債権法改正 要綱仮案 情報整理

第27 契約の成立

3 承諾の期間の定めのない申込み(民法第524条関係)

 民法第524条の規律を次のように改めるものとする。
 承諾の期間を定めないでした申込みは、申込者が承諾の通知を受けるのに相当な期間を経過するまでは、撤回することができない。ただし、申込者が撤回をする権利を留保したときは、この限りでない。

中間試案

3 承諾の期間の定めのない申込み(民法第524条関係)
  民法第524条の規律を次のように改めるものとする。
 (1) 承諾の期間を定めないでした申込みは,申込者が承諾の通知を受けるのに相当な期間を経過するまでは,撤回することができないものとする。ただし,申込者が反対の意思を表示したときは,その期間内であっても撤回することができるものとする。
 (2) 上記(1)の申込みは,申込みの相手方が承諾することはないと合理的に考えられる期間が経過したときは,効力を失うものとする。

(注)民法第524条の規律を維持するという考え方がある。

(概要)

 本文(1)は,民法第524条の規律を維持しつつ,その適用対象を隔地者以外に拡大するとともに,前記2(1)と同様の趣旨から,申込者の意思表示によって撤回をする権利を留保することができる旨の規律を付け加えるものである。同条の趣旨は,申込みを承諾するか否かを決めるために費用を投じた相手方が,申込みの撤回によって損失を被ることを防止するところにある。隔地者とは,通説的な見解によれば,意思表示の発信から到達までに時間的な隔たりがある者をいうが,同条の趣旨は,このような時間的な隔たりの有無に関わらず当てはまると考えられる。そこで,本文(1)では,隔地者に限定せずに同条を適用することとしている。他方,このように同条の規律を改めると,労働者の側から労働契約を合意解約する旨の申込みをした場合について,撤回を認めてきた裁判例の考え方に影響を与えるおそれがあることを指摘して,同条の規律を維持すべきであるとする考え方があり,これを(注)で取り上げている。
 本文(2)は,承諾期間の定めのない申込みについて,承諾適格(承諾があれば契約が成立するという申込みの効力)の存続期間を新たに定めるものである。申込み後に,もはや相手方が承諾することはないと申込者が考えるのももっともであると言える程度に時間が経過すれば,その信頼は保護すべきと考えられるからである。なお,承諾適格の存続期間は,基本的に,申込みの撤回が許されない期間を定める民法第524条の「承諾の通知を受けるのに相当な期間」よりも長くなると考えられる。申込者は承諾期間の定めをしなかったのであるから,その撤回が許されない期間を過ぎた後であっても承諾者の側から承諾の意思表示をすることは妨げられないと考えられるからである。

赫メモ

 規律の趣旨は、中間試案(1)に関する中間試案概要のとおりである。なお、申込みの承諾適格の存続期間に関する中間試案(2)の規律については、申込みの承諾適格の存続期間について時的限界を認めること自体は広く支持されているとの認識のもと、適切な判断基準を示すのが困難である等の理由で、規定を設けることが見送られた(部会資料67A、56頁)。

現行法

(承諾の期間の定めのない申込み)
第524条 承諾の期間を定めないで隔地者に対してした申込みは、申込者が承諾の通知を受けるのに相当な期間を経過するまでは、撤回することができない。

斉藤芳朗弁護士判例早分かり

@ 【退職の申込みの意思表示は承諾がなされるまでは撤回できる】最高裁昭和34年6月26日判決・民集13巻6号846頁
  Aは,3月20日付で3月31日をもって公立小学校の教諭を退職する旨の辞表を提出したが,免職の辞令を交付する前である3月26日に,これを撤回した。
  退職願の提出者に対し免職辞令の交付があり免職処分が提出者に対する関係で有効に成立する前においては,退職願は,それ自体で独立に法的意義を有する行為ではないから,これを撤回することは原則として自由である。

@-2 【雇用契約の合意解約の申入れは,被用者は自由に撤回することができる,とされた事例】名古屋高裁昭和56年11月30日判決・判時1045号130頁 →Aの原審
  Aは,9月28日に辞表をBの人事部長であるB´宛てに提出し,B´はこれを受領したが,Aは翌29日にこれを撤回した。
  一般に雇用契約の合意解約の申入れは,雇用契約終了の合意(契約)に対する申込みとしての意義を有するのであるが,これに対して使用者が承諾の意思表示をし,雇傭契約終了の効果が発生するまでは,使用者に不測の損害を与える等信義に反すると認められるような特段の事情がない限り,被用者は自由にこれを撤回することができるものと解するのが相当である。なぜなら,民法521条以下において契約の申込みに対し一定の拘束力を認めているが,右の規定はこれから新しく契約を締結しようとする申込みの場合に典型的に機能するのであって,これまで継続的に存続してきた雇傭関係を終了させようとする合意についての申込みの場合とは同列に論ずることができないのみならず,被用者からなされた雇用契約合意解約の申入れの場合には,一時的な衝動から不用意になされることも往々にしてあることを考えると,雇傭契約を従前どおり存続させる趣旨での合意解約申入れの撤回は原則として自由にこれを許し,一方これから生ずる不正義信義に反すると認められる特段の事情が存する場合に,一定の制限を加えることにより回避することができると解せられるからである。

A 【退職の申込みに対して退職承認の決定権者がこれを受領すればその後は撤回できない】最高裁昭和62年9月18日判決・労判504号6頁
  Aは,9月28日に辞表をBの人事部長であるB´宛てに提出し,B´はこれを受領したが,Aは翌29日にこれを撤回した。
  B´にAの退職願に対する退職承認の決定権があるならば,B´がAの退職願を受理したことをもって本件雇用契約の解約申込に対するBの即時承諾の意思表示がされたものというべく,これによって雇用契約の合意解約が成立したものと解するのがむしろ当然である。以上と異なる前提のもとに,B´によるAの退職願の受理は解約申込の意思表示を受領したことを意味するにとどまるとした原審の判断は,到底是認し難い。