第30 売買
(1) 民法第570条本文の規律のうち期間制限に関するものを、次のように改めるものとする。
売主が種類又は品質に関して契約の内容に適合しない目的物を買主に引き渡した場合において、買主がその不適合の事実を知った時から1年以内に当該事実を売主に通知しないときは、買主は、その不適合を理由とする履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。ただし、売主が引渡しの時に目的物が契約の内容に適合しないものであることを知っていたとき又は知らなかったことにつき重大な過失があったときは、この限りでない。
(2) 民法第564条(同法第565条において準用する場合を含む。)及び第566条第3項を削除するものとする。
6 目的物が契約の趣旨に適合しない場合における買主の権利の期間制限
民法第565条及び第570条本文の規律のうち期間制限に関するものは,次のいずれかの案のように改めるものとする。
【甲案】 引き渡された目的物が前記3(2)に違反して契約の趣旨に適合しないものである場合の買主の権利につき,消滅時効の一般原則とは別の期間制限(民法第564条,第566条第3項参照)を廃止するものとする。
【乙案】 消滅時効の一般原則に加え,引き渡された目的物が前記3(2)に違反して契約の趣旨に適合しないものであることを買主が知った時から[1年以内]にそれを売主に通知しないときは,買主は,前記4又は5による権利を行使することができないものとする。ただし,売主が引渡しの時に目的物が前記3(2)に違反して契約の趣旨に適合しないものであることを知り,又は重大な過失によって知らなかったときは,この限りでないものとする。
7 買主が事業者の場合における目的物検査義務及び適時通知義務
(1) 買主が事業者であり,その事業の範囲内で売買契約をした場合において,買主は,その売買契約に基づき目的物を受け取ったときは,遅滞なくその目的物の検査をしなければならないものとする。
(2) 上記(1)の場合において,買主は,受け取った目的物が前記3(2)に違反して契約の趣旨に適合しないものであることを知ったときは,相当な期間内にそれを売主に通知しなければならないものとする。
(3) 買主は,上記(2)の期間内に通知をしなかったときは,前記4又は5による権利を行使することができないものとする。上記(1)の検査をしなかった場合において,検査をすれば目的物が前記3(2)に違反して契約の趣旨に適合しないことを知ることができた時から相当な期間内にそれを売主に通知しなかったときも,同様とするものとする。
(4) 上記(3)は,売主が引渡しの時に目的物が前記3(2)に違反して契約の趣旨に適合しないものであることを知り,又は重大な過失によって知らなかったときは,適用しないものとする。
(注1)これらのような規定を設けないという考え方がある。また,上記(3)についてのみ,規定を設けないという考え方がある。
(注2)事業者の定義について,引き続き検討する必要がある。
6 目的物が契約の趣旨に適合しない場合における買主の権利の期間制限
甲案は,目的物が前記3(2)に違反して契約の趣旨に適合しない場合の買主の権利に関して,民法第564条及び第566条第3項により消滅時効とは別途設けられている期間制限(買主が事実を知った時から1年)を廃止し,買主の権利の期間制限を消滅時効の一般原則に委ねる提案である。
乙案は,消滅時効とは別に,目的物が前記3(2)に違反して契約の趣旨に適合しないことに関する買主の権利につき,そのことを知った時を起算点とする買主の権利の期間制限(民法第564条,第566条第3項)を維持するものである。その上で,同法第566条第3項では権利保存の要件として「契約の解除又は損害賠償の請求」を1年以内にすることを求めており,これが買主に過重な負担になっているとの指摘があることを踏まえ,これを不適合があることの通知に改めるものとしている。また,期間について,現状の1年がやや短すぎるとの指摘があることを踏まえ,1年をブラケットで囲んで提示している。その上で,売主が引渡しの時に目的物が前記3(2)に違反して契約の趣旨に適合しないことを知り,又は知らないことにつき重大な過失があるときは,期間制限を適用しないものとしている。この場合には消滅時効の一般原則に委ねることとなる。
乙案を採用する場合には,商人間の売買の特則である商法第526条が権利保存の要件として,乙案と同じく「通知」を定めていることから,同条との適用関係を整理する必要があると考えられる。
7 買主が事業者の場合における目的物検査義務及び適時通知義務
本文(1)は,買主が事業者である場合におけるその事業の範囲内においてした売買について,買主は目的物を受け取った後遅滞なくその目的物の検査をする義務を負うとするものであり,商法第526条第1項を参考とするものである。
