債権法改正 要綱仮案 情報整理

第16 詐害行為取消権

11 受益者の反対給付

 受益者の反対給付について、次のような規律を設けるものとする。
 債務者がした財産の処分に関する行為(債務の消滅に関する行為を除く。)が取り消されたときは、受益者は、債務者に対し、当該財産を取得するためにした反対給付の返還を請求することができる。債務者が当該反対給付の返還をすることが困難であるときは、受益者は、価額の償還を請求することができる。

中間試案

11 受益者が現物の返還をすべき場合における受益者の反対給付
 (1) 債務者がした財産の処分に関する行為が取り消された場合において,受益者が債務者から取得した財産(金銭を除く。)を返還したときは,受益者は,債務者に対し,当該財産を取得するためにした反対給付の現物の返還を請求することができるものとする。この場合において,反対給付の現物の返還が困難であるときは,受益者は,債務者に対し,価額の償還を請求することができるものとする。
 (2) 上記(1)の場合において,受益者は,債務者に対する金銭の返還又は価額の償還の請求権について,債務者に返還した財産を目的とする特別の先取特権を有するものとする。ただし,債務者が,当該財産を受益者に処分した当時,その反対給付について隠匿等の処分(前記2(1)ア参照)をする意思を有しており,かつ,受益者が,その当時,債務者が隠匿等の処分をする意思を有していたことを知っていたときは,受益者は,その特別の先取特権を有しないものとする。
 (3) 上記(2)の適用については,受益者が債務者の親族,同居者,取締役,親会社その他の債務者の内部者であったときは,受益者は,当該行為の当時,債務者が隠匿等の処分をする意思を有していたことを知っていたものと推定するものとする。

12 受益者が金銭の返還又は価額の償還をすべき場合における受益者の反対給付
 (1) 債務者がした財産の処分に関する行為が取り消された場合において,受益者が債務者から取得した財産である金銭を返還し,又は債務者から取得した財産の価額を償還すべきときは,受益者は,当該金銭の額又は当該財産の価額からこれを取得するためにした反対給付の価額を控除した額の返還又は償還をすることができるものとする。ただし,債務者が,当該財産を受益者に処分した当時,その反対給付について隠匿等の処分(前記2(1)ア参照)をする意思を有しており,かつ,受益者が,その当時,債務者が隠匿等の処分をする意思を有していたことを知っていたときは,受益者は,当該金銭の額又は当該財産の価額の全額の返還又は償還をしなければならないものとする。
 (2) 上記(1)の場合において,受益者が全額の返還又は償還をしたときは,受益者は,債務者に対し,反対給付の現物の返還を請求することができるものとする。この場合において,反対給付の現物の返還が困難であるときは,受益者は,債務者に対し,価額の償還を請求することができるものとする。
 (3) 上記(1)の適用については,受益者が債務者の親族,同居者,取締役,親会社その他の債務者の内部者であったときは,受益者は,当該行為の当時,債務者が隠匿等の処分をする意思を有していたことを知っていたものと推定するものとする。

(概要)

 本文(1)は,判例法理(大連判明治44年3月24日民録17輯117頁)と異なり詐害行為取消しの効果が債務者にも及ぶことを前提に(前記1(3)参照),受益者が現物返還をした場合には直ちに反対給付の現物の返還又はその価額の償還を請求することができる旨を定めるものである。現在の判例法理の下では,受益者が現物返還をした場合であっても,その財産によって取消債権者を含む債権者らが債権の満足を得たときに初めて,受益者は債務者に対する不当利得返還請求権を行使することができるにすぎないとされており,これを合理的な規律に改めるものである。
 本文(2)第1文は,破産法第168条第1項第2号と同様の趣旨により,反対給付の返還請求権が金銭債権である場合にその債権について優先権を認めるものである。本文(2)第1文により受益者が不動産を目的とする特別の先取特権を有する場合については,当該先取特権に基づき受益者が配当等を受けるべき債権者の地位を確保するためには,受益者の債務者に対する当該先取特権の登記請求権を認める必要があると考えられることから(民事執行法第87条第1項第4号参照。民事保全法第53条,第23条第3項も参照),その規定の要否について引き続き検討する必要があり,その際に先取特権の順位に関する規定を設ける必要もある。
 本文(2)第2文は,破産法第168条第2項と同様の趣旨のものであるが,同項のように反対給付によって生じた債務者の現存利益の有無により取扱いを異にすると規律が不明確かつ複雑なものになってしまうとの指摘や,債務者の隠匿等の処分をする意思を知っていた受益者に優先権を与える必要はないとの指摘があることから,一律に優先権を否定することとしている。
 本文(3)は,破産法第168条第3項と同様の趣旨のものである。

