母乳で育てたい


11月3日。
記念すべき、とーしゃん33回目の誕生日の夜。
突然の吐き気におそわれ、夜中、ダウンした。
あまりに突然だったので、何か食べ物にあたったかと思ったが...
なんとなく、そうなるのもわかるような気もしていた今日この頃。


とーしゃん、33回目の誕生日!


貴裕が生まれてからというもの、とにかく、あわただしい毎日だった。
それは、想像以上に...(^^ゞ
何をするにしろ、ゆっくりするという瞬間がちっとも存在しないのだ。

なんせ、生後6ヶ月。
貴裕も、菜月同様、あまり昼寝をしてくれない子で、寝ても30分、40分。1時間と続けて寝ることがない。
しかも、夜も、何度となく起きてお乳を飲んだ。

3歳7ヶ月。
菜月には、すでに、もうずっと前から昼寝はなく(ということは、私も昼寝ができないということであり)、貴裕が生まれてからというもの、菜月も夜、何度か起きるようになっていた。

朝は、起きてご飯を食べ、洗濯をし、菜月の相手をしながら、貴裕の寝くじにつきあっている間に、何もできずに終わった。
昼は、菜月と貴裕を連れ、公園に連れ出し、ベビーカーに座っていることにすぐ飽きてぐずる貴裕をおんぶして、菜月を遊ばせた。
帰れば、夕飯の支度。
ご飯を食べさせ、おふろに入れ、2人をやっと寝させると、10時すぎ。
やっと1日が終わった...と思ったら、夜中もまた何度か起こされ...
ここ何週間、朝がきても、「さぁ1日が始まったぞー」という気分ではなかった。
寝て起きても、体のダルさはとれず、1日じゅう眠かった。
重い貴裕をいつもおんぶしているせいで、慢性肩こり。
肩こりからくるのか、疲れからくるのか、頭痛もしたし、目の奥がいつも痛かった。
自分でも疲れてるなぁと思いつつ、かと言って、何をどうすることもできず...
突然ダウンしても、まーそうかもね、と思うところもあった。


しかも、貴裕は、

おんぶしてないと寝れないのだ




いつも、こんな格好で

寝ている貴裕(^^ゞ

(貴裕、生後5ヶ月)


まーそうかもね、とは思ったけれど...
まさか、突然、起きれなくなるほど、ひどくなるとも思わなかった(^^ゞ
吐き気とめまいで、食べ物は、何も受け付けず。
さすがにこれはいかん、と、夕方、休日診療をしている病院に連れて行ってもらった。
「もっと早く来ればよかったのに。」
と先生は言い、点滴ををしてもらうことになったのだけれど...
「あのぉ、今、授乳中なんです。」
と言うと、カルテに記入する先生の手は止まり、う〜んとうなるのだった。
「母親の点滴が、お乳を通して、どれくらい、赤ちゃんに影響があるかということは、はっきり安全性がわかっている薬もあれば、あまりわかってない薬もあります。そういうのは、産婦人科の先生のほうが詳しいかもなぁ。」
先生は、ぽつりと言い、結局、ビタミン剤くらいしか点滴できないと言われた。
「それか、あとは、ここで点滴して、いっそお乳をやめて人工栄養にするか...ということですが。」
「お乳はやめません。」
歩くのもおぼつかない体で、はっきりとそう答えてはみたものの...
そう答えてしまうと、じゃあ水分をしっかりとって、なんとか、体力で直してね、ということになるのだった(^^ゞ
どうにもならんようだったら、夜間診療をしている病院に行ってね、と(^^ゞ
先生は言った。
「後で、赤ちゃんに何かあったなんてことになると怖いから、僕も、よぉ薬出しません。」
と(^^ゞ



貴裕、生後1ヶ月。
菜月の風邪に始まり、貴裕が風邪をひき、私がその風邪をもらい、38度の熱が出てダウンした時も同じだった。
熱でがんがんする頭、ほてる体にムチうって、貴裕を抱いてお乳をやった。
もしお乳を通して子供に影響があったら...と思うと、薬を飲む気になれなかった。


菜月、風邪でダウン

(菜月、3歳2ヶ月)


