債権法改正 要綱仮案 情報整理

第3 意思表示

2 錯誤(民法第95条関係)

 民法第95条の規律を次のように改めるものとする。
(1) 意思表示は、次のいずれかの錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。
 ア 意思表示に対応する意思を欠くもの
 イ 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反するもの
(2) (1)イの錯誤による意思表示の取消しは、当該事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる。
(3) (1)の錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次のいずれかに該当するときを除き、(1)による意思表示の取消しをすることができない。
 ア 相手方が、(1)の錯誤があることを知り、又は知らなかったことについて重大な過失があるとき。
 イ 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき。
(4) (1)による錯誤による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。

中間試案

2 錯誤(民法第95条関係)
  民法第95条の規律を次のように改めるものとする。
 (1) 意思表示に錯誤があった場合において,表意者がその真意と異なることを知っていたとすれば表意者はその意思表示をせず,かつ,通常人であってもその意思表示をしなかったであろうと認められるときは,表意者は,その意思表示を取り消すことができるものとする。
 (2) 目的物の性質,状態その他の意思表示の前提となる事項に錯誤があり,かつ,次のいずれかに該当する場合において,当該錯誤がなければ表意者はその意思表示をせず,かつ,通常人であってもその意思表示をしなかったであろうと認められるときは,表意者は,その意思表示を取り消すことができるものとする。
  ア 意思表示の前提となる当該事項に関する表意者の認識が法律行為の内容になっているとき。
  イ 表意者の錯誤が,相手方が事実と異なることを表示したために生じたものであるとき。
 (3) 上記(1)又は(2)の意思表示をしたことについて表意者に重大な過失があった場合には,次のいずれかに該当するときを除き,上記(1)又は(2)による意思表示の取消しをすることができないものとする。
  ア 相手方が,表意者が上記(1)又は(2)の意思表示をしたことを知り,又は知らなかったことについて重大な過失があるとき。
  イ 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき。
 (4) 上記(1)又は(2)による意思表示の取消しは,善意でかつ過失がない第三者に対抗することができないものとする。
(注) 上記(2)イ(不実表示)については,規定を設けないという考え方がある。

(概要)

 本文(1)は,いわゆる表示行為の錯誤について,要素の錯誤がある場合にはその意思表示の効力が否定されるという民法第95条の規律内容を基本的に維持した上で,「要素の錯誤」の内容を判例法理に従って規定上明確にするものである。「要素の錯誤」について,判例(大判大正7年10月3日民録24輯1852頁等)は,その錯誤がなかったならば表意者は意思表示をしなかったであろうと考えられ(主観的因果性),かつ,通常人であってもその意思表示をしないであろうと認められる(客観的重要性)ものをいうとしており,このような定式化は学説上も支持されている。
 また,本文(1)では,錯誤による意思表示の効果を取消しに改めている。判例(最判昭和40年9月10日民集19巻6号1512頁)は,原則として表意者以外の第三者は錯誤無効を主張することができないとしており,相手方からの無効主張をすることができない点で取消しに近似している上,無効を主張すべき期間についても取消しと扱いを異にする理由はないと考えられるからである。
 本文(2)は,いわゆる動機の錯誤について規定を設けるものである。
 動機に錯誤があったとしても意思表示の効力は妨げられないのが原則であるが,一定の場合には動機の錯誤が顧慮されることには判例上も学説上も異論がない。本文(2)アは,判例(最判昭和29年11月26日民集8巻11号2087頁等)は,動機が法律行為の内容になっていることを重視しているという理解に従い,動機すなわち意思表示の前提となる事項が法律行為の内容になっていたときは,表示行為の錯誤と同様に,主観的因果性と客観的重要性という要件を満たせば取消可能であることを明示することとしている。
 また,本文(2)イでは,表意者の錯誤が相手方が事実と異なる表示をしたことによって引き起こされたときにも誤認のリスクは相手方が負うべきであるという考え方に従い,このような場合にも,表示行為の錯誤と同様に,主観的因果性と客観的重要性という要件を満たせば意思表示を取り消すことができることとしている。これに対し,相手方が事実と異なる表示をしたからと言って誤認のリスクが常に相手方に転嫁されるべきではないなどとして,このような規定を設けるべきではないという考え方があり,この考え方を(注)で取り上げている。このほか,詐欺(後記3(2)及びその(注))におけるのと同様に,相手方と同視される者が事実と異なる表示をしたことによって錯誤が生じた場合について規定を設けるという考え方がある。
 本文(3)は,表意者に重過失があったときは錯誤を主張することができないという民法第95条ただし書を原則として維持するとともに,その例外として,相手方が表意者の錯誤について悪意又は重過失がある場合と共通錯誤の場合には,表意者に重過失があっても錯誤を理由として意思表示を取り消すことができるとするものである。これらの場合には,表意者の錯誤主張を制約する必要はないという有力な見解に従うものである。
 本文(4)は,民法第95条に,錯誤による意思表示を前提として新たな法律関係に入った第三者が保護されるための要件に関する規定を新たに設けるものである。これは,自ら錯誤に陥った者よりも詐欺によって意思表示をした者のほうが帰責性が小さく保護の必要性が高いのに,第三者が現れた場合に錯誤者のほうにより厚い保護が与えられるのはバランスを失することを理由に,民法第96条第3項を類推適用する見解に従い,これを明文化するものである。詐欺については,学説の多数に従って善意無過失の第三者を保護することを提案しており(後記3),錯誤による意思表示を前提として新たに法律関係に入った第三者についても,善意無過失であることを要件として保護するものとしている。

