債権法改正 要綱仮案 情報整理

第32 消費貸借

1 消費貸借の成立等(民法第587条関係)

 民法第587条に次の規律を付け加えるものとする。
(1) 民法第587条の規定にかかわらず、書面による消費貸借は、当事者の一方が金銭その他の物を引き渡すことを約し、相手方がその引渡しを受けた物と種類、品質及び数量の同じ物をもって返還をすることを約することによって、その効力を生ずる。
(2) 消費貸借がその内容を記録した電磁的記録によってされたときは、その消費貸借は、書面によってされたものとみなして、(1)を適用する。
(3) (1)の消費貸借の借主は、貸主から金銭その他の物を受け取るまで、契約の解除をすることができる。この場合において、当該契約の解除によって貸主に損害が生じたときは、貸主は、その損害の賠償を請求することができる。
(4) (1)の消費貸借は、借主が貸主から金銭その他の物を受け取る前に当事者の一方が破産手続開始の決定を受けたときは、その効力を失う。

中間試案

1 消費貸借の成立等(民法第587条関係)
  民法第587条の規律を次のように改めるものとする。
 (1) 消費貸借は,当事者の一方が種類,品質及び数量の同じ物をもって返還をすることを約して相手方から金銭その他の物を受け取ることによって,その効力を生ずるものとする。
 (2) 上記(1)にかかわらず,書面でする消費貸借は,当事者の一方が金銭その他の物を引き渡すことを約し,相手方がその物を受け取った後にこれと種類,品質及び数量の同じ物をもって返還をすることを約することによって,その効力を生ずるものとする。
 (3) 消費貸借がその内容を記録した電磁的記録(電子的方式,磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって,電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。)によってされたときは,その消費貸借は,書面によってされたものとみなすものとする。
 (4) 上記(2)又は(3)の消費貸借の借主は,貸主から金銭その他の物を受け取るまで,その消費貸借の解除をすることができるものとする。この場合において,貸主に損害が生じたときは,借主は,その損害を賠償しなければならないものとする。
 (5) 上記(2)又は(3)の消費貸借は,借主が貸主から金銭その他の物を受け取る前に当事者の一方が破産手続開始の決定を受けたときは,その効力を失うものとする。

(注)上記(4)第2文については,規定を設けない(解釈に委ねる)という考え方がある。

(概要)

 本文(1)は,目的物の引渡しによって消費貸借が成立する旨の民法第587条の規定を維持するものである。
 本文(2)は,諾成的な消費貸借の成立要件について定めるものである。判例(最判昭和48年3月16日金法683号25頁)が諾成的な消費貸借の成立を認めており,実際上も融資の約束に拘束力を認めることが必要な場合は少なくないこと等を踏まえたものである。消費貸借の合意に書面を要求することによって,借主又は貸主が軽率に消費貸借の合意をすることを防ぐとともに,本文(1)の消費貸借の前提としての合意との区別を図っている。
 本文(3)は,電磁的記録によってされた消費貸借を書面によってされた消費貸借とみなすものであり,保証契約に関する民法第446条第3項と同様の趣旨のものである。
 本文(4)第1文は,諾成的な消費貸借の借主による目的物引渡し前の解除権について定めるものである。諾成的な消費貸借を認めるのであれば,目的物引渡し前に資金需要がなくなった借主に契約の拘束力から解放される手段を与えるべきであるからである。本文(4)第2文は,上記解除権の行使によって貸主に損害が生じた場合における借主の損害賠償責任について定めるものである。損害の内容については個別の判断に委ねることとしている。もっとも,この借主の損害賠償責任については,特段の規定を設けずに解釈に委ねるべきであるという考え方があり,これを(注)で取り上げている。
 本文(5)は,諾成的な消費貸借の当事者の一方が目的物引渡し前に破産手続開始の決定を受けた場合に関する規律を定めるものであり,民法第589条(後記2(3))と同様の趣旨のものである。なお,当事者の一方が再生手続開始又は更生手続開始の決定を受けた場合に関する規律は,民事再生法第49条又は会社更生法第61条や本文(5)の解釈に委ねることとしている。