そして、妊娠後期、妊娠性の湿疹に苦しめられた後。
出産後も、かなり長い間、その湿疹が治らず、3ヶ月近くも皮膚科に通ったのだけれど...
ここでも、授乳中に出せる薬は限られていると言われた。
そして、その中から処方してもらった薬では、湿疹は、いっこうによくなる気配がなかった。
夜になると、かゆくて、何度も目が覚めては寝れないという夜が続いた。
どうすることもできなくて、アイスノンで冷やして、なんとかかゆさをゴマかすしかなかった。
「授乳中に使える薬というのは限りがあって...このどれも効果がないということになると、後は、薬を飲むかわりに、母乳をやめるか...」
「お乳はやめません。」
ここでも、それは、何度となく繰り返された会話だった。
それなら、このかゆみには耐えられるのかというと、耐えられないけれど...
でも、お乳もやめたくなかった。
困ったことに。


うたたねのおばあちゃんと貴裕

(貴裕、生後1ヶ月)


何かあっても、薬ひとつ飲めない。
薬も飲めないと、治るものも、なかなか治らない。
なんで、こんな目にあってるんだろう、とたびたび思った。
それでも、まぁ、なんとか乗り切れた。
今のところ...(^^ゞ

なぜ、そこまでお乳にこだわるのか?
子供のために、母乳で育てたいのだ、というのもある。
ただ、それ以上に、「私自身が」そうしたいのだ。


確かに、今は「赤ちゃんはできるだけ母乳で育てましょう」という考えが主流であり、母乳のよさがしきりに言われている。
誰だって、出るものなら、赤ちゃんを母乳で育てたいと思っている。
でも、だからって、何がなんでも、子供は、ぜったいに母乳じゃなきゃ育たないわけではない。
だいたい、母乳だと、母親から免疫をもらうから、病気になんてかからない、みたいに言われるけれど...

貴裕、生後6ヶ月。
半年の間に、すでに3度も風邪をひいた。
菜月がひけば、必ず貴裕にうつる。
家族が多ければ、誰かしらから風邪はもらう。
母乳には、お母さんからもらった免疫がたくさん含まれていますとはいうけれど、母乳だろうとミルクだろうと、ひくものはひくし、かかる病気にはかかる。


「おはよー!」

(菜月、
3歳7ヶ月

貴裕、生後6ヶ月)



しかも、今でこそ、母乳、母乳というけれど、私たちの母親の世代は、品質のよいミルクが世に出てきた頃で、しきりに「ミルク」のよさが言われた時代であったらしく、けっこうミルク育ちが多かったりする。
世の中、ミルクだけで育った人なんて山ほどいる。
私だって、ミルクで育った。
それだって、こんな立派な大人になっている( ̄▽ ̄)
とーしゃんだって、ミルク育ちだ。
私ほどではないにしろ(なにが?)、立派な大人に成長している( ̄▽ ̄)
いくら母乳で、母乳でと言っても、母乳で育ったから、ミルク育ちだから...で、人生、そんな大きな違いがあるとは思えない。

でも、それでも、母乳で育てたいという気持ちは強い。
なぜ?

子供の相手が上手なわけでもなく、何か特別なものを持ち合わせているわけでもない。
人と違うものを持ちえない自分が、自信を持って、私は、菜月と貴裕にとって、特別な存在なのだと言えることといえば、私が、他の誰よりも、菜月と貴裕のことを気にかけているということと、私には、「お乳」があるということであり...
どこかに、やはり、お乳だけは、私にしか与えられないのだという自信がある。
そして、何より、私自身が、お乳をあげるのが好きなのだ。
お乳を飲む子供の横顔を見ている時ほど、幸せだと思うことはない。

おむつを替え、抱いてあやし、寝かしつけ、おふろに入れ、おむつを洗い、お乳をあげ、離乳食を作り、食べさせ、また、おむつを替え...
毎日、果てしなく同じことの繰り返しの毎日。
しかも、貴裕の世話だけでもたいへんなのに、菜月にもまだまだ手がかかる。
いやになるくらい、あわただしい「育児」の中で、お乳をあげることだけは苦にならない。




2人同時に遊ばせるのは

なかなかたいへんなのだ。

(菜月、3歳7ヶ月

貴裕、生後6ヶ月)