本文(2)は,本文(1)の場合につき,買主は,受け取った目的物が契約に適合しないことを知った時から相当な期間内にそれを売主に通知する義務を負うとするものである。
本文(3)は,本文(2)に違反した場合の効果として,履行の追完を請求する権利,債務不履行による損害賠償請求権,契約の解除権及び代金減額請求権を行使することができないものとしている。また,本文(1)の検査義務を怠った場合について,検査をすれば目的物が契約に適合しないことを発見することができたと考えられる時から相当な期間内に売主にその事実を通知しなかった場合も,同様に失権するものとしている。
本文(4)は,売主が引渡しの時に目的物が契約に適合しないことを知り,又は重大な過失により知らなかったときに,本文(3)の失権効が生じないとするものであり,この場合,買主の権利の消長は消滅時効の一般原則に委ねられる。
以上の本文(1)から(4)までについては,事業者という概念を民法に導入するのは相当でないことなどを理由に,規定を設けるべきでないとの考え方がある。また,本文(3)については,失権効といった一定の効果を明記する規定を設けないで,債務不履行による損害賠償の一般原則に委ねるとの考え方がある。これらの考え方を(注1)で取り上げている。
また,本文のような規律を設ける場合,事業者をどのように定義するかが問題となる。本文で「事業者」という概念を用いているのは,商法第526条第1項における「商人」という概念(同法第4条第1項)よりも規定の適用範囲を拡げる必要があるという問題意識によるものであるが,このような問題意識を踏まえつつ,事業者をどのように定義するかを検討する必要がある。この検討課題を(注2)で取り上げている。
要綱仮案(1)は、民法570条において準用する566条3項の1年以内の期間制限につき、当該期間内に裁判上の権利行使までは必要ではなく、「売主に対し具体的に瑕疵の内容とそれに基づく損害賠償請求をする旨を表明し、請求する損害額の根拠を示す」必要があるとの判例(最判平成4年10月20日)が存することを踏まえつつ、権利保存の要件を売主に対する契約不適合の通知で足りることとするとともに、売主が契約不適合について悪意又は重過失であるとき、売主は期間制限による保護に値しないので、期間制限を適用しないこととしている。なお、制限期間内の通知によって保存された買主の権利の存続期間は、債権に関する消滅時効の一般原則によることになる(以上につき、部会資料75A、23頁)。
要綱仮案(1)の「通知」の意義については、商法526条2項の「通知」と同様に解釈するのが合理的であると考えられる。同項の「通知」は、売主に善後策を講ずる機会を与えるためのものであることから、瑕疵・数量不足の種類とその大体の範囲を通知する必要があるとされており(大判大正11年4月1日)、要綱仮案の「通知」もこれと同程度のものになると考えられる。また、商人間の売買の場合は商法526条2項が適用されるので、要綱仮案(1)の規律は、当事者のいずれかが商人でない売買か、当事者がいずれも商人でない売買について適用されることになる。
要綱仮案(1)では、数量に関する契約不適合は対象としていない。これについては、要綱仮案(2)で該当規定(民法565条による同法564条の準用)を削除することとしている。数量に関する契約不適合について、現在は、特定物の数量指示売買には期間制限がある一方(民法565条、564条)、不特定物売買における数量不足には特別な期間制限の規定がない。しかし、特定物売買であるか不特定物売買であるかを問わず、数量不足は外形上明白であり、履行が終了したとの期待が売主に生ずることは通常考えがたく、買主の権利に期間制限を適用してまで売主を保護する必要性は乏しいこと等から、要綱仮案では数量に関しては契約不適合である場合における買主の権利についての期間制限を適用しないこととするものである(以上につき部会資料75A、24頁以下)。
(権利の一部が他人に属する場合における売主の担保責任)
第563条 …
第564条 前条の規定による権利は、買主が善意であったときは事実を知った時から、悪意であったときは契約の時から、それぞれ一年以内に行使しなければならない。
(数量の不足又は物の一部滅失の場合における売主の担保責任)
第565条 前二条の規定は、数量を指示して売買をした物に不足がある場合又は物の一部が契約の時に既に滅失していた場合において、買主がその不足又は滅失を知らなかったときについて準用する。
(地上権等がある場合等における売主の担保責任)
第566条
3 前二項の場合において、契約の解除又は損害賠償の請求は、買主が事実を知った時から一年以内にしなければならない。
