債権法改正 要綱仮案 情報整理

第12 契約の解除

2 無催告解除の要件@(民法第542条・第543条関係)

 民法第542条及び第543条の規律を次のように改めるものとする。
 次のいずれかに該当するときは、債権者は、1の催告をすることなく、直ちに契約の解除をすることができる。
(1) 債務の履行が不能であるとき。
(2) 債務者がその債務の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。
(3) 債務の一部の履行が不能である場合又は債務者がその債務の一部の履行を拒絶する意思を明確に表示した場合において、残存する部分のみでは契約をした目的を達することができないとき。
(4) 契約の性質又は当事者の意思表示により、特定の日時又は一定の期間内に履行をしなければ契約をした目的を達することができない場合において、債務者が履行をしないでその時期を経過したとき。
(5) (1)から(4)までの場合のほか、債務者がその債務の履行をせず、債権者がその履行の催告をしても契約をした目的を達するのに足りる履行がされる見込みがないことが明らかであるとき。

中間試案

1 債務不履行による契約の解除の要件(民法第541条ほか関係)
  民法第541条から第543条までの規律を次のように改めるものとする。
 (2) 当事者の一方がその債務を履行しない場合において,その不履行が次に掲げるいずれかの要件に該当するときは,相手方は,上記(1)の催告をすることなく,契約の解除をすることができるものとする。
  ア 契約の性質又は当事者の意思表示により,特定の日時又は一定の期間内に履行をしなければ契約をした目的を達することができない場合において,当事者の一方が履行をしないでその時期を経過したこと。
  イ その債務の全部につき,履行請求権の限界事由があること。
  ウ 上記ア又はイに掲げるもののほか,当事者の一方が上記(1)の催告を受けても契約をした目的を達するのに足りる履行をする見込みがないことが明白であること。
 (3) 当事者の一方が履行期の前にその債務の履行をする意思がない旨を表示したことその他の事由により,その当事者の一方が履行期に契約をした目的を達するのに足りる履行をする見込みがないことが明白であるときも,上記(2)と同様とするものとする。

(注) 解除の原因となる債務不履行が「債務者の責めに帰することができない事由」(民法第543条参照)による場合には,上記(1)から(3)までのいずれかに該当するときであっても,契約の解除をすることができないものとするという考え方がある。

(概要)

 本文(2)は,債務不履行があった場合に,催告を要しないで契約の解除をするための要件を提示するものである。本文(1)及び(2)を通じて,その不履行が「債務者の責めに帰することができない事由」によるものであった場合を除外する要件(民法第543条参照)は,設けていない。この点については,契約の解除の要件に関する伝統的な考え方を踏襲すべきであるとして,債務不履行が「債務者の責めに帰することができない事由」によるものであることを債務不履行による契約の解除に共通の阻却要件として設けるべきであるとの考え方があり,これを(注)で取り上げている。
 本文(2)アは,定期行為の履行遅滞による無催告解除について規定する民法第542条を維持するものである。
 本文(2)イは,民法第543条のうち「履行の全部(中略)が不能となったとき」の部分を維持するものである。この部分(全部不能)は,定型的に契約の目的を達成するだけの履行をする見込みがない場合に該当する代表例であり,同ウの要件を検討する必要がないと考えられることから,独立の要件として明示することとした。
 本文(2)ウは,同ア又はイに該当しない場合であっても,当事者が本文(1)の催告を受けても契約をした目的を達するのに足りる履行をする見込みがないことが明らかなときに,相手方が無催告解除をすることができるとするものである。無催告解除は,催告が無意味であるとして不履行当事者への催告による追完の機会の保障を不要とするものであることから,同ア(定期行為の無催告解除)とのバランスという観点からも,「催告を受けても契約をした目的を達するのに足りる履行をする見込みがないことが明白である」ことを,解除をする当事者が主張立証すべきものとしている。民法第543条のうち「履行の(中略)一部が不能となったとき」の部分は,ここに包摂される。このほか,同ウは,同法第566条第1項や第635条による無催告解除も包摂するものとなる。
 本文(3)は,履行期の前にその債務の履行をする意思がない旨を表示したことその他の事由により,その当事者の一方が履行期に契約をした目的を達するのに足りる履行をする見込みがないことが明白であるときに,履行期の到来を待たずに無催告で契約の解除ができるとするものである。履行期前に債務者が履行を拒絶したような場面について,判例は,履行不能を柔軟に認定して,早期に契約関係から離脱して代替取引を可能にするとの要請に応えてきたと指摘されており(大判大正15年11月25日民集5巻763頁等),それを踏まえたものである。これによる解除も,債務不履行による契約の解除であるとして,
解除した者は履行に代わる損害賠償請求権を行使することができる(前記第10,3(2))。

