卒乳


お乳だけで子供を育てる、というのは、「手軽」でかつ「安上がり」で(そういう問題か?)、これほどよいことはない。

とはいえ、これはこれで、けっこうたいへんだったりもする。

かぁしゃんは、慢性の寝不足で、いつも疲れ気味。

調子も崩しやすければ、下痢にもなる、風邪もひく。

でも、お乳をやれるのは私しかいないわけで...

しかも、お乳は1日に何度も何度も必要だし、お乳に休日、祝日はない。

菜月が生まれてからのこの1年間は、

「とにかく、私は、ぜったいに病気で倒れたりはできないのだ。」

という思いが、つねに頭の片隅をしめていた。

どんなことがあっても、お乳だけはやらないわけにはいかないのだ、と。

これはこれで、けっこうプレッシャーだ。

最初の2ヶ月は、たまにミルクも飲んだ

(生後2ヶ月)

それに反して、お乳というのは、けっこうトラブルを生じやすいやつであり...

食べるものや、寝不足、疲れ、ストレス、いろんな事から影響を受け、ちょっとしたことで、そのバランスはすぐに崩れてしまったりする。

かぁしゃんも、菜月が生後2ヶ月の時に、乳腺炎になった。

その後も、お乳がはりすぎたり、しこりができたり、と小さなトラブルは何度もあった。

けっこう、ひやひやもんだったこともある。


そういうこと以外にも、母乳で悩みをかかえている人は多い。

お乳というのは体の中のことで、目にみえないものだし、人にはわからないことだ。

ミルクを測ってやるような具合にはいかない。

そのわりに、母乳に関する情報が少ない。

わからないことが多すぎる。

いつまでたっても授乳回数が減らないとか...

(それだけ、いつも新鮮なお乳を飲ませているということなので、よいらしい)

離乳食をあんまり食べないとか...

(お乳を卒業したら必ず食べるようになるので、何の心配もないらしい。しかも、お乳は完全栄養食品。)

夜もよく起きるとか...

(肌恋しさもあるし、赤ちゃんにとって、母乳がそれほど無理なく短時間で消化されるものだということらしい。)

こうしてみると、けっこう手もかかる。

ご飯は食べる気なし、の菜月しゃん

(1歳2ヶ月)

なぜか、こんな格好になる...

(1歳3ヶ月)

でも、自分のお乳で子供を育てられるというのは、すごく幸せなことだということは間違いない。

まさかお乳が出るなんて、自分も含め、誰にも期待されてなかった(だから、お乳の大きさと、お乳が出るか、出ないかは関係ないんだって(^^ゞ)かぁしゃんなんて、特にそう思う。

 

だからというわけではないのだけれど、かぁしゃんはお乳をやるのが好きだ。

お乳を見せた時の、なんとも言えない、うれしそうな菜月の顔を見るのが好きだ。

毎日毎日、飲み飽きるくらい飲んでるはずなのに、それでも、おいしそうにお乳を飲む菜月の顔を見るのが好きだ。

お乳を飲んでる時は、けっしてグズらないし、機嫌も悪くならない。

その平和な時間が好きだ。

時には、お乳飲みながら、鼻の穴に指をつっこまれたり、わざとお乳をかまれたり...

おふろに入って

「あれ、こんなところにほくろ出来てる?」

と、自分のお乳をよく見れば、実は、菜月がお乳飲んだ時につけた、味付けのりだったり、ごはんつぶだったり...

かぁしゃんのお乳はけっこう乱雑な扱いを受けていたりするのだけれど...

でも、お乳をやるのが好きだ。

なぜか、人の鼻の穴に指をつっこむ

(1歳2ヶ月)

とーしゃん、鼻血ぶーになる

 

 


だから、

「まぁ、まだお乳飲んでるのぉ?1歳すぎたら、お乳はやめんと。」

なんて、おばさんに言われても、なかなかその気になれない。

だって、なぜ1歳なのか?

ほんとにやめる必要はあるのか?

やめる利点は何なのか?

わからない。

 

離乳食を始めたばかりの頃もそうだった。

本には、

「離乳食を始めたら、授乳回数を1日5回から4回に減らしましょう」

と書いてあったのだけれど...

菜月は、その頃、ゆうに10回以上飲んでいた。

本とは違う。

人とも違う。

赤ちゃんによって、授乳回数だって、やめる時期だって違うんじゃーないか?

と思っていたところ、公園で、

「でも、お乳っていうのは『赤ちゃんがやめたい時がやめ時』って言うよ。」

という言葉を聞いた。

その言葉は、妙に説得力があり、やっぱり、菜月がお乳にすがってくる間は、いくらでもやろうと改めて思った。

それが、つい先々週の話である。

離乳食のはじめは、まず果汁から

(生後4ヶ月)

次に、すりつぶしがゆへ

(生後5ヶ月)

果物も、ハイどうぞ!

(生後7ヶ月)

ところが、である。

その日の昼まで、一生懸命お乳を飲んでいた菜月が、夕方から、突然、ぱったりお乳を飲まなくなった。

ほんとに、突然、である。

何度、お乳を見せても

「んにゃ。」(いや、のつもり)

と言って顔をそむける。

熱があるのか、ご飯が食べたいのか、眠いのか、と色々やってみるが、どれでもない。

その日、夜中もぐずぐず言って何度も起きたけど、それでも、結局、1回もお乳を飲んでくれないまま、朝が来た。

前日までは、夜でも、必ず、2回か3回は起きてお乳を飲んでいたのに、である。

こんなことは、菜月が生まれて以来、はじめてのことだった。

「とにかく、こりゃーたいへんだ。」

とさっそく小児科に連れていってのだけれど...

