債権法改正 要綱仮案 情報整理

第30 売買

4 買主の代金減額請求権

 買主の代金減額請求権について、民法第565条(同法第563条第1項の準用)の規律を次のように改めるものとする。
(1) 引き渡された目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものである場合において、買主が相当の期間を定めて履行の追完の催告をし、その期間内に履行の追完がないときは、買主は、その不適合の程度に応じて代金の減額を請求することができる。
(2) 次のいずれかに該当するときは、買主は、(1)の催告をすることなく、直ちに代金の減額を請求することができる。
 ア 履行の追完が不能であるとき。
 イ 売主が履行の追完を拒絶する意思を明確に表示したとき。
 ウ 契約の性質又は当事者の意思表示により、特定の日時又は一定の期間内に履行をしなければ契約をした目的を達することができない場合において、売主が履行をしないでその時期を経過したとき。
 エ アからウまでの場合のほか、買主が催告をしても履行の追完を受ける見込みがないことが明らかであるとき。
(3) 引き渡された目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものである場合において、その不適合が買主の責めに帰すべき事由によるものであるときは、買主は、(1)及び(2)の規定による代金の減額を請求することができない。

中間試案

5 目的物が契約の趣旨に適合しない場合における買主の代金減額請求権
  前記4(民法第565条・第570条関係)に,次のような規律を付け加えるものとする。
 (1) 引き渡された目的物が前記3(2)に違反して契約の趣旨に適合しないものである場合において,買主が相当の期間を定めて履行の追完の催告をし,売主がその期間内に履行の追完をしないときは,買主は,意思表示により,その不適合の程度に応じて代金の減額を請求することができるものとする。
 (2) 次に掲げる場合には,上記(1)の催告を要しないものとする。
  ア 履行の追完を請求する権利につき,履行請求権の限界事由があるとき。
  イ 売主が履行の追完をする意思がない旨を表示したことその他の事由により,売主が履行の追完をする見込みがないことが明白であるとき。
 (3) 上記(1)の意思表示は,履行の追完を請求する権利(履行の追完に代わる損害の賠償を請求する権利を含む。)及び契約の解除をする権利を放棄する旨の意思表示と同時にしなければ,その効力を生じないものとする。

3 売主の義務
 (2) 売主が買主に引き渡すべき目的物は,種類,品質及び数量に関して,当該売買契約の趣旨に適合するものでなければならないものとする。

(概要)

 本文(1)は,引き渡された目的物が契約に適合しない場合における買主の救済手段として,その不適合の程度に応じて代金の減額を請求する権利(代金減額請求権)を設けるものである。この権利は,履行の追完を請求する権利につき履行請求権の限界事由がある場合や,債務不履行による損害賠償につき免責事由がある場合であっても行使することができる点に存在意義がある。代金減額請求権は形成権であり,訴訟外における買主の一方的な意思表示で効力が生ずる。売主が不適合を追完する利益に配慮する観点から,その原則的な行使要件として,相当の期間を定めた追完の催告を経ることを必要としている。その期間内に買主が求める内容による追完の提供がされたときは,代金減額請求権は行使することができないのはもとより,売主が買主の選択と異なる追完の提供をした場合であっても,その内容が前記4(3)に該当するときには弁済の提供の効力が生じるから,履行の追完に代わる損害賠償及び契約の解除の場合と同様に,代金減額請求権を行使することができない。
 本文(2)は,代金減額請求権の行使要件としての追完の催告が不要となる場合を規定するものである。履行に代わる損害賠償の要件と平仄を合わせたものとしている(前記第10,3参照)。
 本文(3)は,代金減額請求権行使の意思表示につき,履行の追完を請求する権利(履行の追完に代わる損害の賠償を請求する権利を含む。)及び契約の解除をする権利を放棄する旨の意思表示と同時にしなければその効力を生じないものとするものである。代金減額請求権は,代金を減額することによって確定的に法律関係を処理し,それと矛盾する救済手段は行使しないという場面で機能することが想定されている権利であることから,そのような代金減額請求権の性格付けを明確にするための規律を設けるものである。履行の追完を請求する権利等を放棄する旨の意思表示を代金減額請求権の行使要件に織り込んでいるのは,代金減額請求権が形成権であることに関連して,その行使によりこれと矛盾する権利を喪失するとの規律を単純に導入すると,目的物の不適合が露見した後における交渉において値引きの要求をしたことが代金減額請求権行使の意思表示とされて,履行の追完を請求する権利等を喪失するという予想外の事態が生じるおそれがあるとの指摘があることを踏まえたものである。

