債権法改正 要綱仮案 情報整理

第28 定型約款

【P】(以下に要綱仮案第三次案を示す)
1 定型約款
  定型約款の定義について、次のような規律を設けるものとする。
  定型約款とは、相手方が不特定多数であって給付の内容が均一である取引その他の取引の内容の全部又は一部が画一的であることが当事者双方にとって合理的な取引(以下「定型取引」という。)において、契約の内容を補充することを目的として当該定型取引の当事者の一方により準備された条項の総体をいう。

2 定型約款によって契約の内容が補充されるための要件等
  定型約款によって契約の内容が補充されるための要件等について、次のような規律を設けるものとする。
 (1) 定型取引の当事者は、定型約款によって契約の内容を補充することを合意した場合のほか、定型約款を準備した者(以下この第28において「定型約款準備者」という。)があらかじめ当該定型約款によって契約の内容が補充される旨を相手方に表示した場合において、定型取引合意(定型取引を行うことの合意をいう。以下同じ。)をしたときは、定型約款の個別の条項についても合意をしたものとみなす。
(注)旅客鉄道事業に係る旅客運送の取引その他の一定の取引については、定型約款準備者が当該定型約款によって契約の内容が補充されることをあらかじめ公表していたときも、当事者がその定型約款の個別の条項について合意をしたものとみなす旨の規律を民法とは別途に設けるものとする。【P】
 (2) (1)の条項には、相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であって、当該定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして民法第1条第2項に規定する基本原則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものは、含まないものとする。

3 定型約款の内容の開示義務
  定型約款の内容の開示義務について、次のような規律を設けるものとする。
 (1) 定型取引を行い、又は行おうとする定型約款準備者は、定型取引合意の前又は定型取引合意の後相当の期間内に相手方から請求があった場合には、遅滞なく、相当な方法で当該定型約款の内容を示さなければならない。ただし、定型約款準備者が既に相手方に対して定型約款を記載した書面を交付し、又はこれを記録した電磁的記録を提供していたときは、この限りでない。
 (2) 定型約款準備者が、定型取引合意の前において、(1)の請求を拒んだときは、2の規定は、適用しない。ただし、一時的な通信障害が発生した場合その他正当な事由がある場合は、この限りでない。

4 定型約款の変更
  定型約款の変更について、次のような規律を設けるものとする。
 (1) 定型約款準備者は、次のいずれかに該当するときは、定型約款の変更をすることにより、変更後の定型約款の条項について合意をしたものとみなし、個別に相手方と合意をすることなく契約の内容を変更することができる。ただし、定型約款にこの4の規定による定型約款の変更をすることができる旨が定められているときに限る。
  ア 定型約款の変更が、相手方の一般の利益に適合するとき。
  イ 定型約款の変更が、契約をした目的に反せず、かつ、変更の必要性、変更後の内容の相当性、定型約款に変更に関する定めがある場合にはその内容その他の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき。
 (2) 定型約款準備者は、(1)の規定による定型約款の変更をするときは、その効力の発生時期を定め、かつ、定型約款を変更する旨及び変更後の定型約款の内容並びに当該発生時期をインターネットの利用その他の適切な方法により周知しなければならない。
 (3) 定型約款準備者は、(1)イの規定による定型約款の変更をするときは、(2)の時期が到来するまでに(2)による周知をしなければ、定型約款の変更は、その効力を生じない。

中間試案

第30 約款
 1 約款の定義
   約款とは,多数の相手方との契約の締結を予定してあらかじめ準備される契約条項の総体であって,それらの契約の内容を画一的に定めることを目的として使用するものをいうものとする。
(注)約款に関する規律を設けないという考え方がある。

 2 約款の組入要件の内容
   契約の当事者がその契約に約款を用いることを合意し,かつ,その約款を準備した者(以下「約款使用者」という。)によって,契約締結時までに,相手方が合理的な行動を取れば約款の内容を知ることができる機会が確保されている場合には,約款は,その契約の内容となるものとする。
(注)約款使用者が相手方に対して,契約締結時までに約款を明示的に提示することを原則的な要件として定めた上で,開示が困難な場合に例外を設けるとする考え方がある。

