債権法改正 要綱仮案 情報整理

第16 詐害行為取消権

4 特定の債権者に対する担保の供与等の特則

 特定の債権者に対する担保の供与等について、次のような規律を設けるものとする。
(1) 債務者がした既存の債務についての担保の供与又は債務の消滅に関する行為について、債権者は、次に掲げる要件のいずれにも該当する場合に限り、1の取消しの請求をすることができる。
 ア 当該行為が、債務者が支払不能(債務者が、支払能力を欠くために、その債務のうち弁済期にあるものにつき、一般的かつ継続的に弁済することができない状態をいう。以下この4において同じ。)の時に行われたものであること。
 イ 当該行為が、債務者と受益者とが通謀して他の債権者を害する意図をもって行われたものであること。
(2) (1)に定める行為が、債務者の義務に属せず、又はその時期が債務者の義務に属しないものである場合において、次に掲げる要件のいずれにも該当するときは、債権者は、(1)にかかわらず、当該行為について、1の取消しの請求をすることができる。
 ア 当該行為が、債務者が支払不能になる前30日以内に行われたものであること。
 イ 当該行為が、債務者と受益者とが通謀して他の債権者を害する意図をもって行われたものであること。

中間試案

3 特定の債権者を利する行為の特則
 (1) 債務者が既存の債務についてした担保の供与又は債務の消滅に関する行為について,債権者は,次に掲げる要件のいずれにも該当する場合に限り,前記1の取消しの請求をすることができるものとする。
  ア 当該行為が,債務者が支払不能であった時にされたものであること。ただし,当該行為の後,債務者が支払不能でなくなったときを除くものとする。
  イ 当該行為が,債務者と受益者とが通謀して他の債権者を害する意図をもって行われたものであること。
 (2) 上記(1)の行為が債務者の義務に属せず,又はその時期が債務者の義務に属しないものである場合において,次に掲げる要件のいずれにも該当するときは,債権者は,その行為について前記1の取消しの請求をすることができるものとする。
  ア 当該行為が,債務者が支払不能になる前30日以内にされたものであること。ただし,当該行為の後30日以内に債務者が支払不能になった後,債務者が支払不能でなくなったときを除くものとする。
  イ 当該行為が,債務者と受益者とが通謀して他の債権者を害する意図をもって行われたものであること。
 (3) 上記(1)又は(2)の適用については,受益者が債務者の親族,同居者,取締役,親会社その他の債務者の内部者であったときは,それぞれ上記(1)イ又は(2)イの事実を推定するものとする。上記(1)の行為が債務者の義務に属せず,又はその方法若しくは時期が債務者の義務に属しないものであるときも,同様とするものとする。
 (4) 上記(1)の適用については,債務者の支払の停止(上記(1)の行為の前1年以内のものに限る。)があった後は,支払不能であったものと推定するものとする。

(概要)

 本文(1)は,偏頗行為に対する詐害行為取消権について,@債務者が支払不能の時に行われたものであること,A債務者と受益者とが通謀して他の債権者を害する意図をもって行われたものであることを要件とするものである。判例(最判昭和33年9月26日民集12巻13号3022頁)は,債務者と受益者とが通謀して他の債権者を害する意思をもって行われた弁済に限り,詐害行為取消しの対象になるとする。他方,破産法第162条第1項第1号は,債務者(破産者)が支払不能になった後に行われた偏頗行為に限り,否認の対象になるとする。本文(1)は,この判例法理の要件と破産法の要件との双方を要求するものである。支払不能の要件を課すことによって,否認の対象にならない偏頗行為が詐害行為取消しの対象になるという事態を回避し,通謀・詐害意図の要件を課すことによって,真に取り消されるべき不当な偏頗行為のみを詐害行為取消しの対象にすることを意図するものである。なお,受益者の主観的要件(支払不能の事実や債権者を害すべき事実についての悪意)は,通謀・詐害意図の要件に包摂されると考えられる。
 本文(2)は,破産法第162条第1項第2号と同様の趣旨のものである。本文(1)と同様に,破産法上の要件と通謀・詐害意図の要件との双方を要求している。
 本文(3)は,破産法第162条第2項と同様の趣旨のものである。なお,本文(2)の柱書の事実が主張立証されると,本文(3)第2文の要件を充足することになるため,本文(2)イの事実が推定されることになる。
 本文(4)は,破産法第162条第3項と同様の趣旨のものである。