貴裕を抱っこして、湯船に一緒につかっている時。
じぃっと私の胸を見ていたかと思うと、突然、かぽっとお乳にむしゃぶりついてくる。
その顔が好きだ。

ものすごくおなかをすかせている時。
一心にお乳を飲み、おなかがいっぱいになると、お乳を離して、ほんとに、ほんとに満足そうに、目を閉じる。
その顔が好きだ。

下に2本歯が生えてきた貴裕。
その歯で、時々、お乳をかむのだけれど、「いたたた。」という私の反応をおもしろがってか、時々、お乳をくっとかんでみて、ニコッと笑って、私の顔を見上げる。
そのいたずらな顔が好きだ。

ダウンしていた2日間。
起きれずにいた間は、お義母さんが、貴裕にミルクを飲ませてくれていたのだけれど...
半日ぶりに貴裕にお乳をあげた時。
貴裕は、お乳を見るや、くいつかんばかりにむちゃぶりついてきて、ごくごく飲んで...
お乳を飲みながら、時々、お乳を離して、何回も何回も、確認するように、私の顔を見上げて、ニコッとして、また急いでお乳を飲む。
その真剣な横顔が好きだ。


歯が2本生えてきました。

(貴裕、生後5ヶ月)


お乳というのは、あやうい。
ちょっとしたことで、出なくなったりするものであるらしく...
また、母親の病気、子供のアレルギー...
どういうことが原因でやめなければならなくなるかもしれず、また止まるかもしれず...

何ヶ月かすると、自然とお乳が出なくなってきたという人も多い。
私のいとこは、子供が母乳性の黄疸がひどく、母乳をやめた。
友達は、お乳がはって病院に行き、もらった薬を飲んでお乳がとまった。
風邪をこじらせて、抗生物質を使わなくてはいけなくなり、お乳をやめざるをえなくなった友達もいた。
子供の入院で、お乳をやめざるをえなくなったという人もいた。

やめてしまうと、お乳は、もう2度と出てはこない。
だからこそ、たとえ、自分の体がつらくても、はいじゃーお乳はやめましょう、という気にはとてもなれない。
少しでも長く、あげれる間は、あげたい。
少なくとも、「やめます」という私自身の決断でお乳をやめたくはない、と思う。



確かに、自分にしかお乳が出ないということは、それはそれでたいへんなことでもあり...
いつもいつも、お乳の心配をしていなければならず、歯医者ひとつ、買い物ひとつゆっくりいけず、人にあずけれず...
ミルクだったら、預けて外に出れるのに、とか...
ミルクは腹持ちがいい(悪く言えば消化が悪い)ので、夜だって、もっと寝てくれるかもしれず...
お乳のことで、苦労することが多いのも確かだ。

しかも、私は、人並以上にお乳がよくでる体質であるらしく...
お乳が張りすぎて困ることもけっこうある。
菜月の時には、乳腺炎も経験した。
出過ぎることで苦労することもある。
ただ、お乳をあげるということが、これほど、幸せだとも想像つかなかったわけであり...
そもそも、自分自身がミルクで育ったと聞いたこともあり、私自身、妊娠、出産し、まさか、自分にお乳が出ようとは、想像すらしてなかったわけで...
十分にお乳が出るということ。
それは、思いがけずに授かったプレゼントのようなものだったと思っている。


紅葉を見に行きました。

(貴裕、生後6ヶ月)



菜月と貴裕の2人を相手しないといけない、くたくたの毎日。
「待って。今、お乳あげてるから。」
洗い物をしてても、洗濯物を干していても、ご飯を作っていても...何をしてても、どうやっても、まとわりついてきて、なんとかして遊んでもらいたがる菜月でも、「今、お乳をあげている」この言葉には、力がある。
お乳をあげている時には、菜月も納得している。
そして、お乳は立ってはあげれない。
食べるのも、おふろに入るのも、コーヒーを飲むのも、ちっともゆっくりなんてできない毎日の中で、公然と座ってできることといえば、お乳をあげること、しかない。
お乳をあげている、この短い時間だけは、誰にも邪魔されない。
もっとも、心落ち着く時間。
短くはあるけれど...


なっちゃんも子育てがたいへんなの

(菜月、3歳7ヶ月)


お乳をあげながら、一心にお乳を飲む貴裕の横顔を見ながら、少しだけ、日々の騒々しさから逃れ、一瞬の、ほんとにほんの一瞬の平和を楽しむ毎日なのだ。

貴裕がお乳を卒業できる最後の日まで、無事にお乳で育てられたらいいな。
今の私のささやかな願いだ。


3人で公園にきたのだー!

(菜月、3歳7ヶ月、貴裕、6ヶ月)