 3 不意打ち条項
   約款に含まれている契約条項であって,他の契約条項の内容,約款使用者の説明,相手方の知識及び経験その他の当該契約に関する一切の事情に照らし,相手方が約款に含まれていることを合理的に予測することができないものは,前記2によっては契約の内容とはならないものとする。

 4 約款の変更
   約款の変更に関して次のような規律を設けるかどうかについて,引き続き検討する。
  (1) 約款が前記2によって契約内容となっている場合において,次のいずれにも該当するときは,約款使用者は,当該約款を変更することにより,相手方の同意を得ることなく契約内容の変更をすることができるものとする。
   ア 当該約款の内容を画一的に変更すべき合理的な必要性があること。
   イ 当該約款を使用した契約が現に多数あり,その全ての相手方から契約内容の変更についての同意を得ることが著しく困難であること。
   ウ 上記アの必要性に照らして,当該約款の変更の内容が合理的であり,かつ,変更の範囲及び程度が相当なものであること。
   エ 当該約款の変更の内容が相手方に不利益なものである場合にあっては,その不利益の程度に応じて適切な措置が講じられていること。
  (2) 上記(1)の約款の変更は,約款使用者が,当該約款を使用した契約の相手方に,約款を変更する旨及び変更後の約款の内容を合理的な方法により周知することにより,効力を生ずるものとする。

 5 不当条項規制
   前記2によって契約の内容となった契約条項は,当該条項が存在しない場合に比し,約款使用者の相手方の権利を制限し,又は相手方の義務を加重するものであって,その制限又は加重の内容,契約内容の全体,契約締結時の状況そ
の他一切の事情を考慮して相手方に過大な不利益を与える場合には,無効とするものとする。
(注)このような規定を設けないという考え方がある。

(概要)

1 約款の定義
 約款に関する後記2以下の規律を新たに設ける前提として,それらの規律の対象とすべき約款の定義を定めるものである。
 現代社会においては,大量の定型的取引を迅速かつ効率的に行うことが求められる場面が多い。これを実現するため,契約の一方当事者があらかじめ一定の契約条項を定めたいわゆる約款を準備して,個別の交渉を省き画一的な内容の契約を結ぶことが必要だといわれている。しかし,民法の原則上,当事者の合意がない契約条項が拘束力を有することは本来ないため,このような約款に拘束力が認められるかどうかが明らかでない。そこで,約款を用いた取引の法的安定性を確保する見地から,本文において約款を定義した上で,後記2において約款が個別の合意がなくても契約内容となる根拠規定を設けることとしている。 ここでは,契約内容を画一的に定める目的の有無に着目した定義をすることとしている。すなわち,ある契約条項の総体について,約款の使用者がどのような目的でそれを用いているかによって,約款に当たるかどうかを定めることとしている。例えば,いわゆるひな形は,それを基礎として交渉を行い,相手ごとに異なった内容の契約を締結する目的で用いる場合には,約款には当たらない。これに対して,市販のひな形をそのまま多数の相手方との間で画一的に契約内容とする目的で用いるならば,約款に当たり得る。
 他方で,約款に関して新たな規律を設ける必要性が乏しいとして,規律を設けるべきでないとする意見があり,これを(注)で取り上げている。

