債権法改正 要綱仮案 情報整理

第24 相殺

3 支払の差止めを受けた債権を受働債権とする相殺(民法第511条関係)

 民法第511条の規律を次のように改めるものとする。
(1) 差押えを受けた債権の第三債務者は、差押え後に取得した債権による相殺をもって差押債権者に対抗することはできないが、差押え前に取得した債権による相殺をもって対抗することができる。
(2) (1)の規定にかかわらず、(1)の差押え後に取得した債権が差押え前の原因に基づいて生じたものであるときは、第三債務者は、当該債権による相殺をもって差押債権者に対抗することができる。ただし、差押え後に他人の債権を取得したものであるときは、この限りでない。

中間試案

4 支払の差止めを受けた債権を受働債権とする相殺(民法第511条関係)
  民法第511条の規律を次のように改めるものとする。
 (1) 債権の差押えがあった場合であっても,第三債務者は,差押えの前に生じた原因に基づいて取得した債権による相殺をもって差押債権者に対抗することができるものとする。
 (2) 第三債務者が取得した上記(1)の債権が差押え後に他人から取得したものである場合には,これによる相殺は,差押債権者に対抗することができないものとする。

(概要)

 差し押さえられた債権を自働債権としてする相殺については,差押え時に相殺適状にある必要はなく,自働債権と受働債権の弁済期の先後を問わず,相殺を対抗することができるという見解(無制限説)を採る判例法理(最大判昭和45年6月24日民集24巻6号587頁)を明文化するものである。
 また,破産手続開始の決定前に発生原因が存在する債権であれば,これを自働債権とする相殺をすることができるとする判例(最判平成24年5月28日判時2156号46頁)を踏まえ,本文(1)では,差押え時に具体的に発生していない債権を自働債権とする相殺についても相殺の期待を保護することとしている。受働債権が差し押さえられた場合における相殺の範囲は,債権者平等がより強く要請される破産手続開始の決定後に認められる相殺の範囲よりも狭くないという解釈を条文上明らかにするものである。なお,差押え後に他人の債権を取得した場合には,これによって本文(1)の要件を形式的に充足するとしても,差押え時に保護すべき相殺の期待が存しないという点に異論は見られないので,この場合に相殺することができないことを本文(2)で明らかにしている。

赫メモ

 規律の趣旨は、中間試案概要と同じである。

【コメント】
 差押えを受けた場合の相殺制限の範囲と債権譲渡がなされた場合の相殺制限の範囲に差異があることが疑問であることについて、要綱仮案第19、4(2)のコメント、参照。

現行法

(支払の差止めを受けた債権を受働債権とする相殺の禁止)
第511条 支払の差止めを受けた第三債務者は、その後に取得した債権による相殺をもって差押債権者に対抗することができない。

