債権法改正 要綱仮案 情報整理

第19 債権譲渡

4 債権譲渡と債務者の抗弁(民法第468条関係)
(2) 債権譲渡と相殺

 債権譲渡と相殺について、次のような規律を設けるものとする。
ア 民法第467条第1項の規定による通知又は承諾がされたときは、債務者は、その通知を受け、又はその承諾をした時(以下この(2)において「権利行使要件具備時」という。)より前に取得した譲渡人に対する債権による相殺をもって譲受人に対抗することができる。
イ 債務者が権利行使要件具備時より後に取得した譲渡人に対する債権であっても、その債権が次に掲げるいずれかに該当するものであるときは、アと同様とする。ただし、権利行使要件具備時より後に他人の債権を取得したものであるときは、この限りでない。
 (ア) 権利行使要件具備時より前の原因に基づいて生じた債権
 (イ) (ア)に規定するもののほか、譲受人の取得する債権を生ずる原因である契約に基づいて生じた債権

中間試案

3 債権譲渡と債務者の抗弁(民法第468条関係)
 (2) 債権譲渡と相殺の抗弁
  ア 債権の譲渡があった場合に,譲渡人に対して有する反対債権が次に掲げるいずれかに該当するものであるときは,債務者は,当該債権による相殺をもって譲受人に対抗することができるものとする。
   (ア) 権利行使要件の具備前に生じた原因に基づいて債務者が取得した債権
   (イ) 将来発生する債権が譲渡された場合において,権利行使要件の具備後に生じた原因に基づいて債務者が取得した債権であって,その原因が譲受人の取得する債権を発生させる契約と同一の契約であるもの
  イ 上記アにかかわらず,債務者は,権利行使要件の具備後に他人から取得した債権による相殺をもって譲受人に対抗することはできないものとする。

(概要)

 債権譲渡がされた場合に債務者が譲受人に対して主張することができる相殺の抗弁の範囲について,ルールの明確化を図るために,新たに規定を設けるものである。ここでは,まず,権利行使要件の具備時に相殺適状にある必要はなく,自働債権と受働債権の弁済期の先後を問わず,相殺の抗弁を対抗することができるという見解(無制限説)を採用することとしている(最判昭和50年12月8日民集29巻11号1864頁参照)。なお,権利行使要件の具備時を基準時としているのは,民法第468条第2項の規律内容を実質的に維持すること(前記(1)ア参照)を前提とするものである。
 本文アは,以上に加えて,@権利行使要件の具備時に債権の発生原因が既に存在していた場合について,当該発生原因に基づき発生した債権を自働債権とする相殺を可能とするとともに,A権利行使要件の具備時に債権の発生原因が存在していない場合でも,譲渡された債権と同一の契約から発生する債権を自働債権とする相殺を可能とするものである。
 @は,権利行使要件の具備時に債権が未発生であっても,発生原因が存在する債権を反対債権とする相殺については,相殺の期待が保護に値すると考えられることに基づくものであり,法定相殺と差押え(後記第23,4)と同趣旨である。また,Aは,将来債権が譲渡された場合については,譲渡後も譲渡人と債務者との間における取引が継続することが想定されるので,法定相殺と差押えの場合よりも相殺の期待を広く保護する必要性が高いという考慮に基づき,相殺の抗弁を対抗することができるとするものである。
 本文イは,本文アの要件に該当する債権であっても,権利行使要件の具備後に他人から取得した債権によって相殺することができないとするものである。この場合には権利行使要件具備時に債務者に相殺の期待がないのだから,相殺を認める必要がないと考えられるからである。

