債権法改正 要綱仮案 情報整理

第30 売買

2 売主の義務

 売主の義務について、次のような規律を設けるものとする。
(1) 他人の権利(権利の一部が他人に属する場合における当該権利の一部を含む。)を売買の目的としたときは、売主は、その権利を取得して買主に移転する義務を負う。
(2) 売主は、買主に対し、登記、登録その他の売買の目的である権利の移転を第三者に対抗するために必要な行為をする義務を負う。

中間試案

3 売主の義務
 (1) 売主は,財産権を買主に移転する義務を負うほか,売買の内容に従い,次に掲げる義務を負うものとする。
  ア 買主に売買の目的物を引き渡す義務
  イ 買主に,登記,登録その他の売買の内容である権利の移転を第三者に対抗するための要件を具備させる義務
 (2) 売主が買主に引き渡すべき目的物は,種類,品質及び数量に関して,当該売買契約の趣旨に適合するものでなければならないものとする。
 (3) 売主が買主に移転すべき権利は,当該売買契約の趣旨に適合しない他人の地上権,抵当権その他の権利による負担又は当該売買契約の趣旨に適合しない法令の制限がないものでなければならないものとする。
 (4) 他人の権利を売買の内容としたとき(権利の一部が他人に属するときを含む。)は,売主は,その権利を取得して買主に移転する義務を負うものとする。

(注)上記(2)については,民法第570条の「瑕疵」という文言を維持して表現するという考え方がある。

(概要)

 本文(1)は,売買契約に基づいて売主が負う基本的な義務を明記するものである。
 本文(2)は,売主が引き渡すべき目的物が種類,数量及び品質に関して,当該売買契約の趣旨に適合したものでなければならない旨を明記するものである(「契約の趣旨」の意味については,前記第8,1参照)。これにより,民法第565条(数量不足及び一部滅失)及び第570条(隠れた瑕疵)の適用場面をカバーするが,後記4で取り上げるように,同条の「隠れた」という要件は設けないものとしている。引き渡された目的物が契約の趣旨に適合しないことは,売主の債務不履行を構成する。なお,「瑕疵」が定着した用語であることを理由に,引き続き「瑕疵」という文言を用いて規律を表現すべきであるとの考え方があり,これを(注)で取り上げている。この(注)の考え方は,「瑕疵」という文言を売買と同様に置き換えるものとしている贈与(後記第36,2),消費貸借(後記第37,5),請負(後記第40,2)についても同様に当てはまる。
 本文(3)は,売主が移転すべき権利につき,当該売買契約の趣旨に適合しない他人の用益物権,担保物権又は建築基準法等の法令による制限がないものであることを要する旨を明記するものである。これにより,権利の瑕疵と称されることのある民法第566条及び第567条の適用場面をカバーする。移転に係る権利に当該売買契約の趣旨に反するような他人の権利による負担等が存することは,売主の債務不履行を構成する。
 本文(4)は,他人物売買の場合に,売主が権利を取得して買主に移転する義務を負う旨を定める民法第560条を維持するものである。移転すべき権利の全部(同法第561条参照)が他人に属する場合だけでなく,その一部が他人に属する場合(同法第563条第1項参照)をも適用場面としており,そのことを括弧書きにより明らかにしている。

赫メモ

 要綱仮案(1)は、中間試案(4)と同じである(中間試案概要の該当部分、参照)。
 要綱仮案(2)は、中間試案(1)イと同じである(中間試案概要の該当部分、参照)。
 中間試案(2)(3)の規律は、売主の追完義務に関する規律(要綱仮案3)と重複している旨の指摘があったことから、当該規律を設けることが見送られた(部会資料83-2、42頁)。

現行法

(他人の権利の売買における売主の義務) 
第560条 他人の権利を売買の目的としたときは、売主は、その権利を取得して買主に移転する義務を負う。

斉藤芳朗弁護士判例早分かり

 (A=売主,B=買主)
@ 【他人物を取得して移転できない場合,売主は債務不履行責任を負う】 最高裁昭和41年9月8日判決・民集20巻7号1325頁
  C所有地を賃借しているAが当該土地をBに対して13万円で売却したが(当時,Cは賃借人に対して土地を売却していた),CがAに対して当該土地を売却しなかったため,BがCから直接74万円で買い受けた。CがBに対して損害賠償を請求した。
  他人の権利を売買の目的とした場合において,売主がその権利を取得して買主に移転する義務の履行不能を生じたときであって,その履行不能が売主の責めに帰すべき事由によるものであれば,買主は民法561条の規定にかかわらず,債務不履行の一般規定に従って契約を解除し損害賠償請求することができる。
  判例解説(「S41年度65事件」)「第3者の物を売り渡すことを約した売主としては,不可抗力による不能の場合を除き,目的物を第3者から取得して買主に移転する義務を負うのであり,この義務を履行しない限り債務不履行の責任を追及される」「Cが土地を相当価格で売り渡そうという態度を示しているのであれば,Aとしてはこれを買い受けられなかったことに不可抗力をいえないはずである。不能でない限り,いくら不利な条件でもCから買い受けてBに履行すべきである」(370〜371頁)。

