誰もアタシを見てくれない。
必要とされていない。
アタシには、もう行くところが無い。
みんなキライ。
大ッキライ。
どうしてアタシは戦うの?
誰も見てなどくれないのに。



心象風景








最初はとても赤かった丸いアタシの球。
輝きを失い始めたのはいつから?
壊れた人形は、ママを思い起こさせる。
もう、やめて。
誰もアタシのことをわかってくれない。
ねぇ、誰かアタシを見て。
アタシだけを見て。








アタシは、歩いていた。
終わりの無い雪の世界がアタシの存在を埋めてしまわぬように。
雪と、闇と・・・・・・冷たい、風。
ぼんやりと歩いていると、一人の少年がそこに立っていた。
ソイツは妙ににこにこしてアタシを見ている。
「やあ」
まるで散歩にでも出て、知り合いにでも会った時にするような気楽な挨拶。
馴れ馴れしい。
アタシはソイツを無視して、通りすぎようとした。
だけど、呼びとめられた。
「君は、君の望むものがすぐ近くにあるのに、それに気がついていないね」
「何よ。アンタ」
ジロッと、睨んでやったけど、ソイツは気にした様子も無く言葉を続ける。
紅い瞳は、よく知る他の誰かを思い起こさせる。
人形みたいな、少女を。
「自分には何も無い。そう、思いこんでるんじゃないかい?」
――何、コイツ。
すべてを見透かしているかのような口調。
気に入らない。
アタシの何がわかるというの?
「本当に欲しいものが手に入らなきゃ、何も無いのと同じよっ」
そう、何も無いのと同じ。
「それは違う」
「違わないわ。アタシは、たった一つでよかった。他には、何も要らない」
そう、アタシは、たった一つ、たった一つだけでよかった。
だけど――
「君は脆いね・・・傷つけられまいとして、他人を傷つける。苦しいよねぇ・・・
他人を見下すことでしか君は自分を保っていられないからね」
「アタシはエリートなの。誰にも負けられないのよっ!!」
「君は、確かに『秀才』だったよ。でも、『天才』じゃなかった」
「・・・・・・何が言いたいのよ」
「高すぎるプライドは、己を滅ぼすってことさ・・・気付いているのだろう?」
ソイツはちらりとアタシの持つ球を見た。
灰色の、みっともないアタシの球を。
――イヤだ。
どうしてコイツは、アタシの心の中に入り込んでくるの?
「・・・・・・余計なお世話よ」
アタシはもうソイツを見ずに、さっさと歩き出した。
背中に掛けられる声。
「君の望むものは、いつも君と共に・・・それを、忘れないで」
その声はなんだか悲しそうに聞こえた。
――余計な、お世話よ・・・・・・


















しばらく歩いていたら、急にアタシは悲しくなって立ち止まった。
「・・・誰もアタシを見てくれないの」
色を失った球だけが、アタシが追いつづけたモノ。
アタシは、戦った。
戦い続けた。
そして、これからも戦い続けていくのだろう。
でも、寒い。ココロが寒い。
「誰も・・・アタシを・・・・・・」
その時、視界の端に一人の少年が映った。
とても綺麗な赤い球を持っている。
他には何も持っていないくせに。
「・・・・・・ねぇ、アンタは他に何一つ持ってないくせに、
アタシが本当に欲しかったものだけは持っているのね」
「君も持っていたじゃないか」
そう、アタシも前は持っていた。
でも、今は違う。
「ダメなのよォ・・・見てくれないの。誰も必要としてくれないの」
もう・・・アタシは必要無いの?
ねぇ・・・・・・・・・ママ・・・・・・・・・・・・
知らず、ぎゅっと手に力がこもる。
「誰もアタシを見ない。誰もアタシの声を聞かない。誰もアタシを必要としない」
・・・・・・ママ。
ねぇ、アタシを見て、アタシだけを見て。
アタシは人形じゃないの。
ここにいるのよ・・・アタシはここにいるのよ!ママッ。
「・・・・・・それでも、君は戦うの?
「アタシには、それしか無かったもの」
戦うしか・・・無いもの・・・・・・
「アンタは戦わないの?」
「戦いに何の意味があるのさ・・・」
何ですって?
戦いの意味?
そんなことを悠長に考えていたら・・・・・・
きっと、アンタは死ぬわ。
「アンタ、死ぬわね」
「・・・・・・」
馬鹿みたい。
黙って殺されろっていうの?
そんなの、お断りよっ。
アタシが本当に欲しかったものを持っているくせに、
なんて弱いの。
結局逃げる理由を探しているだけじゃない。
輝く赤い球。
アタシは、それだけでよかったのに。
それがあれば、みんながアタシのことを見てくれたのに。
「戦わないやつに・・・戦いから逃げるやつに、それは必要無いわ。戦わないなら、
それ、アタシに頂戴」
赤い球を指差して、アタシは言った。
「ダメだよ・・・もう、僕にはこれしか無い」
アイツは泣きそうな顔で首を振る。
「・・・そう、くれないのね・・・・・・じゃあ、アンタなんか要らない」
もう、要らないの。
アイツは呆然と立ち尽くしていた。
アタシは、振り返らなかった。


















歩いていると、一人の少女に出会った。
ぼんやりと立って、どこか遠くを見ていた。
アタシに気付き、紅い瞳だけをこちらに向けた。
アタシは立ち止まった。
「・・・・・・・・・・・・」
ソイツは虚ろな、ガラス玉みたいな目をアタシに向けている。
何もしゃべらず、じっとこっちを見つめている。
アタシを見つめている。
「・・・・・・・・・・・・」
黙って見返した。
「・・・・・・・・・・・・」
何も、しゃべらない。
「・・・・・・・・・・・・」
沈黙が痛い。
本当、人形そっくり。
意思を持たぬような虚ろな瞳。
大ッキライ。
「アンタって人形そっくり・・・大ッキライ!!!」
アタシは人形を、ソイツに投げつけた。
フンッと鼻を鳴らして、そのままソイツの横を通りすぎていく。
何も言わなかった。
やはり虚ろな目で、アタシを見ているだけ。


















光に向かって、アタシは歩いた。
寒かった世界が、あたたかくなっていく。
視界が、白く染まっていく。
誰もアタシを見てくれない。
必要とされていない。
アタシには、もう行くところが無い。
みんなキライ。
大ッキライ。
どうしてアタシは戦うの?
誰も見てなどくれないのに。
答えは出てこない。


















その瞬間、アタシはあたたかい何かに包まれた。
アタシがずっと探し続けていたあたたかい腕。
「・・・・・・・・・ママァッ・・・」
涙が、頬を伝った。











 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

END


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