第11 債務不履行による損害賠償
民法第416条の規律を次のように改めるものとする。
(1) 債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。(民法第416条第1項と同文)
(2) 特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったときは、債権者は、その賠償を請求することができる。
6 契約による債務の不履行における損害賠償の範囲(民法第416条関係)
民法第416条の規律を次のように改めるものとする。
(1) 契約による債務の不履行に対する損害賠償の請求は,当該不履行によって生じた損害のうち,次に掲げるものの賠償をさせることをその目的とするものとする。
ア 通常生ずべき損害
イ その他,当該不履行の時に,当該不履行から生ずべき結果として債務者が予見し,又は契約の趣旨に照らして予見すべきであった損害
(2) 上記(1)に掲げる損害が,債務者が契約を締結した後に初めて当該不履行から生ずべき結果として予見し,又は予見すべきものとなったものである場合において,債務者がその損害を回避するために当該契約の趣旨に照らして相当と認められる措置を講じたときは,債務者は,その損害を賠償する責任を負わないものとする。
(注1)上記(1)アの通常生ずべき損害という要件を削除するという考え方がある。
(注2)上記(1)イについては,民法第416条第2項を基本的に維持した上で,同項の「予見」の主体が債務者であり,「予見」の基準時が不履行の時であることのみを明記するという考え方がある。
本文(1)は,債務不履行による損害賠償の範囲を定める民法第416条について,同条第1項の文言を基本的に維持しつつ,同条第2項にいう「予見」の対象を改めるとともにその主体・時期を明示するなど,規定内容の具体化・明確化等を図るものである。
本文(1)アは,民法第416条第1項の「通常生ずべき損害」を維持するものである。この「通常生ずべき損害」は,本文(1)イによって包摂される関係にあると考えられ,そうすると本文(1)アの「通常生ずべき損害」という文言は不要であるという考え方がある。この考え方を(注1)で取り上げている。
本文(1)イでは,民法第416条第2項につき,以下のような改正を加えるものとしている。
まず,「予見」の対象を「損害」に改めている。「事情」と「損害」とはもともと截然と区別できないものであって,予見の対象を「損害」としても具体的な事案における結論に差は生じないとの指摘があることを考慮したものである。なお,「損害」の意義につき,金銭評価を経ない事実として捉えるか,金銭評価を経た賠償されるべき数額として捉えるかについては,引き続き解釈に委ねるものとしている。
当該損害が賠償の対象となるための要件である「予見」が,当該損害につき当該不履行から生じる蓋然性についての評価を含む概念であることを明確にするために「当該不履行から生ずべき結果」という表現を用いている。
民法第416条第2項における予見の主体と基準時について,判例・通説は,予見の主体は債務者で,予見可能か否かの基準時は不履行時と解しているとされる(大判大正7年8月27日民録24輯1658頁)。これを踏まえ,この判例法理を条文に明記することにより,規定内容の明確化を図っている。
民法第416条第2項の「予見することができた」という文言を「予見すべきであった」と改めている。ここにいう予見可能性とは,ある損害が契約をめぐる諸事情に照らして賠償されるべきか否かを判断するための規範的な概念であるとされており,そのことをより明確に法文上表現するのが適切であると考えられることによる。このような賠償範囲の確定は,契約の趣旨に照らして評価判断されるべきであると考えられることから,本文(1)イに「当該契約の趣旨」(その意義につき,前記第8,1参照)という判断基準を明示している。
以上に対し,現行法との連続性を重視して,民法第416条第2項が予見の対象を「(特別の)事情」としているのを維持しつつ,予見の主体及び基準時につき上記判例法理を明記するにとどめるべきであるとの考え方があり,これを(注2)で取り上げている。
本文(2)は,本文(1)記載の要件に該当する損害のうち,債務者が契約を締結した後に初めて予見し,又は予見すべきとなったものについては,当該損害を回避するために契約の趣旨に照らして相当と認められる措置を講じた場合には,債務者が当該損害の賠償を免れるものとしている。本文(1)の規律のみを設ける場合には,契約締結時と履行期が離れている場合に,契約締結後に予見し又は予見すべきものとなった損害を全て賠償の対象とすることになり得るが,それでは賠償範囲が広くなり過ぎて妥当でないとの指摘があることを踏まえたものである。