 本文(1)第1文は,受益者が金銭をもって返還をする場合における受益者の反対給付の取扱いについて,受益者が現物返還をする場合(前記11参照)と異なり,受益者の側に全額の返還をするか反対給付との差額の返還をするかを選択させることとするものである。この規律によると,受益者は,取消債権者による全額の返還請求に対して差額の返還を主張することができることとなり,その場合には,受益者の反対給付の返還請求権が取消債権者の費用償還請求権に優先する結果となる。もっとも,実際上,受益者が返還した差額によって取消債権者が費用償還請求権の満足すら得られない事態はほとんど生じない(そのような事態が生じ得る場面ではそもそも詐害行為取消権の行使はされないことがほとんどである)との指摘がある。この指摘を踏まえ,受益者の反対給付の取扱いを可能な限り簡易に処理することを優先させたものである。
 本文(1)第2文は,前記11(2)第2文と同様の趣旨のものである。
 本文(2)は,本文(1)により受益者が全額の返還又は償還をしたときは,前記11(1)と同様に受益者は反対給付の現物の返還又はその価額の償還を請求することができる旨を定めるものである。
 本文(3)は,前記11(3)と同様の趣旨のものである。

赫メモ

 判例(大判明治44年3月24日等)は、詐害行為取消しの効果が債務者には及ばないとしていることから、受益者は、債務者から取得した財産を返還したとしても、その財産を取得するためにした反対給付の返還を債務者に対して請求することはできないと理解されており、この場合に、受益者は、債務者に対して返還した財産によって取消債権者を含む債権者がその債権の満足を得たときに初めて、債務者に対して不当利得の返還請求をすることができるにすぎないとされている。しかし、破産法上の否認権については、詐害行為取消権と異なり、受益者は反対給付が破産財団中に現存する場合にはその反対給付の返還を請求することができ(同法第168条第1項第1号)、反対給付が破産財団中に現存しない場合にはその反対給付の価額の償還を財団債権者として請求することができるとされているところであり(同項第2号)、詐害行為取消権における理解は、取消債権者と受益者との間の利益衡量の観点からは相当でないと考えられる。
 そこで、要綱仮案では、詐害行為取消しの効果を債務者にも及ぼすことを前提に、債務者がした財産処分行為が取り消されたときは、当該財産を取得するためにした反対給付の返還を債務者に対して請求することができる旨、及び、反対給付の現物の返還が困難である場合の価額償還請求権も定めるものである(以上につき部会資料73A、58頁)。
 中間試案においては、受益者の反対給付の返還請求権について優先権を与える内容の規律を設けることとされていたが、要綱仮案においては、実務の運用や解釈等に委ねる趣旨で、等が規律を設けることが見送られた(部会資料73、59頁)。

