第23 弁済
預貯金口座への振込みによる弁済について、次のような規律を設けるものとする。
金銭の給付を目的とする債務について債権者の預金又は貯金の口座に対する払込みによってする弁済は、払い込んだ金銭の額について、債権者がその預金又は貯金に係る債権の債務者に対して払戻しを請求する権利を取得した時に、その効力を生ずる。
6 弁済の方法(民法第483条から第487条まで関係)
(4) 債権者の預金口座に金銭を振り込む方法によって債務を履行するときは,債権者の預金口座において当該振込額の入金が記録される時に,弁済の効力が生ずるものとする。
(注)上記(4)については,規定を設けない(解釈に委ねる)という考え方がある。
本文(4)は,債権者の預金口座への振込みによって金銭債務の履行をすることが許容されている場合に,振込みがされたときは,その弁済の効力は入金記帳時に生ずるとするものである。金銭債務の履行の多くが預金口座への振込みによってされる実態を踏まえて,その基本的なルールを明らかにすることを意図するものである。もっとも,このような規定を設ける必要性がないという考え方があり,これを(注)で取り上げている。
要綱仮案(4)は、債権者の預金口座への振込みによってする弁済について、その効力が生じる時期を明らかにするものである。払い込んだ金銭の額について、債権者がその預金又は貯金に係る債権の債務者に対して払戻しを請求する権利を取得した時を振込みによる弁済の効力発生時期としている。この「権利を取得した時」の具体的内容については、解釈に委ねるものであり、銀行等の取引の実情に応じて定まることとなる。この規律によれば、銀行の過誤によって債権者の預貯金口座に振り込まれなかった場合には、債権者が預金債権を取得することはないため、弁済の効力は生じないこととなる(部会資料80-3、25頁)。
どのような場合に預貯金口座への振込みによって弁済をすることができるかという点については、引続き解釈に委ねられる(部会資料83-2、29頁)。
@ 【小切手は取立てがなされないと預金は成立しない】最高裁昭和46年7月1日判決・判時644号85頁
当座預金の不足により不渡り処分を受けた者が,銀行を相手に損害賠償等を請求した事件。当座預金には他行小切手による入金がなされていたが,取立てはなされていなかった。
他行小切手による当座預金への入金は,当該小切手の取立委任と取立完了を停止条件とする当座預金契約であるから,金融機関は,他行取立完了前には小切手の金額に見合う当座支払の義務を負わない。
A 【手形が不渡りとなれば預金は成立しない】最高裁平成3年11月19日判決・民集45巻8号1209号
A銀行に約束手形の取立てを依頼したBに対して,A銀行が,当該手形が不渡りとなった事実を誤解して誤って手形相当額1700万円の預金を払い出した。A銀行からBに対する不当利得返還請求訴訟。
約束手形が不渡りとなりその取立金相当額の普通預金への寄託はなかったのであるから,A銀行に対する不当利得返還請求が成立する。
B 【預金を受け入れる権限を有する者が預金とする趣旨で顧客から金員を受領した時点において預金契約が成立する,とされた事例】最高裁昭和58年1月25日判決・金法1034号41頁
A銀行の支店長Cは,Bから定期預金とするため金銭を預かったが,大半を着服した。第一審・原審ともに,金融機関を代理して預金を受け入れる権限を有する者が預金とする趣旨で顧客から金員を受領した時点において預金契約が成立すると判断した。これに対する上告審判決である。
所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係及びその説示に照らし正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。
C 【振込の原因となる法律行為が不存在であっても,預金契約は成立する】最高裁平成8年4月26日判決・民集50巻5号1267頁
Cが,D銀行E(鞄健C)名義口座に振り込みつもりで,A銀行B(従前取引関係のあった会社で,鞄ァ信)名義口座に550万円を振り込んだところ,Bの債権者がA銀行B名義預金を差し押さえた。
振込依頼人から受取人Bの普通預金口座に振込みがあったときは,振込依頼人と受取人Bとの間に振込みの原因となる法律関係が存在するか否かにかかわらず,受取人Bと銀行Aとの間の普通預金契約が成立し,受取人BはA銀行に対して金額相当額の普通預金債権を取得する。なぜなら,普通預金規定には振込みがあった場合にはこれを預金口座に受け入れるという趣旨の定めがあるだけで,受取人と銀行との間の普通預金契約の成否を振込依頼人と受取人との間の振込みの原因となる法律関係の有無に係らせていることを窺わせる定めはなく,仲介に当たる銀行が資金の移動の原因となる法律関係の存否,内容を関知することなくこれを遂行する仕組みが採られているからである。
D 【振込の原因となる法律行為が不存在であっても,預金契約は成立し,預金者は払戻請求権を有する】最高裁平成20年10月10日判決・民集62巻9号2361頁
BのA銀行に対する普通預金通帳αとBの夫B´のC銀行に対する定期預金通帳βが盗まれ,窃盗犯人によって,βが解約され解約金1000万円がαに入金され,犯人は,αから1000万円を引き出した。BがA銀行に対して,βの入金額1000万円の支払いを求めたところ,A銀行は,たとえA銀行に過失があっても,1000万円はB´に返還すべきであるとして,Bからの請求は権利濫用であるとして争った。
振込依頼人から受取人として指定された者の銀行の普通預金口座に振込みがあったときは,振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在するか否かにかかわらず,受取人と銀行との間に振込金額相当の普通預金契約が成立し,受取人において銀行に対し上記金額相当の普通預金債権を取得するものと解するのが相当であり,上記法律関係が存在しないために受取人が振込依頼人に対して不当利得返還義務を負う場合であっても,受取人が普通預金債権を有する以上,その行使が不当利得返還義務の履行手段としてのものなどに限定される理由はないというべきである。そうすると,受取人の普通預金口座への振込みを依頼した振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在しない場合において,受取人が当該振込みに係る預金の払戻しを請求することについては,払戻しを受けることが当該振込みに係る金員を不正に取得するための行為であって,詐欺罪等の犯行の一環を成す場合であるなど,これを認めることが著しく正義に反するような特段の事情があるときは,権利の濫用に当たるとしても,受取人が振込依頼人に対して不当利得返還義務を負担しているというだけでは,権利の濫用に当たるということはできないものというべきである。
E 【仕向銀行の責任を否定した事例】最高裁平成6年1月20日判決・金法1383号37頁
昭和58年,BがA銀行に対して,C銀行のD名義預金に対して500万円を振り込むように依頼したが,口座番号を記載していなかったため,C銀行において,E株式会社代表者D名義口座があったため,Dに確認してその口座に入金した。BはA銀行に対して,振込依頼契約を解除した。
A銀行は,Bの依頼どおりに送金の通知をしたが,Bが口座番号を明示していなかったため,Cは,名義人がDであること以外に振込先口座を特定する手掛かりがなかったことから,D本人の指示に従ってE株式会社名義の口座に入金したものである。このような場合,A銀行は,その履行すべき義務を尽くしたものというべきであって,振込依頼人から責任を追及されるいわれはない。
F 【銀行の自己宛て小切手は支払が確実なものとして現金同様に取り扱われているので,履行の提供となる】最高裁昭和37年9月21日判決・民集16巻9号2041頁
AがBに売却した不動産について,AからBに対して,1月6日までに売買代金170万円を持参するように催告がなされたが,当日,Bが現金のほかに,協和銀行大阪支店振出の自己宛て小切手90万円を持参した。Aは売買代金は200万円である等として,これを受け取らなかった。
このような小切手は取引界において通常支払が確実なものとして現金同様に取り扱われているから,特段の事情がない限り,履行の提供と認められる。