(売主の瑕疵担保責任)
第570条 売買の目的物に隠れた瑕疵があったときは、第五百六十六条の規定を準用する。ただし、強制競売の場合は、この限りでない。
(A=売主,B=買主)
@ 【瑕疵担保による損害賠償請求権の消滅時効の起算点は,引渡時である】 最高裁平成13年11月27日判決・民集55巻6号1311頁
買主Bは,昭和48年の売買契約により土地を購入したが,20年以上経過した平成6年に,土地の一部に道路位置指定がなされて建物の建築に支障を生じることが判明したため,売主Aに対して損害賠償請求をした。
買主が遅くとも消滅時効期間の満了までの間に瑕疵を発見して損害賠償請求権を行使することを買主に期待しても不合理ではなく,買主が瑕疵に気付かない限り買主の権利が永久に存続することとすれば,売主に過大な負担を課することとなり適当ではない。したがって,瑕疵担保による損害賠償請求権には消滅時効の適用があり,起算点は目的物の引渡時である。
判例解説(H13年27事件)には,「瑕疵担保による損害賠償請求権は,権利の性質上,買主が目的物の引渡しを受けるまでは現実の行使を期待することはできないとして,引渡しの時を起算点とする説を取ることができる」旨の記載がある(760〜761頁)。
A 【民法566条3項の通知は,瑕疵の内容,損害額算定根拠を挙げて損害賠償請求する旨表明して,瑕疵担保責任を問う意思を明確に告げる必要がある】最高裁平成4年10月20日判決・民集46巻7号1129頁
昭和54年9月にストッキングを仕入れて転売した買主が,12月頃,ストッキングに欠陥があったことを知り,売主に通知し,損害賠償請求権の一部をもって売買代金請求権と相殺した後,昭和58年に残部を訴求した。
商法526条は,商人間の売買における目的物に瑕疵等がある場合に,買主が売主に対して損害賠償請求権等の権利を行使するための前提要件を規定したにとどまり,この義務を履行することによって買主が行使できる権利の内容・消長については,民法の一般原則の定めるところによる(民法570条,566条3項により,買主が瑕疵等を発見した時から1年の経過により消滅する)ので,商法526条の要件が充足されたこととは関わりがない。
1年の期間制限は,除斥期間を規定したものであり,この損害賠償請求権を保存するには,売主の担保責任を問う意思を裁判外で明確に告げることで足り,裁判上の権利行使をする必要はない。
ただし,損害賠償請求権を保存するためには,具体的な瑕疵の内容,請求する損害額の算定の根拠を示して,損害賠償請求をする旨を表明して,売主の瑕疵担保責任を問う意思を明確に告げる必要がある。本件では,売主に通知した際に,このような様態により損害賠償請求権を行使し除斥期間内にこれを保存したか否かについて審理させるために,原審に差し戻す。
判例解説(H4年18事件,395頁)「1年間の期間を出訴期間とすることが本来であれば望ましいが,条文上提訴が要求されていないこと,争訟を好まない国民性から考えて訴えまで要求するのは買主に酷である。しかし,時効中断の催告,訴状に記載することが要求される程度に債権を特定し,請求額を明示して履行を求めることは必要である」
B 【商法526条2項の通知は,瑕疵の種類,大体の範囲を記載すれば足り,細目までの記載は必要ない】大審院大正11年4月1日判決・民集1巻155頁
AがBに売却し9月に引き渡した汽船について,Bは11月に,「汽機汽鑵に構作上根本的に不完全な瑕疵ある」旨通知した。
売主をして,瑕疵なき物と引き換えるのか,瑕疵がないと主張して証拠保全の申請をするのか,その他臨機の処分をするのか等を決意させることができる程度にその通知をすることを要し,それで足りる。したがって,単に瑕疵ありと通知しただけでは十分ではなく,なお,瑕疵の種類,大体の範囲を通知することを要するが,その細目,特に数量のごときはこれを通知することを要しない。なぜなら,これらは何時でも点検の上これを知ることができるからである。
上記程度の記載があれば,適法である。
B-2 【不特定物に関して不完全履行を理由として売買契約を解除する際にも,民法570条,566条3項の期間制限が適用される】東京高裁平成11年8月9日判決・判時1692号136頁
平成3年に自動車を購入し,その直後に,瑕疵を売主に通知したが,契約を解除する意思表示をしたのは,平成6年という事例。
不特定物売買において,瑕疵の存在を認識したうえでその給付を履行として認容して受領したものと認められない限り,債務不履行を理由として契約を解除することができるが,その場合でも,瑕疵担保責任の規定が適用されるため,瑕疵を知ってから1年以内に契約を解除する必要があるが,買主は1年以内に解除の意思表示をしていない。