば何故、僕はここにいるのだろうか。

知らず、僕は自分の体を抱きしめるように手を回していた。

風が気持ち良い。

熱い熱を打ち消してくれるかのような涼やかな風。

だけど僕は、自分自身のどこかに、空虚な寒さを感じた。

ポッカリと穴が開いたかのような虚ろな感覚。

それが何であるのか、その時の僕にはわからなかった。














僕のいた部屋にカギはかかっていなくて、僕はすんなりとそこから出ることができた。

一番最初に目に入ったのは、真っ白のルームプレート。

振り返ると、僕が今までいた部屋のドアにも、それが掛けられていた。

隣の部屋にも、そのまた隣の部屋にも。

裸足のまま廊下を歩き、僕は階段を見つけた。

ほんの少し僕はためらい、でも降りた。

上と下、ニ方向に分かれた階段を、下に降りたのはなんとなくだった。

さほど長くも無い階段を下りきったところで鼻先をかすめた良い匂い。

その匂いに誘われるように、僕は廊下を歩いた。

匂いに近づくにつれ、聞こえてくるぐつぐつと何かを煮る音。

そして、人の気配。

黒い髪。

水色のTシャツに、ダークグリーンのハーフズボン。

青いエプロン。

こちらに背を向けているため、顔は見えない。

ダレナノダロウカ。

知らず、僕の顔はいぶかしがるような表情を浮かべる。

だが、それと同時に、僕の中に不思議な感覚が芽吹く。

デモ、イヤナカンジハシナイ。

何の根拠も無い感じに、僕は戸惑った。

それは、『感情』というものによく似ていた。

それがどのような感情であるのかは、わからなかったが。

起き抜けではっきりしない頭ではまともな答えが出るはずも無く、僕はしばしボーッとしていた。

確かに、嫌な感じはしない。

知っている感じがするのは何故だろう。

その時、僕の気配に気付いたのか、その『誰か』が振り返った。

僕の紅い瞳と、彼の・・・・同じ色の瞳が、交わった。

そこにあったのは、驚きでもなく、喜びでもなく・・・・

ただ、深い悲しみだけ。

いったい、どんなことがあれば、

このような深い悲哀に満ちた表情を浮かべることができるのだろうか。

泣きそうに歪んだ顔。

潤んだ瞳。

僕には、目の前の少年が声無き声で悲鳴を上げているかのように感じた。

だが、少年が悲しみの表情を浮かべたのはほんの一瞬のことで、彼はおだやかに僕に笑いかけた。

「おはよう・・・・・・よく、眠れた?」

「・・・・・はい」

「ゴハン、もうすぐできるよ。シャワー浴びてくる?」

コクンと、僕はうなずいた。

「・・・そう、着替えは向こうの部屋にあるから、どれでも好きなのを選んで」

「・・・・・はい」

僕は指し示された部屋に向かうため、彼に背を向けた。

そのまま、振り返ることなく部屋に入る。

そのため、彼が僕の背中をじっと見つめていたことに、僕は気付かなかった。














「・・・・・・ッ・・・・はぁっ」

銀髪の少年の姿が視界から消えた瞬間、黒髪の少年が苦しげに息を吐いた。

そのまま少年の体は力を失ったようにくずれ落ちる。

少年の紅く、どこか虚ろな瞳が揺れる。

少年は自身の両手首に目を落とした。

どちらにも巻かれた白い包帯。

その色がえぐるように少年の瞳を突き刺す。

長めの前髪をかきあげるように、少年は手で顔を覆った。

そのすきまから、透明な雫が溢れ出した。

それはフローリングに落ち、小さな水溜りを作る。

「・・・・・・・・・カヲル君・・・・・ッ」

弱気な声。

後には少年の、小さなすすり泣きだけが部屋に響いていた。



















全てが終わったことなのだと、

自分は悪くないのだと、許すことができたなら、

苦しまなくて済んだはずだった。

だけど、少年は自分を許すことができなかった。

全ての人が少年のことを許しても、

少年は自分を、許すことができなかった。

ただ、それだけのこと。














こうして、僕達と彼との、新しい生活が始まった。








 

 

つづく


あまり暗くないですね。

まぁ、最初ですから(にや)

一応、だぁくな話になる予定。

かなり無謀な挑戦。

もうお気づきでしょうが、この小説はカヲル君一人称なお話です。

といっても、このナンバー『9』の少年はカヲル君じゃないです。

読む人と読まない人、真っ二つに分かれそうですねぇ〜

書いてる私は、結構楽しいのですが(笑)

EOEその後・・・なお話なんだろうなぁ〜

属性としては。

でも、あまりレイやアスカは出ないと思う。

LAS&LRSなかた、この話は、思いっきりラヴストーリーからかけ離れてます。

っていうか、ラヴのラの字すら出てこないんじゃないの〜て感じです。

どんな話になっていくのか、書いている私にも不明。

むぅ、計画性が無いですね。自分がヤになります。

まぁ、がんばってみますので、見捨てないでぇ〜


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