債権法改正 要綱仮案 情報整理

第30 売買

8 競売における買受人の権利の特則(民法第568条第1項)

 民法第568条第1項及び第570条ただし書の規律を次のように改めるものとする。
 民事執行法その他の法律の規定に基づく競売における買受人は、4及び第12の規定(目的物の種類又は品質に関して契約の内容に適合しないものである場合に関するものを除く。)により、債務者に対し、契約の解除をし、又は代金の減額を請求することができる。

中間試案

9 競売における買受人の権利の特則(民法第568条及び第570条ただし書関係)
  民法第568条及び第570条ただし書の規律を次のように改めるものとする。
 (1) 民事執行法その他の法律の規定に基づく競売における買受人は,買い受けた目的物又は権利について買受けの申出の時に知らなかった損傷,他人の権利による負担その他の事情(以下「損傷等」という。)がある場合において,その損傷等により買い受けた目的を達することができないときは,債務者に対し,契約の解除をし,又はその損傷等の程度に応じて代金の減額を請求することができるものとする。ただし,買受人が[重大な]過失によってその損傷等を知らなかったときは,この限りでないものとする。
 (2) 上記(1)の場合において,債務者が無資力であるときは,買受人は,代金の配当を受けた債権者に対し,その代金の全部又は一部の返還を請求することができるものとする。
 (3) 上記(1)又は(2)の場合において,債務者が目的物若しくは権利の不存在を知りながら申し出なかったとき,又は債権者がこれを知りながら競売を請求したときは,買受人は,これらの者に対し,損害賠償の請求をすることができるものとする。
 (4) 買受人は,買い受けた目的物又は権利に損傷等があることを知った時から1年以内にその損傷等を債務者又は配当を受領した債権者に通知しなければ,上記(1)から(3)までの権利を失うものとする。ただし,買い受けた権利の全部が他人に属していたときは,この限りでないものとする。

(注)競売における担保責任に関して,現状を維持するという考え方がある。また,上記(2)の規律は,上記(3)の要件を満たす債権者についてのみ適用するという考え方がある。

(概要)

 本文(1)は,民事執行法その他の法律に基づく競売の目的物に損傷等があった場合の買受人の救済手段を整備するものである。民法第568条第1項は,買受人の救済手段に関して,売主の担保責任に関する同法第561条から第567条までの規定に従うこととしているが,それに加えて,同法第570条ただし書のように「(隠れた)瑕疵」を救済の対象から一律に除外する考え方は採らないこととしている。物の瑕疵であっても,買受人にとって権利の瑕疵と比肩すべき重大な不利益となる場合があり得ることを考慮したものである。このように買受人が救済される場面を拡張するに当たり,本文(1)では,まず,買い受けた目的を達成し得ないことを,解除だけでなく代金減額請求の要件ともしている。また,第2文において,買受人が損傷等を知らなかったことにつき(重大な)過失があった場合には,救済しないこととしている。いずれも,救済の対象を真に必要なものに限定する趣旨である。
 本文(2)及び(3)は,救済の対象となる損傷等が本文(1)で画されることを前提に,一定の場合に,買受人が配当受領者に受領した代金の全部又は一部の返還を請求し,又は債務者若しくは配当受領者に損害賠償の請求ができるとする民法第568条第2項及び第3項の規律を維持するものである。
 本文(4)は,前記6(買主の権利の期間制限)の見直しの在り方にかかわらず,競売における担保責任に適用されている民法第564条及び第566条第3項の期間制限を実質的に維持して,買受人が損傷等を知った時から1年以内にその事実を債務者又は配当受領者に通知しなければ,それらの者に対して本文(1)から(3)までの救済を求める権利を喪失するとするものである。権利保存のための行為を「通知」に改めているのは,前記6の見直し(乙案参照)と平仄を合わせたものである。本文(4)の第2文は,権利の全部が他人に属する場合につき,期間制限が設けられていない現状を維持するものである(同法第560条,第561条参照)。
 以上に対し,競売手続の結果が実質的に覆滅される場面が現行法よりも拡大することにより配当受領者の地位が不安定になるおそれがあり,執行裁判所がそれを慮って競売手続を慎重に進めざるを得なくなって,手続の円滑が害されるおそれがあることなどを理由に,競売に関する担保責任の規律につき現状を維持すべきであるとの考え方がある。また,本文(2)の規律については,配当受領者につき上記(3)の要件を満たす場合にのみ適用されるものとすべきであるとの考え方がある。これらの考え方を,(注)で取り上げている。

赫メモ

 中間試案では、民法570ただし書を改め、強制競売においても物の瑕疵に関する担保責任の規律を及ぼすことが提案されていたが、パブリック・コメントで多くの反対意見が寄せられたことから、要綱仮案では、当該規律を設けることは見送られ、民法561条1項を基本的に維持しつつ、民法561条から567条までの規律の見直しに伴う規律の変更があるにとどまる。具体的には、移転した権利に契約不適合がある場合(民法566条参照)にも代金減額請求が可能となり、また、民法564条(565条による準用を含む。)及び566条3項の期間制限が撤廃され、消滅時効の一般原則によることになる。
 なお、強制競売においては、代金減額の請求及び契約の解除をする際における履行の追完の催告は、不要と解されるが、この点は、強制競売において履行追完請求に関する規律(要綱仮案3)を及ぼさないことによって明らかにしている(以上につき部会資料75A、26頁)。