【コメント】
 審議の経緯からは、要綱仮案の規律が、逸出財産の回復と反対給付の返還が同時履行でないとの前提に立っていることは明らかであるが、かといって、逸出財産の回復が先履行であると解するのも妥当でない。両債務は、取消後にいずれも履行期にある対立する債務であると解すれば足りる。したがって、両債務がいずれも金銭債務のときには、債務者からも受益者からも相殺が可能であるものと解すべきである(部会資料79-3、20頁)。
 ところで、詐害行為取消後、逸出財産の回復も反対給付の返還も未了の間に、債務者に破産手続が開始された場合、反対給付にかかる受益者の権利は破産債権と解さざるを得ず、否認権の場合(破産法168条1項参照)との逆転現象が生じ、受益者にとって衡平感のない結論となる。この問題を回避するために、審議の経緯には反するが、逸出財産の回復と反対給付の返還は同時履行であると解すべきだという見解が主張されることが容易に予想される(反対給付が履行されないうちに債務者に破産手続が開始されたときは、破産法53条1項に基づく財団債権となるものと解され、当該場面では妥当な結論が図られうる)。
 しかしながら、両義務が同時履行であるならば、例えば不動産の廉価売却といった典型的な詐害行為を取り消す場合に、事実上、一旦、債務者が受領した代金を立替えて受益者に支払わなければ不動産が債務者に回復されないことにもなりかねない。回復財産から、立替えた反対給付の金額を回収できる保障はないから(当該反対給付の立替金債権に優先性が認められるか疑問であるし、仮に認められても回収が確実とはいいきれない)、詐害行為取消権の行使が著しく困難になってしまう。この場面での同時履行の抗弁権は、否定されなければならない。
 否認権とのバランスを考えるならば、受益者の反対給付に関する権利を被担保債権として、回復財産に、動産売買先取特権類似の特別の先取特権を認めるほかない。売買の解除や取消しの法律関係一般に、動産売買先取特権が準用されると解することはできないが(当該法律関係においては同時履行の抗弁権が認められ(民法546条参照)、当事者保護としてはそれで十分である)、詐害行為取消しの場面では、上記のとおり同時履行の抗弁権が認められるべきでなく、それに代わる受益者保護の必要性から動産売買先取特権の規定の準用を認めるほかないであろう。

現行法

(参考)破産法
(破産者の受けた反対給付に関する相手方の権利等)
第168条 第百六十条第一項若しくは第三項又は第百六十一条第一項に規定する行為が否認されたときは、相手方は、次の各号に掲げる区分に応じ、それぞれ当該各号に定める権利を行使することができる。
 一 破産者の受けた反対給付が破産財団中に現存する場合 当該反対給付の返還を請求する権利
 二 破産者の受けた反対給付が破産財団中に現存しない場合 財団債権者として反対給付の価額の償還を請求する権利
2 前項第二号の規定にかかわらず、同号に掲げる場合において、当該行為の当時、破産者が対価として取得した財産について隠匿等の処分をする意思を有し、かつ、相手方が破産者がその意思を有していたことを知っていたときは、相手方は、次の各号に掲げる区分に応じ、それぞれ当該各号に定める権利を行使することができる。
 一 破産者の受けた反対給付によって生じた利益の全部が破産財団中に現存する場合 財団債権者としてその現存利益の返還を請求する権利
 二 破産者の受けた反対給付によって生じた利益が破産財団中に現存しない場合 破産債権者として反対給付の価額の償還を請求する権利
 三 破産者の受けた反対給付によって生じた利益の一部が破産財団中に現存する場合 財団債権者としてその現存利益の返還を請求する権利及び破産債権者として反対給付と現存利益との差額の償還を請求する権利
3 前項の規定の適用については、当該行為の相手方が第百六十一条第二項各号に掲げる者のいずれかであるときは、その相手方は、当該行為の当時、破産者が前項の隠匿等の処分をする意思を有していたことを知っていたものと推定する。
4 破産管財人は、第百六十条第一項若しくは第三項又は第百六十一条第一項に規定する行為を否認しようとするときは、前条第一項の規定により破産財団に復すべき財産の返還に代えて、相手方に対し、当該財産の価額から前三項の規定により財団債権となる額(第一項第一号に掲げる場合にあっては、破産者の受けた反対給付の価額)を控除した額の償還を請求することができる。

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