2 約款の組入要件の内容
 約款が契約内容となるための要件を新たに定めるものである。
 約款を使用した契約においても,約款の拘束力の根拠は,究極的には当事者の意思に求めるべきであると考えられることから,まず,約款を準備した契約当事者(約款使用者)と相手方との間に約款を用いる合意があることを要件としている。なお,この合意は必ずしも明示的な合意である必要はない。
 そして,相手方が当該約款を用いた契約を締結することに合意するか否かを判断できるよう,契約締結時までに相手方が約款の内容を認識する機会が確保されている必要がある。その上で,約款の内容を認識する機会をどの程度保障すべきかについては,約款の定義(前記1)との関係が問題となる。約款の定義において,契約内容を画一的に定めることを目的として使用するものに対象を限定し,個別の条項に関して交渉可能性が乏しいものが想定されていることからすると,ここで開示を厳格に求めるのは,相手方にとって煩雑でメリットが乏しい反面,約款使用者にとっては取引コストを不必要に高めることになる。このことを踏まえ,本文では,約款使用者の相手方が合理的に期待することができる行動を取った場合に約款の内容を知ることができる状態が約款使用者によって確保されていれば足りることとしている。ここでいう合理的に期待することができる行動は一律に定まるものではなく,その契約の内容や取引の態様,相手方の属性,約款の開示の容易性,約款の内容の合理性についての公法的な規制の有無等の事情を考慮して定まるものと考えられる。
 他方で,契約の拘束力を当事者の意思に求める原則をより重視する観点から,約款使用者が相手方に対して事前に約款の内容を明示的に提示することを原則的な要件として定めるべきであるという意見があり,これを(注)で取り上げている。

 3 不意打ち条項
 約款が前記2の組入要件を満たす場合であっても,その約款中に含まれているとは合理的に予測できない条項(不意打ち条項)があるときは,その条項には組入の合意が及んでいないと考えられる。そこで,約款の拘束力を当事者の合意に求めること(前記2)の帰結として,不意打ち条項については,その内容の当否を問わず契約内容にならないとするものである。ある契約条項が不意打ち条項か否かの判断を,個別の相手方ごとに具体的にするか,想定している相手方の類型ごとに抽象的にするかについては,解釈に委ねることとしている。なお,ある契約条項の総体が前記1でいう約款に該当する場合であっても,結果的に個別の契約条項について当事者が合意をした場合には,その契約条項は,不意打ち条項には当たらない。この場合は,その契約条項は当該合意によって契約の内容になったと考えられるからである。本文において,不意打ち条項である場合に「上記2によっては」契約の内容とはならないとあるのは,このことを表現するものである。

4 約款の変更
 本文(1)(2)は,契約の成立後に,組み入れられた約款の内容を変更するための要件を定めるものである。
 約款を使用した契約関係がある程度の期間にわたり継続する場合には,法令の改正や社会の状況の変化により,約款の内容を画一的に変更すべき必要性が生ずることがあるが,多数の相手方との間で契約内容を変更する個別の同意を得ることは,実際上極めて困難な場合がある。このため,実務上は約款使用者による約款の変更がしばしば行われており,取引の安定性を確保する観点から,このような約款の変更の要件を民法に定める必要があると指摘されている。本文(1)(2)は,このような指摘を踏まえ,約款の変更の要件に関する試みの案を提示し,引き続き検討すべき課題として取り上げている。これらの要件の当否について,更に検討を進める必要がある。

5 不当条項規制
 約款に含まれる個別の契約条項のうち約款使用者の相手方に過大な不利益を与えると認められるものを無効とする規律を設けるものである。このような契約条項は,現在も民法第90条を通じて無効とされ得るものであるが,当事者の交渉や合意によって合理性を確保する過程を経たものではない点で他の契約条項と異なる面がある上,もともと同条の公序良俗に反するという規定のみでは予測可能性が低いという難点がある。そのため,同条のような契約の一般条項に委ねるのではなく,途の規定を設け,約款の個別条項に対する規律を明確化する必要があると考えられる。他方で,ある契約条項の総体が前記1にいう約款に当てはまる場合であっても,それに含まれる条項のうち当事者が個別に合意したものについては,合意の過程において一定の合理性を確保されているものと考えられるため,本文の規律の対象とならない。本文の対象を「前記2によって契約内容となった契約条項は」としているのは,個別の合意がある条項を本文の適用対象から除外し,あくまで約款の組入要件の規定を通じて契約内容となった条項に適用対象を限定しようとするものである。
 不当条項であるか否かの判断基準については,これを明確にする観点から,比較対象とすべき標準的な内容を条文上明らかにすることとしている。具体的には,その条項がなかったとすれば適用され得たあらゆる規律,すなわち,明文の規定に限らず,判例等によって確立しているルールや,信義則等の一般条項,明文のない基本法理等を適用した場合と比較して,当該条項が相手方の権利を制限し又は義務を加重し,その結果相手方に過大な不利益を与えているかどうかという観点から判断するものとしている。本文に「当該条項が存在しない場合と比し」とあるのは,このことを表現するものである。
 民法第90条に関して検討されている暴利行為の規定(第1,2(2))では,「著しく過大な不利益を与える」という基準が示されているが,その対象とされているのは,困窮等の事情があるとはいえ,相手方が一応その内容を理解した上で契約をした場合である。これに対し,ここでは契約内容について個別の合意がされていない場面を念頭に置いていることから,暴利行為の規定のように「著しく」過大な不利益であることまでは求めていない。不当条項であると評価された場合の効果については,無効としている。不当条項に関する同様の規律である消費者契約法第8条から第10条までや,民法第90条の効果が無効とされていることを踏まえたものである。
 他方,契約条項の内容を制限する規律を設けると,自由な経済活動を阻害するおそれがあるとして,本文のような規律を設けるべきでないという意見があり,これを(注)で取り上げている。