赫メモ

 規律の趣旨は、中間試案5(1)(2)と同じである。
 もっとも、代金減額請求は契約の一部解除の性質を有するところ、契約の解除については、債務不履行が債権者の帰責事由によるものであるときは解除できないという規律を設けていることから(要綱仮案第12、4)、要綱仮案(3)においては、契約不適合が買主の帰責事由によるものである場合に代金減額請求を認めないものとした(部会資料75A、15頁)。
 中間試案5(3)の規律については、パブリック・コメントにおいて、実際の民事紛争の場面では、全部解除や損害賠償請求等を希望しつつも、これらが認められるかどうかが不明確である場合に、予備的に代金減額請求権を行使したい場合があり、解除権等の放棄を要件としてしまうと、柔軟な民事紛争の解決ができなくなってしまうこと等を理由として多くの反対意見が寄せられたことを踏まえ、解釈に委ねる趣旨で、当該規律を設けることが見送られた(部会資料75A、16頁)。

現行法

(権利の一部が他人に属する場合における売主の担保責任)
第563条 売買の目的である権利の一部が他人に属することにより、売主がこれを買主に移転することができないときは、買主は、その不足する部分の割合に応じて代金の減額を請求することができる。
2 前項の場合において、残存する部分のみであれば買主がこれを買い受けなかったときは、善意の買主は、契約の解除をすることができる。
3 代金減額の請求又は契約の解除は、善意の買主が損害賠償の請求をすることを妨げない。

第564条
前条の規定による権利は、買主が善意であったときは事実を知った時から、悪意であったときは契約の時から、それぞれ一年以内に行使しなければならない。

(数量の不足又は物の一部滅失の場合における売主の担保責任)
第565条 前二条の規定は、数量を指示して売買をした物に不足がある場合又は物の一部が契約の時に既に滅失していた場合において、買主がその不足又は滅失を知らなかったときについて準用する。

(地上権等がある場合等における売主の担保責任)
第566条 売買の目的物が地上権、永小作権、地役権、留置権又は質権の目的である場合において、買主がこれを知らず、かつ、そのために契約をした目的を達することができないときは、買主は、契約の解除をすることができる。この場合において、契約の解除をすることができないときは、損害賠償の請求のみをすることができる。
2 前項の規定は、売買の目的である不動産のために存すると称した地役権が存しなかった場合及びその不動産について登記をした賃貸借があった場合について準用する。
3 前二項の場合において、契約の解除又は損害賠償の請求は、買主が事実を知った時から一年以内にしなければならない。

(売主の瑕疵担保責任)
第570条 売買の目的物に隠れた瑕疵があったときは、第五百六十六条の規定を準用する。ただし、強制競売の場合は、この限りでない。

斉藤芳朗弁護士判例早分かり

 (A=売主,B=買主)
@ 【代金減額請求を否定した例】 最高裁昭和29年1月22日判決・民集8巻1号198頁
  自動車を25万円で購入した買主が,タイヤ等がすぐに破損したことなどを勘案すれば,自動車の時価相当額が7万円に過ぎないとして,10万円の代金減額請求をした事例。
  売買の目的物に瑕疵があることを理由として,契約の解除又は損害賠償請求はできるが,代金の減額を請求することはできない。

A 【代金減額請求を実質的に肯定した例】 最高裁昭和50年2月25日判決・民集29巻2号168頁
  農業用の袋(1枚あたり65円)を購入した買主Bが,受領後に,袋に瑕疵があったとして,「1袋あたり20円,13万枚,合計256万円としての減価採用で精算する」旨の文書を出した。
  上記文書の意味内容を検討すると,文書は代金減額を請求する趣旨が明確に表示されているわけではないし,また,目的物に瑕疵があることを理由としては当然には代金減額の請求をすることができるものでもないのであるから,文書による表示を代金減額の請求とみることが表示者の意図した目的に合致するものとはいいがたい。もとより,文書には,Bが代金減額の請求だけをし損害賠償の請求はしない趣旨が表示されているわけではない。むしろ,文書においては,「精算」という文言が用いられ,受領物の瑕疵が具体的に指摘され,結論として約定代金額より少額の代金債務額を負うにすぎないことが具体的に主張されているのであって,右の表示が代金額を知悉している売買当事者間でされたものであることと考え合わせて文書の内容を解釈すれば,受領物には瑕疵があったから,Bは約定代金債務額から瑕疵相当の損害額を差引清算した残額についてのみ支払義務を負うべき趣旨のものと解するのが,相当である。このようにみることができる以上,右の表示によって自働債権と受働債権の特定がされており,かつ,その相対立する債権を対当額で消滅させたいという効果意思をうかがうことができるから,特別の事情がないかぎり,Bは右の表示により受領物の瑕疵に基く損害賠償の請求をするとともに該請求権による相殺をしたものというべきものである。