債権法改正 要綱仮案 情報整理

第30 売買

6 権利移転義務の不履行に関する売主の責任等

 権利移転義務の不履行に関する売主の責任等について、民法第561条から第567条まで(同法第565条及び期間制限に関する規律を除く。)の規律を次のように改めるものとする。
 3から5までの規定は、売主が買主に移転した権利が契約の内容に適合しないものである場合及び売主が買主に権利の全部又は一部を移転しない場合について準用する。

中間試案

8 権利移転義務の不履行に関する売主の責任等
 民法第561条から第567条まで(第565条を除く。)の規律を次のように改めるものとする。
 (1) 売主が買主に売買の内容である権利の全部又は一部を移転せず,又は売主が移転した権利に前記3(3)に違反する他人の権利による負担若しくは法令の制限があるときは,買主は,売主に対し,一般原則に従って,その履行を請求し,その不履行による損害の賠償を請求し,又はその不履行による契約の解除をすることができるものとする。
 (2) 上記(1)の債務不履行がある場合(移転すべき権利の全部を移転しない場合を除く。)において,買主が相当の期間を定めてその履行の催告をし,売主がその期間内に履行をしないときは,買主は,意思表示により,不履行の程度に応じて代金の減額を請求することができるものとする。
 (3) 次に掲げる場合には,上記(2)の催告を要しないものとする。
  ア 履行を請求する権利につき,履行請求権の限界事由があるとき。
  イ 売主が履行をする意思がない旨を表示したことその他の事由により,売主が履行をする見込みがないことが明白であるとき。
 (4) 上記(2)の意思表示は,履行を請求する権利(履行に代わる損害の賠償を請求する権利を含む。)及び契約の解除をする権利を放棄する旨の意思表示と同時にしなければ,その効力を生じないものとする。

(注)上記(2)の規律は,抵当権等の金銭債務の担保を内容とする権利による負担がある場合については,適用しないものとするという考え方がある。

(概要)

 民法第561条から第567条まで(第565条を除く。)の規律を改めるものである。同法第565条については,前記4で取り上げている。
 本文(1)は,売主が権利を移転する義務を履行しない場合(権利を全く移転しない場合のほか,一部を移転しないこと及び移転する権利に契約の趣旨に反する他人の権利による負担等がある場合が包含される。)の買主の権利として,その債務の履行の請求,債務不履行による損害賠償の請求及び契約の解除が,それぞれ一般原則に基づいて認められることを明記するものである。損害賠償及び契約の解除について,民法第561条から第567条まで(第565条を除く。)により一般原則とは異なる規律が設けられているのを改めるものである。売買の目的が他人の権利であることにつき売主が善意であった場合に売主が解除権を有することを規定する同法第562条については,権利移転義務を履行しない売主に契約離脱の選択肢を与える合理性が乏しいと指摘されていることによる。また,同法第567条に関しては,抵当権等の負担がある場合の解除の要件として買主が「所有権を失ったとき」としているが,所有権の喪失前であっても契約の解除を認めるべき場面があるとの指摘があることによる。また,権利移転義務の不履行に関しては,前記6のような期間制限に関する規律を取り上げていないが,これは消滅時効とは別の期間制限を設けず,消滅時効の一般原則に委ねる趣旨である。したがって,同法第564条及び第566条第3項は,単純に削除することとなる。
 本文(2)は,引き渡された目的物に契約の趣旨に反する他人の権利の負担等があった場合における買主の救済手段として,その意思表示により,他人の権利による負担の程度に応じて代金を減額することができる権利(代金減額請求権)を設けるものである。引き渡された目的物に契約不適合があった場合に関する前記5(1)と同趣旨の規定である。かっこ書により移転すべき権利の全部を移転しない場合を除外しているのは,この場合は対価の一部を削減するにとどまる代金減額請求権による処理がなじまず,専ら契約全体の解除により処理すれば足りると考えられることによる。なお,本文(2)は,売買の目的である権利に抵当権等の金銭債務の担保を内容とする権利の負担がある場合についても適用されるものとしているが,この場面についても権利の全部を移転しない場合と同様に代金減額請求権による処理がなじまないとして,代金減額請求権の対象から除外するとの考え方があり,これを(注)で取り上げている。
 本文(3)は,代金減額請求権の行使要件としての履行の催告が不要となる場合を規定するものであり,前記5(2)と同趣旨の規定である。履行に代わる損害賠償の要件及び債務不履行による契約の解除の要件と平仄を合わせたものとしている。
 本文(4)は,代金減額請求権行使の意思表示につき,履行を請求する権利(履行に代わる損害の賠償を請求する権利を含む。)及び契約の解除をする権利を放棄する旨の意思表示と同時にしなければその効力を生じないものとするものである。前記5(3)と同趣旨の規定である。

赫メモ

 移転した権利が契約不適合である場合(他人物売買で権利の全部又は一部を移転しない場合を含む。以下同じ。)、例えば、契約の趣旨に適合しない抵当権の負担があった場合にその抵当権を売主において消滅させるといった追完義務について、現行法上明文規定がないので、これを明文化するため要綱仮案3を準用するものである。
 また、現行法では、移転すべき権利の一部が他人に属する場合についてのみ代金減額請求権が規定されているが、移転した権利が契約不適合である場合に広く認めるのが妥当であることから、これを明文化するため要綱仮案5を準用するものである。
 また、他人物であることにつき善意であることのみで売主に契約から離脱する権利を認めることは妥当でないから、要綱仮案では、民法562条は削除することを前提とする。
 さらに、契約の趣旨に適合しない先取特権又は抵当権の負担がある場合には、これらの権利が実行される前後を問わず、債務不履行の一般原則により、契約の解除及び損害賠償をすることができるものとするのが妥当であり、かつそれで足りることから、要綱仮案では、民法567条1項及び3項は削除することを前提とする(以上につき部会資料75A、19頁)。