赫メモ


現行法


関連部会資料等

斉藤芳朗弁護士判例早分かり

@ 【約款による意思があるものと推定すべきである】大審院大正4年12月24日判決・民録21巻2182頁(参考)
  X保険会社の約款には,樹木の火災によって生じた損害については責任を負わない旨の規定があった。Yは家屋についてX保険会社の保険に加入していたところ,山林火災によって家屋が焼失した。
  世間一般の実情によれば火災保険契約をする際には保険会社が定めた約款による意思をもって契約するのが普通であり,Yが申込みの際に約款の条項を詳細に知悉しなくてもなおこれに依る意思で契約し,保険契約に包含する事項は煩雑多岐にわたり普通一般の世人は容易に了解し通暁しないものであり,Yが約款の条項を一々査閲し通暁した後に契約することは少ない。ゆえに,約款によらない旨の意思表示をして契約したという反証がない限り約款による意思で契約したものと推定すべきである。

A 【予期しない特別の負担を課す特約については,条項に具体的に明記されているか,口頭により説明し明確に認識し合意の内容としたことが認められる等,明確に合意されていることが必要である】最高裁平成17年12月16日判決・判時1921号61頁
  AB間の建物賃貸借契約が終了し,賃借人Bが建物を明け渡したが,敷金のうち30万円が補修費用として差し引かれた。
  建物の賃借人にその賃貸借において生ずる通常損耗についての原状回復義務を負わせるのは,賃借人に予期しない特別の負担を課すことになるから,賃借人にこの義務を課すには,賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか,仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には,賃貸人が口頭により説明し,賃借人がその旨を明確に認識し,それを合意の内容としたものと認められるなど,その旨の特約が明確に合意されていることが必要である。
  本件でみると,通常損耗修補特約の内容が具体的に明記されておらず,通常損耗を含む趣旨であることは一義的に明白であるとはいえず,通常損耗修補特約の成立が認められるために必要な内容を具体的に明記した条項はない。説明会においても,特約の内容を明らかにする説明はなされていない。そうすると,Bは,契約締結にあたり,特約を認識しこれを合意の内容としたものということはできないので,特約の合意は成立していない。