なお,契約以外による債務の不履行による損害賠償の範囲については,特段の規定を設けず,解釈に委ねるものとしている。
要綱仮案は、民法416条1項の規定は維持した上で、同条第2項の「予見し、又は予見することができたとき」との要件を「予見すべきであったとき」との要件に改めるものである。これにより、例えば、契約の締結後に債権者が債務者に対してある特別の事情が存在することを告げさえすればその特別の事情によって生じた損害が全て賠償の範囲に含まれるとの解釈が否定される(部会資料79-3、11頁)。
中間試案のその他の規律については、見解の一致を見られず、すべて見送られた(部会資料68A、13頁、部会資料82-2、4頁)。
(損害賠償の範囲)
第416条 債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。
2 特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見し、又は予見することができたときは、債権者は、その賠償を請求することができる。
(A=債務者,B=債権者)
@ 【通常損害は,債権者において損害を回避又は減少させる措置を講じることができたと解される時期までに発生した営業利益相当額である】最高裁平成21年1月19日判決・民集63巻1号97頁
平成9年2月,AがBに賃貸していた店舗が床上40p程度浸水し,Bはカラオケ営業が継続できなくなった。(原審は,平成9年3月から平成13年8月までの得べかりし利益を損害賠償として認めた。)
Bは,本件訴訟が提訴された時点(平成10年9月)において,カラオケ店の営業を別の場所で再開する等の損害を回避又は減少させる措置を何ら執ることなく,本件店舗部分における営業利益相当額の損害が発生するにまかせて,その損害のすべてについての賠償をAに求めることは,条理上認められない。416条1項の通常生ずべき損害の解釈上,Bが上記措置を執ることができたと解される時期以降における営業利益相当額のすべてについてAに請求することはできない。
A 【債権者が手付を受領したことを知っておれば,手付倍戻しの特約を知らなくても,手付の倍額を償還して契約を解除することが予見できたはずである】最高裁昭和30年12月1日判決・集民20号653頁
Bが,Aに対して宅地上の土蔵を売却し,そのうえで土地をCに売却する契約を締結してCから手付として18万円を受領した。しかし,Aが土蔵を撤去しなかったため,BはCに対して,18万円に加えて手付倍額償還として12万円(まけてもらった)を支払った。
民法416条2項に基づく損害賠償の請求がなされた場合に,債務者において,債権者が第三者から手附を受け取ったことを知っていたときは,手附倍戻しの特約がなされていたことを知らなかったとしても,債務者は手附の倍額を償還して契約を解除するに至るかも知れないことを予見していたものというべきである。
B 【転売されることを知っておれば,違約金条項を知らなくても,転売代金の2割程度の違約金を支払うことは予見可能できたはずである】最高裁平成8年5月28日判決・判タ914号100頁
Bは,A所有地上に存する建物αを競売手続により取得した(法定地上権付)。Bは転売目的でαを取得しており,これを転売すれば少なくとも1300万円の利益が出たはずである。さらに,AはαをCに対して転売する契約を締結した。ところが,Aはこの取引を妨害するために,αに対して仮差押えを行ったため,AC間の取引は合意解除され,AはCに対して,1000万円の違約金を支払った。
Aは,不法行為をした時点において,αの競売による買受代金が4500万円であることを知っており,また,Bが転売の意思をもって本件建物を取得,保有していること及び転売がされた場合にはBが少なくとも1300万円の利益を得ることを知ることができたというのであるから,Aは,自らの不法行為によって,Bが転売契約を履行できずに1000万円程度の違約金を負担せざるを得なくなることをも知ることができた。Aは,Bに生じた1000万円の損害も賠償する義務がある。
判例タイムズのコメントには「違法な仮差押えのために目的物が売却できず転売利益を喪失した場合に支払う違約金は,特別損害である。転売されることが仮差押債権者に予見可能であれば,違約金条項を知らなくても,転売代金の2割程度の違約金を支払うことは予見可能である」との記載がある。
C 【特別事情は,履行期までに予見できればよい】大審院大正7年8月27日判決・民録24輯1658頁
マッチの売買契約を締結していたが,契約成立後履行期前に戦争が勃発し原材料が15〜27%上昇したため,売主が履行を拒絶したところ,高騰した価格との差額の賠償請求を受けた。
特別事情を予知しながら債務を履行しない債務者に損害賠償責任を認めても過酷ではないので,特別事情の予見は履行期までであり,契約成立時までではない。