現行法

(他人の権利の売買における売主の担保責任)
第561条 前条の場合において、売主がその売却した権利を取得して買主に移転することができないときは、買主は、契約の解除をすることができる。この場合において、契約の時においてその権利が売主に属しないことを知っていたときは、損害賠償の請求をすることができない。

(他人の権利の売買における善意の売主の解除権)
第562条 売主が契約の時においてその売却した権利が自己に属しないことを知らなかった場合において、その権利を取得して買主に移転することができないときは、売主は、損害を賠償して、契約の解除をすることができる。
2 前項の場合において、買主が契約の時においてその買い受けた権利が売主に属しないことを知っていたときは、売主は、買主に対し、単にその売却した権利を移転することができない旨を通知して、契約の解除をすることができる。

(権利の一部が他人に属する場合における売主の担保責任)
第563条 売買の目的である権利の一部が他人に属することにより、売主がこれを買主に移転することができないときは、買主は、その不足する部分の割合に応じて代金の減額を請求することができる。
2 前項の場合において、残存する部分のみであれば買主がこれを買い受けなかったときは、善意の買主は、契約の解除をすることができる。
3 代金減額の請求又は契約の解除は、善意の買主が損害賠償の請求をすることを妨げない。

第564条 前条の規定による権利は、買主が善意であったときは事実を知った時から、悪意であったときは契約の時から、それぞれ一年以内に行使しなければならない。

(地上権等がある場合等における売主の担保責任)
第566条 売買の目的物が地上権、永小作権、地役権、留置権又は質権の目的である場合において、買主がこれを知らず、かつ、そのために契約をした目的を達することができないときは、買主は、契約の解除をすることができる。この場合において、契約の解除をすることができないときは、損害賠償の請求のみをすることができる。
2 前項の規定は、売買の目的である不動産のために存すると称した地役権が存しなかった場合及びその不動産について登記をした賃貸借があった場合について準用する。
3 前二項の場合において、契約の解除又は損害賠償の請求は、買主が事実を知った時から一年以内にしなければならない。

(抵当権等がある場合における売主の担保責任)
第567条 売買の目的である不動産について存した先取特権又は抵当権の行使により買主がその所有権を失ったときは、買主は、契約の解除をすることができる。
2 買主は、費用を支出してその所有権を保存したときは、売主に対し、その費用の償還を請求することができる。
3 前二項の場合において、買主は、損害を受けたときは、その賠償を請求することができる。

斉藤芳朗弁護士判例早分かり

 (A=売主,B=買主)
@ 【他人物の売買契約も有効である】 最高裁昭和50年12月25日判決・金法784号34頁
  Cが所有するD名義の山林をDがAに売却し,さらにAからBに売却されたが,登記名義がCに回復されたため,BがAを相手取って損害賠償を請求した事例。
  売主が契約に際し他人の権利を取得することを停止条件として売買したものでない限り,売買の目的物が他人に属することについての買主の知・不知を問題とする余地はなく,売主が売買の目的たる権利を自己の物であると主張するか他人の物であると明示するかにかかわらず,他人の権利を目的とする契約として有効に成立する。

A 【他人物を取得して移転できない場合,売主は債務不履行責任を負う】 最高裁昭和41年9月8日判決・民集20巻7号1325頁
  C所有地を賃借しているAが当該土地をBに対して13万円で売却したが(当時,Cは賃借人に対して土地を売却していた),CがAに対して当該土地を売却しなかったため,BがCから直接74万円で買い受けた。CがBに対して損害賠償を請求した。
  他人の権利を売買の目的とした場合において,売主がその権利を取得して買主に移転する義務の履行不能を生じたときであって,その履行不能が売主の責めに帰すべき事由によるものであれば,買主は民法561条の規定にかかわらず,債務不履行の一般規定に従って契約を解除し損害賠償請求することができる。
  判例解説(「S41年度65事件」370,371頁頁)には「第3者の物を売り渡すことを約した売主としては,不可抗力による不能の場合を除き,目的物を第3者から取得して買主に移転する義務を負うのであり,この義務を履行しない限り債務不履行の責任を追及される」「Cが土地を相当価格で売り渡そうという態度を示しているのであれば,Aとしてはこれを買い受けられなかったことに不可抗力をいえないはずである。不能でない限り,いくら不利な条件でもCから買い受けてBに履行すべきである」旨の記載がある。

A-2 【他人物を取得して移転できない場合,売主は債務不履行責任を負う】 東京高裁昭和58年9月28日判決・判時1132号123頁
  Cが所有する土地をAがBに売却する契約を締結した(Cの土地をBに処分してCの負債を整理する予定であった)ところ,Cが土地を売却しなかったため,BがAに対して,違約金(手付金の倍額)を請求した事例。
  ABは土地が第三者Cの所有であることを知っている。そのうえで,Cから所有権を取得してBに移転することが最も基本的かつ重要な義務とされ,AはBに対してこの義務を間違いなく履行することを約したものであるから,民法561条後段の適用はない。Aに債務不履行があるから,契約を解除して,約定の違約金を請求できる。