債権法改正 要綱仮案 情報整理

第16 詐害行為取消権

9 直接の引渡し等

 直接の引渡し等について、次のような規律を設けるものとする。
(1) 債権者は、7(1)前段又は(2)前段により財産の返還を請求する場合において、その返還の請求が金銭の支払又は動産の引渡しを求めるものであるときは、受益者又は転得者に対し、その支払又は引渡しを自己に対してすることを求めることができる。この場合において、受益者又は転得者は、債権者に対してその支払又は引渡しをしたときは、債務者に対してその支払又は引渡しをする義務を免れる。
(2) 債権者が7(1)後段又は(2)後段により価額の償還を請求する場合についても、(1)と同様とする。

中間試案

8  逸出財産の返還の方法等
 (1) 債権者は,前記1(2)又は5(2)により逸出した財産の現物の返還を請求する場合には,受益者又は転得者に対し,次のアからエまでに掲げる区分に応じ,それぞれ当該アからエまでに定める方法によって行うことを求めるものとする。
  ア 詐害行為による財産の逸出について登記(登録を含む。)がされている場合(下記イの場合を除く。)
    当該登記の抹消登記手続又は債務者を登記権利者とする移転登記手続をする方法
  イ 詐害行為によって逸出した財産が債権である場合
   (ア) 当該債権の逸出について債権譲渡通知がされているときは,当該債権の債務者に対して当該債権が受益者又は転得者から債務者に移転した旨の通知をする方法
   (イ) 当該債権の逸出について債権譲渡登記がされているときは,債権譲渡登記の抹消登記手続又は債務者を譲受人とする債権譲渡登記手続をする方法。ただし,上記(ア)の債権譲渡通知の方法によって行うことを求めることもできるものとする。
  ウ 詐害行為によって逸出した財産が金銭その他の動産である場合
    金銭その他の動産を債務者に対して引き渡す方法。この場合において,債権者は,金銭その他の動産を自己に対して引き渡すことを求めることもできるものとする。
  エ 上記アからウまでの場合以外の場合
    詐害行為によって逸出した財産の性質に従い,当該財産の債務者への回復に必要な方法
 (2) 上記(1)の現物の返還が困難であるときは,債権者は,受益者又は転得者に対し,価額の償還を請求することができるものとする。この場合において,債権者は,その償還金を自己に対して支払うことを求めることもできるものとする。
 (3) 上記(1)ウ又は(2)により受益者又は転得者が債権者に対して金銭その他の動産を引き渡したときは,債務者は,受益者又は転得者に対し,金銭その他の動産の引渡しを請求することができないものとする。受益者又は転得者が債務者に対して金銭その他の動産を引き渡したときは,債権者は,受益者又は転得者に対し,金銭その他の動産の引渡しを請求することができないものとする。
 (4) 上記(1)ウ又は(2)により受益者又は転得者が債権者に対して金銭その他の動産を引き渡したときは,債権者は,その金銭その他の動産を債務者に対して返還しなければならないものとする。この場合において,債権者は,その返還に係る債務を受働債権とする相殺をすることができないものとする。

(注1)上記(1)ウ及び(2)については,取消債権者による直接の引渡請求を認めない旨の規定を設けるという考え方がある。
(注2)上記(4)については,規定を設けない(相殺を禁止しない)という考え方がある。

(概要)