赫メモ

 要綱仮案(1)では、錯誤による意思表示の効果を取消しに改めている。判例(最判昭和40年9月10日)は,原則として表意者以外の第三者は錯誤無効を主張することができないとしており,相手方からの無効主張をすることができない点で取消しに近似している上,無効を主張すべき期間についても取消しと扱いを異にする理由はないと考えられるからである(中間試案概要)。
 要綱仮案(1)アは、いわゆる表示行為の錯誤について、民法95条の規律内容を基本的に維持したうえで、「要素の錯誤」の内容を判例法理にしたがって規定上明確にするものである。「要素の錯誤」については、中間試案の表現から、「その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるとき」に変更されたが、判例法理の明確化との趣旨は同じである(部会資料83-2、1頁)。
 要綱仮案(1)イ及び(2)は、いわゆる動機の錯誤について規定を設けるものである。中間試案の表現から変更されたが、従来の判例実務を踏襲する趣旨に変わりはない(部会資料83-2、2頁)。
 要綱仮案(3)(4)については、中間試案の(3)(4)と変更はない(中間試案概要の該当箇所参照)。
 なお、中間試案(2)イの規律(相手方の不実表示等による錯誤の規律)は見送られたが、法律行為の内容になったか否か(当該事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたか否か)の判断に際して、相手方の行為によって錯誤が生じたことを考慮すること自体が否定されたものではない(部会資料83-2、3頁)。

現行法

(錯誤)
第95条 意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。

関連部会資料等

斉藤芳朗弁護士判例早分かり

 (A=意思表示者,B=相手方,C=第三者)
[要素の定義]
@ 【要素に該当するためには,通常人の表示者の地位においても同じような意思表示をしたと認めるべき場合であることが要求される】大審院大正3年12月15日判決・民録20輯1101頁
  Aにおいて,B所有の不動産αの時価が実際には700円しかないのに,1500円あるものと誤信して抵当権を設定したうえで,Bとの間で清酒販売を始めたが,後日,錯誤無効を主張した。
  意思表示の縁由に属する事実といえども,表意者が意思表示の内容に加える意思を明示又は黙示したときは,意思表示の内容を組成するのであり,目的物の価額のようなものであっても意思表示の内容となりうる。
  法律行為の要素に該当するか否かは,表意者の意思においてある事実を法律行為の要素としたことが合理的な場合,すなわち,通常人を表示者の地位に置いても,同じような意思表示をしたと認めるべき場合であることが要求される。錯誤がなければ表意者がその意思表示をしないものと認められる場合において法律行為の要素の錯誤が存在するものである。したがって,目的物の価額に関する錯誤といえでも,この基準に適するのであれば法律行為の要素の錯誤となる。

A 【要素とは法律行為の主要部分であり,表示者が意思表示の要部とし,もしも錯誤がなければ意思表示せず,意思表示しないことが一般取引通念に照らして至当と認められることを要する】大審院大正7年10月3日判決・民録24輯1852頁
  Aは,控訴審判決が出て勝訴しているのを知らずに,Bとの間で和解契約を締結した。Aが錯誤無効を主張した。
  法律行為の要素とは,法律行為の主要部分であり,主要部分とは,表意者が意思表示の要部とし,もしも錯誤がなければ意思表示せず,意思表示しないことが一般取引通念に照らして至当と認められることを要する。

