債権法改正 要綱仮案 情報整理

第11 債務不履行による損害賠償

1 債務不履行による損害賠償とその免責事由(民法第415条関係)

 民法第415条の規律を次のように改めるものとする。
 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が、契約その他の当該債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

中間試案

1 債務不履行による損害賠償とその免責事由(民法第415条前段関係)
  民法第415条前段の規律を次のように改めるものとする。
 (1) 債務者がその債務の履行をしないときは,債権者は,債務者に対し,その不履行によって生じた損害の賠償を請求することができるものとする。
 (2) 契約による債務の不履行が,当該契約の趣旨に照らして債務者の責めに帰することのできない事由によるものであるときは,債務者は,その不履行によって生じた損害を賠償する責任を負わないものとする。
 (3) 契約以外による債務の不履行が,その債務が生じた原因その他の事情に照らして債務者の責めに帰することのできない事由によるものであるときは,債務者は,その不履行によって生じた損害を賠償する責任を負わないものとする。

(概要)

 本文(1)は,債務不履行による損害賠償に関する一般的・包括的な根拠規定として,民法第415条前段の規律を維持するものである。もっとも,同条前段の「本旨」という言葉は,今日では法令上の用語として「本質」といった意味で用いられることがあるため,損害賠償の要件としての債務不履行の態様等を限定する趣旨に誤読されるおそれがある。そこで,このような誤読を避ける趣旨で,本文では,「本旨」その他の限定的な文言を付さないで「債務を履行しないとき」と表現している。この「債務の履行をしないとき」は,全く履行しない場合(無履行)のほか,一応の履行はあるもののそれが必要な水準に満たない場合(不完全履行)をも包含する趣旨である(同法第541条参照)。
 本文(2)(3)は,債務不履行による損害賠償の一般的な免責要件について定めるものである。一般的な免責要件であるから,後記2及び3の場合にも適用される。現行法では民法第415条後段においてのみ帰責事由の存否が取り上げられている。しかし,債務不履行の原因が一定の要件を満たすこと(帰責事由の不存在又は免責事由の存在)を債務者が主張立証したときは,損害賠償の責任を免れることについては,異論がないことから,これを条文上明記することとしている。その際の表現ぶりについては,いずれについても同条後段の「責めに帰すべき事由」という文言を維持して,債務不履行の原因につき債務者がそのリスクを負担すべきだったと評価できるか否かによって免責の可否を判断する旨を示すものとしている。そして,契約による債務にあっては,その基本的な判断基準が当該契約の趣旨に求められることを付加する考え方を提示している(本文(2))。「契約の趣旨」という文言の意味については,前記第8,1と同様である。他方,契約以外による債務にあっては,契約による債務についての規定内容とパラレルに,債務不履行の原因につき債務者においてそのリスクを負担すべきであったか否かを,債務の発生原因たる事実及びこれをめぐる一切の事情(これを「債務が生じた原因その他の事情」と表現している。)に照らして判断されることを示すものとしている(本文(3))。
 なお,民法第415条後段の規定内容は,履行に代わる損害賠償に関する規定として別途取り上げている(後記3)。

赫メモ

 要綱仮案本文は、債務不履行による損害賠償に関する一般的・包括的な根拠規定として,民法第415条の規律を維持するものである(債務不履行と履行不能を「又は」でつなぐ表現について、部会資料83-2、8頁参照)。要綱仮案ただし書の規律の趣旨は、中間試案(2)(3)に関する中間試案概要と同じである。中間試案の表現から、「契約その他の当該債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」との表現に改められているものの、その意味内容に変更がないことについて、要綱仮案第8、1のメモ参照。

【コメント】
 要綱仮案は、債務不履行の存否も、不履行があった場合の免責事由の存否も、契約の趣旨にしたがって判断されるとの立場を明確にする。また、従前における売買目的物の瑕疵の概念を契約不適合に置き換え、従前の瑕疵の存否の判断が、債務不履行の存否の判断にほかならないことを明らかにするとともに(要綱仮案第30、3)、目的物の契約不適合がある場合に本規律による免責が認められ得ることになる。
 従前の考え方(瑕疵担保責任に関する法定責任説)に慣れた者にとって、要綱仮案の考え方の最も分かりにくい点は、債務不履行がなかったから責任を負わないのか、不履行はあったものの免責されるから責任を負わないのかの区別であろう。つまり、「契約の趣旨に照らして債務不履行(契約不適合)があるものの、契約の趣旨に照らして免責される場合」とは、そもそも「契約の趣旨に照らして債務不履行(契約不適合)がなかった場合」なのではないかが疑問として生じうる。
 この点に関する結論の一応の理解としては、給付債務について、従前の考え方で言うところの「給付物に瑕疵があったか」を判断する作業(従前の理解でも契約の趣旨は当然にその判断の考慮要素になっていたはずである)が、債務不履行の有無の判断にほぼ対応し(したがって実務上ほとんどは債務不履行の有無の判断が争点となる)、「不履行がある(給付物に瑕疵があった)としても給付のプロセスも踏まえて債務不履行責任を負わせるのが酷ではないか」を判断する作業が、免責事由の有無の判断に対応する。他方、いわゆるなす債務については、免責事由の存否の判断は、債務不履行の存否の判断に完全に一体化していると考えて良いであろう。
 なお、従前の売買の瑕疵担保責任のうちの代金減額については、要綱仮案において契約の一部の債務不履行解除と位置付けられ(要綱仮案第30、4)、また、債務不履行解除につき、一般的に債務者の帰責事由が不要とされる結果(要綱仮案第12、2等)、代金減額請求権については、要綱仮案第11、1の規律による免責は認められないこととなる(代金減額は認められるが損害賠償請求は認められない場面が存することになる)。

