債権法改正 要綱仮案 情報整理

第11 債務不履行による損害賠償

2 債務の履行に代わる損害賠償の要件

 債務の履行に代わる損害賠償の要件について、次のような規律を設けるものとする。
 1により損害賠償の請求をすることができる場合において、次のいずれかに該当するときは、債権者は、債務の履行に代わる損害賠償の請求をすることができる。
(1) 債務の履行が不能であるとき。
(2) 債務者がその債務の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。
(3) 債務が契約によって生じたものである場合において、当該契約が解除され、又は債務の不履行による契約の解除権が発生したとき。

中間試案

3 債務の履行に代わる損害賠償の要件(民法第415条後段関係)
 民法第415条後段の規律を次のように改めるものとする。
 (1) 次のいずれかに該当する場合には,債権者は,債務者に対し,債務の履行に代えて,その不履行による損害の賠償を請求することができるものとする。
  ア その債務につき,履行請求権の限界事由があるとき。
  イ 債権者が,債務不履行による契約の解除をしたとき。
  ウ 上記イの解除がされていない場合であっても,債権者が相当の期間を定めて債務の履行の催告をし,その期間内に履行がないとき。
 (2) 債務者がその債務の履行をする意思がない旨を表示したことその他の事由により,債務者が履行をする見込みがないことが明白であるときも,上記(1)と同様とするものとする。
 (3) 上記(1)又は(2)の損害賠償を請求したときは,債権者は,債務者に対し,その債務の履行を請求することができないものとする。

(概要)

 本文(1)は,民法第415条後段の履行不能による損害賠償に相当する規定として,新たに,債権者が債務者に対してその債務の履行に代えて不履行による損害の賠償(填補賠償)を請求するための要件を定めるものである。填補賠償の具体的な要件については,現行民法には明文規定がないことから,一般的な解釈等を踏まえてそのルールを補うものである。もとより,前記1(2)又は(3)の免責事由がここでも妥当することを前提としている。
 本文(1)アは,ある債務が履行請求権の限界事由に該当する(履行不能である)場合に,填補賠償請求権が発生するという,異論のない解釈を明文化するものである。現在の民法第415条後段の「履行をすることができなくなったとき」に相当するものであるが,履行請求権の限界につき前記第9,2のとおり規定を設けるものとしており,本文(1)アでは,それを引用して,履行に代わる損害賠償を請求するための要件として規定するものとしている。なお,同条後段の「債務者の責めに帰すべき事由」については,債務不履行による損害賠償一般の免責事由として前記1(2)及び(3)において取り扱っている。
 本文(1)イは,債務者の債務不履行により債権者が契約の解除をしたことを填補賠償を請求するための要件として明記するものである。前記1(2)の免責事由がここでも妥当するから,債務者に帰責事由がある不履行により債権者が契約の解除をした場合の帰結として従来から異論がないとされるところを明文化するものである。
 本文(1)ウは,債権者が相当の期間を定めて履行の催告をしたにもかかわらず債務者が当該期間内に履行をしなかった場合(民法第541条参照)には,契約の解除をしなくても填補賠償を請求することができる旨を定めるものである。この場合に,現行法の解釈上,契約の解除をしないで填補賠償の請求をすることができるか否かについては,学説は分かれているものの,次のような場面で,履行に代わる損害賠償の請求を認めるべき実益があると指摘されている。例えば,継続的供給契約の給付債務の一部に不履行があった場合に,継続的供給契約自体は解除しないで,不履行に係る債務のみについて填補賠償を請求するような場面や,交換契約のように自己の債務を履行することに利益があるような場面で,債権者が契約の解除をしないで自己の債務は履行しつつ,債務者には填補賠償を請求しようとする場面である。本文(1)ウは,このような実益に基づく要請に応えようとするものである。
 本文(2)は,履行期の前後を問わず,債務者が履行の意思がないことを表示したことなどにより,履行がされないであろうことが明白な場合を,履行に代わる損害賠償を請求するための要件として条文上明記するものである。履行期前の履行拒絶によって履行に代わる損害賠償を請求できるか否かについて明示に判断した判例はないが,履行不能を柔軟に解釈して対処した判例があるとの指摘があるほか,履行期前であっても履行が得られないことが明らかとなった場合には,履行期前に履行不能になったときと同様に填補賠償請求権を行使できるようにすることが適切であるとの指摘がある。また,履行期前の履行拒絶の場合にも,債権者が契約を解除しないで填補賠償を請求できるようにすることに実益があると考えられることは,上記(1)ウと同様である。本文(2)は,これらを踏まえたものである。
 本文(3)は,本文(1)又は(2)により履行に代わる損害賠償の請求をした後は,履行請求権を行使することができないものとしている。本文(1)ウと(2)のように履行請求権と填補賠償請求権とが併存する状態を肯定する場合には,本来の履行請求と填補賠償請求のいずれを履行すべきかがいつまでも不確定であると,債務者が不安定な地位に置かれ得ることなどを考慮したものである。規定の具体的な仕組み方は引き続き検討する必要があるが,例えば,選択債権の規律にならったものとすることが考えられる(民法第407条,第408条参照)。

赫メモ

 要綱仮案(1)の規律の趣旨は、中間試案(1)アに関する中間試案概要と同じである。
 要綱仮案(2)の規律の趣旨は、中間試案(2)に関する中間試案概要と同じである。
 要綱仮案(3)の規律の趣旨は、中間試案(1)イウに関する中間試案概要と同じである。
 なお、中間試案(3)の規律を設けることについては見送られ、この点については引続き解釈に委ねられることとなった(部会資料68A、10頁)。