[動機の錯誤]
@ 【動機が表示されなかったので,要素の錯誤ではない,とされた事例】最高裁昭和29年11月26日判決・民集8巻11号2087頁
  Aは,Cが居住している家屋についてCから同居の承諾をもらい,所有者であるBから購入することとしたが,CはAとの同居を拒絶した。Aは,売買契約の錯誤無効を主張した。
  Cの同居承諾を得るということは,買主Aが意思表示をするについての動機に過ぎず,この動機は相手方Bに表示されなかったのであるから,相手方に表示されなかった動機の錯誤は法律行為の要素の錯誤とならない旨判断した原判決は正当。

A 【動機が明示されて意思表示の内容となっていることが必要である,とされた事例】最高裁昭和45年5月29日判決・判時598号55頁
  Aは手形の振出人であるが,経営が苦しくなり,手形の所持人であるBとの間で,手形債権を準消費貸借契約αに切り替えた。その際,BがさらにAに対して融資してくれるものと信じて,A所有の不動産をBのために抵当権を設定する契約βを締結した。しかし,Bからの融資話は誤解であり,錯誤を主張して提訴し,βについては錯誤無効が確定している。αも無効となるか否かの裁判である。
  一般に,錯誤が意思表示の要素に関するものであるというためには,その錯誤が動機の錯誤である場合には動機が明示されて意思表示の内容をなしていること及びその動機の錯誤がなかったならば通常当該意思表示をしなかったであろうと認められる程度の重要性が認められることを要するものと解すべきである。αがAの従来の手形債務の弁済期を延期し,経済前にはAにとって有利なものとなったのであり,Aについて錯誤がなかったならばαを締結しなかったであろうという関係は到底これを認めることができない。

B 【動機が表示されたかどうかにかかわりなく,法律行為の要素とはならない,とされた事例】最高裁昭和47年5月19日判決・民集26巻4号723頁
  AとCとの間で締結された不動産の売買契約が合意解除され,AがCに対して1億8000万円を返還しなければならなくなったため,Aは,預金を持っていたB組合に対して,事情を説明して,Aの預金9000万円を解約して,Cに9000万円送金した。その後,AC間の合意解除に錯誤があることが判明したため,AはBに対する送金委託について,錯誤無効を主張した。
  Aによる定期貯金契約の解約,Cに対する送金依頼は,定期貯金の払戻金により9000万円をCに給付することをその内容とするものであり,その実質においては,Aがみずから定期貯金の払戻を受けてこれをCに支払う場合と同視すべきものであって,Cに対する支払の動機のごときは,Bに表示されたかどうかにかかわりなく,定期貯金の解約および支払委任という法律行為の要素となるものではない。

C 【動機が,当然には契約の内容となるものではない,とされた事例】最高裁昭和32年12月19日判決・民集11巻13号2299頁
  Aは,Cからの依頼により,CがB銀行から40万円を借りる際の連帯保証人となった。Aは,Bから,他に連帯保証人がいる旨告げられたから保証人となったが,実際には保証人がいなかったから錯誤があり,として争った。
  保証契約は,保証人と債権者との間に成立する契約であって,他に連帯保証人があるかどうかは,通常は保証契約をなす単なる縁由にすぎず,当然にはその保証契約の内容となるものではない。

D 【動機について契約の内容とする趣旨はうかがえないので,要素の錯誤とはならないとされた事例】最高裁昭和34年5月14日・民集13巻5号584頁
  AがBに家屋の建築を発注したが,当該土地上に学校が建築される予定であったため,家屋を建築することができなかった。BがAに対して,建築資材の加工費用相当額の賠償を求めた。
  建築請負契約において建築確認を受け得るかどうかは,単に契約の動機にとどまるものというべく,契約にあたり,AB間において,建築確認を受け得ることを特に契約の内容とした趣旨はうかがえないから,要素の錯誤の主張を認容しなかった原審の措置は正当。

E 【動機の錯誤が要素の錯誤となるためには,動機が相手方に表示されて法律行為の内容となったことが必要である,とされた事例】最高裁平成1年9月14日判決・判時1336号93頁
  Aは,Bと離婚するに際して,不動産を財産分与として譲り渡すこととしたが,後日,譲渡所得税が2億円以上課税されることが判明した。Aは,財産分与の錯誤無効を主張した。
  意思表示の動機の錯誤が法律行為の要素の錯誤として無効となるためには,その動機が相手方に表示されて法律行為の内容となり,もし錯誤がなかったならば表意者がその意思表示をしなかったであろうと認められることを要するところ,動機が黙示的に表示されているときであっても,これが法律行為の内容となることを妨げるものではない。
  Aは,財産分与によってBに課税されることを心配してこれを気遣う発言をしており,Bも自己に課税されるものと理解しており,Aにおいて課税の点を重視していたのみならず,自己に課税されないことを当然の前提とし,その旨を黙示的には表示していた。そして,これに伴う課税も極めて高額にのぼるから,Aとすれば,錯誤かなければ財産分与契約の意思表示をしなかったものと認める余地が十分にある。

