債権法改正 要綱仮案 情報整理

第16 詐害行為取消権

8 詐害行為の取消しの範囲

 詐害行為の取消しの範囲について、次のような規律を設けるものとする。
(1) 債権者は、1又は6の取消しの請求をする場合において、債務者がした行為の目的が可分であるときは、自己の債権の額の限度においてのみ、当該行為の取消しを請求することができる。
(2) 債権者が7(1)後段又は(2)後段により価額の償還を請求する場合についても、(1)と同様とする。

中間試案

7 詐害行為取消しの範囲
 債権者は,詐害行為取消権を行使する場合(前記4の場合を除く。)において,その詐害行為の全部の取消しを請求することができるものとする。この場合において,その詐害行為によって逸出した財産又は消滅した権利の価額が被保全債権の額を超えるときは,債権者は,その詐害行為以外の債務者の行為の取消しを請求することができないものとする。

(注)詐害行為取消権の行使範囲を被保全債権の額の範囲に限定するという考え方がある。

(概要)

 詐害行為によって逸出した財産又は消滅した権利等の価額が被保全債権の額を超える場合であっても,その詐害行為の全部の取消しを請求することができるとする一方,その場合には他の詐害行為の取消しを請求することができない旨を定めるものであり,前記第14,2(代位行使の範囲)と類似の発想に立つものである。判例(大判大正9年12月24日民録26輯2024頁)は,被保全債権の額が詐害行為の目的である財産の価額に満たず,かつ,その財産が可分であるときは,被保全債権の額の範囲でのみ詐害行為を取り消すことができるとしているが,前記第14,2(代位行使の範囲)を踏まえ,詐害行為取消しの範囲を拡げる方向で,判例法理とは異なる規律を明文化するものである。もっとも,取消債権者が後記8(1)ウ又は(2)により直接の引渡請求をする場合には,詐害行為取消権の行使範囲を被保全債権の額の範囲に限定すべきであるという考え方があり,これを(注)で取り上げている。

赫メモ

 要綱仮案は、詐害行為を取消範囲についての判例法理(大判明治36年12月7日、大判大正9年12月24日、最判昭和30年10月11日等)を明文化するものである。この規律が問題となる場面としては、@金銭債務を弁済する行為が取り消される場合、A金銭債権を免除する行為が取り消される場合、B価額償還を請求する場合などが考えられる(部会資料73A、52頁)。
 中間試案は、被保全債権の額に限らず詐害行為を取り消すことができるものとしていたが、詐害行為取消権の制度は、債権者が自己の債権を保全するために行使するものであるから、その行使範囲は被保全債権の額の範囲に限定すべきであるとの指摘などを踏まえ、判例の結論を維持することとしたものである(部会資料73A、53頁)。

【コメント】
 審議経過(中間試案概要、参照)に照らせば、被保全債権の額の範囲への限定の規律を設けるとしても、直接引渡請求をする場合に限って限定を設けるべきであったものであり、この点は、要綱仮案8の解釈論に反映されるべきである(要綱仮案第15、3の規律と同様)。
 現行の判例法理も、取消債権者が逸出財産の債務者のもとへの回復を求める事案において、目的物が可分であっても、自己の債権の保全のために必要であれば、自己の債権額に限定されずに取り消すことができるとしている。すなわち、大判大正5年12月6日は、債務者に対する債権300円を有する受益者に対し、債務者が所有する土地建物(価額700円、土地のみで540円)に抵当権を設定した行為について、取消債権者(被保全債権額500円)が土地への抵当権設定行為のみならず建物への抵当権設定行為も取り消す請求をした事例において、「詐害行為取消権は債権者が債権を害すべき法律行為を廃罷し以てその債権を保全することを期するものなるが故に債権者は故なく自己の債権の数額を超越して取消権を行使することを得ずといえどもこれ唯其債権を保全するにい必要ならざる場合をいうのみ若し夫れ其債権を保全するの必要存する場合に於いては其債権の数額を超えて取消権を行使するも亳も妨くる所に非ず」と判示のうえ、土地建物への抵当権設定行為の取消しを認めている。
 要綱仮案の規律のもとでは、偏頗弁済の取消しの場合に、受益者が取消後の復活債権を被保全債権として債務者の自己に対する債権の仮差押えをすることは確実であるから、詐害行為取消時に取消債権者の被保全債権の額の制限を課すことの不合理は明白である。
 要綱仮案8の規律については、取消債権者が自己への直接引渡しを請求する場合にのみ適用されるものと解すべきであり、取消債権者が逸出財産を債務者に返還するよう求める場合には、原則として、被保全債権の額による制限は課されないものと解すべきである。

現行法


関連部会資料等

斉藤芳朗弁護士判例早分かり

@ 【詐害行為の目的物が可分な場合,その一部のみを取り消すことができる】大審院明治36年12月7日判決・民録9輯1339頁
  BがCに対してなした債権譲渡(1960円)について,Bの債権者Aがその一部(1030円)について詐害行為取消訴訟を提訴した。
  債務者の行為の一部が債権者にとって詐害行為となる場合には,全部を取り消す必要はなく,そのように解した方が受益者らによっても利益となる。しかし,分割できなければ全部を取り消すことになる。

A 【詐害行為の目的物が可分な場合,自己の債権額を超えて取り消すことはできない】大審院大正9年12月25日判決・民録26輯2024頁
  BがCに対してなした詐害行為について,Bの債権者A(債権額230円)がこれを取り消し,5000円の価額賠償を求めた。
  詐害行為取消は,債務者の行為によって債権者に発生した損害の救済が目的であるから,詐害行為の目的が可分であれば救済に必要な限度で取り消すべきであって,自己の債権額を超えて取り消すことはできない。AC以外にも,Bの債権者が少なからず存在することを説明したとしても,Aの債権額を超えて取消権を行使することはできない。

B 【詐害行為の目的物が不可分な場合,全部を取り消すことができる】最高裁昭和30年10月11日判決・民集9巻11号1626頁
  債務者Bに対して45万円の債権を有するAが,Bから家屋(54万円)の贈与を受けたCに対して取消権を行使した。
  詐害行為取消権は,債権者の債権を保全するためその債権を害すべき債務者の法律行為を取り消す権利であるから,債権者は,自己の債権の数額を超過して取消権を行使することを得ないが,債務者のなした行為の目的物が不可分のものであるときは,たとえその価額が債権額を超過する場合であっても行為の全部を取り消すことができる。