第29 第三者のためにする契約
民法第537条に次のような規律を付け加えるものとする。
民法第537条第1項の契約において、その締結時に第三者が現に存しない場合又は第三者が特定していない場合においても、その契約は、そのためにその効力を妨げられない。
1 第三者のためにする契約の成立等(民法第537条関係)
民法第537条の規律を次のように改めるものとする。
(1) 契約により当事者の一方が第三者に対してある給付をすることを約したときは,その第三者(以下「受益者」という。)は,その当事者の一方(以下「諾約者」という。)に対して直接にその給付を請求する権利を有するものとする。
(2) 上記(1)の契約は,その締結時に受益者が胎児その他の現に存しない者である場合であっても,効力を生ずるものとする。
(3) 上記(1)の場合において,受益者の権利は,その受益者が諾約者に対して上記(1)の契約の利益を享受する意思を表示した時に発生するものとする。
(4) 上記(1)の場合において,上記(1)の契約の相手方(以下「要約者」という。)は,諾約者に対し,受益者への債務の履行を請求することができるものとする。
本文(1)は,民法第537条第1項の規律を維持するものである。その際,受益者,諾約者,要約者(本文(1),(4)参照)という用語法が定着していることから,これを用いた表現を提示している。
本文(2)は,第三者のためにする契約の締結時には受益者は現存している必要はなく,胎児や設立中の法人のように現に存しない者を受益者とする第三者のためにする契約であっても有効に成立するという判例法理(最判昭和37年6月26日民集16巻7号1397頁等)を明文化するものである。
本文(3)は,民法第537条第2項の規律を維持するものである。
本文(4)は,要約者が諾約者に対して受益者への債務の履行を請求することができるとする一般的な理解を明文化するものである。
第三者のためにする契約の要件として、受益者である第三者が契約の当時に現存する必要があるかどうかという点について、判例は、第三者のためにする契約の締結時に受益者が現存している必要はなく、胎児や設立中の法人のように将来出現することが予期された者を受益者として第三者のためにする契約を締結することができるとし(設立中の法人を受益者とする第三者のためにする契約を有効としたものとして、最判昭和37年6月26日民集16巻7号1397頁)、さらに、契約締結時には受益者が特定されていなくてもよいとした(大判大正7年11月5日民録24輯2131頁)。要綱仮案は、上記判例法理を明文化するものである(部会資料67A、58頁)。
なお、受益者の諾約者に対する履行請求権の規律(中間試案(4))については、要約者の諾約者に対する請求権との関係の検討が深まっていないことから、規律を設けることが見送られた(部会資料80-3、32頁)。
(第三者のためにする契約)
第537条 契約により当事者の一方が第三者に対してある給付をすることを約したときは、その第三者は、債務者に対して直接にその給付を請求する権利を有する。
2 前項の場合において、第三者の権利は、その第三者が債務者に対して同項の契約の利益を享受する意思を表示した時に発生する。
(A=要約者,B=諾約者,C=受益者)
@ 【受益者は契約当時現存する必要はない】最高裁昭和37年6月26日判決・民集16巻7号1397頁
某宗教の熱心な支持者AとBは,戦前,将来,某宗教の本部に献納する目的で,Aの資金提供により不動産を取得し不動産名義はBとするが,某宗教が再興するに至った場合にはいつでも名義を某宗教名義とすることを約束していた。某宗教が戦後C宗教法人化して,Bに対して名義変更を請求した事例。
第三者が契約の当時存在しなくても,将来出現すると予期した者をもって第三者とした場合であっても,第三者のためにする契約として有効である。
A 【受益者は将来出現すると予測される者でもよい】大審院大正7年11月5日判決・民録24輯2131頁
AB間において,松山家を再興するために,松山家の相続人に対して,資産を贈与する旨の契約が締結された。
民法537条1項の第三者は必ずしも契約当時既に存在する者であることを要せず,将来出現すべしと予期した者をもって第三者とした場合においても第三者のためにする契約たる性質を失わない。この場合,第三者の出現と受益の意思表示との条件の下に契約は有効に成立し,ただ,条件が成立するまではその効力が発生しないだけである。
A-2 【出産に際しての診療契約を第三者である子のためにする契約として,黙示的な受益の意思表示を認定した事例】東京地裁昭和54年4月24日判決・判タ338号147頁
AがCを出産する際に,医師Bに過誤があったか否かが争われた事件のようである。
Aが入院時にBとの間で締結し診療介助契約は,当時胎児であったCの出産を目的とするものであり,BはC出生時にCの親権者母として父の許諾のもとで原告まり子のために黙示的に受益の意思表示をなし,出産介助行為の特性から,元被告鈴木はこれを了知していたと解するのを相当する。以下,BCの関係では不完全履行における契約上の注意義務違反として,Bの責任原因を判断する。
A-3 【同上】長崎地裁平成11年4月13日判決・判タ1023号225頁
巨大児を経膣分娩により出産させた病院Bに対する損害賠償事件。なお,出生は63年2月,提訴は平成3年8月で,不法行為による損害賠償請求は消滅時効にかかっている。
昭和63年に妊娠11週と診断された時点で,母親Aと病院Bとの間に,子の出生を条件として安全娩出の確保等を内容とする準委任契約(第三者のためにする)が成立し,受益の意思表示は,子出生の時点で法定代理人である父母によって黙示的になされた。子Cは病院に対して,債務不履行責任を追及することができる。