何も無かったの。
私には何も無かったの。
帰りたいの。
帰してくれないの。あの人が。
・・・私には、何も無かったの。



心象風景








身体中の包帯と、病院服。
白銀の、寒い世界。
寒いというよりも、冷たい世界。
私はそこにいた。
右手には、紅い光球。
左手には血にまみれた包帯と・・・・・・眼鏡。








しばらくそこに立っていると、少年に出会った。
私は、彼を見て微笑んだ。
彼はぼんやりと、焦点の合っていない目で、私を見た。
しばらく見つめあっていると、彼が私に声をかけた。
「こんなにまで傷ついて、どうして君はまだ戦うの?」
私は聞き返した。
「あなたはどうして戦わないの?」
「どうして戦わなきゃいけないのさ!」
彼の肩が震えている。
何かに怒っているかのように思えた。
「怖いの?」
「怖いよ・・・・・・」
「でも、あなたは戦ったわ」
「ただの臆病者さ・・・むやみに足掻いてるだけだよ」
臆病者。そう彼は言うけれど、本当の臆病者とはどういう人を指すの?
「どうしてあなたは戦うの?」
「褒めてくれるんだ。僕が戦うと、褒めてくれるんだ・・・みんなが、父さんが」
それがあなたの存在意義?
「・・・・・・そう、だからあなたは戦うの?」
「僕には、もう、これしか無いから」
「・・・そう」
彼は、どこか私に似ている。
「でも、わからないんだ、怖いんだ。他人が」
「・・・あなたはわかろうとしたの?」
他人の存在を。
「わかろうとした」
「わからせようとしたの?・・・自分を」
あなた自身の存在を。
「・・・・・・・・・」
「ヒトは拒絶しあう生き物よ・・・あなたも、そう」
「・・・・・・」
「あの人も・・・そうだったわ」
私の左手から、ひび割れた眼鏡が滑り落ちた。
雪に埋もれていくそれを、私は無感動に見ていた。
アノ人ガ見テイタノハ私ジャナカッタ。
「彼女も・・・もう、いないの」
持っていた血だらけの包帯。
それは雪にふれて、音も無く消えた。
二人目の『私』が生きていたあかし。
彼女は、もういない。
「・・・私には、何も無いもの」
頬を伝うあたたかい流れ。
泣いているのは私?それとも、二人目の私?
彼は少し悲しそうに、つらそうに私を見ていた。
どうして・・・どうしてあなたはそんなに悲しげに私を見るの?
「・・・もう、行くわ」
「どこに?」
「帰るの・・・私が生まれてきた場所へ。帰りたいの」
そう、私は帰りたい。
生まれ出でた、無の世界に。
「・・・そこに君は・・・いるの?」
「・・・・・・」
ああ、どうしてあなたは――
「そこに僕は・・・いるの?」
こんなにも、私の心の中に入り込むの?
サビシイノ。
きっと私は寂しいの。
私と、彼との間。
その間を冷たい風が通りぬける。
ほんのわずかな距離。
それを、私はどこか遠くに感じた。
見つめあっていた視線を、先に外したのは私。
やめて。
あなたを見ていると、悲しくなるの。
寂しくなるの。
心が痛いの。
「さよなら」
不思議。
別れの言葉が、こんなにも簡単に出てくる。
私は背を向けて、彼から離れていった。
涙が、止まらなかった。


















しばらく歩き、また立ち止まっていると、赤い少女に出会った。
右手には、ひび割れて灰色になった球を持ち、
左手には引き千切られて中綿が飛び出した人形を持っている。
彼女は私を見て、立ち止まった。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
長い沈黙。
先に破ったのは、彼女のほう。
「アンタって人形そっくり・・・大ッキライ!!!」
彼女は持っていた人形を、私に投げつけた。
フンッと鼻を鳴らして、そのまま私の横を通りすぎていった。
遠く、光の向こうに消えていく彼女。
首のもげた人形が、恨めしそうに私を見上げる。


















また、しばらくそこに立っていると、銀髪の少年に出会った。
右手には赤く点滅する球。
彼は、私を見ると、静かに微笑んだ。
「やあ。君は僕と同じだね」
「あなた、誰?」
「君と同じものさ・・・感じるだろう?」
彼も、どこか私に似ていた。
「知らない・・・知らないけど、知っているような気がする・・・なぜ?」
「それは僕達が同じものだからさ」
笑みを浮かべる彼は、なぜかとても悲しげで・・・
「帰りたいの?」
私と同じ紅い目はどこか遠くを見ている。
「そうだね・・・僕には、何も無いからねぇ・・・・・・」
彼の左手から滴り落ちる血が、雪を染める。
左手首につけられた、幾重にも重なった傷。
「・・・血が出ているわ」
「構わないさ。自分でつけた傷だから」
「どうして自分を傷つけるの?」
そう聞くと、彼はおかしそうに笑った。
「・・・何?」
「いや・・・さっきも別の人に同じ事言われたから、つい・・・」
最初はおかしそうに、最後あたりは自嘲の色が濃い。
「他人を傷つけたくないからさ」
そう言って、彼は悲しそうに笑った。
それが、あなたの罪?
「そう・・・・・・」
「君は、帰るのかい?」
「わからないわ。帰してくれないの。あの人が」
「そうか・・・君は、帰りたいのかい?」
「・・・・・・ええ」
何も無い世界。
そう、私は帰りたい。
「じゃあ、一緒に行こうか。僕と君の行きつくところは、同じようだからね」
彼の言葉に、私はうなずいた。
暗闇の中、私と彼は並んで歩く。
「ヒトは、どうして拒絶しあうのかしら」
「悲しい生き物だからさ・・・」


















「どうして泣いているのさ」
私は泣いていた。
「わからないわ・・・・・・ただ、彼がいないわ」
「そうだね・・・きっと、僕達は寂しいのさ」


















何も無かったの。
私には何も無かったの。
帰りたいの。
帰してくれないの。あの人が。
・・・私には、何も無かったの。
彼をわかりたかった。
彼と一つになりたかった。
・・・・・・何よりも、彼に、ただ会いたかった。
何も無い世界。
もう、あなたに触れることさえ、叶わない。








 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

END

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