 本文(1)アは,詐害行為による財産の逸出について登記(登録)がされている場合に関する現物返還の方法について定めるものであり,判例法理(最判昭和39年7月10日民集18巻6号1078頁,最判昭和40年9月17日集民80巻361頁等)を明文化するものである。
 本文(1)イは,詐害行為による債権の逸出について債権譲渡通知がされている場合と債権譲渡登記がされている場合とに分けて,債権の現物返還の方法について定めるものである。債権譲渡の対抗要件に関する後記第18,2(1)の甲案を採る場合において,逸出財産が金銭債権であるときは,常に,@債権譲渡登記の抹消又は移転の登記手続及びA当該登記に関する書面による通知の方法を求めることになる。
 本文(1)ウは,詐害行為によって逸出した財産が金銭その他の動産である場合には,取消債権者は,それを債務者に対して引き渡すことを求めることができる一方,自己に対する直接の引渡しを求めることもできる旨を定めるものであり,判例法理(大判大正10年6月18日民録27輯1168頁)を明文化するものである。もっとも,この判例法理に対しては,詐害行為取消権の債権回収機能を否定する立場から,取消債権者による直接の引渡請求を認めた上で相殺を禁止するのではなく,直接の引渡請求自体を否定すべきであるという考え方があり,これを(注1)で取り上げている。
 本文(1)エは,同アからウまでに該当しない場合の現物返還の方法に関する受皿的な規定を設けるものである。
 本文(2)第1文は,価額償還請求の要件について定めるものである。判例(大判昭和7年9月15日民集11巻1841頁等)は,原則として現物返還を命じ,現物返還が不可能又は困難であるときは例外的に価額償還を認めているとされている。本文(2)第1文は,この判例法理を明文化するものである。価額「償還」という文言は,破産法第169条を参照したものである。本文(2)第2文は,本文(1)ウと同様に,取消債権者による直接の支払請求を認めるものである。また,(注1)でこれを認めない考え方を取り上げている。
 本文(3)は,詐害行為取消しの効果が債務者にも及ぶことにより(前記1(3),5(3)参照),詐害行為を取り消す旨の判決が確定すると債務者は自ら受益者又は転得者に対して債権(逸出財産の返還を求める債権等)を取得することになることを前提として,受益者又は転得者が取消債権者に対して直接の引渡しをしたときは,債務者は,受益者又は転得者に対して上記債権を行使することができず,他方,受益者又は転得者が債務者に対して引渡しをしたときは,取消債権者は,受益者又は転得者に対して直接の引渡しを請求することができないことを示すものである。詐害行為取消しの効果を債務者にも及ぼす場合における債務者の受益者又は転得者に対する債権と,取消債権者による直接の引渡請求との関係を整理する趣旨のものである。
 本文(4)は,取消債権者が直接の引渡しを受けた金銭その他の動産を債務者に返還する債務を負うこと,取消債権者はその返還債務(金銭債務)を受働債権とする相殺をすることができないこと(債権回収機能の否定)をそれぞれ示すものである。判例(上記大判昭和7年9月15日等)は,本文(4)のような規定のない現行法の下で,債権回収機能は妨げられないことを前提としており,この考え方を(注2)で取り上げている。しかし,責任財産の保全という詐害行為取消権の制度趣旨を超えて被保全債権の強制的な満足を得てしまうこと等に対しては批判があり(前記第14,3(2)の概要も参照),加えて,詐害行為取消権の場合には,先に弁済を受けた者が後に弁済を受けようとした者から詐害行為取消権を行使されると,後に弁済を受けようとした者のみが債権の回収を実現することになりかねないとの批判もある。本文(4)は,このような観点から,新たな規定を設けることとするものである。この規定の下では,取消債権者は,受益者又は転得者から直接受領した金銭の債務者への返還債務(自己に対して債務者が有する返還債権)に対して強制執行(債権執行)をすることになる。また,受益者又は転得者から直接金銭を受領せずに,詐害行為を取り消す旨の判決の確定によって生ずる債務者の受益者又は転得者に対する上記債権に対して強制執行(債権執行)をすることも可能である。

赫メモ

 要綱仮案は、逸出財産の返還として金銭の支払や動産の引渡しを求めた場合や価額償還を求めた場合に、取消債権者による直接の引渡請求を認める判例法理(大判大正10年6月18日、大判昭和7年9月15日、最判昭和39年1月23日)を明文化する規律を設けるものである(部会資料73A、54頁)。
 中間試案は、取消債権者が直接の支払を受けた金銭を債務者に対して返還する債務と債務者に対する金銭債権とを相殺することを禁止する規律を設けていたが、様々な指摘に鑑み、要綱仮案では、明文の規律を置くことは見送ることとし、実務の運用や解釈等に委ねることとされた(部会資料73A、55頁)。