現行法

(債務不履行による損害賠償)
第415条 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。

関連部会資料等

斉藤芳朗弁護士判例早分かり

 (A=債務者,B=債権者)
@ 【売主が第三者の承諾を得ることを約していたが,許諾をえることができなかったときは,帰責事由がある】最高裁昭和45年3月3日判決・判時591号60頁
  山林中の立・倒木の売主Aが,買主Bにおいて木の伐採搬出が可能となるように,山林に管理権限を有する管理委員会に山林αを使用することの承諾を得ることを約していたが,委員会は伐採期限の延長申請を拒絶し,Bに対して山林への立入禁止を通告した。
  本件契約は,山林中の立・倒木等の売買であるが,その目的とするところは,立・倒木の伐採,搬出にあり,右目的達成のため,売主たるAは,買主たるBに対し,山林の所有者よりBが伐採,搬出のため本件山林を使用することの承諾を得ることを約した。それゆえ,Aは,Bに対し右の承諾を得させる債務を有するものであり,右債務は本件契約の目的達成のため必要不可欠な債務と解すべきである。そして,委員会は立入禁止を通告したというのであるから,右債務はAの責に帰すべき事由により履行不能となったものと解すべきである。したがって,Bは,これを理由に,本件売買契約を全部解除できる。

A 【売却許可決定がなされた不動産について,利害関係のない第三者からの執行抗告がなされ,その理由書を買主が作成した場合,売主には帰責事由がない】最高裁昭和57年7月1日判決・判時1053号89頁
  競売物件に関して売却許可決定を受けた売主Aが新聞広告により買主を募集したところ,買主Bが現れ,売買契約を締結した。契約では,履行日を5月21日と定めていたが,利害関係のないCから即時抗告の申立がなされ,履行日まで物件を引き渡すことができなかった。Bは,契約を解除し,損害賠償を請求した。なお,Bも不動産業者であり,競売物件であることを知っており,さらに,Cから頼まれて執行抗告申立書を作成している。また,Aは,6月30日までには所有権移転登記手続が完了している。
  5月21日に買主Bに対して所有権移転登記手続等の義務を履行することができなくなったのは,売主Aの責めに帰すことのできない事由によるものであり,契約解除は無効である。

B 【サプライヤーの元にあるリース物件をリース業者が引き揚げたとしても,それがサプライヤーの経営不振を理由とするものであり,ユーザーからリース物件引渡要求もない場合,リース会社に帰責事由はない】最高裁平成5年11月25日判決・金法1395号49頁
  BがCからコンピューターを購入し,Aリース会社との間でリース契約を締結した。Cはコンピューターを納品しなかったが,BはAに対して2年にわたってリース料を支払った。Aは,Bがリース料の支払いを停止した2年後に,Cに信用不安が生じたため,Cからコンピューターを引き上げた。
  ユーザーによるリース物件の使用が不可能になったとしても,これがリース業者の責めに帰すべき事由によるものでないときは,ユーザーにおいて月々のリース料の支払を免れるものではない。Bは,コンピューターの引渡しを受けた旨の受領書をAに交付したものの,実際には引渡しを受けておらず,少なくともAとの関係においては,自らコンピューターを占有使用することなく,あえてCに保管させたものとして,自らこれを占有すべきリース契約上の義務に違反したものとみられてもやむを得ない。コンピューターがCの下にあることを知ったAがCの経営不振を理由にこれを引き揚げたことには,無理からぬものがあり,その後,Bにおいて積極的にその引渡しを求めたのに,Aがこれを拒絶したような事情でもあれば格別,そうでなければ,引揚げの結果生じたBのコンピューターの使用不能の状態は,むしろリース契約上の義務違反に起因するものであって,Aの責めに帰すべきものということはできない。