赫メモ

 規律の趣旨は、中間試案概要のとおりである。

【コメント】
 要綱仮案では、差押えがあった場合の第三債務者の相殺可能自働債権の範囲よりも、債権譲渡があった場合の債務者のそれが広くなっている(要綱仮案第24、3参照)。「譲受人の取得する債権を生ずる原因である契約に基づいて生じた債権」の部分である。しかしこのような差をわざわざ設ける必要があったか、疑問といわざるを得ない。賃料債権が将来にわたって差し押さえられたが、差押え後の原因に基づき必要費償還請求権が発生した場合などを想定すると、むしろ差押えの場合にも同様に規律を設けたほうが妥当であったし、かかる場面を解釈で対応するのであれば、債権譲渡の場面も解釈に委ねられるべきであった(要綱仮案4(2)は、将来債権譲渡担保の設定直後に債務者権利行使要件を具備する実務慣行(実行時までは担保権設定者(譲渡人)に取立権を認めることも債務者に通知する)が確立される可能性を開くための規律であるとも説明されるが、そのような実務的ニーズもないし、かかる可能性を開くことが、わざわざ債権譲渡と差押えの規律を違える十分な根拠になり得るとはいいがたい。審議過程において、上記の例で、差押え後の原因に基づく必要費償還請求権であっても、要綱仮案イ(ア)に該当するという考え方もあり、要綱仮案イ(イ)の適用範囲についても見解の一致は見られておらず、規律がさらに不透明になったように思われる)。

現行法

(指名債権の譲渡における債務者の抗弁)
第468条 債務者が異議をとどめないで前条の承諾をしたときは、譲渡人に対抗することができた事由があっても、これをもって譲受人に対抗することができない。この場合において、債務者がその債務を消滅させるために譲渡人に払い渡したものがあるときはこれを取り戻し、譲渡人に対して負担した債務があるときはこれを成立しないものとみなすことができる。
2 譲渡人が譲渡の通知をしたにとどまるときは、債務者は、その通知を受けるまでに譲渡人に対して生じた事由をもって譲受人に対抗することができる。

斉藤芳朗弁護士判例早分かり

@ 【譲渡通知を受けた時点において債務者が反対債権を有する場合で,判示されたような事実関係があるときは,債務者は弁済期のいかんを問わず相殺を主張することができる】最高裁昭和50年12月8日判決・民集29巻11号1864頁
  AがBに対して有する機械の売買代金債権260万円(弁済期昭和42年12月)を,昭和42年9月,AはAの取締役であるCに対して譲渡した(BがAに対して支払いのため交付した手形について,Cがこれを紛失したために,CがAに弁償し,代わりに債権譲渡を受けた)。BはAに対して手形債権を有していたが,Aが昭和43年1月に倒産したため,手形債権の弁済期は昭和43年1月となった。Bは7月に相殺の意思表示をした。
  債権が譲渡され,その債務者が譲渡通知を受けたにとどまり,かつ,通知を受ける前に譲渡人に対して反対債権を取得していた場合において,譲受人が譲渡人である会社の取締役である等の判示の事実関係があるときには,被譲渡債権及び反対債権の弁済期の前後を問わず,両者の弁済期が到来すれば,被譲渡債権の債務者は,両債権を相殺することができる。
  判例解説(「昭和50年判解61事件」648頁,658頁)には,「民法468条2項の事由に相殺が含まれていること,自働債権が債権譲渡通知前に取得されていることが必要であること,この2点については異論なく,問題となるのは,自働債権と受働債権が債権譲渡通知の際にどのような状態にあることを要するかである」「債権譲渡といってもその態様はさまざまで譲受人を強く保護すべき場合とそれほど保護に値しない場合があり,債権譲渡と相殺との関係といった抽象的議論をすべきではない。本件で,CとBのいずれを保護すべきかにあたっての利益考慮においての主観的態様を無視すべきではない(本件では,CはAの取締役であり反対債権の存在を知っていたか容易に知りえた)。Aが倒産してAの取締役であるCが有する債権を全額回収することは不公平である。債権譲渡と相殺に関する事案であっても,本件と別異の事実関係の事件については,本判決は先例としての意義を有するものではない」との記載がある。

A 【家賃と建設協力金との相殺合意が新賃貸人に対しても主張できるとされた事例】仙台高裁平成25年2月13日判決・金判1428号48頁
  AがBに対して有する家賃支払請求権αとBがAに対して有する建設協力金返還請求権βを相互に相殺する合意がなされていたが,Aは賃貸物件をCに譲渡した。
  相殺契約は,実質的には賃料の金額ないし支払方法に関して賃貸借と同時にされた合意の性格を有し,賃貸借契約書に一条項として記載されて賃貸借と一体となってその内容になっているというべきである。したがって,賃貸人の地位を承継したCに対しても当然に効力を有し,Cは,相殺契約により制約された賃料債権を取得したものというべきであって,Bは,Cが賃貸人の地位を承継した後の賃料についても相殺契約に基づく相殺を主張することができる。