【コメント】
 取消債権者による直接の引渡請求の規律は、部会資料においては、従前の判例法理の明文化と説明されるのみであるが(部会資料73A、54頁)、その法律関係は、従前の判例法理のもとでの法律関係とは全く異なるものになることが留意されなければならない。
 すなわち、従前の判例法理と異なって、要綱仮案のもとでは、詐害行為取消しの効力が債務者に及ぶことから(要綱仮案10)、取消債権者の直接引渡請求を認める詐害行為取消判決が確定した場合に、債務者の受益者等に対する引渡請求権も発生しているものと理解される。例えば、受益者に対し金銭贈与を取消し、取消債権者に当該贈与金を支払うよう命じる取消判決が確定した場合に、債務者に対して当該取消しの効力が及ぶ結果として、債務者の受益者に対する原状回復請求権としての贈与金返還請求権も同時に発生するものと理解されるのであり、要綱仮案9(1)第二文において、受益者等が債権者に対して支払等をする前には、受益者等が債務者に対して支払等をする義務を負っていることを前提とする表現になっているのは、かかる理解を示すものと解される。
 このように、要綱仮案のもとでの取消債権者による直接の引渡請求の規律が、従前の判例法理とは異なる法律関係を生じさせる結果として、従前の判例法理にはない、次のような問題が生じる。
 まず、取消債権者への直接引渡しを命ずる取消判決が確定した場合でも、債務者に対する他の債権者は、債務者の受益者に対する返還請求権を差押えることが可能となるが、かかる差押えがなされた場合でも、その後に受益者が債権者への直接引渡しをすることによって免責されるかは問題となる。
 また、債権者の受益者に対する直接引渡請求権を、債権者に対する債権者が差し押さえることができるかも問題となり、否定すべき理由は見当たらないように思われるが、さらにかかる差押がなされた場合でも、その後に受益者が債務者への引渡しをすることによって免責されるかが問題となる。
 さらには、債権者に対する直接引渡しを求める詐害行為取消訴訟が競合した場合の取扱いも、従前以上に問題となる。
 詐害行為取消権に基づき債権者に認められる請求権(債務者のもとへ返還を求める権利及び自己への直接引渡しを求める権利)は、本質的には、取消しによって発生する債務者の受益者に対する原状回復請求権を、債権者が代位行使する権利であると考えられる。したがって、債務者の受益者等に対する権利が差し押さえられた場合には、第三債務者たる受益者等は、債務者への弁済が禁止されるだけではなく、債務者の権利を代位行使しているに過ぎない債権者への弁済も禁止されるものと解される。
 また、詐害行為取消権は、個々の債権者の地位に基づき認められる固有の権利であると考えられ、複数の債権者による同一の詐害行為に関する各取消訴訟の訴訟物は別個であるものと考えられる。ただし、取消債権者の一人について取消認容判決が確定したときは、その判決効が債務者に及ぼされ、当該受益者等との関係では債務者受益者間の詐害行為が取り消されたということが確定することから、別の債権者による当該受益者等に対する取消訴訟は、重ねて同じ行為を取り消すことができない以上、棄却されることとなろう(当該他の債権者は、取消しにより逸出財産が債務者に回復したこと(逸出物の債務者への帰属、ないし、債務者の受益者等に対する返還(価額償還)請求権の存在)を前提に、訴えを変更して、債権者代位権に基づく返還請求(債務者の受益者等に対する返還請求権を差押えたうえで取立権に基づく取立請求)をすることは可能であるものと考えられる)。

現行法


関連部会資料等

斉藤芳朗弁護士判例早分かり

@ 【取消債権者は受益者に対して直接請求することができる】大審院大正10年6月18日民録27輯1168頁
  BがCに対して製薬権を譲渡しその残代金1000円については相殺しないことを約束していたが,Cがこの約束を解除して,Bに対する債権と相殺した。AがCに対して取消訴訟を提訴し,1000円の支払いを求めて提訴した。
  取消債権者が自己だけの弁済を受けるために受益者らに請求するのではなく,他の債権者とともに弁済を受けるために請求するのであれば,受益者らに直接請求することができる。なぜなら,この請求を認めないと,取消の効果は債務者に及ばないため債務者と受益者ら間の法律行為は有効であるため,債務者が受益者らに対して請求することはできず,取消債権者も債務者に対する債務名義により受益者らに対して執行することができないためである。

A 【移転登記の抹消登記が不能となった場合には価額償還請求をするしかない】大審院昭和7年9月15日判決・民集11巻1841頁
  Bが所有する不動産の譲渡を受けたCに対して移転登記の抹消登記手続訴訟を提訴していたところ,Cがこの不動産を第3者Dに譲渡した。
  AがCに対して土地の回復に代えて損害賠償を求めるのは格別,最初求めた抹消手続はもはやこれを訴求することができない地位になったといわざるをえない。なぜなら,抹消を求められた登記はなお登記上存するが,この登記の抹消はまずDの取得登記を抹消しなければこれをすることが不能となったのみならず,これを取引上より観察しても,Cの譲渡によりCがDより土地所有権を回復してこれをAに返還することは一切不能となったと認められるからである。

B 【取消債権者は受益者,転得者に対して,直接その受けた財産の引渡しを請求することができる】最高裁昭和39年1月23日判決・民集18巻1号76頁
   B→C→Dと譲渡された動産類?について,詐害行為に該当するとして,Aが取消しを求めた。第一審判決では,Dに対して,動産類?をAに対して引き渡せ,との判決がなされた。
   詐害行為取消訴訟において,取消債権者は,他の債権者とともに弁済を受けるため,受益者,転得者に対して,直接にその受けた財産の引渡しをなすべきことを請求し得る。