B 【賃貸借契約書に一義的に具体的に記載された更新料条項は,信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものではない】最高裁平成23年7月15日判決・民集65巻5号2269頁
  Aから建物を賃借していたところ,契約書では,賃料月額38,000円,契約期間1年,更新料賃料2カ月分と定められていた。Aは3回契約を更新し,更新料を支払ったが,4回目の更新に際して更新料を支払わなかった。Aからの更新料返還請求,Bからの更新料支払請求事件である。
  消費者契約法10条にいう任意規定には,明文の規定のみならず,一般的な法理等も含まれるところ,更新料条項は,一般的には賃貸借契約の要素を構成しない債務を特約により賃借人に負わせるという意味において,任意規定の適用による場合に比し,消費者である賃借人の義務を加重するものに当たるというべきである。
  条項が信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであるか否かは,消費者契約法の趣旨,目的(同法1条)に照らし,当該条項の性質,契約が成立するに至った経緯,消費者と事業者との間に存する情報の質・量,交渉力の格差その他諸般の事情を総合考量して判断されるべきである。
  更新料条項についてみると,@)更新料の支払にはおよそ経済的合理性がないなどということはできないこと,A)一定の地域において,期間満了の際,賃借人が賃貸人に対し更新料の支払をする例が少なからず存することは公知であること,B)従前,裁判上の和解手続等においても,更新料条項は公序良俗に反するなどとしてこれを当然に無効とする取扱いがされてこなかったこと,C)更新料条項が賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載され,賃借人と賃貸人との間に更新料の支払に関する明確な合意が成立している場合に,賃借人と賃貸人との間に,更新料条項に関する情報の質及び量並びに交渉力について,看過し得ないほどの格差が存するとみることもできないこと,から,賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載された更新料条項は,更新料の額が賃料の額,賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額に過ぎるなどの特段の事情がない限り,消費者契約法10条にいう,民法1条2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものには当たらないと解するのが相当である。

C 【敷引特約は,賃借人がこれを明確に認識したうえで契約したのであれば,信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものではない】最高裁平成23年7月12日判決・判時2128号33頁
  Aから建物を賃借し,6年後に明け渡したBが敷金100万円の返還を求めたところ,Aは,敷引特約により,60万円をまず控除し,さらに原状回復費用16万円を控除した。
  賃貸人が契約条件として敷引特約を定め,賃借人がこれを明確に認識した上で契約締結に至ったのであれば,賃貸人,賃借人双方の経済的合理性を有する行為といえるので,敷引金の額が賃料等に照らして高額に過ぎるなどの事情がない限り,信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するとはいえない。
  契約書には,敷引金60万円が返還されない旨が明確に読み取れる条項が置かれていたのであるから,Bは自らが負うことになる金銭的な負担を明確に認識した上で契約を締結したものである。敷引額は賃料(月額17万円)の3.5倍程度であり高額に過ぎるとはいえず,近隣同種の敷引特約による敷引金の相場に比して大幅に高額ではない。消費者契約法10条に違反しない。

D 【本件料不払いによる無催告失権条項は,信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものではない】最高裁平成23年7月12日判決・判時2128号33頁
  Bは,A保険会社との間で,医療保険契約等を締結したところ,Aの約款において,Bは月末までに保険料を支払い,支払いがない場合翌月末まで猶予があり,翌月末に支払がないときは,その翌日に執行する旨定められていた。
  @)保険料の支払いが遅滞しても直ちに保険契約が失効するものではなく,この債務不履行の状態が一定期間内に解消されない場合に初めて失効する旨が明確に定められていること,A)この一定期間は民法541条により求められる催告期間よりも長い1か月とされていること,B)払い込むべき保険料等の額が解約返戻金の額を超えないときは,自動的にAが保険契約者に保険料相当額を貸し付けて保険契約を有効に存続させる旨の自動貸付条項が定められ長期間にわたり保険料が払い込まれてきた保険契約が1回の保険料の不払により簡単に失効しないようにされているなど保険契約者が保険料の不払をした場合にも,その権利保護を図るために一定の配慮がされていること,C)仮に,Aにおいて,保険料支払債務の不履行があった場合に契約失効前に保険契約者に対して保険料払込みの督促を行う態勢を整え,そのような実務上の運用が確実にされていたとすれば,通常保険契約者は保険料支払債務の不履行があったことに気付くことができると考えられること,から,失効条項は信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものに当たらない。

D-2 【保険証書を送付しただけでは特約は契約内容とならない,とされた事例】札幌地裁昭和54年3月30日判決・判時941号111頁
  X保険会社の自動車事故責任賠償保険に加入したY(23歳)が事故を起こし,Cが死亡したため,Cの遺族がYに代位してXに対して保険金請求した事件。Xは,26歳未満不担保特約を主張して支払いを拒絶した。
  Xの代理店は,Y´の紹介でYとの間で契約を締結したが,電話のやり取りのみであり,YもY´と同年代と考えて契約し,上記特約の付いていない保険証書をYに送付した。その後,特約付の保険証書を送付したが,Yに対して特約の存在を説明し,知らせることもしなかった。したがって,契約成立時点では,特約は契約内容となっておらず,Xの免責の抗弁は理由がない。