A 【当事者間で目的物がどのような品質・性能を有することが予定されていたかは,売買契約締結当時の取引観念を斟酌して判断すべき】 最高裁平成22年6月1日判決・民集22巻4号953頁
  AB間で平成3年に実行された土地売買に関して,土地にふっ素が含まれていたとして,買主Bが売主Aに対して,土壌汚染の除去汚染防止措置に要する費用4億の賠償を求めた。ふっ素に関する環境基準が告示されたのは平成17年のことであり,平成3年当時は,ふっ素が土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害が生じるおそれがあるとは認識されていなかった。
  売買契約の当事者間において目的物がどのような品質・性能を有することが予定されていたかについては,売買契約締結当時の取引観念をしんしゃくして判断すべきところ,本件売買契約締結当時,取引観念上,ふっ素が土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがあるとは認識されておらず,Aの担当者もそのような認識を有していなかったのであり,ふっ素が,それが土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがあるなどの有害物質として,法令に基づく規制の対象となったのは,売買契約締結後であったというのである。そして,売買契約の当事者間において,土地が備えるべき属性として,その土壌に,ふっ素が含まれていないことや,売買契約締結当時に有害性が認識されていたか否かにかかわらず,人の健康に係る被害を生ずるおそれのある一切の物質が含まれていないことが,特に予定されていたとみるべき事情もうかがわれない。そうすると,売買契約締結当時の取引観念上,それが土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがあるとは認識されていなかったふっ素について,売買契約の当事者間において,それが人の健康を損なう限度を超えて土地の土壌に含まれていないことが予定されていたものとみることはできず,土地の土壌に基準値をも超えるふっ素が含まれていたとしても,そのことは,民法570条にいう瑕疵には当たらないというべきである。
  判例解説(平成22年度14事件,348頁)「瑕疵の意義は,具体的な契約を離れて抽象的にとらえるではなく,契約当事者の合意,契約の趣旨に照らして,通常又は特別に予定されていた品質・性質を欠く場合をいうことで,ほぼ異論はない」「売買契約の当事者は,@)一般に,給付された目的物が,その種類のものとして通常有すべき品質・性質を有することを合意し,又は,A)ある品質・性質を有することが特別に予定されていた場合には,特別に予定されていた品質・性質を有することを合意しているといえ,これらの合意に基づき通常又は特別に予定されていた品質・性能を欠くことが,瑕疵となる」

B 【売買の当時賦課金が課される可能性が存していたことをもって,土地が売買において予定されていた品質・性能を欠いていたということはできない,とされた事例】最高裁平成25年3月22日判決・判時2184号33頁
  Aが区画整理中の土地(仮換地)をBに売却する契約を締結した後に,留保地の売却が進まなかったため,組合は組合員である所有者(B)から賦課金を徴収した。この点が瑕疵に該当するか否かが争われた。
  組合が組合員に賦課金を課する旨決議するに至ったのは,保留地の分譲が芳しくなかったためであるところ,売買の当時は,保留地の分譲はまだ開始されていなかったのであり,組合において組合員に賦課金を課することが具体的に予定されていたことは全くうかがわれない。決議が売買から数年も経過した後にされたことも併せ考慮すると,売買の当時においては,賦課金を課される可能性が具体性を帯びていたとはいえず,その可能性は飽くまで一般的・抽象的なものにとどまっていたことは明らかである。土地区画整理法の規定によれば,土地区画整理組合が施行する土地区画整理事業の施行地区内の土地について所有権を取得した者は,全てその組合の組合員とされ(25条1項),土地区画整理組合は,その事業に要する経費に充てるため,組合員に賦課金を課することができるとされているのであって(40条1項),土地の売買においては,買主が売買後に土地区画整理組合から賦課金を課される一般的・抽象的可能性は,常に存在しているものである。したがって,売買の当時,Bらが賦課金を課される可能性が存在していたことをもって,土地が売買において予定されていた品質・性能を欠いていたということはできず,土地に民法570条にいう瑕疵があるということはできない。

C 【法律上の瑕疵を瑕疵と認定した事例】 最高裁昭和41年4月14日判決・民集20巻4号649頁
  AB間で売買された土地の8割が東京都市計画街路の範囲にあること(幅員15mの道路用地)が判明したため,建物を建築したとしても取り壊さなければならず,契約の目的が達成できないとして,買主Bが契約を解除し手付金120万円の返還を求めた。
  Bは土地を自己の永住する居宅の敷地として使用する目的で,そのことを表示してAから買い受けたが,土地の8割が東京都市計画街路の境域内に存するのであるから,土地上に建物を建築しても,早晩その実施により建物の全部または一部を撤去しなければならない。契約の目的を達することができず,土地の瑕疵があるものとした原判決の判断は正当である。

C-2 【競売の目的物が公法上の規制を受けて所有権の行使が制約される場合には,民法568条,566条を類推適用すべき,とした事例】名古屋高裁平成23年2月17日判決・判時2145号42頁
  土地の間口が名古屋市の建築条例に定める幅員を満たさないため,建物を建築できない土地であるにもかかわらず,この点が評価に反映されていなかったため,買受人が配当受領者に対して配当金の返還を求めた事例。
  民事執行法施行後において,競売の目的不動産に公法上の規制が実際には存するにもかかわらず,評価書等にこれが存しないと記載され,その記載を前提に売却基準価額が決定されて売却が実施された場合には,競売の目的物が公法上の規制を受けて所有権の行使が制約されることとなり,通常の売買の目的物が地上権等の目的であるために所有権の行使が制約される場合と類似しているから,競売において買主が公法上の規制があることを知らないときには民法568条,566条の類推適用をするのが相当である。その結果,競売においては,買受人がまず不測の損害を被る反面,売却代金の配当を受けた債権者が公法上の規制が看過され,本来得ることのできない利益を保有することになるところ,その状況は,民法568条,566条の類推適用により,是正されることになる。すなわち,買受人は,公法上の規制が存するとして売却が実施されていたとした場合における低額の代金を基礎として,債務者に対し,あるいは同人が無資力のときには,売却代金の配当を受けた債権者に対し,代金の減額を請求でき,これにより公平な結果が得られると解される。