債権法改正 要綱仮案 情報整理

第30 売買

1 手付(民法第557条関係)

 民法第557条第1項の規律を次のように改めるものとする。
 買主が売主に手付を交付したときは、買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を現実に提供して、契約の解除をすることができる。ただし、その相手方が契約の履行に着手した後は、この限りでない。

中間試案

2 手付(民法第557条関係)
  民法第557条第1項の規律を次のように改めるものとする。
  買主が売主に手付を交付したときは,買主はその手付を放棄し,売主はその倍額を現実に提供して,契約の解除をすることができるものとする。ただし,その相手方が契約の履行に着手した後は,この限りでないものとする。

(概要)

 民法第557条第1項が規定する手付解除の要件につき,判例等を踏まえた明確化を図るものである。具体的には,まず,「履行に着手」したのが手付解除をする本人であるときは手付解除が否定されないとする判例法理(最判昭和40年11月24日民集19巻8号2019頁)を明文化し,その際,「履行の着手」があったことの主張立証責任は手付解除を争う相手方が負担すると解されていることとを表現する趣旨で,その旨を第2文で表記している。また,売主による手付倍戻しによる解除は,倍額につき現実の償還までは要しないが現実に提供する必要があるとの判例(最判平成6年3月22日民集48巻3号859頁)を踏まえ,「償還」を「現実に提供」に改めている。

赫メモ

 中間試案と同じである(中間試案概要、参照)。

現行法

(手付)
第557条 買主が売主に手付を交付したときは、当事者の一方が契約の履行に着手するまでは、買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を償還して、契約の解除をすることができる。
2 第五百四十五条第三項の規定は、前項の場合には、適用しない。

斉藤芳朗弁護士判例早分かり

 (A=売主,B=買主)
@ 【履行に着手した当事者から解除することは妨げない】 最高裁昭和40年11月24日判決・民集19巻8号2019頁
  Aは,Bに対して,C名義の不動産を220万円で売却し,手付として40万円を受け取った。Aは,Cに対して代金を支払って不動産をA名義としたが,手付倍額80万円を提供することによって契約を解除した。
  履行の着手とは,債務の内容たる給付の実行に着手すること,すなわち,客観的に外部から認識し得るような形で履行行為の一部をなし又は履行の提供をするために欠くことのできない前提行為をした場合を指す。
  AがCに代金を支払い,これをBに譲渡する前提としてA名義にその所有権移転登記を経ており,単なる履行の準備行為にとどまらず,履行の着手があった。
  当事者の一方が既に履行に着手したときは,その当事者は,履行の着手に必要な費用を支出しただけでなく,契約の履行に多くの期待を寄せていたわけであるから,もしこの段階において,相手方から契約が解除されたならば,履行に着手した当事者は不測の損害を蒙ることとなるので,履行に着手した当事者が不測の損害を蒙ることを防止するため,特に民法557条1項の規定が設けられたものであるから,未だ履行に着手していない当事者に対しては,自由に解除権を行使し得る。
  裁判官横田正俊の反対意見:履行に着手した当事者は,手附による解除権を放棄したものとみるのを相当とするだけでなく,履行の着手があった場合には,その相手方も,その履行を受けることにつきより多くの期待を寄せ,契約は履行されるもの,すなわち,契約はもはや解除されないものと思うようになるのが当然であるから,その後における解除を認容するときは,相手方は,手附をそのまま取得し又は手附の倍額の償還を受けてもなお償いえない不測の損害を被ることもありうる。

A 【売主は倍額の償還を提供して解除の意思表示をすれば足りる】大審院大正3年12月8日判決・民録20巻1058頁
  AB間で土地の売買契約が締結され,BがAに対して10円の手付金を支払っていたところ,Aが倍額を償還しないまま解除の意思表示をした。
  手付放棄,倍額償還は解除権の内容をなしている。償還とはいっても,売主のなすべき行為以外にこれを強いる謂れはないので,売主は倍額の償還の提供をして解除の意思表示をすれば十分である。

B 【売主からの解除の場合,倍額について現実の提供をすることが必要である】最高裁平成6年3月22日判決・民集48巻3号859頁
  AB間で土地の売買契約が締結され,買主Bが売主Aに手付金600万円を差し入れたが,Aは,再三にわたり手付の倍額を支払う旨告げて,売買契約を解除した。BからAに対する履行請求事件である。
  売主から解除する場合には,倍額償還という文言,買主が手付放棄して解除するときとの均衡から考えて,口頭により手付の倍額を償還する旨を告げその受領を催告するだけでは足りず,現実の提供をすることを要する。
  判例解説(「判解H6年度13事件」)「買主が手付けの倍額の受領をあらかじめ明確に拒絶していたとしても,売主としては口頭により買主に受領を促すだけでは足りず,買主の支配下に実際に置く必要がある」(274頁)。