D-3 【特約については実質的・直接的告知が必要である,とされた事例】東京地裁昭和57年3月25日判決・判タ473号243頁
  A保険会社の自動車事故責任賠償保険に加入したBの子B´(20歳)が事故を起こし,Bが被害者に賠償した後,Aに対して保険金の支払いを求めた。Aは,26歳未満不担保特約を主張して支払いを拒絶したので,Aによる説明義務違反を理由とする損害賠償等を求めた。
  Aは重要事項の告知をBに対してなすべきであり,その告知は実質的かつ直接的に行わなければならないところ,Aの代理店A´は十分な説明をしている。

D-4 【予期できない重要な条項は当事者を拘束しない,とされた事例】山口地裁昭和62年5月21日判決・判時1256号86頁
  BがAに5年契約の警備を依頼し2カ月後に途中で解約したところ,警備料5年分の解約金請求がなされた。
  本件の契約書は1枚目に署名箇所があり,契約対象物件,保証金,契約料金月額等が記載され,2枚目に基本請負約款が細字で印刷され,その14条に解約金の定めが記載されている。解約金項は契約において重要な意味を有することは明らかであるところ,Bが解約金条項の存在を知らなかったことも無理からぬものであり,Bにとって予期しないものと言うべきであるから,条項が当事者双方にとって合理的なものと認められない限り,合意の対象になっているものとは言いがたく,これに当事者を拘束する効力を認めることは相当でない。

E 【約款の変更により新たなサービスを始める場合で,そのサービス内容に危険が伴うときには,具体的・十分な周知を行い,危険性の現実化を防止する対策を講じる義務がある,とされた事例】最高裁平成13年3月27日判決・民集55巻2号434頁
  Bの子が利用したダイヤルQ2の代金をA(NTT)がBに対して請求した。平成1年に改訂された約款では「契約者は,契約者の回線から行った通話については,加入者以外の者が行った者でも,通話料金の支払いを要する」旨定めている。
  加入電話契約は,いわゆる普通契約約款によって契約内容が規律されるものとはいえ,電気通信役務の提供とこれに対する通話料等の支払という対価関係を中核とした民法上の双務契約であるから,契約一般の法理に服することに変わりはなく,その契約上の権利及び義務の内容については,信義誠実の原則に照らして考察すべきである。そして,当該契約のよって立つ事実関係が変化し,そのために契約当事者の当初の予想と著しく異なる結果を招来することになるときは,その程度に応じて,契約当事者の権利及び義務の内容,範囲にいかなる影響を及ぼすかについて,慎重に検討する必要があるといわなければならない。
  ダイヤルQ2のサービスは,日常生活上の意思伝達手段という従来の通話とは異なり,その利用に係る通話料の高額化に容易に結び付く危険を内包していたものであったから,公益的事業者であるAとしては,一般家庭に広く普及していた加入電話から一般的に利用可能な形でダイヤルQ2事業を開始するに当たっては,サービスの内容やその危険性等につき具体的かつ十分な周知を図るとともに,その危険の現実化をできる限り防止するために可能な対策を講じておくべき責務があった。上記危険性等の周知及びこれに対する対策の実施がいまだ十分とはいえない状況にあった平成3年当時,Bの未成年の子による同サービスの多数回・長時間に及ぶ無断利用がされたために本件通話料が高額化したのは,Aが上記責務を十分に果たさなかったことによって生じたものということができる。Aが料金高額化の事実,原因を認識して対応措置を講ずることが可能となるまでの間に発生した通話料についてまで,約款の規定が存在することの一事をもってBにその全部を負担させるべきものとすることは,信義則ないし衡平の観念に照らして直ちに是認し難い。通話料金の5割のみ認容。