赫メモ

 規律の趣旨は、中間試案概要のとおりである(中間試案(2)以降が要綱仮案に対応する。中間試案(1)は、民法587条の規定を維持するものであるため、要綱仮案では重ねて記載しなかったものである)。

現行法

(消費貸借) 
第587条 消費貸借は、当事者の一方が種類、品質及び数量の同じ物をもって返還をすることを約して相手方から金銭その他の物を受け取ることによって、その効力を生ずる。

斉藤芳朗弁護士判例早分かり

 (A=貸主,B=借主)
@ 【諾成的消費貸借契約であることを前提として判断された事例】最高裁昭和48年3月16日判決・金法683号25頁
  AB間で,諾成的消費貸借契約が締結され,Bが担保を提供して貸付を請求すれば,Aはその時点から遅滞の責任を負う旨の規定があった。Bからの貸付金の交付請求訴訟である。
  原審の事実関係のもとにおいては,賃付をなすべき債務の履行として金員給付義務は,担保給与義務の履行の提供の有無にかかわりなく発生しており,担保供与義務の履行の提供と供にBの請求があったときは,Aは金員給付義務につき履行遅滞の責に任ずべきものである。Aの担保供与義務の履行が完了されないかぎり,Bの金員給付義務が発生せず,その履行遅滞の責に任ずべきものではないという趣旨で,担保供与義務につき先給付の関係を認めたものと解する余地はない。

A 【諾成的消費貸借契約であることを前提として判断された事例】最高裁平成5年7月20日判決・判時1519号69頁
  BがCに,CがAに,AがBに商品を売り渡し,AがCに,CがBに,BがAに売買代金を支払うことを合意したが,実質は,AB間は金融目的で,BはAに対して売買代金に利息を付加したものを60回に分割して支払うこととなっていた。AはCに代金を支払ったが,CからBに代金の支払いがなかった。AがBらを提訴した。
  ABC間の各契約の中で実質的意味があるのはAB間の契約だけであるが,実質は,金銭消費貸借契約又は諾成的金銭消費貸借契約であるというべきなのに,割賦販売契約を仮装したものと考えられる。Bは融資金の交付を受けていないのであるから,契約に基づく融資金を返還すべき義務はない。

B 【目的物交付前に設定された抵当権は,その後に発生する債務を担保する】大審院明治38年12月6日判決・民録11輯1659頁
  AB間において,5月24日に6000円を貸与する金銭消費貸借契約証書が作成され,28日に抵当権設定登記がなされ,29日に現金600円が交付された。抵当権抹消登記手続等を求める訴訟である。
  抵当権設定者が後に発生する債務を担保する意思で抵当権を設定する場合には,金員の貸借に先だって予め抵当権設定の手続をすることは法律が禁止するものではなく,抵当権は後に発生する債務を有効に担保する。抵当権設定登記手続は必ずしも債務の発生と同時である必要はない。

C 【公正証書は,目的物授受時点で完成した債務を担保する】大審院昭和11年6月16日判決・民集15巻1125頁
  BがCから借り入れた4000円について,Aからの借入金で返済することとし,AB間で昭和5年11月に公正証書が作成され,AはBに対する貸金4000円を直接Cに対して交付した。強制執行異議訴訟である。
  消費貸借の合意がなされ効力を失わない限り目的物の授受は後日であってもなお消費貸借契約の成立は妨げない。公正証書が作成され,抵当権の設定登記がなされたうえで金銭を交付することは通常なされていることであり,この場合には,消費貸借契約は,合意の時に始まり目的物授受の時に完成して,公正証書はあたかもこの完成した消費貸借による具体的債務を表示するものに他ならない。