現行法

(強制競売における担保責任)
第568条 強制競売における買受人は、第五百六十一条から前条までの規定により、債務者に対し、契約の解除をし、又は代金の減額を請求することができる。
2 前項の場合において、債務者が無資力であるときは、買受人は、代金の配当を受けた債権者に対し、その代金の全部又は一部の返還を請求することができる。
3 前二項の場合において、債務者が物若しくは権利の不存在を知りながら申し出なかったとき、又は債権者がこれを知りながら競売を請求したときは、買受人は、これらの者に対し、損害賠償の請求をすることができる。

(売主の瑕疵担保責任)
第570条 売買の目的物に隠れた瑕疵があったときは、第五百六十六条の規定を準用する。ただし、強制競売の場合は、この限りでない。

斉藤芳朗弁護士判例早分かり

 (A=売主,B=買主)
@ 【建物のための借地権が存在しない場合は法律上の瑕疵である】 最高裁平成8年1月26日判決・民集50巻1号155頁
  借地権付建物が競売に付され,買受後に,地主から地代不払いで借地契約が解除されため,買受人が配当を受けた債権者に対して配当金の返還を求めた。
  強制競売手続において,建物のために借地権が存在することを前提として建物の評価,売却価額が決定され,売却が実施されたことが明らかであるにもかかわらず,実際には代金納付の時点において借地権が存在しなかったため,買受人が建物買受けの目的を達成することができず,債務者が無資力である場合には,民法568条1項,2項,566条1項,2項の類推により,代金の返還を求めることができる。
  判例解説(「H8年度3事件」)「買受人に対して競売の目的物を調査すべきことを要求し,買受人が自己の危険において買い受けるべきものとすることにより,競売の結果が容易に覆されることを防止し,債権者・債務者の期待を保護しようとするものであり,民法561条ないし567条を容易に拡張して解釈すること相当ではない」(50〜51頁)。

A 【都市計画街路内であることを法律上の瑕疵とした事例】 最高裁昭和41年4月14日判決・民集20巻4号649頁
  AB間で売買された土地の8割が東京都市計画街路の範囲にあること(幅員15mの道路用地)が判明したため,建物を建築したとしても取り壊さなければならず,契約の目的が達成できないとして,買主Bが契約を解除し手付金120万円の返還を求めた。
  Bは土地を自己の永住する居宅の敷地として使用する目的で,そのことを表示してAから買い受けたが,土地の8割が東京都市計画街路の境域内に存するのであるから,土地上に建物を建築しても,早晩その実施により建物の全部または一部を撤去しなければならない。契約の目的を達することができず,土地の瑕疵があるものとした原判決の判断は正当である。
  判例解説(「判解昭和41年度114事件」604頁)には,「ただし,競売の場合にいかに対処すべきかについては,本判決が直接触れるところではない」旨の記載がある。

A-2 【市街化調整区域にあるため建物の建築制限がなされていることを法律上の瑕疵とした事例】東京高裁平成15年1月29日判決・判時1825号71頁
  競売手続で土地を買い受けた者が,当該土地が市街化調整区域に編入されており建物の建築が制限されていることを考慮せずに評価がなされていたとして,配当を受けた債権者に対して配当金の返還を求めた事例(債権者は,当該瑕疵は民法570条但書に該当する旨主張していた)。
  評価人は,評価書に法令に基づく制限の有無・内容を記載しなければならず(民執規30条1項5号ロ),裁判所はこの評価に基づいて売却価額を決定し(民執法60条1項),評価書の写は一般の閲覧に供されること(民執規31条2項)から考えて,実際に存する都市計画法等の公法上の規制が存するにもかかわらずこれが存しないものとして評価がなされ,公法上の規制が存するものとして売却が実施されておればより低額で買い受けることができ,かつ,債務者が無資力のときは,債権者に対して,代金の返還を求めることができる。

A-3 【名古屋市の建築条例を充足せず建物を建築できない土地を法律上の瑕疵とした事例】名古屋高裁平成23年2月17日判決・判時2145号42頁
  土地の間口が名古屋市の建築条例に定める幅員を満たさないため,建物を建築できない土地であるにもかかわらず,この点が評価に反映されていなかったため,買受人が配当受領者に対して配当金の返還を求めた事例。
  競売の目的不動産に公法上の規制が実際には存するにもかかわらず,評価書等にこれが存しないと記載され,その記載を前提に売却基準価額が決定されて売却が実施された場合には,競売の目的物が公法上の規制を受けて所有権の行使が制約されることとなり,通常の売買の目的物が地上権等の目的であるために所有権の行使が制約される場合と類似しているから,民法568条,566条を類推適用をするのが相当である。その結果,買受人がまず不測の損害を被り,債権者は,公法上の規制が看過され,本来得ることのできない利益を保有することになる事態が是正され,公平な結果が得られる。