赫メモ

 無催告で契約の全部を解除するための要件を定めるものである。
 要綱仮案(1)は全部履行不能の場合であり、規律の趣旨は、中間試案(2)イに関する中間試案概要と同じである。
 要綱仮案(2)は全部履行拒絶の場合であり、規律の趣旨は、中間試案(3)に関する中間試案概要と同じである。
 要綱仮案(3)は、一部不能または一部履行拒絶の場合の規律であり、中間試案では、(2)ウの適用場面とされていたものである。
 要綱仮案(4)は、提起行為の場合であり、中間試案(2)アと同じである(中間試案概要の該当部分、参照)。
 要綱仮案(5)は、(1)〜(4)に該当しない場合であり、規律の趣旨は、中間試案(2)ウの中間試案概要と同じである(ただし一部不能または一部履行拒絶の場合は要綱仮案3で処理される)。
 要綱仮案においては、中間試案と同様、債務者に帰責事由がない場合でも解除をなしうるものとしたうえで、従前の危険負担制度を廃止することしている(要綱仮案第13)。債務者の帰責事由のない目的物の滅失・損傷により対価が当然に消滅するという危険負担の処理よりも、債権者が解除による契約関係からの離脱のほか、解除をせずに契約関係を維持した上で代償請求権(要綱仮案第11、5)や修補請求(要綱仮案第30、3等)、対価の減額請求(要綱仮案第30、4等)をするなどの選択肢が与えられ、柔軟な事案の処理が可能となり、妥当であるものと考えられるからである。

現行法

(定期行為の履行遅滞による解除権)
第542条 契約の性質又は当事者の意思表示により、特定の日時又は一定の期間内に履行をしなければ契約をした目的を達することができない場合において、当事者の一方が履行をしないでその時期を経過したときは、相手方は、前条の催告をすることなく、直ちにその契約の解除をすることができる。

(履行不能による解除権)
第543条 履行の全部又は一部が不能となったときは、債権者は、契約の解除をすることができる。ただし、その債務の不履行が債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

斉藤芳朗弁護士判例早分かり

@ 【賃貸借契約,信頼関係破壊による無催告解除が認められた事例】最高裁昭和47年2月18日判決・民集26巻1号63頁
  Aが賃借していた建物をAの従業員の失火によって焼失させ,建物は相当程度損傷を受けたが,Aは建物をまだ利用していた。Bが賃貸借契約を無催告解除した。
  賃借人がその責に帰すべき失火によって賃借にかかる建物に火災を発生させ,これを焼燬することは,賃貸人に対する賃借物保管義務の重大な違反行為であり,過失の態様および焼燬の程度が極めて軽微である等特段の事情のないかぎり,その責に帰すべき事由により火災を発生せしめたこと自体によって賃貸借契約の基礎をなす賃貸人と賃借人との間の信頼関係に破綻させたのであり,催告を必要であるとするのは事柄の性質上相当でなく,焼燬の程度が大で原状回復が困難であるときには無意味でさえあるから,賃貸人は催告を経ることなく契約を解除することができる。

A 【賃貸借契約,無催告解除が認められた事例】最高裁昭和49年4月26日判決・民集28巻3号467頁
  BはAに対して土地αを買戻特約付きで譲渡し,その後,BはAからαを借り建物を建築していた。その後,Bは,売渡担保であったとして,売買代金等を供託してAに対してαの所有権確認の裁判を提訴したが,敗訴した。Bは賃貸借契約も否定して地代の支払をしなかった。
  Bが約10年間の長期にわたり賃料を支払わなかったが,この間,αが自己の所有であると主張して賃貸借関係そのものの存在さえも否定し続けてきた等の事情のもとにおいて,Aが催告を要せずして賃貸借契約を解除することができるとした原審の判断は正当である。