赫メモ

 規律の趣旨は、中間試案3(1)(2)に関する中間試案概要のとおりである。中間試案3(3)(4)については、中間試案2(2)と同様の理由により規律を設けることが見送られた(部会資料73A、46頁)。

【コメント】
 要綱仮案における「通謀して他の債権者を害する意図」という曖昧な要件による規律は、解釈による明確化が図られる必要がある(そもそも主観面のみに着目して成立範囲を絞り込むことが立法論として妥当であったか疑問である)。偏頗行為時に、債務者において、相手方が債務者の支払不能を認識していることを認識していたときは、「通謀して他の債権者を害する意図」があったものと解すべきである。明確性及び過度の主観主義に陥らない観点からも、「意図」はそれ以上の主観に立ち入るべきではない。このように解することにより、支払不能下において一方的な振込みなどの方法で行なう債務者の近親者への弁済が取消対象となり得るものであり、妥当な結論を得ることができる。また、支払不能下で債務者の状況を把握している金融機関に対する弁済も取消対象となり得ることとなる。

現行法

(参考)破産法
(特定の債権者に対する担保の供与等の否認)
第162条 次に掲げる行為(既存の債務についてされた担保の供与又は債務の消滅に関する行為に限る。)は、破産手続開始後、破産財団のために否認することができる。
 一 破産者が支払不能になった後又は破産手続開始の申立てがあった後にした行為。ただし、債権者が、その行為の当時、次のイ又はロに掲げる区分に応じ、それぞれ当該イ又はロに定める事実を知っていた場合に限る。
  イ 当該行為が支払不能になった後にされたものである場合 支払不能であったこと又は支払の停止があったこと。
  ロ 当該行為が破産手続開始の申立てがあった後にされたものである場合 破産手続開始の申立てがあったこと。
 二 破産者の義務に属せず、又はその時期が破産者の義務に属しない行為であって、支払不能になる前三十日以内にされたもの。ただし、債権者がその行為の当時他の破産債権者を害する事実を知らなかったときは、この限りでない。
2 前項第一号の規定の適用については、次に掲げる場合には、債権者は、同号に掲げる行為の当時、同号イ又はロに掲げる場合の区分に応じ、それぞれ当該イ又はロに定める事実(同号イに掲げる場合にあっては、支払不能であったこと及び支払の停止があったこと)を知っていたものと推定する。
 一 債権者が前条第二項各号に掲げる者のいずれかである場合
 二 前項第一号に掲げる行為が破産者の義務に属せず、又はその方法若しくは時期が破産者の義務に属しないものである場合
3 第一項各号の規定の適用については、支払の停止(破産手続開始の申立て前一年以内のものに限る。)があった後は、支払不能であったものと推定する。

関連部会資料等

斉藤芳朗弁護士判例早分かり

@ 【弁済は原則として詐害行為に該当しない】大審院大正8年7月11日判決・民録25輯1305頁(参考)
  BがC(いとこ)に対して土地を代物弁済として給付した。
  弁済は義務の履行であるから,たとえ共同の担保が減少しても債権者はこれを忍容せざるをえない。しかし,代物弁済は,債務の本旨に従った履行ではなく,これを行うか否かは債務者が自由に決定することができるのであり,債務者において,債権者を害することを知って代物弁済を行うことは,債権者の一般の担保を減少させる行為であり,詐害行為に該当しうる。

A 【債務の弁済は詐害行為に該当しない,ただし,特定の債権者と通謀して他の債権者を害する意思があった場合は別である】最高裁昭和33年9月26日判決・民集12巻13号3022頁
  債務者Bが債権者Cに対してした弁済が詐害行為に該当するか否かが争われた。原審は詐害行為に該当する旨判示していた。
  債権者が弁済期の到来した債務の弁済を求めることは,債権者の当然の権利行使であって,他に債権者がいるとの理由でその権利行使を阻害されるいわれはない。債務者も債務の本旨に従い履行を為すべき義務を負うものであるから,同様の理由で弁済を拒絶することはできない。債権者平等の原則は,破産手続開始決定をまって始めて生ずるから,債務超過の状況にあって一債権者に弁済することが他の債権者の共同担保を減少する場合においても,弁済は,原則として詐害行為とならず,ただ,債務者が一債権者と通謀し,他の債権者を害する意思をもって弁済したような場合にのみ詐害行為となるにすぎない。
  Bは債務超過の状況に陥り,Cは,所持するA振出の約束手形が不渡りになることを知り,満期の日にAに対し手形金の支払方を強く要求し,その結果,Bは売掛代金債権を取立ててその弁済に充てることとし,売掛代金を集金し,40万円を別の債権者に対する債務の弁済に充て,その後に集金した30万円をCに対する手形金の一部弁済に充てた。BがCに弁済したのは,Cから強く弁済を要求された結果であり,しかも,C自身の経済状態が逼迫していたためである可能性があるのであり,Bは法律上当然支払うべき自己の債務につき,Cから強く弁済を要求された結果,やむなく義務を履行した関係にあるものと認めるべきである。また,BC間に他の債権者を回避してCに優先的に弁済しようとする通謀があつたとは断じ難い。 

