債権法改正 要綱仮案 情報整理

第12 契約の解除

1 催告解除の要件(民法第541条関係)

 民法第541条の規律を次のように改めるものとする。
 当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。ただし、その期間を経過した時における債務の不履行が当該契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは、この限りでない。

中間試案

1 債務不履行による契約の解除の要件(民法第541条ほか関係)
  民法第541条から第543条までの規律を次のように改めるものとする。
 (1) 当事者の一方がその債務を履行しない場合において,相手方が相当の期間を定めて履行の催告をし,その期間内に履行がないときは,相手方は,契約の解除をすることができるものとする。ただし,その期間が経過した時の不履行が契約をした目的の達成を妨げるものでないときは,この限りでないものとする。
 (2) 当事者の一方がその債務を履行しない場合において,その不履行が次に掲げるいずれかの要件に該当するときは,相手方は,上記(1)の催告をすることなく,契約の解除をすることができるものとする。
  イ その債務の全部につき,履行請求権の限界事由があること。

(注) 解除の原因となる債務不履行が「債務者の責めに帰することができない事由」(民法第543条参照)による場合には,上記(1)から(3)までのいずれかに該当するときであっても,契約の解除をすることができないものとするという考え方がある。

(概要)

 本文(1)は,催告解除について規定する民法第541条を基本的に維持した上で,付随的義務違反等の軽微な義務違反が解除原因とはならないとする判例法理(最判昭和36年11月21日民集15巻10号2507頁等)に基づき,一定の事由がある場合には解除をすることができない旨の阻却要件を付加するものである。この阻却要件の主張立証責任は,解除を争う当事者が負うものとしている。この阻却要件の条文表現については更に検討する必要があるが,その具体例としては,履行を遅滞している部分が数量的にごく一部である場合や,不履行に係る債務自体が付随的なものであり,契約をした目的の達成に影響を与えないものである場合などが考えられる。
 本文(2)は,債務不履行があった場合に,催告を要しないで契約の解除をするための要件を提示するものである。本文(1)及び(2)を通じて,その不履行が「債務者の責めに帰することができない事由」によるものであった場合を除外する要件(民法第543条参照)は,設けていない。この点については,契約の解除の要件に関する伝統的な考え方を踏襲すべきであるとして,債務不履行が「債務者の責めに帰することができない事由」によるものであることを債務不履行による契約の解除に共通の阻却要件として設けるべきであるとの考え方があり,これを(注)で取り上げている。

赫メモ

 民法541条は、債務不履行の程度を一切問わずに催告解除をすることができるかどうかについて疑義を生じ、判例(大判昭和14年12月13日、最判昭和36年11月21日等)は、不履行の部分が数量的に僅かである場合や、付随的な債務の不履行にすぎない場合には、同条の催告解除は認められない旨を判示している。要綱仮案は、この判例法理を明文化するものである(中間試案の「契約の目的を達することができないとき」の概念との関係については、部会資料79-3、13頁)。
 要綱仮案は、履行不能解除に債務者の帰責事由要件を規定せず(要綱仮案2)、催告解除にも帰責事由要件が課されないことを当然の前提としている(民法543条参照。また、中間試案(2)に関する中間試案概要、要綱仮案2についてのメモ、参照)。

現行法

(履行遅滞等による解除権)
第541条 当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。

関連部会資料等

斉藤芳朗弁護士判例早分かり

@ 【不履行が僅少部分であったときは,解除権を行使できない】大審院昭和14年12月13日判決・判決全集7輯4号10頁
  AはBに対して,昭和2年,3年分の地代を支払い,昭和4年から10年分の地代を供託したところ,昭和3年分の地代6円5銭のうち1年5銭が不足していたため,Bは契約を解除した。
  履行遅滞にある債務者が債権者よりの催告に対し誠意をもって履行に努力しその誠意が認められた場合には,僅少部分について不履行の事実あったとしても,解除権を行使できないと解するのが妥当である。

A 【附随的義務を怠った場合は,特別の約定ない限り解除することはできない】大審院昭和13年9月30日判決・民集17巻1775頁
  BはAに対して土地を昭和4年,95000円で売却し,Aは,昭和6年までに発生する地租税と残代金に対する利息を支払うこととされていたが,Aは昭和5年の下期に支払うべき地租税及び利息4000円を支払わないので,Bが契約を解除した。
  公租公課及び利息支払義務は附随のもので,Aが遅滞した分はその一部に過ぎず,法律が債務不履行により契約の解除を認めているのは,契約の要素をなす債務の履行なければ契約をした目的を達することができない場合を救済するためであって,本件でいえば,Aが売買代金の支払いを遅滞した場合Bは契約を解除することができる。本件のような附随的義務を怠った場合は,特別の約定ない限り解除することはできない。

B 【当事者が契約をなした主たる目的の達成に必須的でない附随的義務の履行を怠ったに過ぎないような場合には,契約を解除することができない】最高裁昭和36年11月21日判決・民集15巻10号2507頁
  BはAに対して,昭和16年,土地を0.4万円で売却し引き渡した。Bは,昭和23年から27年の土地の租税0.5万円分(戦後の貨幣価値の変動により多額となったようである。「昭和36年度判解126事件」402頁)を支払ったが,Aがこの償還に応じないため,昭和28年に,売買契約を解除した。
  法律が債務の不履行による契約の解除を認める趣意は,契約の要素をなす債務の履行がないために,当該契約をなした目的を達することができない場合を救済するためであり,当事者が契約をなした主たる目的の達成に必須的でない附随的義務の履行を怠ったに過ぎないような場合には,特段の事情の存しない限り,相手方は当該契約を解除することができないものと解するのが相当である。

