第30 売買
危険の移転について、次のような規律を設けるものとする。
(1) 売主が買主に目的物(売買の目的として特定したものに限る。以下この10において同じ。)を引き渡した場合において、その引渡しがあった時以後にその目的物が売主の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときは、買主は、その滅失又は損傷を理由とする履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。この場合において、買主は、代金の支払を拒むことができない。
(2) 売主が契約の内容に適合する目的物の引渡しを提供したにもかかわらず買主が受領しない場合において、その提供があった時以後に、その目的物が売主の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときも、(1)と同様とする。
14 目的物の滅失又は損傷に関する危険の移転
(1) 売主が買主に目的物を引き渡したときは,買主は,その時以後に生じた目的物の滅失又は損傷を理由とする前記4又は5の権利を有しないものとする。ただし,その滅失又は損傷が売主の債務不履行によって生じたときは,この限りでないものとする。
(2) 売主が当該売買契約の趣旨に適合した目的物の引渡しを提供したにもかかわらず買主がそれを受け取らなかった場合であって,その目的物が買主に引き渡すべきものとして引き続き特定されているときは,引渡しの提供をした時以後に生じたその目的物の滅失又は損傷についても,上記(1)と同様とする。
本文(1)は,いわゆる危険の移転時期に関するルールを,最も適用場面が多いと考えられる売買のパートに新設するものである。民法第534条が規定する危険負担の債権者主義については,目的物が引き渡された後に適用場面を制限する解釈が広い支持を得ていることなどを踏まえ,目的物の滅失又は損傷の危険の移転時期を目的物の引渡し時とした上で,買主は,目的物の引渡し時以後に生じた目的物の滅失又は損傷を理由とする債務不履行による損害賠償を請求する権利,契約の解除をする権利又は代金減額請求権を有しない旨を規定するものとしている。もっとも,その滅失又は損傷が売主の債務不履行によって生じたとき(例えば,目的物の滅失又は損傷が引渡し後に生じたがそれが引渡し前の保存義務違反に起因する場合等)は,その滅失又は損傷が引渡し後に生じたものであっても売主にその危険を負担させるのが相当であることから,第2文でその旨を規定している。
本文(2)は,売主が目的物の引渡しを提供したにもかかわらず買主がそれを受け取らなかったときに,その引渡しの提供をした時点を危険の移転時期として規定するものである。受領遅滞(民法第413条)の効果として売主から買主に危険が移転することは異論のない解釈とされており,これを踏まえたものである。種類物売買については,危険の移転の効果が発生するには,引渡しの提供があったのみでは足りず,目的物が特定(同法第401条第2項)されている必要があると解されているが,引渡しの提供時以後に生じた目的物の滅失又は損傷のリスクを買主が負担すべきと言えるためには,滅失又は損傷が生じた時点でも引き続き特定されている状態が維持されている必要があると考えられる。そこで,「買主に引き渡すべきものとして引き続き特定されているとき」との要件を設けている。これは種類物売買を念頭に置いた要件であり,特定物売買においては実際上問題となることはないと考えられる。
規律の趣旨は、中間試案概要のとおりである。ただし、中間試案(1)ただし書においては売主が契約不適合物を引き渡した場合には、目的物の滅失・損傷の危険が移転しないことを規律していた。しかし、かかる場合に売主は履行の追完等の責任を負うべきではあるものの、目的物の支配については引渡しにより買主に移転することから、引渡しがあった時以後に売主の帰責事由によらない目的物の滅失又は損傷が生じた場合には、これを理由とする履行の追完請求等はできないものとするのが衡平の観点から相当であることから、ただし書の規律を設けることは見送られた(部会資料81-3、10頁)。なお、「売買の目的として特定したものに限る」との文言の付加につき、部会資料83-2、43頁、参照)。
【コメント】
種類物売買において契約不適合物によっては特定の効果が生じないとの前提に立つと、契約不適合物を引き渡した場合については、特定物売買と種類物売買で、危険移転のルールが著しく異なってくることになる。
(A=売主,B=買主)
@ 【特定物の売買において目的物が滅失しても,代金債権は消滅しない】最高裁昭和24年5月31日判決・民集3巻6号226頁
買主Bは,売主Aから,すでに買主が保管していた蚊取り線香を買い受けたが,空襲により香取り線香が焼失した,という事案における売買代金請求事件。
蚊取り線香の売買は特定物の売買であるから,滅失したとしても,売主の代金債権が消滅する理由はない。
A 【売主は,種類物債権が特定されて以降,善管注意義務をもって目的物を保存する義務を負う】最高裁昭和30年10月18日判決・民集9巻11号1642頁(タール事件)
Aは,Cが保管している漁業用タールの中から2000トンをBに対して売却する契約を締結したが,Bは品質が悪いとして受け取らなかったところ,Cの組合員がタールを処分してしまったという事例。Bが契約解除して既払い代金(490万円)の返還を求める事件。
本件では,不特定物の売買が行われたものと認めるのが相当である。通常の種類債権であるとすれば,特別の事情のない限り,履行不能ということは起らないはずであり,これに反して,制限種類債権であるとするならば,履行不能となりうる代りには,目的物の良否は普通問題とはならないのであって,Bが「品質が悪いといって引取に行かなかった」とすれば,Bは受領遅滞の責を免れない。
目的物中未引渡の部分につき,Aが言語上の提供をしたからといって,物の給付を為すに必要な行為を完了したことにならないことは明らかであろう。したがって,目的物がいずれの種類債権に属するとしても,いまだ特定したとはいえないのであって,Aが目的物につき善良なる管理者の注意義務を負うにいたったとの判断も誤りである。
A-2 【制限種類物債権の目的物の品質が悪いといって受取を拒否すれば受領遅滞となり,売主が権限された義務を尽くしておけば,危険は買主が負担する】札幌高裁函館支部昭和37年5月29日判決・高民集15巻4号282頁
Cの差戻審判決。
Cの溜池に保管してあったタール3000トンの一部が目的物とされており,制限種類債権である。したがって,タールの品質は問題とならないので,Bは受領遅滞となる。その後,全量が滅失しており履行不能となったが,Aは,Cの管理下で保管し,自己の財産に対するのと同一の注意をもって管理しており,滅失に関する過失はない。危険は,Bが負担するので,解除は無効である。
A-3 【引渡後に目的物の瑕疵によって目的物が滅失した場合,買主は契約を解除し損害賠償請求することができる】横浜地裁川崎支部平成13年10月15日判決・判時1784号115頁
ペット販売業者から購入したマルチーズがパルボウィルスに感染して死亡したとして,買主が,売買契約を解除して,損害賠償請求した事例。
マルチーズは,引渡前からパルボウィルスに感染しており,ペット販売業者も認める健康で病気に感染していない動物を売り渡すという売買契約の基本的義務に反しており,売買の目的を達成することが不能となり,解除は有効であり,損害賠償義務も負う。