B 【他の債権者を害することを知りながら特定の債権者と通謀して行った代物弁済は詐害行為となる】最高裁昭和48年11月30日判決・民集27巻10号1491頁
  Bは取引先に対して1000万円の負債を抱えていたが,Cに対して,売掛金100万円を代物弁済として譲渡し,Cはこのうち50万円を取り立てていた。代物弁済が詐害行為に該当するとする取消訴訟である。原審は,譲渡された債権の額が債権者に対する債務の額を超過するときにかぎり,その超過する額について債権者が利益を得たものとして,その利益の取得行為の取消および他の一般債権者に対する利益の返還が問題となりうるのであって,債権者が債務者から譲渡を受けた債権の額が債務者に対する自己の債権の額を超えない場合には,詐害行為が問題となる余地はないとしていた。
  債務超過の状態にある債務者が,他の債権者を害することを知りながら特定の債権者と通謀し,この債権者だけに優先的に債権の満足を得させる意図のもとに,債務の弁済に代えて第三者に対する自己の債権を譲渡したときは,たとえ譲渡された債権の額が債権者に対する債務の額を超えない場合であっても,詐害行為として取消の対象になる。原審へ差し戻し。

C 【特定の債権者に対する担保提供は詐害行為となる】最高裁昭和32年11月1日判決・民集11巻12号1832頁
  Bは,60万円程度の不動産しか有していないにもかかわらず,この不動産上にCのために根抵当権を設定した。
  債務者がある債権者のために根抵当権を設定すれば,その債権者は,担保の目的物につき他の債権者に優先して弁済を受け得られることになるので,それだけ他の債権者の共同担保は減少する。その結果,債務者の残余の財産では他の債権者に対し十分な弁済を為し得ないことになるときは,他の債権者は従前より不利益な地位に立つこととなり,利益を害せられることになるので,債務者がこれを知りながらあえて根抵当権を設定した場合は,詐害行為となる。

D 【特定の債権者に対する担保提供であっても,事業継続に必要で合理的範囲内であれば詐害行為とはならない】最高裁昭和44年12月19日判決・民集23巻12号2518頁
  Aは,Aの所有不動産を担保に提供して,Bから継続して商品(牛乳)の提供を受けていたが,買掛債務がたまりBから契約解除の話があったため,AB間で,Aの不動産,事業をBのために譲渡担保に提供する契約を締結した。
  譲渡担保契約は,買掛代金の遅滞を生じたAが,Bからの取引の打切り,不動産の根抵当権の実行を免れ,従前どおり牛乳類の供給を受け,その小売営業を継続して更生の道を見出すために,示談の結果,支払の猶予を得た既存の債務と将来の取引によって生ずべき債務の担保手段として,やむなくしたところであり,目的のための担保提供行為として合理的な限度を超えたものでもなく,担保提供行為をしてでもBとの間の取引の打切りを避け営業の継続をはかること以外には,Aの更生策として適切な方策は存しなかったものである。債務者の行為は,それによって債権者の一般担保を減少せしめる結果を生ずるにしても,詐害行為にはあたらない。

E 【同上】最高裁昭和47年10月26日判決・金法671号56頁
  Bは,取引先の経営者Cからの既存の借入金及び新たな借入金を担保するために,不動産に関する売買予約契約を締結した。Bには不動産以外にめぼしい資産はない。
  Bは,Cから新たに営業資金を借り受け,Cが経営する取引先から引き続き商品の供給を受けて営業を継続することを目的として,上記の売買予約を締結し,借受金の一部をもって第三者に対する抵当債務を弁済して抵当権設定登記の抹消を受けたのち,売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記を経由し,Bはその後約4年間営業を継続したなどの事実関係のもとにおいては,売買予約は,債権者を害する行為にあたらない。