C 【同上】最高裁昭和51年12月20日判決・民集30巻11号1064頁
  BはAに対して,昭和48年,休耕していた畑を売却し,代金177万円を受領したが,Aが農地法5条の許可申請(農地を宅地等に転用するための許可)をしなかったため,Bが契約を解除した。
  買主が農地法の許可申請手続に協力しない場合であっても,売買代金が完済されているときは,特段の事情のない限り,買主が協力しないことを理由に売買契約を解除できない。
  判例解説(「昭和51年度判解40事件」467頁)には「買主が代金を完済しておれば,売主としては売買契約の目的を達成しているから,特段の事情がない限り,買主が知事に対する許可申請手続に協力しないとか,自己への移転登記を遅らせていることを理由として,売買契約を解除することはできない」旨の記載がある。

D 【目的達成していないため解除を肯定した例】最高裁昭和42年4月6日判決・民集21巻3号533頁
  BはAに対して,昭和33年,50万円で畑を売却し,4.5万円の代金を受領し,宅地転用の許可申請手続に要する書類をAに交付したが,Aは許可申請をしないままであった。Bは売買契約を解除した。
  宅地転用の許可申請手続に要する書類を買主に交付したが,買主が特段の事情もなく許可申請をしないときは,売買契約を解除することができる。
  判例解説(「昭和42年度判解27事件」144頁)には「農地の売買においては,知事の許可は効力要件であり,知事に対する許可申請に協力すべき義務は,売買契約の要素たる債務ではないが,契約をした目的を達成するために必要不可欠のものである。したがって,売主がこの義務を履行するため債務の本旨に従って弁済の準備行為をしたにもかかわらず,買主がこの義務を履行しないときは,契約をした目的を達成しえないため,解除可能となる」との記載がある。

E 【要素たる債務と表現した例】最高裁昭和43年2月23日判決・民集22巻2号281頁
  BはAに対して,昭和37年6月,土地43坪を26万円で売却したが,売買代金のうち8万円は即時支払い,残金は毎月0.3〜0.5万円ずつの分割とされていた。また,所有権移転登記は代金完済と同時に,代金完済まではBは建物等の工作物を築造してはならない旨の約束が付加されていたが,Aは,7月に,土地上に3×4メートルのセメント製ブロック基礎工事をしたため,Bが契約を解除した。
  上記特別の約款は,外見上は売買契約の付随的な約款とされており,売買契約締結の目的には必要不可欠なものではないが,売主にとっては,代金の完全な支払の確保のために重要な意義を有するものであり,買主もこの趣旨のもとに合意している。特別の約款の債務は売買契約の要素たる債務に入り,Bは,この不履行を理由として売買契約を解除することができる。
  判例解説(「昭和43年判解7事件」52頁)には「契約の目的の達成に必要不可欠なものでなければ付随的債務であるが,目的達成に不可欠であって,それが不履行となったならば,契約の目的が達成されず,当事者は契約を締結しなかったであろうと判断される場合には,契約の要素をなす債務である」との記載がある。

F 【同上】最高裁平成8年11月12日判決・民集50巻10号2673頁
  平成3年11月に,リゾートマンションを4400万円(売買契約),付随するスポーツクラブの会員権を250万円(会員権契約)で購入した会員が,スポーツクラブの屋内プールが完成していないことを理由として,平成5年7月に,売買契約,会員権契約を解除して,売買代金等の返還を求めた裁判。
  屋内温水プールを完成して会員の利用に供することは会員権契約においては,単なる付随的義務ではなく,要素たる債務の一部である。本件不動産は,屋内プールを含むスポーツ施設を利用することを主要な目的としたリゾートマンションであり,会員はそのような目的を持つ物件として購入したものであることがうかがわれ,屋内プールの完成の遅延という会員権契約の要素たる債務の履行遅滞により,売買契約を締結した目的を達成することができなくなったというべきであるから,売買契約を解除することができる。

G 【重要な債務と表現した例】最高裁平成11年11月30日判決・判時1701号69頁
  平成2年9月に,ゴルフクラブの入会金,預託金2,500万円を支払った会員が,平成7年1月に契約解除して預託金等の返還を求めた裁判。パンフレットでは,地上4階地下1階の高級ホテルが建設されることとなっていたが,平成7年4月の時点では,ゴルフ場と11の客室を備えたクラブハウスのみが完成していた。
  会員が入会契約を締結するに当たってはパンフレットの記載を重視した可能性が十分にあり,現状ではパンフレットの記載には到底及ばず,入会契約を締結した目的を達成できない可能性がある。パンフレットに記載されたホテル等の施設を設置して会員の利用に供することが入会契約上の債務の重要な部分を構成するか否かを判断する必要があるとして,解除を否定した原判決を取り消した。
  判例時報のコメント(70頁)には「従来の最高裁の判例では,付随的義務と対比される契約の目的の達成に不可欠な債務とい意味で『要素たる債務』という表現が用いられていたが,本判決では,『重要な債務』という表現が用いられている」との記載がある。

G 【同上】東京高裁平成13年5月29日判決・判タ1083号152頁
  Bは,平成1年,Bがハワイに開設予定のαのゴルフ場の会員権を500万円で購入した。その後,Aがαβの共通会員権証書をBに送付した。βは平成4年に開場したが,αが開場しないため,Bは,平成12年に契約を解除して,500万円の返還を求めた。
  債務者が契約上の義務の履行を一部怠っている場合,債権者は契約全部の解除ができるのが原則である。ただ,契約が一部履行済みであって履行済みの給付により債権者が契約の目的を達成しうる場合には,例外として一部の解除ができるにとどまる。αでプレーすることができるかどうかが,Bにとって契約上最も重要な事柄であり,βが開場しプレー可能な状況になっていることにより,Bにとって共通会員契約の目的が達成されるものではない。上記例外にあたるとはいえない。