斉藤芳朗弁護士判例早分かり

 (A=受働債権の債務者,相殺を主張する当事者,B=受働債権の債権者)
@ 【相殺に関して無制限説を採用した判決】最高裁昭和45年6月24日判決・民集24巻6号587頁
  昭和33年9月,B(事業会社)がA(銀行)に対して有する定期預金等600万円をCが差し押さえた。Aは,Bに対して,昭和33年9月,予備的に訴訟中の昭和35年3月に,手形貸付400万円と相殺する旨の意思表示をした。手形貸金の弁済期は,昭和33年7月から34年4月までの各月末である。
  相殺権を行使する債権者の立場からすれば,受働債権にあたかも担保権を有するに似た地位が与えられるという機能を営む。この制度によって保護される当事者の地位は,できるかぎり尊重すべきであり,当事者の一方の債権について差押が行なわれた場合においても,たやすくこれを否定すべきではない。差押がなされたとしても,第三債務者としては,債務者に対するあらゆる抗弁をもって差押債権者に対抗することができる。第三債務者は,自働債権が差押後に取得されたものでない限り,自働債権,受働債権の弁済期の前後を問わず,相殺適状に達しさえすれば,相殺をなしうる。
  AB間の継続的取引の約定書には,期限の利益喪失約款及び相殺されても異議がない旨の条項が存在するが,この合意は契約自由の原則上有効である。
  判例解説(「昭和45年判解50事件」474頁以下)には「実際の取引において,相対立する債務が同一の弁済期にあることはむしろ異例である。相殺は,互いに弁済期を異にする債権が共に弁済期を経過したときに利用される制度であって,その前提として,弁済期が到来しても一方が直ちに債権の回収をしない状態が想定されている。相手方が自己に対して債権を有していることが自己の債権の引き当てにされている場合が多く,弁済期が若干前後することなどはあまり気にとめないで取引がなされているのではないか。弁済期の前後で分けるという考え方であるが,受働債権を差し押さえた債権者が取立てを怠っていて自働債権の弁済期が到来した場合,受働債権の存在に疑義があり争っている間に自働債権の弁済期が到来した場合,わずかの差であり所用や記憶違いのために双方弁済期が到来した場合にも,差押という一事によってもはや自働債権の弁済期が後の第三債務者が相殺できないというのはおかしい」との記載がある。

A 【手形の買戻請求権は仮差押決定が第三債務者に送達される前に,第三債務者が取得していたのであるから,これを自働債権とする相殺は有効である】最高裁昭和51年11月25日判決・民集30巻10号939頁
  Bは,A(金融機関)との間で銀行取引約定に基づき手形の割引を受けていたところ,Bの債権者Cが,昭和43年6月,BのAに対する預託金返還請求権(弁済期9月)について仮差押えした。AはBに対する手形買戻請求権を自働債権として相殺した。
  債務者の期限の利益喪失の事由とすることが許容される一定の客観的事情が割引依頼人について生じた場合には,割引依頼人が割引を受けた全部の手形につき,銀行からなんらの通知催告がなくても当然に割引手形買戻請求権が発生し,割引依頼人は買戻債務を直ちに弁済しなければならない旨の銀行取引約定が,割引依頼人の銀行に対する預託金返還請求権につき仮差押をしたうえ差押・転付命令を得た債権者に対する関係でも,原則として有効であることは,当裁判所の判例の趣旨に徴しても明らかであり,手形買戻請求権は,仮差押決定がAに送達されてその効力を生ずる以前に,Aの取得するところとなっていたものというべき であるから,これを自働債権として,仮差押ののちにした本件相殺は有効である。