F 【立替払契約の保証において,商品売買契約の成否は保証契約の重要な内容である,とされた事例】最高裁平成14年7月11日判決・判時1805号56頁
  Cは,Dから印刷設備を購入したことにして,クレジットを組み,クレジット会社Bは,代金300万円をDに支払い,Dは,Cに対して手数料を控除した額を送金した。このクレジット契約の保証人A(Cの社員)に対する保証債務履行請求事件。
  保証契約は,特定の主債務を保証する契約であるから,主債務がいかなるものであるかは,保証契約の重要な内容である。そして,主債務が,商品を購入する者がその代金の立替払を依頼しその立替金を分割して支払う立替払契約上の債務である場合には,商品の売買契約の成立が立替払契約の前提となるから,商品売買契約の成否は,原則として,保証契約の重要な内容であると解するのが相当である。
  Aは,保証契約を締結した際,空クレジットであることを知らなかった,というのであるから,保証契約におけるAの意思表示は法律行為の要素に錯誤があったものというべきである。
  主たる債務が実体のある正規のクレジット契約によるものである場合と,空クレジットを利用することによって不正常な形で金融の便益を得るものである場合とで,主債務者の信用に実際上差があることは否定できず,保証人にとって,主債務がどちらの態様のものであるかにより,その負うべきリスクが異なってくるはずであり,看過し得ない重要な相違がある。まして,1通の本件契約書上に本件立替払契約と本件保証契約が併せ記載されている本件においては,連帯保証人であるAは,主債務者であるCが機械を買い受けてB社に対し分割金を支払う態様の正規の立替払契約であることを当然の前提とし,これを保証契約の内容として意思表示をしたものであることは,一層明確である。

[不実表示類似事案]
@ 【相手方からの働きかけによって錯誤に陥った可能性がある,とされた事例】最高裁平成16年7月8日判決・判時1873号131頁
  Aは,X社の株式を2億円でB社に売却したが,仲介したのはB社の全株式を所有するCであった。X社の資産は27億円でうち預金が26億円,負債は17億円で,負債を一括して弁済しても,10億円の預金が残る状態であった。
  本件各売買契約の要素たる売買対象物の価値について錯誤があったことをうかがわせるものである。
  売買契約当時,X社の純資産は約10億円であったにもかかわらず,Aはその全株式を2億円で売却することになったが,これはCの提案に基づくものである。Aは,当時,Cを全面的に信頼しており,CからAの財産の保全・増加に必要であるとして示された方策に従っていたこと,CはB社の全株式を有する者であって,売買契約の結果労せずして多額の利益を得たといえることなどに照らすと,売買契約につき,Aにおいて,Cからの働き掛けにより,X会社の株式の実質的な価値に関し錯誤に陥ったことを直ちに否定することはできない。Aにおいて,売買契約締結に至る意思決定の過程を具体的に明らかにしていないという事情があることを考慮しても,なお,売買契約に係るCによる欺罔の事実,又はAの錯誤の事実について十分に審理をすることなく,これを否定した原審の判断には,審理不尽の結果法令の適用を誤った違法がある。

@-2 【相手方の言動を信じて保証を決断した以上は,保証をする動機が表示されている,とされた事例】東京高裁平成17年8月10日判決・判時1907号42頁
  A(B社の経営者の義兄,71歳,胃がん直腸がんを患う)は,C社のB信金に対する2500万円の借入れを連帯保証し,自宅を担保に供した。連帯保証等が錯誤無効か否かについて争われた。
  もしAがB社が破綻状態にあり現実に保証債務の履行をしなければならない可能性が高いことを知っていたならば,唯一の土地建物を担保提供してまで保証する意思はなかったものであり,B社の経営状態が破綻状態にあるものとはまったく認識せずに保証契約の締結に応じたというべきであり,保証契約にはその動機に錯誤があったことは明らかである。
  Cはシステム金融等からの借入れが2900万円あり,2500万円の融資を受けても倒産必至の状態であり,現実に2500万円の融資から4ヶ月目に倒産しており,BもCの経営状態を容易に見抜くことができた。Aは,Cの経営状態が破綻状態にあるとはまったく認識せずに連帯保証契約の締結に応じたものであり動機に錯誤があり,Bの担当者からCは大丈夫との返答があったのでこれを信じて保証を決断しており,Cが破綻状態にないことを信じて保証するという意思が表示されている。よって,錯誤により無効。