現行法

(債務不履行による損害賠償)
第415条 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。

斉藤芳朗弁護士判例早分かり

 (A=債務者,B=債権者)
@ 【履行期が債務の要素となる特別の事情がない限り,契約を解除しないで直ちに履行に代わる損害賠償を請求することはできない】大審院大正4年6月12日判決・民録21輯931頁
  AがBに対して,Aが取得した山林の1/3を成功報酬として給付する契約を締結していたところ,Aがその給付をしないため,BがAに催告した後に,山林に代わるてん補賠償を請求した。
  履行期が債務の性質・特約等によって債務の要素となる特別の事情がない限り,債権者は債務者に対して,契約を解除せずして,直ちに履行に代わる損害賠償請求をすることができない。

A 【同上】大審院大正7年4月2日判決・民録24輯615頁
  AがBに対して,契約成立後21日以内に米を引き渡す旨の契約を締結していたが,21日を超えた日に提供がなされたため,Bが引取を拒絶して,てん補賠償を求めた。
  商人間の売買であっても,一定期間が経過したというだけで常に契約の目的が達成できなくなるということはない。履行期が債務の性質・特約等によって債務の要素となる特段の事情がない限り,契約を解除しなければ,履行に代わる損害賠償請求をすることはできない。

B 【相当期間の催告をした後にてん補賠償請求を求めることもできる】大審院昭和8年6月13日判決・民集12巻1437頁
  売主Aは買主Bに対して大正12年に木材を引き渡すことを約束していたが,Aはこれを履行せず,買主Bから引渡請求権の譲渡を受けたB´がAに対して,昭和5年に売買代金を提供して相当期間を定めて引渡しを求める催告をしたところ,Aがこれを拒絶したので,大正12年の履行期における木材の時価との差額を賠償請求した。
  債権者は,相当期間の催告をした後,契約のなかった旧態に復して消極利益の賠償請求することも,契約の存立を維持しただ本旨に従う履行請求権を変じて履行に代わる賠償請求権となすこともでき,そのいずれを採るかは債権者が任意に決定することができる。

C 【債務者の帰責事由により履行不能となった場合,解除をしなくてもてん補賠償請求を求めることができる】最高裁昭和30年4月19日判決・民集9巻5号556頁
  賃借人Aの妻の失火によって家屋αが全焼した。賃貸人Bが賃借人Aに対しててん補賠償を求めた。
  民法415条にいわゆる債務者の責に帰すべき事由とは,債務者の故意過失だけでなく,履行補助者の故意過失をも含むものと解すべきであるから,履行補助者である妻の過失によって家屋が滅失したことは,すなわち賃借人の責めに帰すべき事由によって,賃借物の返還義務が履行不能になったものといわなければならない。
  債務者の責に帰すべき事由によって履行不能を生じたときは,債権者の請求権は,解除をまつことなくてん補賠償請求権に変ずるものである。

D 【履行請求権とてん補賠償請求権の関係】最高裁昭和30年1月21日・民集9巻1号22頁
  AがBに線材を交付し,その加工を委託したが,契約を合意解除した。Aは,Bに対して,線材170トンの引渡しと仮に線材の引渡しの強制執行が不能となった場合の損害賠償(昭和23年の時点でトンあたり5.4万円)を求めた。
  物の給付を請求することができる債権者が,本来の給付の請求にあわせて,その執行不能の場合における履行に代る損害賠償を予備的に請求したときは,事実審裁判所は,請求の範囲内において,最終口頭弁論期日当時における本来の給付の価額に相当する損害賠償を命ずべきである。しかし,原審は最終口頭弁論期日当時の本来の給付の価額がいくらであるかを確定していない。
  判例解説(「S30年判解1事件」2頁)には「口頭弁論終結時である昭和28年当時はトン当たり4万円程度であった」旨の記載がある。

E 【履行の意思がまったくなく,拒絶の意思を覆ることがまったく期待できない状況であれば,履行期前であっても,契約を解除できる】東京地裁昭和34年6月5日判決・下民集10巻6号1182頁
  屑鉄?をアメリカから輸入して売却する契約の買主Aが,目的物の価格が下落しているため,「代金減額に応じなければ代金を支払わない」旨強く主張した。売主Bは,催告をせずに契約を解除して損害賠償を請求した。
  債務者においてその債務の履行を履行期日の経過前に強く拒絶し続け,その主観においても履行の意思の片りんだにもみられず,一方その客観的状況からみても拒絶の意思を翻すことが全く期待できないような状況においては,履行不能と同一の法律的評価を受けてもよいので,履行期日の経過前であっても何らの催告を要せず契約を解除できる。

F 【履行拒絶が明確とはいえないので,無催告解除は無効とされた事例】大阪高裁昭和55年4月9日判決・判タ426号127頁
  事案は不明。
  債務者が履行の拒絶をしているときでも,原則として債務者にその意思を翻して履行を促すための催告をすべきである(大審院大正11年11月25日判決)。もっとも,取引の敏活を尊ぶ商人間の売買においてその不完全な履行があった後,買主の完全な履行の催告に対し売主がこれを拒絶した場合などのように,債務者が翻意の余地もないほど確定的な履行拒絶の意思がある旨を表示したときには,催告を要しないでただちに契約を解除することができる(大審院昭和3年12月12日判決)。
  本件不動産の売買は,商人でない者間で行われたもので商事売買ではなく,一方当事者の履行拒絶の意思が翻意の余地のないほど確定的なものであったという本人尋問の結果は信用できない。無催告解除は無効。