B 【破産手続開始決定前に,破産者の委託を受けて保証人となった者は,破産手続開始決定後に求償権を取得した場合であっても,この破産債権を自働債権として相殺することができる】【破産手続開始決定前に,破産者の委託を受けないで保証人となった者は,破産手続開始決定後に求償権を取得した場合であっても,この破産債権を自働債権として相殺することはできない】最高裁平成24年5月28日判決・民集66巻7号3123頁
  Bは,Aからの委託なく,Aが第三者に負担する債務を保証していたところ,Aに対して破産手続開始決定がなされた後に,Aが第三者に代位弁済した。Bは,Aに対する求償権βとAのBに対する預金債権αを相殺した。
  相殺は,互いに同種の債権を有する当事者間において,相対立する債権債務を簡易な方法によって決済し,もって両者の債権関係を円滑かつ公平に処理することを目的とする合理的な制度であって,相殺権を行使する債権者の立場からすれば,債務者の資力が不十分な場合においても,自己の債権について確実かつ十分な弁済を受けたと同様の利益を得ることができる点において,受働債権につきあたかも担保権を有するにも似た機能を営むものである(最判昭和45年6月24日判決)。上記のような相殺の担保的機能に対する破産債権者の期待を保護することは,通常,破産債権についての債権者間の公平・平等な扱いを基本原則とする破産制度の趣旨に反するものではないことから,破産法67条は,原則として,破産手続開始時において破産者に対して債務を負担する破産債権者による相殺を認め,同破産債権者が破産手続によることなく一般の破産債権者に優先して債権の回収を図り得ることとし,この点において,相殺権を別除権と同様に取り扱うこととしたものと解される。破産者に対して債務を負担する者が,破産手続開始前に債務者である破産者の委託を受けて保証契約を締結し,同手続開始後に弁済をして求償権を取得した場合には,この求償権を自働債権とする相殺は,破産債権についての債権者の公平・平等な扱いを基本原則とする破産手続の下においても,他の破産債権者が容認すべきものであり,同相殺に対する期待は,破産法67条によって保護される合理的なものである。
  無委託保証人が破産者の破産手続開始前に締結した保証契約に基づき手続開始後に弁済をして求償権を取得した場合についてみると,この求償権を自働債権とする相殺を認めることは,破産者の意思や法定の原因とは無関係に破産手続において優先的に取り扱われる債権が作出されることを認めるに等しいものということができ,この場合における相殺に対する期待を,委託を受けて保証契約を締結した場合と同様に解することは困難というべきである。
  そして,無委託保証人が上記の求償権を自働債権としてする相殺は,破産手続開始後に,破産者の意思に基づくことなく破産手続上破産債権を行使する者が入れ替わった結果相殺適状が生ずる点において,破産者に対して債務を負担する者が,破産手続開始後に他人の債権を譲り受けて相殺適状を作出した上同債権を自働債権としてする相殺に類似し,破産債権についての債権者の公平・平等な扱いを基本原則とする破産手続上許容し難い点において,破産法72条1項1号が禁ずる相殺と異なるところはない。そうすると,無委託保証人が主たる債務者の破産手続開始前に締結した保証契約に基づき同手続開始後に弁済をした場合において,保証人が取得する求償権を自働債権とし,主たる債務者である破産者が保証人に対して有する債権を受働債権とする相殺は,破産法72条1項1号の類推適用により許されないと解するのが相当である。
C 【相殺が認められるためには,自働債権が差押の時点で発生していることを要し,差押の時点で自働債権の発生原因があるだけでは足りない】東京地裁昭和58年9月26日判決・金法1042号138頁
  AのB(銀行)に対する定期預金債権αをC(国税)が差し押さえた。AB間では,Bが保証債務を履行した場合にAが求償に応じる旨の合意があったが,Bが保証債務を履行したのは差押後であった。Bは求償権βとの相殺を主張した。
  受働債権に対する差押債権者にすると,その自動債権の存在及び内容は,多くの場合これを知ることがないことも明らかであるところ,相殺の能否は,相殺権者と差押債権者とをめぐる受働債権の帰属という課題に帰すべく,この帰属の判定基準は,両者の利害を配分的に調整し,各権利行使についての期待と備えとに即応するものであると共に,基準の一般的属性及び法律関係の安定から,明確かつ合理的なものであることを要する。以上の見地からすると,相殺をなし得るには,差押がなされた時点において自働債権が発生していることを要し,単に自働債権発生の原因たる法律関係が発生しているだけでは足りないと解するのが相当である。このことは,民法511条の条文からも裏づけられ,また実質的に考えてみて,AB間においては,自働債権αの発生要件及び発生時期について特約を自由に締結することができ(わけても相殺権者が委託を受けた保証人であるときは,特約の締結は容易であろう),この特約は差押債権者に対し原則としてそのまま効力を有するのであるから,Bにおいてこのような事態にも備えた特約によって十分自己の権利を確保することが可能であるからである。本件は,委託を受けた連帯保証人であるAが自働債権の用に供した債権は,債権者への弁済によって発生したものであって,本件差押に後発するものにすぎないことが明らかであり,先行する差押に優先するが如き特約は認められないから,その相殺をもって差押債権者であるCに対抗できない。