熱もなければ、風邪の症状もない、痛そうなところもない。

診察の結果、

「う〜ん、どこも悪そうなところはないですの。」

と言われた。

あれ(・_・?

 

というわけで、どうでも、菜月は、突然、何の躊躇もなく、1人で勝手にお乳を卒業してしまったらしいのだ。

あれ(・_・?

しかも、かぁしゃんに何の断りもなく、である。


そうは言っても

「お乳を卒業する」

というのは、実はそう簡単なことではない。

「はい、じゃー、今日からお乳はやめましょう。」

と、そんなわけにはいかないのだ。

菜月が、ではない。

かぁしゃんが、である。

 

かぁしゃんの体がついてこない。

菜月が飲まなくなったからと言って、お乳の製造は、ぴたっと止まったりはしない。

今まで飲んでいたペースどおりに、どんどん製造される。

お乳というのは、不思議なもので、子供が泣くとはってくる。

また、子供が乳首に吸い付いてくると、途端にどっくんどっくんとはってくる。

そして、飲んでくれるような時間にあわせて、自然にちゃ〜んと製造されてくる。

そして、体は、菜月がいつも飲んでいる分量というのを覚えている。

お乳は、けっして多すぎもしなければ、少なすぎもせず、ちゃんと適量製造されてくる。

不思議なくらいに。

その製造を、ある日、突然うち切る、ということは、そうたやすいものではない。


まず、もうこれ以上、お乳は製造する必要はないのだということを体にわかってもらわなければならない。

そのためには、

「ほ〜ら、タンクだってお乳でいっぱいですよぉ。」

とういう状態を保持しておかなければならない。

というわけで、お乳がパンパンにはるままにして我慢するわけだけど...

これは、ぜったいに当の本人にしかわからないと思うけれど...

石みたいにカンカンにはったお乳の痛み、というのは想像を絶する痛さ、なのだ。

たかがお乳、されどお乳、なのだ。

とにかく、痛い。

もうどうでもいいから、今すぐこのお乳を切り離してくれぇ〜、それくらいつらいものなのだ。

実際、菜月がお乳を飲まなくなって2日目。

はったお乳のあまりの痛さに、横になって寝ることもできなければ、低い姿勢をとるのもつらい。

腕を伸ばすのも、高いところのものを取るのもしんどい。

自分で触ることすらできないくらい痛いのだ。

菜月を抱っこするなんてそんなこと、とてもとてもできなかった。

出来ることと言えば、とにかく、冷やすことくらいで...

でも、冷やしても、冷やしても、氷はどんどん溶けてぬるま湯になるし、アイスノンはすぐに暖かくなるし、ほんとにつらい1日だった。

 

お乳が痛いと抱っこもできないのだぁ

(1歳3ヶ月)

 

そして、3日目。

ようやく、供給がとまり、お乳のはれがひきはじめ、ずいぶん楽になったのだけれど...

でも、だんだん小さくなっていくお乳を目の当たりにして

「これで、お乳もおしまいか...」

と思うと、「どーにかしてくれぇ」の思いはどこへやら、今度は、どーにもせつなくて仕方がなかったりする。

お乳を卒業して寂しいのは、子供のほうじゃなくて、実は、私のほうだったりする(-_-;)


と思ってたら、菜月が、じぃっと私の胸のほうを見て、私のTシャツをめくろうとするではないか。

「おぉ?もしかしてお乳飲みたくなったか?」

って、なんだかうれしくなって、さっそくお乳を飲ませようとしてみたのだ。

(往生際の悪い私)

でも、湿布をべたべた貼ったお乳を見ると、菜月はぎょっとして

「んにゃ!」(「いや!」のつもり)

って、突然、ペシッとお乳を平手うち。

触れられるだけでも痛いお乳を、である。

その後は、あまりの痛さに出た

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ〜!!!!」

っていう私の悲鳴に驚いて、菜月も大泣き。

 

が、

「やっぱ、湿布がまずかったのかもしれん。」

と思い直し、おふろあがりに湿布をせずに、お乳を飲ませようとしてみたが(あきらめの悪い私)、やっぱりぷいっと顔をそむけられてしまった。

う〜ん、せつない。

しかし、こうも拒絶反応を示されると、

「じゃー、今までのはいったいなに?」

と、かぁしゃんは言いたい。

今まで、さんざん、ただ飲みしたくせにぃ。(かなり、往生際の悪い私)


そんなかぁしゃんの複雑な心境とは裏腹に、まわりの反応はというと...

「普通は、お乳をやめさせるのに苦労するのに、よかったねぇ。」

とおばさん。

だけど、かぁしゃんは、なんだか、あんまりよかったって気がしないぞ。

「まだ、やめるのはかわいそうよ。」

と、うちのかーさん。

だけど、かわいそうだったら、私のほうがよっぽどかわいそうである。

というわけで、菜月、もうすぐ1歳と4ヶ月。

往生際の悪いかぁしゃんをしり目に、ある日突然、さっさとお乳を卒業してしまった。

ずいぶんしっかりしてきた菜月に、「赤ちゃん」という言葉は、もう似合わなくなってきたなぁとは思っていたけれど...

これで、ほんとに「乳児」から「幼児」への転身をとげたわけである。

かぁしゃんには、何の断りもなく、である。

(けっこう、しつこい私)

 

ちなみに、「母乳」のことに関しては、友達から教えてもらったホームページ「よこはま母乳110番」で取り寄せた情報が、とても励みになりました。

ありがとう。

勝手にお乳を卒業して、元気な菜月しゃん

(1歳3ヶ月)