債権法改正 要綱仮案 情報整理

第24 相殺

2 不法行為債権等を受働債権とする相殺の禁止(民法第509条関係)

 民法第509条の規律を次のように改めるものとする。
 次に掲げる債務の債務者は、相殺をもって債権者に対抗することができない。ただし、その債権者がその債務に係る債権を他人から取得したものであるときは、この限りでない。
(1) 悪意による不法行為に基づく損害賠償に係る債務
(2) 人の生命又は身体の侵害に基づく損害賠償に係る債務((1)に該当するものを除く。)

中間試案

3 不法行為債権を受働債権とする相殺の禁止(民法第509条関係)
  民法第509条の規律を改め,次に掲げる債権の債務者は,相殺をもって債権者に対抗することができないものとする。
 (1) 債務者が債権者に対して損害を与える意図で加えた不法行為に基づく損害賠償債権
 (2) 債務者が債権者に対して損害を与える意図で債務を履行しなかったことに基づく損害賠償債権
 (3) 生命又は身体の侵害があったことに基づく損害賠償債権

(概要)

 民法第509条については,現実の給付を得させることによる被害者の保護と不法行為の誘発の防止にあるという規定の趣旨からしても,相殺禁止の範囲が広すぎると批判されており,簡易な決済という相殺の利点を活かす観点から,相殺禁止の対象を同条の趣旨を実現するために必要な範囲に制限するものである。また,同条は,不法行為によって生じた債権を受働債権とする相殺のみを禁止しているが,同条の趣旨は債務不履行によって生じた債権にも妥当する場合があると指摘されている。この指摘を踏まえて,規律の合理化を図るものである。

赫メモ

 要綱仮案(1)は、民法509条の文言について、同条の趣旨に照らして相殺の禁止の範囲が広すぎるという批判があることを考慮し、不法行為をした加害者は相殺による保護を受けるに値しないという趣旨や不法行為の誘発防止という趣旨から、積極的に他人を害する意思をもって不法行為をした場合における損害賠償請求権のみを相殺禁止とすれば足りるとの考え方により、民法509条の相殺禁止の範囲を限定するものである。
 もっとも、人の生命又は身体の侵害による不法行為に基づく損害賠償請求権については、相殺を禁止することによって、現実に給付を受けさせる必要性が高いと考えられることから、要綱仮案(2)において現状を維持し、相殺を禁止することとしている。また、人の生命又は身体の侵害による債務不履行に基づく損害賠償請求権についても、同様に相殺を禁止する必要性があると言えるので、要綱仮案(2)では、これが相殺禁止の対象に含まれることを明らかにしている(部会資料80-3、29頁)。
 なお、中間試案では「債務者が債権者に対してした」という限定が付されていたが、工作物責任(民法717条)の損害賠償債務が相殺禁止の対象にならなくなって不当であるとの指摘を受け、削除するとともに、ただし書を付加した(部会資料83-2、33頁)。

現行法

(不法行為により生じた債権を受働債権とする相殺の禁止)
第509条 債務が不法行為によって生じたときは、その債務者は、相殺をもって債権者に対抗することができない。

斉藤芳朗弁護士判例早分かり

 (A=受働債権の債務者,相殺を主張する当事者,B=受働債権の債権者)
@ 【民法509条は,不法行為による損害賠償請求権の債務者による相殺を一切許さない趣旨である】大審院昭和3年10月13日判決・民集7巻780頁
  AはBを雇用していたところ,Bが60円を横領した。また,AB間で口論となりAがBを殴打した。
  民法509条は,不法行為によって生じた債務を負担する者をしてその債権者に対して有する反対債権のいかんにかかわらず一切相殺をすることができないものとする趣旨であるから,反対債権が不法行為によって生じた場合であっても,相殺をもって対抗することは禁止される。

A 【民法509条は,不法行為の被害者に現実の弁済によって損害のてん補を受けせるとともに,不法行為の誘発防止を目的とする】最高裁昭和42年11月30日判決・民集21巻9号2477頁
  Aは借地上の建物αをBに賃貸していたところ,Bの債務不履行により賃貸借契約が解除されたが,Bはそのままαに居座った。BはAに対して売買契約解除にともなう代金返還請求権を有していた。Aが売買代金返還請求権を受働債権,賃料相当損害金債権を自働債権として相殺した。
  民法509条は,不法行為の被害者をして現実の弁済により損害のてん補をうけさせるとともに,不法行為の誘発を防止することを目的とするものであるから,不法行爲に基づく損害賠償債権を自働債権とし不法行爲による損害賠償債権以外の債権を受働債権として相殺をすることまでも禁止する趣旨ではない。

B 【同一の事故によって生じた物損であっても相殺は許されない】最高裁昭和49年6月28日判決・民集28巻5号666頁
  ABの各被用者の過失によって発生した自働車事故によって,AはBに対して27万円,BはAに対して5万円の損害賠償請求権を取得した(いずれも物損)。Aが対当額にて相殺する意思表示をした。
  民法509条の趣旨は,不法行為の加害者に現実の弁済によって損害のてん補を受けさせることなどにあるから,およそ不法行為による損害賠償債務を負担している者は,被害者に対する不法行為による損害賠償債権を有している場合であっても,相殺により債務を免れることは許されない。本件のように双方の被用者の過失に基因する同一の交通事故によって生じた物的損害に基づく損害賠償債権相互間においても,民法509条の規定により相殺は許されない。

C 【(故意の)不法行為として評価できる損害賠償債務についても,相殺禁止の趣旨は妥当する】東京地裁昭和39年9月17日判決・下民集15巻9号2208頁
  賃借人Aが賃貸人に返還すべき不動産を第三者に売却したため,BがAに対して損害賠償請求をしたところ,Aは第三者から譲り受けたBに対する債権との相殺を主張した。
  Bが請求しているのは債務不履行による損害賠償であるけれども,その債務不履行を構成する事実は,Bに返還し得べきであつた土地建物を故意に第三者に売却したというAの行為であり,これは又同時に不法行為としても評価し得べく,かかる場合不法行為による損害賠償請求権につき現実の満足を得させることを目的とする相殺禁止の趣旨は債務不履行による損害賠償請求権についても妥当すると解する。