@-3 【保証協会は,金融機関が厳格な審査を行ったことを前提として保証契約を締結するのであるから,主債務者が保証の対象とならない企業であることが判明すれば,錯誤無効を主張することができる,とされた事例】東京高裁平成19年12月13日判決・判時1992号65頁
  B銀行のC社に対する貸付について,A保証協会が債務保証したところ,C社には企業実態がなく,そもそもAが保証できる対象会社ではなかった。
  信用保証協会は,信用保証協会法により,中小企業者の運転資金の返還債務を保証することができるが,その中小企業者は企業としての実体を有することを当然の前提としており,中小企業者としての実体がなければ信用保証の対象とならない。中小企業者が企業としての実体を有することは,Aが保証をするための重要な要素であり,Aに要素の錯誤があった。
  金融機関経由保証においては,信用保証協会は,申込人の企業実体の有無について金融機関の側で既に厳正な審査がなされていることを前提として自らの調査を行うことが許され,金融機関から送付された信用保証依頼書等についての書面調査や必要に応じて行われる面接調査によって明らかになった事実,特に認識していた事実を踏まえ,申込人の企業実体について疑問を抱くべき特段の事情のない限り,この調査のほかにさらに自ら実地調査を含めたより精緻な調査を行うことまでは必要ではなく,その結果,A協会においてC社に企業実体があると誤信したとしても,もはやその錯誤については重大な過失があるとはいえない。

@-4 【誤信の理由が相手方の発言した事実であることを根拠に,動機の表示があった,とされた事例】東京高裁平成24年5月24日判決・判タ1385号168頁
  BがC銀行から450百万円の借入れをして,ビルを購入する際に,A(Bの兄,医師)がこの借入金を保証した。C銀行の担当者は,Aに対して,銀行のビルの評価額が370百万円なのに,「10億円のビルが4.5億円で買える」と言ってビルに十分な担保価値があり,「お兄さんには一切迷惑がかからない」と言って連帯保証人の責任が追及されるような事態に至る可能性がないという事実に反する発言をしていた。
  Aが誤信した事実は,相手方であるC銀行の担当者が積極的に発言した事実であるから,保証契約にあたり当事者間でAの動機の表示があったことは明らかである。

[双方錯誤]
東京地裁平成14年3月8日判決・判時1800号64頁
 B(画商)がA(画商)に対して,モロー作のガニメデスの略奪という絵画を3000万円で売却したところ,贋作であることが判明したため,Aが錯誤無効を主張して売買代金の返還を求めた。
 Bは,カタログクレゾネ(掲載された絵画は本物として通用している)に掲載されている旨説明し,Aは鑑定書の有無について確認し,真作がクリスティーズにおいて3700万円で落札されていることから,売買契約の目的物として真作である旨表示したものとみるべきであり,真作であることは契約の重要な要素である。
 契約当事者の双方が錯誤に陥っているため,契約を有効として保護すべき利益が相手方当事者には存しないため,民法95条但書は適用されない。

[取消的処理]
@ 【錯誤者が錯誤を認めず錯誤無効を主張する意思がない場合に,第三者が無効を主張することはできない】最高裁昭和40年9月10日判決・民集19巻6号1512頁
  AからBに対する土地明渡請求がなされたが,Bは,Aによる土地取得に関してAに錯誤がある(別の土地と間違えて取得した)旨主張して,Aの所有権を否定した。
  民法95条の法意は瑕疵ある意思表示をした当事者を保護しようとすることにあるから,表意者A自身においてその意思表示になんらの瑕疵も認めず,錯誤を理由として意思表示の無効を主張する意思がないにもかかわらず,第三者Bにおいて錯誤に基づく意思表示の無効を主張することは,許されない。

A 【錯誤者が錯誤あることを認めている場合,錯誤者の債権者が無効を主張することは許される】最高裁昭和45年3月26日判決・民集24巻3号151頁
  C→A→Bと転売された絵画が贋作であることが発覚。CA,ABの各契約が錯誤により無効であるとして,Bが,A(A自身も意思表示に瑕疵があったことを認めている)のCに対して有する売買代金返還請求権を代位行使した。
  Bは,Aに対する売買代金返還請求権を保全するため,Aのした意思表示の錯誤無効を主張し,AのCに対する売買代金返還請求権を代位行使するものであって,Aも意思表示に瑕疵があったことを認めているのであるから,Aが自ら意思表示の無効を主張する意思を有すると否とにかかわらず,BがAの意思表示の無効を主張することは許される。