A-2 【フランチャイズ契約,信頼関係破壊を理由とする無催告解除が認められた事例】東京地裁平成11年5月11日判決・判タ1026号211頁
  Bが主催するコンビニエンスフランチャイズ契約に加入したAがルーズな経理処理をしたため,Bが契約を解除した。フランチャイズ契約では,契約を継続しがたい重大な事由があれば,無催告解除が認められている。
  フランチャイジーとなる事業者は,店舗経営の知識・経験・資金力に乏しく,蓄積されたノウハウや専門的知識を有するフランチャイザーがこうしたフランチャイジーを指導・援助することが予定されており,フランチェイザーは,信頼関係に基づきフランチャイジーの経営の指導,援助に当たることが要請される。このように契約当事者間の信頼関係を基礎に置く継続的契約であるフランチャイズ契約においては,Aの行為は,信頼関係を破壊するものとして,フランチャイズ契約に定めるところの,契約を継続しかたい重大な事由に該当する。

B 【明確な履行拒絶が認められた事例】最高裁昭和41年3月22日判決・民集20巻3号468頁
  AがBに対して不動産を売却する契約を締結したが,Aは,Bに不履行があるとして契約を解除し,目的物である建物を第三者に貸与した。Bが手付の倍額の支払いを請求した。
  双務契約において当事者の一方Aが自己の債務を履行しない意思が明確な場合には,相手方Bにおいて自己の債務の弁済の提供をしなくても,当事者の一方Aは自己の債務の不履行について履行遅滞の責任を免れることができない。
  判例解説(「S41年度判解24事件」119頁)には「判例理論の安易な適用は,公平維持という判例理論の初期の目的に反する結果をもたらすであろう。本件における判例理論の適用は,債務者が,契約の解除を主張するにとどまらず,目的物を他に賃貸したという事実関係のもとでなされた,という点に注目すべきであろう」との記載がある。

C 【同上】東京地裁昭和34年6月5日判決・下民集10巻6号1182頁
  屑鉄?をアメリカから輸入して売却する契約の買主が,目的物の価格が下落しているため,「代金減額に応じなければ代金を支払わない」旨強く主張した。売主は,催告をせずに契約を解除して損害賠償を請求した。
  債務者においてその債務の履行を履行期日の経過前に強く拒絶し続け,その主観においても履行の意思の片りんだにもみられず,一方その客観的状況からみても,拒絶の意思を翻すことが全く期待できないような状況においては,履行不能と同一の法律的評価を受けてもよいので,何らの催告を要せず契約を解除できる。

D 【履行期に履行できないことが明白で解除が認められた事例】最高裁昭和56年2月17日判決・判時996号61頁
  Aは,Bから建物建築を請け負ったが,Aの債権者が請負報酬を仮差押えしたこともあり,昭和46年8月から施工を中止した。このため,約定の9月に工事が完成しないことが明白となったため,Bが契約を解除した。
  建物その他土地の工作物の工事請負契約につき,工事全体が未完成の間に注文者が請負人の債務不履行を理由に契約を解除する場合において,工事内容か可分であり,しかも当事者が既施工部分の給付に関し利益を有するときは,特段の事情のない限り,既施工部分については契約を解除することができず,ただ未施工部分について契約の一部解除をすることができるにすぎない。

E 【明確な履行拒絶ではないとされた事例】最高裁昭和46年12月16日判決・民集25巻9号1516頁
  Aは,土地を前所有者Cから購入し,買主Bに転売する売買契約を締結したが,土地についてDのために売買予約の所有権移転仮登記を行った。
  Dの有する仮登記に基づき本登記がなされたのであれば格別,仮登記の状態にあるかぎりCがAに対して移転登記を求めるについて支障とならないだけではなく,Dの仮登記は後日抹消されることがないとはいえず,もしも抹消されたときはCは完全な所有権を取得し得るのであるから,履行不能になったと解することはできず,契約解除はなしえない。

F 【同上】大阪高裁昭和55年4月9日判決・判タ426号127頁
  事案は不明。
  債務者が履行の拒絶をしているときでも,原則として債務者にその意思を翻して履行を促すための催告をすべきである(大審院大正11年11月25日判決)。もっとも,取引の敏活を尊ぶ商人間の売買においてその不完全な履行があった後,買主の完全な履行の催告に対し売主がこれを拒絶した場合などのように,債務者が翻意の余地もないほど確定的な履行拒絶の意思がある旨を表示したときには,催告を要しないでただちに契約を解除することができる(大審院昭和3年12月12日判決)。
  本件不動産の売買は,商人でない者間で行われたもので商事売買ではなく,一方当事者の履行拒絶の意思が翻意の余地のないほど確定的なものであったという本人尋問の結果は信用できない。無催告解除は無効。